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「タバコを吸う人は悪人」コロナ後の世界では健康管理はモラルに変わる

プレジデントオンライン / 2021年6月12日 9時15分

緊急事態宣言再発令から2度目の週末を迎えた渋谷の街中、閉鎖された一般喫煙所=2021年1月16日午前、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト

コロナ禍は社会にさまざまな変化をもたらした。文筆家の御田寺圭さんは「このパンデミックは市民生活における『健康』の観念を変えた。健康を目指すことが社会的な規範として要求されるようになったのだ」と指摘する――。

■「アフター・コロナ」の世界で元通りにならないもの

世界ではいま、ワクチン接種が着実に進行しており、長きにわたったコロナとの戦いのトンネルにようやく光が見えはじめている。一時期はパンデミックの影響で国内最悪の失業率に沈んだラスベガスでは、ワクチンの普及が進んだ結果として市民社会の行動制限が大幅に緩和され、「ワクチン接種者はマスクの着用不要」となり、にぎやかな街のかつての日常風景が取り戻されつつある(テレ朝news『制限緩和のラスベガス マスクなしの観光客で賑わう』2021年6月2日)。

日本も遅ればせながらワクチン接種が開始され、高齢者を優先対象として急ピッチでワクチン接種が進捗している。社会活動をなんら制限もされることなく、むろんマスクもつけることなく、昼夜を問わず街に活気が戻ってくる日が日本にも再びやってくることを期待せずにはいられない。

世界はいま、急速に「コロナ後」に向かって歩みを進めている。あの懐かしくいとおしい日々を取り戻そうと、世界中の人びとが懸命な努力を続けている。

だが、たとえワクチンが普及して、街には以前のような人出と活気が返ってきたとしても、二度と元に戻らないものも必ずある。「あの頃」の景色をいくら取り戻しても、二度と元通りにならないもの――それは、人びとの「健康」に対する考え方だ。

■コロナ前までの「健康」は個人的なものだった

新型コロナパンデミックは、市民社会における「健康」の観念に決定的かつ不可逆的な変化をもたらす。

コロナ前までの世界での「健康」とは、あくまで人それぞれが、健康によって得られる個人的なメリットを獲得するためという目的意識のもとで――過大に見積もってもせいぜい個人的な倫理観にもとづく努力目標として――たしなまれていることがもっぱらであった。「健康」はもちろんそれ自体が善いことではあるが、それは「個人の利益」に照らし合わせれば善いことであるという、私的な範囲での意味づけにとどまっていた。

だが、新型コロナウイルス感染症では、糖尿病や肥満などの生活習慣病が重症化リスクに直結することが明らかとなった。また重症化した罹患者は、その治療のために人的にも設備的にも多大な医療リソースを費やすことが求められることも、もはや周知の事実となっている。ある個人の健康状態が、そのまま社会の安定/不安定化に直結する生々しい現実に、私たちは直接・間接問わず直面することとなった。

■コロナ後の世界では「健康=規範」になる

このような世界を目の当たりにした以上、私たちは「健康」をこれまでのように個人的な概念として意味づけることはできなくなる。コロナ後の世界で「健康」は、個人の好みや努力目標として語られることはなくなり、社会のメンバー全員が当然かつ必然的に目指さなければならない「規範」として語られるようになっていく。

「その行為は(たとえ個人の嗜好の自由であったとしても)不健康になることは目に見えている。不健康であることは社会の不安定化のリスク要因であるのだから、厳に謹むべきだ」――とする論調は、すでに各所で萌芽を見せている。とくに呼吸器疾患とも関連が深い喫煙は、コロナ前からすでに風当たりが強かったが、このパンデミックによってさらに「弾圧」を加える正当性が付与されてしまった。私は非喫煙者だが、コロナ後に待ち受けているであろう喫煙あるいはそれをたしなむ人びとへの厳しい視線を想像するだに恐ろしく、同情を禁じ得ない。

たばこの吸い殻
写真=iStock.com/solidcolours
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/solidcolours

■タバコは「社会の脆弱性を高めるもの」になった

このパンデミックが始まった頃の話であるが、呼吸器系や肺の専門家からなる組織は、こんな声明を出していた。

呼吸器系および肺の専門家や医療関係者などからなる国際的な組織である国際結核肺疾患連合は6日、新型コロナウイルスのリスク低減に向け、喫煙者に禁煙を求めるとともに、たばこ会社に製品の製造と販売の停止を呼び掛けた。
同連合の公衆衛生専門家Gan Quan医師は声明で「新型コロナウイルスに対抗する最善策は、たばこ業界が直ちにたばこの生産とマーケティング、販売を停止することだ」と述べた。
連合は、新型コロナウイルスの影響が世界13億人の喫煙者に及ぼす影響を「深く憂慮している」とし、特に医療システムが既に過剰な負担を受けている貧困国における影響に言及した。
Reuters『専門家、新型コロナ重篤化防止で禁煙・たばこ生産停止を要請』(2020年4月7日)より引用

タバコを吸うことは「がんや呼吸器疾患のリスクとなるなど、個人の健康を損なう恐れがあります」から「医療基盤に打撃を与えるなど、社会の脆弱性を高める危険性があります」へと、その嗜好を行使する自由の「ただしくなさ」の意味づけが変わっていったのだ。

■「不健康な人は自業自得」と言われる世界

全世界の人が「医療リソース」「社会の安定化」について否応なしに考えなければならなくなるコロナ後の人間社会では、「健康」であることは、個人の意思によってそれを心がけるかどうかを決めてよい問題ではなく、社会に参加する者にとって必ず守らなければならない絶対的な規範として位置づけられる。

「健康」であることは、たんに「健康である」ことを意味するだけでなく、それこそが人間としてあるべき姿としてとらえられ、社会的・道徳的な正義であるとも考えられるようになる。逆にいえば「不健康」であることは、あくまで「個人が(自由を行使した結果として)個人的な不利益をこうむる」という意味とはみなされなくなるということだ。

健康でない人は社会全体に不利益をもたらす「悪」として厳しい視線を向けられていくことになるし、また「健康を度外視した自由を行使した結果、社会に不利益をもたらす」行為には、「不届き者の自業自得なのだから、ただしく生きている人がそのツケを肩代わりするべきではない」という自己責任論の論調も盛り上がっていく。

2010年代、人工透析が必要になった人を例にとりながら「自業自得の人工透析患者は、全額実費負担にさせろ」と主張して大炎上してしまったフリーアナウンサーがいたが、コロナ後の世界では、彼と同内容のことを言うようになる人は少なくないだろう。「あの時、なんで世間の人はあんなにあの人に怒っていたんだろうね? 不健康な人が不利益を被ったとしてもそれは自業自得なのに」と、世間が無邪気に言うようになっても、私はまったく驚かない。

トレッドミルを活用する人々
写真=iStock.com/Vladimir Sukhachev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vladimir Sukhachev

■「健康で健全な社会」を目指すことを拒否できなくなる

また、現在は内閣で環境大臣を勤めている小泉進次郎議員が、数年前に「健康ゴールド免許」という案を打ち出した。これは「健康である人がより安い保険料になるように」という主旨のシステムであったが「健康や医療を自己責任論にするつもりか!」と激しい批判を呼び、そのまま立ち消えになった。だが、コロナ後の世界でもし小泉議員が同じことを言えば、おそらくはまったく違った反応が世間から返ってくることになるだろう。今度は賛同や歓迎の声が多くなったとしても、やはり私はまったく驚かない。

たとえ不健康で不健全であろうが、個々人がそれぞれ幸福を感じる行動や嗜好を選択することは基本的人権(幸福追求権、とりわけ『愚行権』と呼ばれるもの)として擁護されていたが、しかしやがては「グローバルなただしさ」の大義名分によって吹き飛ばされる。

私たちは、健康で健全な社会を目指すことを拒否できなくなる。ワクチンの普及によってコロナが収束し、街の風景が元どおりになったとしても、私たちの「健康」は、かつての姿のまま還ってくることは二度とない。

さあ、これを読み終わったら、今日から1時間ほどのジョギングをはじめよう。あなたが健康になることは、あなたにとってだけでなく、みんなにとって喜ばしいことなのだから。

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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。

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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)

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