「金が尽きたら死ぬから、俺にかまうな」親の5000万を溶かした無職57歳に言いなり老母の死に支度
プレジデントオンライン / 2021年6月18日 11時15分
■勤務していた財団法人の退職金を含む亡き父の貯蓄7000万が…
相談者は、ひきこもりの弟・Aさん(57歳)を持つ、姉のBさん(60歳)。
Aさんは高校を中退後、30代前半までは、不定期ながら建築現場などでのアルバイトをしていた。お金がなくなると、少しだけ働いて、自分のこづかいをなんとか稼いでいたらしい。
ところが、30代前半のある日、アルバイト先で上司とケンカ。ケンカして帰宅した日から今日まで約25年間、無職の状態が続いている。親が働くように促し続けても、働こうとはしなかった。
Aさんの家族を紹介すると、10年ほど前に他界した父親は、現役時代、ある財団法人で70歳まで働いた人であった。在職中の収入がよく、4000万円を超える退職金をもらったことなどで、退職後は退職金を含めて7000万円程度の貯蓄を持っていた。支給される年金も、企業年金を含めると年間300万円に届くほど金額が多かった。母親(現在86歳)は、結婚以来、専業主婦として暮らしてきた。
■父親との衝突で、自殺をほのめかすように
人より長い期間働き、勤務先では役職に付いていた父親は、「男は働くのが当たり前」という考えの人だった。当然働かず、フラフラしているようにしか見えないAさんの態度には、相当な不満を感じていたことが想像できる。姉のBさんは結婚し独立しているが、父親がAさんと顔を合わせると、「いいかげんに仕事をしろ!」と怒鳴り散らす機会も多かったと、よく母から泣き言を聞かされていた。
「働け!」「自分の生活費は自分で稼げ!」と責められ続けるAさんは、30代後半くらいからは自殺をほのめかすようになった。時には、薬を大量に飲むこともあったようで(薬自体は市販の胃薬などだったらしいが)、本当に自殺されてはたまらないからと、母親が近所にアパートを借りて、Aさんにひとり暮らしをさせた。父親とAさんの怒号が飛び交う生活に、母親が耐えられなくなったからである。
それから約20年の月日が流れた。その間、厳しかった父親は亡くなり、母親は実家でひとり暮らしを続けている。退職後には7000万円の貯蓄を持ち、悠々自適となるはずだった母親の生活については、貯蓄が1000万円を切っているのが現状だ。
母親はすでに要介護2の認定を受けて、在宅で介護を受けている。要介護3になったら、特別養護老人ホーム(以下、特養)への入所申請を計画していたが、特養の費用とAさんの生活費の両方を負担するのは無理である。どのようにしたら母親の介護が成り立ち、Aさんも生活していけるのか、悩んだ末に姉であるBさんが筆者のもとを訪ねてきた。
■長男の生活費で5000万円の貯蓄を失う
父親 10年前に死亡
母親 86歳 要介護2
長女 60歳 既婚
長男(当事者) 57歳
次女 55歳 既婚
【家計・資産状況】
貯蓄 970万円
収入 母親 年金収入 130万円
長男は無職
支出 年間380万円程度
■長男の生活費は家賃を含め年250万円、母親は遺族年金で細々と…
長男の生活費は、6万3000円のアパート代を含めて、月に18万円程度。年間に直すと216万円になるが、このほかにiPhoneや家電の買い替え代、アパートの更新料などの特別支出を加えると、年間では250万円くらいかかっているらしい。ざっくりとだが、20年間で5000万円も、親の貯蓄を使った計算になる。
父親の存命中は、企業年金も含めた年金収入があったため、長男の生活費以外で赤字になる月は少なかったそうだが、父親が亡くなってからの収入は年130万円の遺族年金のみ。母親の生活費だけでも、毎月赤字が出てしまっている。支出は、長男の生活費などを含めて年380万円だ。赤字は現状、年250万円。父親が亡くなった後は、貯蓄の減るペースがいっそう加速しているのが現実だ。
実家の窮状を見かねた姉のBさんは、5年くらい前からAさんに、家に戻るように説得している。だが何度頼んでも、Aさんは首を縦には振らず、最近では電話にも出てくれないようになり、アパートに足を運ぶと居留守を使われてしまうのだそう。
Aさんも、親の貯蓄が減っている現状は理解しているが、Bさんが「どうするつもりなの?」と尋ねたときに返ってくるのは、「お金が尽きたら死んでやるから、俺にかまうな」という話ばかり。お金の話が出そうになると、耳をふさいで大きな声を出すなど、話が聞こえないように妨害される機会も少なくないという。
もはや母親には、年間で250万円かかっているAさんの生活費を、捻出する余力はない。加えて、要介護2の判定を受けている母親の生活自体も、ヘルパーに頼っているとはいえ、かなりの不便が生じている。
■要介護2の86歳母親はどの施設を選ぶべきなのか
ところで、筆者が相談を受けていて気になったのは、母親やBさんにとって、介護を受ける施設は「特別養護老人ホーム」しかないと思い込んでいることだ。
特養についてはご存じの方も多いと思うが、現在の特養は「要介護3以上」でないと、原則として申請ができない。要介護2でも申請ができるのは、緊急性が高いなど、自治体が特別に認めたケースに限られる。
しかしながら、介護を受ける場所として「介護型ケアハウス」を選択すれば、要介護1から申請・入居が可能になる。介護型ケアハウスは数がかなり少ないために、探すのも見つけるのも大変であるが、相談者には筆者が見学した中で、おすすめできる介護型ケアハウスを2つ紹介した。Bさんには2つとも、見学に行ってもらうように促した。
介護型ケアハウスの存在すら知らなかったBさんだが、紹介した2つの施設とも気に入ってくれた。母親に話をしたら、「転居してもいい」とのこと。見学した介護型ケアハウスのうち、より気に入ったほうに申し込みをする流れで、母親とBさんは合意した。
申し込み予定の介護型ケアハウスは、見学時点では待機者が2人だったので、それほど待たずに入居できそうである。月々の費用は、雑費などを含めて15万~16万円程度。入居時にかかる費用は、30万円程度の保証金だけで済む。遺族年金だけでは毎月赤字が出るとはいえ、貯蓄の切り崩しは数万円程度。介護付有料老人ホームに住み替えることを考えれば、かなり負担は抑えられる。
現在は、母親の転居プランが前に進み始めたので、そのことをAさんに伝えてもらう努力をしているところである。筆者はAさんとの面談を希望したものの、AさんからはどうしてもOKの返事をもらえず、Bさんを通してのプラン提示になった。
■実家を売却してAさんの生活費を作る
Bさんの妹(次女・55歳)にも意思確認をしたところ、遠方に住んでいて、介護のために実家に立ち寄れないことを詫びながら、母親の転居には賛成しているそうである。転居プランは現実味を帯びてきたので、次の問題は、Aさんの生活費の捻出方法となる。
現状で、お金を作れるアテは実家のみ。建物は築40年を超えているが、土地は5000万円前後で売却できるのではないかと予想できた。実家の売却案を提示したところ、売却案にBさんも妹も賛成してくれた。
この先は、母親の転居が実現したら、実家を売却する流れになる。母親は介護認定を受け身体的な介護が必要であるものの、認知症の診断は受けていない。そのためなるべく早く、実家の売却を進めたほうが良いこともお伝えした。母親が認知症と診断されてしまうと、「一切の契約」ができなくなるため、家の売却プランも頓挫してしまうからだ。
少し話は逸れるが、かなり古い家の場合、当時の売買記録が残っていないために、低い取得費しか経費に計上できないケースも多く、この家庭の場合も売却益が出そうな見込み。売却益に対して税金がかかりそうなので、税理士に相談することもお勧めした。
■長男の資金援助は年50万~100万円カット、月2万~3万円稼いでもらう
話を戻すが、売却したお金は母親のものとして銀行に預ける。Aさんの生活費だとしても、Aさんの口座にまとめて入金すると、贈与に該当する可能性が出てきてしまうからだ。売却が実現したら、「母親からの生活費援助」という名目で、Aさんに渡していく予定。渡す方法や頻度などは要検討事項になる。
Bさんも妹も、「自分たちがAの生活費を援助しなくて済むなら、母親の相続が発生した際に、実家の売却代金の残りは、全部Aにあげても構わない」と言っている。相続時の意思確認もできたので、あとはAさんに実家を売却することを伝えるとともに、Aさんの生活費の削減提案をしていく。
実家の売却が実現すれば、Aさんは今のアパートで暮らし続けられる。だが、今までと同じ水準、つまり年間250万円もの資金援助はできない。家賃と生活費を合わせて、年間150万~200万円程度の生活費で暮らしてもらいたいところである。
加えて、正規の雇用はあきらめても、福祉事務所や社会福祉協議会、社会福祉法人などを通して申し込める「自立相談支援事業」などの就労支援を活用して、せめて月に2万~3万円は稼いでもらえるように促していく。長く続けてきたひとり暮らしで、人と話す機会はほとんどない。受け答えなどの訓練を受けなければ、就労は難しいだろうと、Bさんが心配しているからだ。
ところで、Aさんの老後生活を想像してみる。Aさんの国民年金保険料は、母親がひと月も滞納なく払い続けている。母親が施設に入居した後は、Aさんが60歳になる(59歳11カ月)までの2年くらいは保険料を払えなくなるが、その間は「申請免除」の手続きをするのが適当である。申請免除が認められると、保険料負担はなくなり、いっぽうで保険料(満額)を払っている人の2分の1の年金が加算される。老齢基礎年金の2分の1は国庫から出るお金だからだ。申請免除を受けても、Aさんは月約6万円ちょっとの老齢基礎年金を、65歳から受け取れる計算になる。
年金の受給が開始すれば、貯蓄の取り崩しペースは緩くなる。売却予想価格内で、Aさんのひとり暮らし生活は成り立ちそうだが、Aさんが今より生活費を減らせる保証はない。またアパートの更新料が発生したり、今よりも古くなったら引っ越しの必要が出るかもしれない。そんな特別支出に備えて、Aさんにも数万円程度は働いてもらえるように促していく。
■現在の特養は、安い施設と言い切れなくなっている
ちなみに、家を売却して資産が増えた場合、特養の月々の費用負担は高くなる。単身者で1000万円を超える資産があると、軽減措置(補足給付)が受けられなくなるからだ。将来的には資産基準が1000万円より引き下げられる見込みにもなっている。
母親は介護費用の自己負担割合が1割であるが、自己負担割合が3割の人だと、特養の月々の費用は25万円を超えるケースも増えている(ユニット型特養の場合)。もはや「特養は、安い介護施設とは言い切れなくなっている」ことを知っておく必要があるだろう。
母親の住み替えプランを検討する中で、最初は母親本人やご家族が望むように、要介護3以上になったら特養へ転居するプランも考えたが、介護型ケアハウスと費用負担に差がなく、自己負担するものの金額によっては、特養のほうが高くなる可能性もある。
そのため、特に問題が起こらない限り、母親は介護型ケアハウスで暮らし続けることを想定している。筆者が紹介した介護型ケアハウスは、看取りも可能なので、重い病気で長期入院でもしない限りは、終の棲家にできる。ケアハウスには資産基準がないため、マイホームを売却して貯蓄が増えても、月々の費用負担に影響がない点もありがたい。
■「8050問題」を超え「9060問題」の相談者が直面していること
ひきこもりの子がいる家庭の生活設計相談を受けている中で、「親が介護になった場合はどうするのか」を具体的に考えている人にお会いした経験がない。いっぽうで「8050問題」を超え、「9060問題」の相談者と向き合っていると、介護のことを具体的に考えるのは急務だと感じる。親は適切な介護を受けられず、子どもはお金がなくて、困り果てる未来が簡単に想像できてしまうからだ。
ひきこもりの子は、ヘルパーが家に来るのを嫌がるケースが多い。私の相談者の中にも、子どもがヘルパーを追い返したり、家の鍵を替えて、家に上がれなくしたりしたケースもある。親は適切な介護サービスを受けられず「介護放置」になっているのではないかと心配している。
「ひきこもりと介護」には親和性がないように感じるかもしれないが、8050問題のその先に、確実に潜んでいる問題なのだ。
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ファイナンシャルプランナー
「高齢期のお金を考える会」主宰。『ラクに楽しくお金を貯めている私の「貯金簿」』など著書、監修書は60冊を超える。
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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)
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