『わた定』著者が"定時で帰る普通の女性"が出世する物語を書いた深い理由
プレジデントオンライン / 2021年6月9日 11時15分
■男性は“普通の人”でも昇進を目指す
――結衣は入社10年目でマネージャー代理になりましたが、現実では管理職になるのをためらう女性が多いです。
【朱野帰子さん(以下、朱野)】女性は自己評価が低く、「自分は管理職になれない」と思い込んでいる人が多いと思います。男性は「出世しなきゃいけない」という社会的な圧があり、本人もそう思っているので、普通の人でも昇進を目指して頑張りますが、女性だと飛び抜けて優秀な人しか管理職になれないというイメージがある。
TVドラマでも女性の課長、部長はスーパーウーマンで、部下の男性とも同期とも上司とも戦っていたりする。そういうメッセージを日々受け取っているので、「私なんか、そんなことできない」となってしまう。今回の「ライジング」というタイトルには「出世する」という意味を込めていて、結衣のような普通の女性が出世する様を描くことで、ハードルを低くしたいと思いました。
――結衣と晃太郎のように管理職同士のカップルだと互いに忙しくてすれ違ってしまう。それが嫌だからならないと考える女性もいます。
【朱野】これまでは長時間労働が当たり前で、男性でもきつくて過労で倒れたりする。そういう労働環境に女性が入ればやはり倒れます。専業主婦のサポートありきでそういうハードな働き方が組まれているので、共働きカップルが家事育児をしながら働くのは難しい。労働環境の改善がないまま「出世しなさい」と言われている現状は今の若い人たちには無理があるんじゃないかなと思います。
それに、ひと昔前より管理職の仕事が増えていませんか。昔は部下の持ってきた書類にハンコを押せばいいぐらいのゆるさがあったけれど、細かな部下のマネジメントも働き方改革もとタスクが多くて、その状況で出世しなさいと言われるのは、男性でもきついと思います。
■何のために出世するのか
――女性の自己評価の低さと労働環境の過酷さという2つの理由が、女性管理職が増えない理由だということですね。
【朱野】そもそも女性は時短勤務など仕事ができる時間が制約されがちで、所得も低く止まりがちですよね。定時で帰る結衣も残業代がつかないので給与は同期より低いです。人は“自分につけられた給料=自分の評価”と思いがちじゃないですか。だから、余計な残業をしていても給料が高い人は自己評価が上がり、定時で仕事を終わらせても給料が低い人は「私なんか……」となる場合もある。お金って怖いなと改めて思いますね。
――そんな結衣が、今回は自分より若い世代を守るために出世しようと考えます。
【朱野】自己評価の低かった結衣が、なぜ出世しようとするかと考えたとき、自分のためというより他人のため、後進の世代や同僚のためならやるんじゃないかと思いました。実際に今、道なき道を切り開いて部長や役員になっている女性もそうなんじゃないでしょうか。なかなか自分の成功のためだけには頑張れないですよね。特に氷河期世代以下は、就職するだけで大変だったので、やっと働いて給料もらえて、そこからさらに頑張ろうというときは周りの人のためという気持ちが大きい気がします。
■リモートワークが極楽の人と悲劇の人
――「ライジング」はコロナ禍前の物語ですが、2020年からはリモートワークが急速に普及し、会社員の勤務形態も激変しました。この変化をどうとらえていらっしゃいますか。
【朱野】個人差もあるけど、世代差も大きいんじゃないでしょうか。私と同年代の40歳前後はリモート勤務は極楽で、「二度と会社に行かない」なんて言う人が多めです。これまで毎日通勤していたのに、月に一度の出社日だけでボロボロになって帰ってきたり(笑)。「なぜあんなところに1時間かけて行っていたのかわからない」と。でも、その上司世代は「出社しないと落ち着かない」人の方が多めのようです。その人たちにとってリモートワークは悲劇かもしれません。今後、デジタル化が進んでいる企業ではリモートワークを続けつつ、自宅から近いサテライトオフィスやコワーキングスペースが使われるようになっていくのかなと予想します。
――ということは、残業は減るのでしょうか。
【朱野】今作で取材をさせていただいた企業の人事部の方によれば、自宅作業はオフとオンの境目がつかず、残業もじわっと増えてしまうようですね。なかなか難しい。ただ、効率が悪くなってしまうのはリモートワークだからではなく、今は外出しづらく、アフター5にやることがないからではないでしょうか。結衣のように定時で切り上げて飲みに行くこともできないし、オンオフの切り替えがうまくできない。リモートワークでかつコロナ禍じゃないという夢のような状況が生まれたら、また変わってくるのかしれませんね。
■家庭によって明暗が分かれるリモートワーク
――子どもがいる女性にとってリモートワークは助かりますよね。
【朱野】家事を主体的にする配偶者がいる家庭では、リモートワークによってほぼほぼワンオペ育児の問題が解決してしまい、楽になったと聞きます。保育園の送り迎えも分担でき、夜ご飯も家族全員で食卓を囲める。その一方、もともと家事をしない配偶者はリモートになってもしないので、さらなるストレスになったという人も……。わが家の場合は、夫婦どちらも家事をするんですが、食洗機にどう食器を入れるべきかみたいな“家事観の違い”でぶつかってしまって、板挟みになる子どもたちには「どちらかが交互にいない時間を作るべき」と言われています(笑)。
――結衣と晃太郎がリモートワーク時代に結婚生活を送ったら、どういう状態になりますか?
【朱野】晃太郎はともかく、結衣はストレスかもしれません。定時で仕事を終えて、ビールを飲みたいなと思っても、晃太郎はパソコンに向かって仕事しているとか、オンライン会議の声がずっと聞こえるとか……。
晃太郎のワーカホリックが加速しているのが心配でもありZOOM飲みで賤ヶ岳さんに「ずーっと家にいるんですよ」って愚痴っていそう(笑)。
■もう1作書きたい
――Twitterで『わたし、定時で帰ります。』はもう1作書きたいとおっしゃっていましたが、次はどんな内容になりますか?
【朱野】やりたいなと思いつつ、次に考えているのが難しいテーマなので……。「ライジング」も初めは給料をテーマにするつもりはなく、今回はスピンオフとして全員の休日でも描くかと思っていました。給料の問題や労使交渉をやるなら今しかないとトライしてみたんですが、かなり難しかった。私の会社員としての経験は10年以上前で止まっているので、現役ではない私が今の会社の問題にどう解決法を考えるかというのは、毎回すごいプレッシャーです。だから、これからいろいろ取材をしてみて、解決法が思いついたら書かせていただきたいですね。
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作家
1979年東京都生まれ。会社員生活を経て2009年、『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。2015年、『海に降る』がWOWOWでドラマ化される。2018年に刊行した『わたし、定時で帰ります。』は働き方改革が叫ばれる時代を象徴する作品として注目を集める。
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(作家 朱野 帰子 構成=小田慶子)
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