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「本当はトヨタの社長に頼みたい」経団連の会長交代が"次善策"に落ち着いたワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月10日 9時15分

菅義偉首相と経済団体の新型コロナウイルスワクチンの職域接種に関する意見交換終了後、記者団の質問に答える経団連の十倉雅和会長=2021年6月3日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■経団連会長が経済財政諮問会議から外されたワケ

経団連会長が「任期途中」という異例の交代を迎えた。リンパ腫の治療に専念するため中西宏明会長(日立製作所会長)が退任し、後任には住友化学の十倉雅和会長が就いた。

経団連で同じ企業から複数の会長を輩出したのは新日本製鉄(現・日本製鉄)、トヨタ自動車、東芝のみ。住友化学の社格はこの3者に比べると軽い。さらに住友化学には3代前の米倉弘昌氏が会長だった時代に、経団連の体面を著しく損なった「前科」があるといわれる。

自民党が政権奪取に邁進していた総選挙の公示直前の2012年11月。米倉氏は当時の安倍晋三・自民党総裁が公約に掲げた金融緩和政策を「無鉄砲」「禁じ手」と痛烈に批判。この発言に激高した安倍氏はこの日以降、米倉氏を「あの人」と呼ぶようになり、政権と経済界の対話の場だった政府の経済財政諮問会議から米倉氏を外した

「製造業出身で非財閥」という経団連会長の選定の不文律から外れた最初の会長として、存在感を見せようとの思いがあったようだが、それが空回りした。次の東レ出身の榊原定征会長は政権との関係回復に動き、その結果、経団連には「政府の言いなり」とのレッテルをつけられてしまった。

■「銀行や商社から選ぶと、同業他社が支えてくれない」

そうした因縁のある住友化学に会長輩出を頼むしかないほど、経団連の人材不足は深刻となっている。

今回、十倉氏が選ばれた理由はいくつかある。「十倉氏は米倉氏の秘蔵っ子で、経団連の活動もよく知っていた」というのが表向きの解説だ。中西氏と同様、経団連での活動は長く、米倉氏の後を受け、副会長、さらには審議委員会の副議長も務めた。「中西氏と接することの長かった十倉氏は中西氏からの信頼も厚かった。安心して自分の敷いた路線を継承してくれると思ったのだろう」(経団連事務局)とされる。

しかし、中西氏にとって十倉氏を自分の後継に選んだのは「次善の策」だったに違いない。次期会長の候補となる当時の副会長の顔ぶれを見ると、「製造業で非財閥系」の基準を満たすのは日本製鉄やトヨタ自動車、コマツくらい。日本製鉄やトヨタは新型コロナウイルス感染の影響で落ち込む業績を回復するために社業に専念したいとの理由で会長職を出すのを頑なに固辞した。

残るは銀行や商社だが、「『仮に銀行や商社から次期会長を選んだ場合に、同業他社の企業が支えてくれないだろう』との懸念を漏らしていたという」(同)。結局、消去法で「財界内に敵が少ない」十倉氏が就任することになった。

■「久々に本格派が登場した」と言われていた中西氏

財界の存在感が低下しているとの声に対し、「久々に本格派が登場した」と言われて登板した中西氏は、時代遅れになった就職活動の横並び打破や終身雇用制の見直し、さらには女性の地位向上のために副会長にDeNA会長の南場智子氏を登用するなど、慣例にとらわれない活動をしてきた。これまで歴代会長が避けてきたエネルギー問題についても「資源のない日本にとって原子力発電は必要だ」などと、直言してきた。

ただ、心残りだったのは足元の財界改革だっただろう。GAFAの台頭に象徴されるデジタル革命により経済を牽引する主役がIT企業にシフトするなか、時代遅れの重厚長大型企業が幅を利かせる財界改革にも取り組むはずだった。それを実現するために期待していたのが、トヨタだった。

グーグルやアマゾンなど巨大ITが席巻する現在、自動車は日本が世界で勝負できる数少ない産業だ。雇用への波及力も高い。経団連会長を輩出してきた日本製鉄や東芝、日立なども自動車メーカーにとっては取引先のひとつにすぎない。

デジタル化にしてもCASEの対応で通信業界とのつながりも年々強くなっている。まさに各産業の結節点となる存在だ。経団連の地盤沈下を食い止めるためにもトヨタ待望論は強かった。とりわけ中西氏が見据えていたのが、トヨタ社長である豊田章男氏の経団連会長就任だ。

トヨタ自動車本社ビル
写真=iStock.com/vapadiii
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vapadiii

■トヨタから経団連副会長がいなくなる異例の体制に

しかし、肝心のトヨタは呼応しなかった。中西氏の任期は本来なら来年6月。トヨタからは早川茂氏(トヨタ副会長)が経団連の副会長にいるが、6月に副会長の任期を迎える。豊田氏を経団連会長にするには、この6月に豊田氏を経団連副会長に据える必要がある。

経団連は事務局も含め、トヨタ詣でをしてきたが、トヨタからは一向に返事が来ない。トヨタにとっても豊田氏が経団連会長になるようなことがあればトヨタの首脳人事も考えなければならない。こうしたなかで、トヨタの対応が注目されたが、早川氏の後任については年が明けてもトヨタから色よい返事は来なかった。

結局、経団連の願いもむなしくトヨタは自社の人事を優先する。豊田氏はそのまま社長を続け、副社長以下の人事を刷新した。経団連副会長の更新期を迎える早川氏は審議会の副議長に退くことになり、トヨタから経団連副会長がいなくなる異例の体制となった。

豊田社長が経団連の会長職を避ける理由はいくつかある。「社業優先」に加えて、最近では政府が掲げる脱炭素の方針について「不快感が募っている」(トヨタ幹部)との声も聞かれる。経団連が政府との距離を近付けるほど、急速な脱炭素を警戒するトヨタとの距離が離れるというジレンマの状態なのだ。

■「今の経団連でトヨタをサポートする企業がいるのか」

脱炭素の動きを巡っては、化石燃料からの脱却を進める過程で、欧米は自国産業を保護するために「国境調整措置」の検討を進めている。なかでもEUは部品なども化石燃料から発電して、その電気を使って製造したものは「クリーン」ではないとして、炭素税の対象とする方向で法制化を急いでいる。かつて日本の自動車メーカーは海外から円高誘導という「為替」で締め出されたが、今回は「二酸化炭素」で排除されようとしている。

トヨタのスタンスは「電力の問題は自動車産業だけでは解決できない」というものだ。すべての車を電気自動車(EV)にするにしても、バッテリーはエンジンを作るより単位当たりの電力消費量は多い。日本の自動車業界が一斉にEVにシフトした場合に、今、日本のエネルギーの主流になっている石炭やガスなどの火力発電を使わずに、再生エネルギーで賄える状態になるのか。原発はどう扱うのか。そのあたりのコンセンサスは経団連の中でもできていない。

特に産業別でみて二酸化炭素の排出量が最も多いとされる鉄鋼業界の場合、今の高炉方式による製鉄を電炉や水素を使った製法に変えた場合のコストは兆円規模にのぼる。

こうした日本の産業界に突き付けられる課題に対し、経団連はただ政府のいうことの「お追従ばかりだ」との疑念がトヨタにはある。仮にトヨタが経団連会長企業になった場合、財界代表として政権と向き合うことになる。その際、「今の経団連でトヨタをサポートする企業がいるのか」(トヨタ幹部)との不満がある。

■脱炭素では「総論賛成・各論反対」の状態が長く続く

ただ、トヨタとしても政府と正面から対峙することは避けたい。過去の急激な円高の局面や最近では「アメリカ・ファースト」を掲げ内向き志向を強める米トランプ政権発足時など、トヨタは政府・日銀などに円高の緩和やトランプ氏との融和を要望した経緯がある。トヨタが今までの政府への「恩義」を忘れ、脱炭素に否定的なスタンスを取り続ければ、脱炭素の動きに躊躇する「抵抗勢力」として、政府や市場から批判を受けるリスクもある。

経団連は財界の代表団として、利害が異なる企業の調整をしなければならない。特に脱炭素については総論賛成・各論反対の状態が長く続く。賛否両論が渦巻く原発の再稼働の問題についても避けては通れない。経団連から距離を置く豊田氏には「企業の枠を超え、日本の産業全体の将来について考え、実行していくその覚悟ができていない」(経団連幹部)との声もある。

かつて経団連の会長を務めたトヨタの奥田氏は「単に社員の首を切って対応しようとする経営者なら、そんな経営者こそクビだ」と言い放ち、円高下で相次いでリストラに踏み切る当時の経営トップの姿勢を批判した。

そして円高下でも雇用維持を貫き、返す刀で時の政権には円高の是正などを求めた。当時の靖国参拝問題で中国と緊張関係にあった小泉純一郎首相をいさめつつ、何回も中国に足を運び、両国の経済関係の維持に努めた。

3人の財界総理を出した日本製鉄も貿易摩擦で日米関係が悪化した際に、自らの利益を削ってまでも対米関係の修復に力を注いだ。

“軽”団連と言われて久しい経団連が閉塞感を強める日本の産業界を牽引できる存在に再び戻れるのか。十倉新会長は重い責務を抱えている。

(プレジデントオンライン編集部)

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