「死なれたら困る。すべての治療をしてくれ」そんな家族の頼みを医師は聞き入れるべきか
プレジデントオンライン / 2021年7月29日 9時15分
■トリアージは患者を見捨てているのか
これを書いているのはGW前で、緊急事態宣言が発出されたところである。
本当は5月にふさわしい、読者が明るい気持ちになれるようなテーマを考えていたのだが、医療現場が逼迫している要因の1つで、あまり議論されていないことを取り上げたいと思う。
4月のある日の深夜1時頃、新型コロナの重症患者を診る当直医と電話で話した。病院名は明かせないが、新型コロナ発生当初から第一線で治療を続ける医師は、現況を打ち明けてくれた。
「医療の質を上げようとすれば量(患者の数)は稼げません。新型コロナに限りませんが、医療において『質と量』は反比例です。『たくさんの患者さんを診る』というのと『1人を集中して助ける』ことの両立は難しい」
「国民が質のいい医療を諦めるということか?」と私が尋ねると、その医師は「我々の治療に対する“結果”に対して納得してほしい」と訴えた。
「新型コロナにかかった100歳近い患者さんご本人がもう治療は必要ないと言っているのに、『死なれたら困る。すべての治療をしてくれ』と言うご家族がいました。その方のお子さんといっても、もう70代なんです。そういうことがある限り、重症患者さんは増える一方でしょう。患者数を減らすには、大変失礼ですが一定以上の年齢の方の治療を控える、結果的に天に召されることも納得していただくという考えが必要だと思います」
“天に召される”という言葉に、あなたは抵抗があるだろうか。
これまで国内の救急の現場では全患者に対し、「救命第一」の姿勢でいたが、医療資源が限られる今はそれを見直す必要があるということだ。2020年の第1波のとき、イタリアでは60歳以上の人には人工呼吸器を使わない、と国が決めた。それによって医師会の会長も亡くなっている。
「日本でも“線引き”をしない限り、もう追いつかなくなってくるのではないか」と、現場の医師は言うのだ。
別の医師もその意見に理解を示し、こう述べていた。
「医療機器に限りがあり、医療に限界があることは確か。回復の見込みが高い患者さんにECMO(体外式膜型人工肺)や人工呼吸管理が行えないとなると、救える命が救えない事態になります。トリアージ(緊急度に応じて治療の優先順位を決めること)はやむをえない判断でしょう。また線引きをして、高齢の患者さんを“見捨てる”というより、“緩和を含めた治療を提供する”姿勢が大切なのではないでしょうか」
■「万が一」は起こるゴルフ場で容体急変も
もともと近年の救急医療で最も混乱を招いていたのが、終末期の対応だった。新型コロナ発生前の2019年、本(『救急車が来なくなる日』)執筆のため、私が日本全国の救急現場を取材していると、ほぼすべての救急医療を担う現場から「自分に回復の見込みがないときに、どこまで治療をするのかを決めておいてほしい」という声が上がった。特に、がんなど慢性の病気を持つ人は、家族と「万が一のこと」を話しておくことが重要だ。
自分が“急変したとき”にどこまでの医療行為を受けたいか。たとえば1回目の心肺停止を救急医療で助けたとする。回復が難しいと判断した場合、医師は残された家族に「また急変したらどうしますか」と聞くだろう。そのとき、あなたは家族の口から「できる限り(医療行為を)してください」と、言ってほしいのかどうか。
年齢が高いほど、心肺蘇生によって胸郭がつぶれて肺挫傷になってしまうリスクが高まったり、寝たきりの患者は足の関節が硬くなっていることが多く、救命のために動かすことで大腿骨が折れてしまうことも。人生の最期に本人が望んでいないかもしれない状況を目の当たりにするのは、どの医療従事者も葛藤がある。
救急医療の現場にいると、「ある日突然の異変」は、誰しも起こりうるのだと思う。
神奈川県にある湘南鎌倉総合病院の救命救急センターに密着取材をしているとき、ゴルフ場の打ちっぱなし練習場から、50代男性が運ばれてきたことがあった。男性はベンチで座ったままいびきをかいて寝ていて、隣の打席の人がうるさいなぁと思い、しかも30分経ってもいびきをかいていて、やがてベンチからずり落ちてしまう。これはおかしいと、ゴルフ場の人が救急車を呼んでくれたとのことだった。
男性には気管挿管(気管にチューブを挿入して、肺に酸素を送る医療行為)など救命措置がとられたものの、呼吸をつかさどる脳幹部から大量の出血(脳出血)があった。あとから駆けつけた家族は、手術をしても命が助かる見込みが非常に低いと聞き、積極的な治療を見送った。
一方で、医学的にやれる範囲のことをすべてやったとしても、健康といえるレベルには戻らない、話もできないし、何か言ってもうなずくことさえできないでしょう──医師からそのように説明されてもなお、治療を終える決断ができない家族が少なくない。
■無駄な延命治療はしない
難しいことを考える必要はなく、「無駄な延命治療はしない」など、大まかに決めるだけでも救急現場は対応がしやすい。ぜひ家族と1度話してほしい。
さて、一般市民が救急医療に対してできることとして、「終末期の治療の意思を決める」ほか、あともう1つ「目の前で人が倒れたときの対応」がある。傷病者に声をかけて反応がなければ、周りの人に119番通報してもらった後、即座に心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行うか、傷病者にAEDを迅速に装着してあげよう。心臓と呼吸が止まってから1分経過するごとに、救命率はみるみる下がり、4分経過で救命率50%ともいわれる。しかし119番に通報してから救急車が現場に到着するまでにかかる時間は10分程度。救命の可能性は、救急隊を待つ間に現場に居合わせた人(バイスタンダー)が応急手当てを行えるかどうかで大きく変わる。
新型コロナの感染も心配であろうし、人工呼吸は行わなくていい。現在のガイドラインでは「人工呼吸は必ずしも行う必要がない」とされている。傷病者の胸と腹部が上下に動いているかを見て、呼吸をしていない(動いていない)ようなら、躊躇なく胸骨圧迫を。具体的には、傷病者の胸の真ん中を目安に、1分間に100回から120回、強く速く圧迫する。傷病者の胸が約5センチ沈み込む程度の圧迫と覚えよう。
心肺停止には救命可能なものと不可能なものがある。不可能なものは仕方がないが、心臓を原因とした不整脈などで速く蘇生行為を開始したものは比較的助かりやすい。やり方がわからないときには「119番通報時」に指導してもらうこともできる。地域の救急医療能力は、住民によっても高めることができるのだ。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子 写真=PIXTA)
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