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「山口組と香港マフィアの意外な共通点」現代中国を読み解く"東洋史"の視点

プレジデントオンライン / 2021年6月21日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

コロナ禍の現在、「新型コロナは人民解放軍の生物兵器」といった中国がらみの陰謀論もよく飛び交うようになっている。なぜ中国は陰謀論の対象になるのか。幸い日本には「東洋史」という学問がある。江戸時代以来の漢学の伝統のうえに、清朝の考証学や西洋の歴史学の実証的な研究姿勢を組み合わせた日本独自の研究分野で、主に中国と漢字文化圏の歴史を考察の対象としてきた。

現代の中国を読み解くには、この東洋史の視座が大変有用だ。京都府立大学教授で東洋史学者の岡本隆司氏と、中国ルポライターで大学・大学院時代に東洋史を修めていた安田峰俊氏の「東洋史対談」をお届けする――。(前編/全2回)

■日本にないものを日本語で表現すると「ひとり歩き」する

【安田】日本の地盤沈下やコロナ禍による社会不安もあってか、近年ではフェイクニュースや「トンデモ歴史学」が従来に増して盛んです。なかでも「新型コロナは人民解放軍の生物兵器」といった、中国がらみのデマは特に多い。そこで「東洋史学はいかにトンデモに立ち向かえるか?」というのを今日の隠れたテーマにしたいのですが……。

安田峰俊『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)
安田峰俊『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)

【岡本】それは大きい話だなあ(笑)。わが「東洋史学」のありかたは追い追い語り合うとして、まずは「トンデモ」説の一つとして、中国がらみの陰謀論について話しましょうか。安田さんの著書『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)の副題「マフィア、政党、カルト」も、ぱっと聞くといかにも陰謀論的な臭いの単語が並んでいます。日本語で説明するとこういう言葉を使わざるを得ないわけですが……。

【安田】そうなのです。実際のところ、中国の民間組織である「会党」は、ヤクザと右翼と生活協同組合とライオンズクラブと県人会を足して5で割らないというか、どんな性質も持ち得る存在です。もちろん「秘密結社」でもありますが、その言葉だけでは説明できない。ただ、いちど「秘密結社」と呼びはじめると、語感がひとり歩きしておどろおどろしいイメージが生まれます。

京都府立大学の岡本隆司教授(撮影=中央公論新社写真部)
京都府立大学の岡本隆司教授(撮影=中央公論新社写真部)

【岡本】呼称はそれを呼ぶ者の目線を反映するんです。まず日本と中国の国情にちがいがあって、日本にないものを日本語でいわないといけないので、誤った、ムリな表現になる。これは別に日中に限らない話です。

もうひとつは立場・観点のちがいでしょうか。たとえばわれわれ研究者が目にする史料の多くは、実は官憲やエリート知識人が書いたもの。ゆえに権力や知識人の目から見れば、庶民のわけのわからない集まりは「秘密結社」で、儒教なり共産主義なりの“正しき”価値観から外れた信仰のありかたは「邪教」となる(笑)。おどろおどろしい呼称は、誤解と偏見の産物でもあるわけですね。

■「中国共産党と結託した巨大な秘密結社が動いた」のウソ

安田峰俊『八九六四 完全版』(角川新書)
安田峰俊『八九六四 完全版』(角川新書)

【安田】誤解といえば、2019年7月に香港デモを妨害した「三合会」(『八九六四 完全版』参照)についても、日本では「中国共産党と結託した巨大な秘密結社が動いた」と伝える声がありました。

ただ、実は広東語で「三合会」は黒社会全般を指す一般名詞で、「ヤーさん」くらいの意味でしかない。余談ながら、中華圏では同じく「山口組」という単語も日本のヤクザ全般を指す一般名詞です。どちらも特定の組織を指してはいません。

【岡本】史料・歴史に登場する「天地会」や「白蓮教」もそれに近いところがあり、官憲目線からの一般名詞に近い呼称と言っていい。現在の中国の物事についても、中国当局の官憲のバイアスのみならず、西側の外国人(=日本人)や近代人の目線によるバイアスもあると意識する必要があります。トンデモ説や陰謀論にしても、こうしたバイアスや対象への無理解から生まれるわけですから。

■なぜ中国は陰謀論の対象にされるのか

【安田】過去の例を調べると、国家や民族を対象とした陰謀論は2種類ありそうです。ひとつは「弱い相手」の陰謀論。これは差別感情がベースにある妄想で、たとえばユダヤ陰謀論や一部の移民排斥論などが該当します。日本で「在特会」などが主張していた在日コリアン陰謀論もこのたぐいですね。弱いはずのマイノリティが実は集団で群れて、こっそりと悪いことをたくらんでおり、マジョリティの社会を乗っ取るという言説です。

東洋史出身の中国ルポライター・安田峰俊氏
東洋史出身の中国ルポライター・安田峰俊氏

【岡本】なるほど。弱いから群れてコソコソ「陰謀」に走る、というわけで、さきほどの「秘密結社」の国家・民族版というところでしょうか。もうひとつはどうなりますか?

【安田】アメリカなり多国籍企業なり、往年のナチスやソ連なりの「強い相手」が対象の陰謀論です。「あれだけ強い連中だから、裏でもっと怖いことをしているに違いない」というわけです。エイズやエボラ出血熱はアメリカが開発した生物兵器だ、ビル・ゲイツはコロナワクチンに謀略を仕掛けている、テトリスの流行は西側の生産性を落とすためのソ連の陰謀だ……といったものが好例でしょう。

■中国と日本はお互いを猜疑心の色眼鏡でしか見られない

【岡本】こういうものは俯瞰的な視点、歴史的な視点を持っていないと、生真面目な人ほどうっかりはまり込みやすい気がしますね。「アポロは月に行っていない」といった荒唐無稽な話でも、信じてしまう人は少なくありません。

【安田】現在、中国が陰謀論の対象になりやすいのは「弱さ」と「強さ」を両方満たしているからだと思います。日本では中国への蔑視感情が色濃く残っていますが、いっぽう現実の中国は強い国で、国際的な存在感も日本より高い。「あと●年で中国崩壊」と「中国はコロナ兵器と5Gで世界を侵略する」という話を同時に信じる人がいるのはそういう理由です。

岡本隆司『中国「反日」の源流』(ちくま学芸文庫)
岡本隆司『中国「反日」の源流』(ちくま学芸文庫)

【岡本】「中国崩壊」については、わたしも同様のテーマで文章を書いたことはありますが、滑稽でした。しかし、そのときの編集者いわく「崩壊」って書かないと売れないというのですね。これを聞いた時は、むしろ日本のほうこそ大丈夫なのだろうかと思えてしまいました。

以前(2011年)の拙著『中国「反日」の源流』(ちくま学芸文庫)でも書きましたが、中国と日本は社会のつくりが違うので、お互いを猜疑心の色眼鏡でしか見られないという構造的な問題があるのです。これは非常に根深いものですから、個人の力で容易に変えられるものではない。ただ、せめて問題の所在はこれで、お互いを冷静に見る視点はこうだ、と示すお手伝いはおこないたい。それが中国を対象にした地域研究にたずさわる者の役目ではないでしょうか。

■アメリカから見る中国は「無理解」である

【安田】扇情的なトンデモ中国論は、日本ではもう20年近くおなじみです。ただ最近はアメリカで広がるものも多いですね。コロナ生物兵器論にしても、亡命反体制富豪の郭文貴のグループや、反共的な疑似宗教団体の法輪功(『現代中国の秘密結社』参照)が傘下メディアを通じて主張したデマが、アメリカや日本でまことしやかに受容された形です。

【岡本】アメリカはもともと外部に敵を設定しがちな国で、いまはその対象が中国になっていますから、中国関連のデマも受容されやすくなりますね。日本から見る中国以上に、アメリカから見る中国は「無理解」である。「無理解」は陰謀論の苗床でもあります。

■アメリカの中国研究は残念ながらレベルが低い

【安田】『中国vs.日本』(PHP新書)という本でも書いたのですが、どうやら欧米圏の諸国が中国を本気で警戒するようになったのは、せいぜい2018年ごろからです。かつて各国は「無理解」のまま中国を受け入れ、やがて「無理解」のまま嫌うようになりました。この変化のキーのひとつはコロナ流行ですが、要因としてはアメリカとの対立関係の深まりのほうが重要です。

安田峰俊『中国vs.日本』(PHP新書)
安田峰俊『中国vs.日本』(PHP新書)

【岡本】アメリカの中国研究はいったい何をやっているのかという感じですね。アメリカはもともと歴史が弱い国ではあるのですが、中国を対象とした地域研究や歴史研究は残念ながらレベルも低いし低調です。アメリカで中国研究をやっている人は華人系の方ばっかりだったりもするのです。これはコリアン・スタディーズにも似た傾向があります。本人たちや周囲はそう思っていないかもしれませんが、だとすると、いよいよ度し難いと思います。

【安田】当該の分野に対する人文系の学問の体力の弱さが、トンデモ説や陰謀論を生みやすい社会を作ってしまう、とは言えるかもしれません。(後編に続く)

編集部註:本対談は『中央公論』5月号向けに実施されたものを、安田氏がアレンジを加えてまとめなおしたものである。また、文中で物故者についてはすべて敬称を略した。

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岡本 隆司(おかもと・たかし)
京都府立大学教授
1965年、京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。宮崎大学助教授を経て、現職。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に『近代中国と海関』(名古屋大学出版会・大平正芳記念賞受賞)、『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会・サントリー学芸賞受賞)、『中国の誕生』(名古屋大学出版会・樫山純三賞、アジア太平洋賞特別賞受賞)、『世界のなかの日清韓関係史』(講談社選書メチエ)、『李鴻章』『袁世凱』『「中国」の形成』(以上、岩波新書)、『近代中国史』『世界史序説』(以上、ちくま新書)、『中国の論理』『東アジアの論理』(以上、中公新書)、『日中関係史』(PHP新書)、『君主号の世界史』(新潮新書)、『世界史とつなげて学ぶ中国全史』(東洋経済新報社)、『増補 中国「反日」の源流』(ちくま学芸文庫)など多数。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター
1982年滋賀県生まれ。中国ルポライター。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞。2021年は『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)、『八九六四 完全版 「天安門事件」から香港デモへ』(角川新書)、『中国vs-世界 呑まれる国、抗う国』(PHP新書)を続々と刊行。

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(京都府立大学教授 岡本 隆司、ルポライター 安田 峰俊)

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