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「選手を問い詰める記者会見は不毛だ」大坂選手についてゴルフジャーナリストが考えたこと

プレジデントオンライン / 2021年6月6日 11時15分

女子シングルス1回戦勝利後、喜ぶ大坂なおみ=2021年5月30日、フランス・パリ - 写真=AFP/時事通信フォト

■「会見は、大会から選手を追い出すためのものではない」

女子テニスの大坂なおみ選手が全仏オープン1回戦勝利後に記者会見を拒否したことが、波紋を広げている。

当初、大会側は1万5000ドル(約165万円)の罰金を言い渡し、さらに4大大会の「出場停止」「永久追放」といった厳罰の可能性も示唆していた。

しかし、大坂が大会からの棄権を表明し、「(会見は)大きなストレス」「ルールの一部がかなり時代遅れだと感じた」「2018年全米オープン以降、長い間、気持ちがふさいだ状態(うつ的状態)になり、苦しんできた」と明かすと、大坂への支持が広がった。

たとえばワシントン・ポストは「会見は大会の盛り上げにつながるものであるべき。大会から選手を追い出すためのものではない」と大坂を支持する記事を出した。

私はゴルフジャーナリストなので、この件をゴルフに引きつけて考えてみたい。1対1で対戦するテニスと、1試合に100人前後が集まるゴルフは、条件も事情も性質も異なるため、そのまま比較はできない。しかし、ゴルフ界における会見を振り返ることで、「理想の会見」を実現する手がかりを示せるかもしれない。そんな想いを込めて、今、キーボードを叩いている。

■2011年のマスターズで、松山英樹に向けられた質問

米男子ゴルフのPGAツアーとメジャー4大会における会見は、大きく分けて「開幕前」「毎日のラウンド後」「勝敗決定後」の3種類がある。

「開幕前」の会見に必ず呼ばれるのは前年覇者と前週大会の覇者だが、それ以外に「何かしらの注目」を集めている選手も呼ばれることが多い。

「何かしらの注目選手」の開幕前の会見は、メディアからのリクエストを受けてツアーや大会が選手に個別交渉し、会見出席を呼びかけるという手順が取られるのだが、何を持って「注目」とするのかという基準や定義がないせいか、質問にも返答にも曖昧さが漂って、異様な空気となることがある。

松山英樹はアマチュアとして初出場した2011年マスターズの開幕前、「注目選手」の一人として会見に呼ばれた。

アジア・アマチュア選手権(現アジア・パシフィック・アマチュア選手権)を制してマスターズ出場資格を得たこと、大会1カ月前に起こった東日本大震災の被災地の大学からやってきた日本人大学生であることなど、世界のメディアから注目されていた。

だが、アジア・アマは創設されて2年目と若く、日本の地理や日本の事情がほとんどわからない世界のメディアは、雲を掴むような手探り状態で、あの手この手の質問を松山に矢継ぎ早に浴びせていった。

■松山は記者たちに苦笑され、会見場には異様な空気が流れた

松山もまだ会見には不慣れで、母国が見舞われた大災害に対して何をどう語ったらいいのかがわからない様子だった。母校の東北福祉大学は仙台市にある。被災地や被災者に対する複雑な想いもあったに違いない。日本の記者たちは、松山の口が重くなるのは当然だと感じて見守っていた。しかし、事情を解さない欧米の記者たちは、「マツヤマ」を記事化するためのキーワードをなんとかして導き出そうと必死な様子だった。

ある米国人記者が「大学では何を専攻していますか?」と尋ねた。当時の松山には、まだ専属の通訳がおらず、傍らに座っていたのは大会側から急きょ通訳を依頼された現地在住者だった。その「通訳」は、米国人記者の質問をこんな日本語に変えて松山に伝えた。

「大学では何を勉強していますか?」

松山は「えっ? 何って……」と一瞬考えた後、「いろいろです」と答えた。通訳は「いろいろ」を意味する「various」という英語の一言だけを口にした。

誰も間違ってはいないやり取りだった。しかし、「専攻」を尋ねた米国人記者にとっては、「えっ? 『いろいろ専攻』って、どういう意味だ?」と首を傾げる結果になり、他の欧米人記者たちも思わず苦笑した。しかし、松山には苦笑されている意味がわからず、会見場には異様な空気が流れた。

■「ゴルフでは全然緊張しないけど、会見は緊張する」

もちろんこの例は、外国人選手ゆえに起こった言語の問題に端を発する勘違いというレアケース。だが、取材する側も取材される側も、何をどう尋ねるべきか、何をどう答えるべきか、「よくわからない」という不確実な要素が強い場合は質疑応答が曖昧になる。

その曖昧さを感じれば感じるほど、メディア側はなんとか記事になる事実を聞き出そうと執拗に質問を重ねる。それが選手にとってストレスになるであろうことは想像に難くない。

スポーツマンを与えてインタビュー
写真=iStock.com/SeventyFour
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeventyFour

初マスターズの初会見に臨む松山の表情は終始、険しかった。しかし、会見が終わると表情は一変し、明るい松山にすぐさま戻った。そして彼は、こう言った。

「ゴルフでは全然緊張しないけど、会見は緊張する。会見は何より緊張する」

あのとき松山が口にしたその一言は、プロ転向後も、ずっと彼の中にあるように感じられる。

■社交的で饒舌なミケルソンにも、取材拒否の時期があった

今年5月の全米プロを50歳11カ月で制し、メジャー大会史上最年長優勝とメジャー通算6勝目を挙げたばかりのフィル・ミケルソンにも、会見がストレスとなった時期があった。

1992年の米ツアーデビューから2004年のマスターズを制するまでの実に12年間、彼はメジャーにどうしても勝てず、「メジャー・タイトル無きグッドプレーヤー」という屈辱的な称号を授けられていた。このとき、ミケルソンはメジャー大会の開幕前に必ず会見に呼ばれ、毎回、同じ質問を投げかけられた。

「どうしたらメジャーに勝てる?」
「いつになったらメジャーに勝てる?」
「今回こそは勝てると思うか?」

もともと社交的で饒舌で、人前で語ることが嫌いではないミケルソンは、同じことばかりを繰り返し尋ねられる会見にも笑顔で対応していた。ときにはユーモアやジョークをまじえて記者たちを笑わせ、ときには「今回は僕はドロー用とフェード用、ドライバーを2本入れて戦う」などと独自の工夫やユニークな戦法を惜しげもなく披露することで、一定方向を眺めていたメディアの視線を別方向へ導いたりもしていた。

しかし、それほど前向きに会見に対応していたミケルソンでさえ、メジャーに勝てない日々が10年目を迎えたころには、さすがに嫌気を起こし、取材拒否を宣言することがあった。

彼が実際に拒否したのは個別取材のみで、結局、会見だけはどうにか出ていたのだが、サービス精神旺盛でメディアにもファンにも「神対応」として知られていたミケルソンの取材拒否は、メジャー開幕前の会見が選手にとってどれだけ重荷になるかを示している。

■2000年代前半からは「囲み取材」が増えていった

タイガー・ウッズが黄金時代を迎えた2000年代前半からは、米ツアーで開幕前の会見の「例外」が徐々に増えた。

どの大会においても常に注目選手だったウッズが、毎試合、開幕前の会見に対応するのは負担が大きすぎるということで、ウッズが望めば、「今日のウッズの会見は、会見場ではなく、練習ラウンド終了後に18番グリーン脇で行います」とアナウンスされるようになった。

男子ゴルフのメジャー大会、2019年4月のマスターズ・トーナメントで優勝し、ガッツポーズをするタイガー・ウッズ=2019年4月14日、アメリカ・オーガスタ
写真=AFP/時事通信フォト
男子ゴルフのメジャー大会、2019年4月のマスターズ・トーナメントで優勝し、ガッツポーズをするタイガー・ウッズ=2019年4月14日、アメリカ・オーガスタ - 写真=AFP/時事通信フォト

そして、屋外に設けられたフラッシュエリアと呼ばれる一角で、ウッズがお立ち台の上に立ち、数人の記者からの質問に答える短時間の「フラッシュ・インタビュー」のみで終了。日本的に言えば「囲み取材」のようなものだが、これは、ツアーが選手の立場や気持ちを考慮して打ち出した柔軟な対応で、この簡易方式がミケルソンや他選手にも当てはめられることがどんどん増えていった。

■ウッズの離婚会見が早々に終了させられたワケ

この簡易方式は、ウッズの離婚会見にも採用された。2009年暮れに起こった一連の不倫騒動から半年以上が経過した2010年の夏のある日、「ウッズが試合会場で会見を開き、離婚を発表する」という内々の知らせを受け、私は大慌てで夜行便に飛び乗って試合会場へ急行した。

詰め寄せたメディアは100人超。見慣れない記者やカメラマンの姿が目立ち、ゴルフ専門ではないゴシップ系のメディアが大勢紛れ込んでいることは明白だった。大荒れの会見になることが予想される状況だった。

テレビカメラ
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

それほど大人数のメディアが詰め寄せていたにも関わらず、いや大人数が待機していたからこそ、米ツアーはウッズの離婚発表の場を「会見」ではなく「フラッシュ・インタビュー」に切り替えた。

屋外は雨がしとしと降っており、ウッズのお立ち台だけは小さなテントの中に設けられていたが、記者やカメラマンは、満員電車のようなスシ詰め状態ゆえに傘を広げるスペースもない。全員、ずぶ濡れで立ちっぱなし。ウッズの声が聞こえるのは、せいぜい前方2、3列の記者だけで、質疑応答はあっという間に終えられた。

このようにゴルフの取材現場では、柔軟で臨機応変な対応が多く見られるようになっている。メディアからの要望があれば、ツアーは会見を組み、選手も応える。だが、同時にツアーは選手の事情や心情を考慮し、理解を示した上で、最大限、選手を守るための工夫を採り入れているのだ。

■難しいのは、優勝者の会見ではなく、敗北した選手の会見

ゴルフの試合は通常4日間72ホールで行われ、いざ試合が始まると、その日の首位と2位の選手が会見に呼ばれるのが通例だ。

だが、首位に複数の選手が並んだ場合は、そのうちの何人かの会見が省略されたり、首位と大差がついている場合は2位の会見が省略されたりする。米ツアーの対応はここでもフレキシブルだ。

そして、会見に呼ばれた上位選手たちは、その日のプレーや翌日に向けての心意気、目標などを問われ、答える。その作業は「とことん追及する」ものではなく、淡々と進める確認作業に近い。

会見の中で一番の「難所」となるのは、最終日の勝敗が決した後の会見だ。優勝者の会見は、喜びにあふれて饒舌に語ることが多いから、ボリュームはあるが、さほど難しさはない。難しいのは、敗北した選手の会見だ。

■選手とメディアの歩み寄りで生まれる「信頼」の空気

2009年全英オープンは、つらい敗北会見だった。59歳(当時)のトム・ワトソンが優勝に迫りながら、最後の最後にスチュワート・シンクに敗れ、史上最年長優勝は幻となった。

傷心のワトソンが会見に対応するのは、さすがに無理なのではないか。世界のメディアがそう感じながら待機していたら、ワトソンは会見場にやってきて、驚いたことに、静かな微笑みさえたたえていた。

その様子に、メディアはみな言葉を失い、会見場はしばし沈黙に包まれた。すると、ワトソンが自ら口火を切った。

「おいおい、お葬式じゃないんだよ」

ちょっぴり冗談めかして言ったワトソンの一言が、その場の重苦しい空気を和らげ、メディアはみな静かに苦笑。そして、穏やかな質疑応答へと移っていった。

そこには、メディアはワトソンを気遣い、ワトソンは自分に気を遣うメディアを気遣い、そうやってお互いが歩み寄ることで生まれた「信頼」の空気があった。

なぜ、勝てなかったのか。その原因や理由を問い詰めるのではなく、勝てなかった悔しさや哀しさ、情けなさ、あるいは勝者を讃えるスポーツマンシップといったワトソンの複雑な胸の内に、メディアが耳を傾け、静かに寄り添ったあの会見は、私にとっても忘れがたいものになった。

■世界のメディアはDJの代わりにUSGAを厳しく批判

本来は喜びに満ちあふれるはずの優勝会見が重苦しい空気に包まれることもある。

2016年、難コースのオークモントで開催された全米オープンを制覇したダスティン・ジョンソンは、悲願のメジャー初優勝を達成したにも関わらず、険しい表情で壇上に座っていた。

最終日、5番のグリーン上でジョンソンのボールが「動いた」のか、それとも「動かしたのか」。その場で「無罰」と言ったルール委員の前言が試合途上で翻され、ホールアウト後に再検討した上で1罰打を科せられるという前代未聞の可能性をジョンソンは12番で告げられた。

1打を競うメジャーの優勝争いの終盤6ホールを、1罰打の有無が曖昧なままプレーすることになったのだ。しかし、その苦境を乗り越え、最終的には3打差をつけて勝利した。ジョンソンは、優勝会見で多くは語らず、静かにこう言った。

「存在していたのは僕とコースだけ。戦う相手はコースだけ。他のことは僕には何一つコントロールできない。(今は勝って)いい気分だ。実にいい気分だ。僕は勝者に値する」

曖昧な裁定をしたUSGA(全米ゴルフ協会)への恨み言すら口にしなかったジョンソンの姿勢に心を打たれた世界のメディアは、ジョンソンの代わりにUSGAを厳しく批判する記事を一斉に書いた。それが、翌日のUSGAによる謝罪会見へと、つながった。

そんなふうに会見という場と機会があったことで、選手とメディアの見事な連携プレーが生まれ、モノゴトを動かしたこともあった。

■選手の事情や心情を考慮したほうが、いい結果に終わるはず

会見は、大会やツアーの主催者がいて、選手がいて、メディアがいて、その三者が「三権分立」のごとくトライアングル型でつながって初めて、いい音が鳴り響く。均衡の取れたトライアングルを保とうと三者それぞれが歩み寄り、耳を傾け、寄り添おうとして初めて、いいアウトプットが生まれる。

社会や集団に規則や規定が必要なことは言うまでもない。だが、四角四面にそれを当てはめようとするより、選手の事情や心情を考慮して歩み寄ろうとすることのほうが、最終的に生み出されるものは、むしろ大きいのではないだろうか。

会見の形式や場所を柔軟に変えて対応する米ツアーの歩み寄り。選手の気持ちに寄り添おうとするメディア。ツアーや大会、メディアの期待に応えようとする選手。三者の心の合致があれば、会見は誰に取ってもハッピーな場所になり、そこから生み出される報道がファンにとって有益なものになる。

ただし、目に見えない「心」がキーワードゆえ、なかなか理解できないこと、気付かないことはある。

■帝王ジャック・ニクラス「私は彼女を責めない」

ゴルフ界の帝王ジャック・ニクラスは、大坂なおみ選手に対して、こう言っている。

「彼女が問題を抱えているかどうか、それが本当に彼女にとって問題かどうか。それは、キミたちメディアにも私にもわからない。彼女と、たぶん彼女の主治医にしかわからない……。私は彼女を責めないし、気の毒に思う。そして彼女が必要としていることが得られる状況になることを望んでいる」

大坂選手が会見に大きなストレスを感じていたことに、気付いていた人、理解していた人は多くはなかったのだろう。

もしも彼女がもっと早い段階で「不安です」「大きなストレスです」と声に出していたら、もしも主催者やメディアがもっと早い段階で彼女のそういう声を引き出すことや耳を傾けることができていたら、きっと何かが違っていたはずだ。彼女の声をメディアが拾い上げて拡声することも、できていたのかもしれない。うつ状態に陥る前に、苦しむ前に、誰かが助け舟を出すことができていたのではないかと思うと、メディアの一員として残念に感じられる。

どれほどビッグな選手であっても、どれほどビッグな大会であっても、どれほど影響力のあるメディアであっても、会見という場を構成するのは、突き詰めれば、人と人だ。

三者のトライアングルは人間どうしの触れ合いで均衡を保つものであり、お互いの真摯な歩み寄りが何よりのカギとなる。

大坂選手の一件は、その均衡がどこかで崩れてしまったということなのではないだろうか。しかし、バランスを取り戻すことは、できるはずだ。声を上げ、会話や対話をすることで、お互いに歩み寄り、寄り添えるのだと私は思う。

テニス界も、ゴルフ界も、そこに関わるすべての人々が、会見の在り方と自分自身の関わり方を省みるべきときなのかもしれない。トライアングルの中で、自分は歩み寄っているのかどうか、寄り添えているのかどうか。自戒を込めて、今一度、振り返ってみたい。

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舩越 園子(ふなこし・そのこ)
ゴルフジャーナリスト、武蔵丘短期大学客員教授
東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て、1989年にフリーライターとして独立。93年に渡米し、米ツアー選手と直に接し、豊富な情報や知識をベースに米国ゴルフの魅力を発信。2019年から米国から日本に拠点を移す。著書に『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)などがある。

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(ゴルフジャーナリスト、武蔵丘短期大学客員教授 舩越 園子)

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