「仕事を奪われるのが怖かった」ディズニーが26歳の若手社員をクビにしたワケ
プレジデントオンライン / 2021年6月5日 11時15分
■アップデートが必要な人ほど、その必要性に気づいていない
区役所で元気そうな70代半ばくらいの男性が、新型コロナワクチン接種の予約が取れないのでどうしたらいいかと、受付の女性スタッフに相談していました。
会話から「僕は携帯電話を持たない主義なんだ」という声が聞こえてきました。ガラケーすら使わない人がスマートフォンを持っているとは思えず、自宅には恐らくネットに接続する環境がないのでしょう。固定電話から予約窓口に電話しても、混雑していてつながらず、やむなく区役所に足を運んだようです。
内閣府が2020年秋に実施した世論調査(情報通信機器の利活⽤に関する世論調査)では、60~69歳の25.7%、70歳以上の57.8%がスマートフォンやタブレット端末などを使っていないと回答しています。総務省は、スマートフォンなどを使えない60歳以上の高齢者が約2000万人いると推計しています。
だとすれば三度にわたる緊急事態宣言が発出された際に、こうした人たちはネット通販やネット注文によるデリバリーサービスを活用できずにいた可能性があります。今やスマートフォン一つで何でもできる時代ですが、70歳以上の半数以上は、その恩恵を受けることができていないのです。
アップデートが必要なのは機械だけでなく、私たち人間にこそ必要なことに気づかされます。機械と違い、人は買い替えたり、取り替えたりすることはできません。残念なことですが、アップデートが必要な人ほど、その必要性に気づいていないのです。
■アップデートを拒んだディズニー社の顚末
「アップデートが必要だ」と言っても、そう簡単にできることではありません。なぜなら、過去に成功体験があればあるほど、それに固執してしまうからです。
その好例がディズニー社です。
創業者のウォルト・ディズニーが1966年に亡くなり、同社はこれからどうすべきかについてその答えを見つけられず迷走していました。1980年代の低迷期は、“暗黒時代”と呼ばれています。
そんな時に、ジョン・ラセターという20代の若手社員が立ち上がります。彼は世界で初めてコンピューターグラフィックス(CG)を用いた映画『トロン』(1982年製作)に感化され、CGの可能性を強く感じ、社内でいち早くCGを用いた映画の企画を進めていきました。
ラセターさんはCGを使った企画を何度も提案するのですが、ディズニー社の経営陣はそれを無視し、彼を解雇してしまいます。CGという新技術にとって代わられてしまうという社内の反発に遭い、同社の幹部がさいなまれていたからです。当時、彼は26歳でした。
解雇されたラセターさんは、CGアニメの短編作品を準備していたエドウィン・キャットマルさんに声を掛けられ、映像制作会社ルーカスフィルムの子会社だった「インダストリアル・ライト&マジック」(ILM)に入社します。アニメーターとして、そこでいくつかの映像作品の制作に携わることになりました。
■避けられたはずの74億ドルの「代償」
その後、所属していた部署がアップル社を追い出されていたスティーブ・ジョブズさんに売却され、1986年にピクサー社が創立しました。ラセターさんはそこで3DCGアニメーションソフトの開発や短編作品を制作します。1995年には『トイ・ストーリー』がディズニーの配給で公開されて大ヒットし、アカデミー特別業績賞を受賞しました。
CG作品で名をはせたラセターさんとピクサー社ですが、2006年に転機が訪れます。
古巣のディズニー社がピクサー社を74億ドル(8500億円)で買収したのです。ラセターさんは両社のアニメーション作品の最高責任者として、自分を解雇したディズニー社に凱旋したわけです。
ここではラセターさんの武勇伝を紹介するのが狙いではありません。
当時ラセターさんを解雇したディズニー社の幹部たちが、CGという新技術にとって代わられるという危機感ではなく、自分たちがCGを活用するという発想にアップデートできていれば、こういう顚末(てんまつ)にはならなかったでしょう。この点に着目して欲しかったのです。
過去の成功と方法論に固執してしまうと、人も企業も柔軟な発想に立てなくなります。これまでの暮らし方や業界の常識が、いつまでも通用するとは限りません。実際に、ディズニー社はフルCGのアニメ制作に完全に乗り遅れ、自前のアニメは2005年の『チキン・リトル』まで待たなければなりませんでした。
経営学者のクレイトン・クリステンセンさんは著書『イノベーションのジレンマ』で、企業がイノベーションを起こせない理由を明快に解説しました。そこで彼が指摘したことは、企業だけでなく人間にも当てはまります。
過去にうまくいった方法論に固執していると、新たな発想に立てないことがあるのは、人間もまた同じです。優秀だった人が、ある時点から自身の成功話に終始してしまうケースなどはこの典型例です。
■アップデートが必要な人の3つの兆候
かつて携帯電話や家電製品・自動車は、古くなれば買い替えるか、乗り換えるほかありませんでした。ところが現在のPCやスマートフォンは定期的に機能を向上させ、あるいはバグをなくすために知らせが来て、OSが使える限り勝手にアップデートしてくれます。
しかし人間は違います。勝手にアップデートしてくれません。残念ながら自分で気がつくしかありません。アップデートが必要な人には、見逃してはいけない3つの兆候があります。
<ガラケー、FAXは論外>
例えば使い勝手がいいからと今もガラケーを使っている人です。NTTドコモは2026年、auは2022年、ソフトバンクは2024年で3G回線のガラケーサービスを終了しますから、その先現在の利用者は困ることになります。
コロナ禍で医療機関や自治体、保健所など複数の関係機関に共通のシステムがなかったため、国内では仕方なくFAXが使用されましました。こうしたやむにやまれぬ状況ではないのに、昔ながらにFAXを頻繁に利用している人も心配です。
<対面だけをコミュニケーションだと思い込んでいる>
ZoomやGoogle Meet、Wherebyなど使い勝手のよくなったオンラインツールを使わないまま、「毎日会社に出社して働きたい」とか「ウチの会社の仕事はテレワークではできない」「テレワークなんか嫌いだ」「実際に対面して話し合ってこそコミュニケーションだ」と信じ込み、新しい働き方に前向きでない人も心配です。
パンデミックが加速させた新たなビジネスツールやシステムを試すことなく、新しい働き方に無頓着な人たちは、年齢や性差を問わず、各世代に存在しています。決してミドルエイジ以上の傾向ではありません。
<資料も、紙の地図もプリントアウト>
ネットやSNSなどを利用せず、テレビや新聞などマスメディアしか接触していない人は、入手する情報が偏ることがあります。DXやITの活用をしないまま、「機械に頼るな」「そういう技術は俺にはわからない」と思い込んでいる人もいます。仕事の仕方が10年前と変わらず、非効率な方法をそのまま踏襲しているわけです。
新規取引先を訪問する際に、Googleマップなどを使わず紙の地図をプリントアウトしている。プリントアウトした紙の書類でないと目を通さない。昔から皆そうしているからという理由で、ハンコを押す書類の手続きを変えようとはしない人たちなども同様です。
■アップデートには現状把握が欠かせない
ではビジネスパーソンが定期的にアップデートするには、どうすればいいでしょうか。まず自身ですぐに取り組めるアップデート方法が5つあります。
① 現在の自身の情報環境や会社の情報感度(組織と社員の情報感度)がどの程度のものなのかを把握します
② 新聞やテレビなどマスメディアから流れてくる恣意的で受動的な情報だけに時間を支配されず、ネットを使って能動的に情報を集める癖をつけます
③ 自身で書籍やオンラインメディアなどから情報収集し、定期的に知識と情報をアップデートします
④ SNSで有益な情報を発信する人たちをフォローし、そこで新たな知見を増やすように心掛けます
⑤ ネット上やオフィスで聴いたことのない単語やカタカナに出会ったらそのままにせず、すぐに調べて理解するようにします
とはいえ、アップデートを自分ひとりの力で行うには限界があります。そこで参考にしたいのが「リバース・メンタリング」という手法です。自分より若い世代をメンターにする方法です。
■若手から学ぶことは多い
このルーツはGEのCEOだったジャック・ウェルチ氏です。1999年当時、彼は500名のトップ・マネジャークラスの社員に、「新しいICTの動向や使い方を自分に教えてくれる若い社員を見つけ、自分のメンターになってもらってほしい」という通達を出しました。
ウェルチ氏自身も当時37歳だった社員を指名し、インターネットをはじめとするICTの技術や仕組み、そして動向について、定期的に時間を取って学習しました。トップ・マネジャークラスの人たちも20~30代の社員でICTの知見を持つ人たちにメンターになってもらい、彼らから学んだのです。
このGEの取り組みに触発され、DellやP&G、ゼネラルモーターズ、フィリップモリス、3M、シーメンス、ウォールストリート・ジャーナルなどにも広がり、日本でも「逆メンター制度」として知られています。
時には若手の声に耳を傾けることが必要です。自身のアップデートを定期的に行い、いつまでも時代と共に暮らしていきましょう。
※参考資料
・富士通総研webページ『リバース・メンタリング――若手とシニアが相互に影響を及ぼし合える場づくり――』
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マーケティングコンサルタント
学習院大学法学部卒業。事業経営の本質は「これまで存在していなかった新たな価値を生み出し、社会に認めてもらう活動」であると提唱。価値の低いものはいつの時代も、必ず価格競争に巻き込まれ、淘汰されていくとして、一貫して企業と商品の「価値づくり」を支援している。日本経済新聞社が実施した「経営コンサルタント調査」で、「企業に最も評価されるコンサルタント会社ベスト20」に選ばれた実績を持つ。著書に『不況を乗り切るマーケティング図鑑』『デジタル時代のマーケティング・エクササイズ』(共にプレジデント社)、『全史×成功事例で読む「マーケティング」大全』、『成功事例に学ぶ マーケティング戦略の教科書』(共にかんき出版)、『コトラーを読む』『商品よりもニュースを売れ! 情報連鎖を生み出すマーケティング』(共に日本経済新聞出版)、『価値づくり進化経営』『中小企業が強いブランド力を持つ経営』『価格の決定権を持つ経営』(共に日本経営合理化協会)、『図解&事例で学ぶマーケティングの教科書』(監修)『男の居場所』(共にマイナビ出版)など多数ある。プレジデント社のオンラインサイト「プレジデントオンライン」で連載コラムを執筆し、多くのファンに支持されている。日経BP社が主催する日経BP Marketing Awardsの審査委員を長年務めている。http://www.ms-bgate.com/
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(マーケティングコンサルタント 酒井 光雄)
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