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日本人妻を残して強制帰国…20代留学生の日常を奪った警察官の"あるひと言"

プレジデントオンライン / 2021年6月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

日本の刑事司法は、英米とは仕組みがまったく違う。弁護士の高野隆さんは「日本は英米に比べて逮捕されてからの拘束期間が異様に長い。ある外国人の留学生は1年以上にわたって勾留された結果、日本人の妻がいるのにアメリカに退去強制させられてしまった」という――。

※本稿は、高野隆『人質司法』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■日本の刑事裁判の“恥ずべき現状”

私の弁護戦略としては、依頼人が「やってない」「無実だ」という以上、躊躇(ちゅうちょ)することなく徹底的に闘うようにしています。

黙秘を助言し、調書への署名拒否をアドバイスし、依頼人の自由を回復するためにあらゆる手段を講じる、というものです。こうした弁護活動はマイナスに作用するようにも見えるかもしれませんが、むしろ不起訴処分を獲得することは珍しくありません。

私の実感では、検事の機嫌を損ねて、本来起訴猶予になるはずの人が起訴されたということはありません。もちろん、否認のまま起訴されることはあります。そうしたケースは、被告人が自白していても起訴されたものだと思います。

後の章で述べるように、否認のまま起訴されると保釈が認められにくいというわが国の恥ずべき現状があります。しかし、こうした現状に戦いを挑み、依頼人の自由のために最善の努力をすること、無罪推定の権利を実質的に保障して公正な刑事裁判を実現するために全力を尽くすことこそが、刑事弁護人の大切な仕事だと私は信じています。

■まったく当てにならない検察の統計

身柄拘束されている被疑者のうち、起訴されるのは半分ぐらいです。

勾留されている約9万人のうち、そのまま訴追されるのは約5万人(※1)に過ぎません。約4万人は訴追されずに勾留期間満期に釈放されます。

検察の統計によると、釈放され不起訴になった人のうち、4分の3は「起訴猶予」、すなわち前出の訴追裁量権に基づいて、犯罪は認められるが犯情や本人の反省の態度などを汲んで起訴しないという処分をしたものであり、4分の1が「嫌疑不十分」すなわち起訴しても有罪判決を得られる確信がないものということになっています。

しかし、この統計は全く当てになりません。統計上「起訴猶予」にカウントされている事件には本来「嫌疑不十分」にカウントされるべき事件──起訴されたら無罪になる可能性がかなりある事件──も少なからず含まれていると思います(※2)

私の経験上も、無罪を主張して黙秘や署名拒否を貫いた結果、不起訴処分を得たケースでも、検察庁の不起訴処分告知書の「不起訴処分の理由」欄に「起訴猶予」と書いてある例はたくさんあります。

客観的なデータはありませんが、私の感覚では、「起訴猶予」のうち30%ぐらいは、検察官が有罪判決を得られる確信がないために起訴しなかった、つまり本当は嫌疑不十分による不起訴なのではないかと思います。

(※1)2019年の検察統計によると公判請求が4万1607人、略式命令請求が7065人、家裁送致が3495人。検察統計年報2019年表44「既済事由別 既済となった事件の被疑者の勾留後の措置、勾留期間別及び勾留期間延長の許可、却下別人員 ─自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く─」。
(※2)検察庁内部ではこのような起訴猶予処分を「嫌不(けんぷ)的起訴猶予」と呼んでいるそうです。デイビッド・T・ジョンソン(大久保光也訳)『アメリカ人のみた日本の検察制度:日米の比較考察』(シュプリンガー・フェアラーク東京 2004)、72~73ページ。

■「保釈」は被告人の権利だとされているが…

すでに述べたように、英米では逮捕されてから24時間から48時間以内に保釈が認められて釈放されるのが原則です。

その後、捜査機関の取り調べを受けるということもありません。在宅でそれまでの生活を続けながら、来るべき公判の準備をするのです。

これに対して、日本で逮捕された被疑者は、23日間身柄拘束され、その間捜査官の尋問を繰り返し受けることになります。そして、起訴されれば、そのまま身柄拘束が続きます。

ここで初めて「保釈」という制度の対象になります。保釈は勾留状態で起訴された被告人が、裁判官が定める保証金(保釈金)を納めるのと引き換えに釈放されるという仕組みです。

東京地方裁判所の看板
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

裁判官は保証金の額の他に、被告人の住居を制限するなどの条件(保釈条件)を定めることができます(刑事訴訟法93条)。保釈を認められた被告人が逃亡して公判に出頭しなかったり、保釈条件に違反したりすると保釈は取消されて身柄は再び拘束され、かつ、保釈金は没収されます(刑事訴訟法96条1項、2項)。

法律の建前では保釈は権利とされています。つまり、保釈の請求を受けた裁判官は原則「これを許さなければならない」というのが、法律の建前なのです(刑事訴訟法89条)。

それは、刑事訴追を受けた被告人は裁判所によって有罪を宣告されるまでは無罪の者として取り扱われなければならないという「無罪推定の権利」を保障されるというのが、今日の国際的な水準だからです(※3)

(※3)最高裁判所事務総局編『司法統計年報(刑事編)平成30年版』第32表。

その基準に則れば、罪を自白している被告人は、無罪推定の権利を放棄しているのですから、保釈を認める必要はありません。逆に、無罪を主張している(否認している)被告人には、保釈を認めなければならないはずです。

実際、英米では有罪を自認した被告人には保釈は認められません。裁判官の前で「無罪」と答弁した人だけが保釈されます。

ところが、現在の日本では、全く逆の運用になっています。罪を自白した被告人は容易に保釈が認められ、否認している被告人はなかなか保釈が認められず、身柄拘束がいつまでも続くのです。

新宿の交番前に停車するパトカー(2019年8月8日)
写真=iStock.com/Marco_Piunti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marco_Piunti

■保釈は権利ではなく“例外”として扱われている

保釈は「権利」であり「原則」だと言いましたが、法律はいくつかの「例外」を定めています。

もっとも頻繁に利用されるのが、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」(刑事訴訟法89条4号)という例外です。これは、先に説明した勾留の理由の一つと同じです。

繰り返しですが、事実を否認している被疑者は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があると判断されて勾留されるのです。保釈の場面でも、裁判官は全く同じ発想をします。

否認している被告人はほぼ例外なく、「事件関係者や共犯者(と疑われている人)と口裏を合わせる可能性がある」と言われ、罪証を隠滅する相当な理由があると判断されて、権利としての保釈を否定されます。否認している被告人に保釈が認められるのは、いわゆる「裁量保釈」だけです。

裁量保釈というのは、権利としての保釈は認められないけれども、「罪証を隠滅するおそれの程度」が低く、「身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるとき」に、裁判官が職権で保釈を許すことができるという規定(刑事訴訟法90条)に基づいて保釈が認められることです。

要するに、無罪を主張する被告人にとって保釈は権利ではなく、特別の事情があるときに限って例外として保釈が認められるというのが現在の日本の実務です。

■警察官7人で囲み、2時間かけて現行犯逮捕

参考までに私が過去に弁護人として関わったケースを紹介します。

英会話教師の傍ら大学に通っていたデイビッド・メイソンさん(仮名、26歳)は、2018年11月末の夜、渋谷の繁華街を友人と歩いていたところを警察官に呼び止められました。

彼は来日後、米軍基地で働く日本人女性と結婚しましたが、在留資格の更新が認められず、オーバーステイとなっていました。しかし、日本人の配偶者として特別在留許可の申請をして、程なくそれが認められるところでした。

メイソンさんは、警察に求められるままにパスポートを提出して、自分は特別在留許可申請中であるから、オーバーステイではないと説明しました。警察官は突然彼の体に触れてきました。

その手が彼の股間(こかん)付近に触れたとき、彼はたまらず「ノー」「ドント・タッチミー」と言って後ずさりました。警察官は彼のズボンの股間付近を掴んだまま手を離しませんでした。そして、警察官は二人がかりで彼をその場に押し倒しました。

彼は「行かせてくれ」、「触らないでくれ」と繰り返し言いましたが、警察官は彼のズボンを手で掴んだままでした。警察官の数が増えて、7人の警察官が彼を取り囲み、腕を掴みました。

職務質問開始から2時間経過したとき、警察官はメイソンさんを入管法違反(不法残留)の現行犯で逮捕しました。この逮捕に伴う捜索・差押であるとして、警察は彼の所持品をその場で差し押さえました。

その中に大麻があったとして、今度は大麻所持の現行犯として逮捕しました。彼は手錠をかけられて警察署に連行されました。

■「尿を提出するならトイレに行かせてやる」

警察署で尿意をもよおした彼は「トイレに行かせてほしい」と言いました。

すると警察官は「尿を提出するならトイレに行かせてやる」と言いました。彼は仕方なしに警察の採尿容器に尿を出して一旦は提出しましたが、最終的には提出を拒みました。しかし、警察は彼の意思を無視してその尿を科捜研の鑑定に送りました。

逮捕の22日後にメイソンさんは大麻所持で起訴されました。年が明けた2019年1月、彼の尿からコカインが検出されたとして、彼はコカインの使用で再度逮捕されました。また、彼が所持していた物からLSDとコカインも発見されたとして、それらの違法薬物の所持罪でも起訴されました。

メイソンさんは、それらは自分のものではない、尿から検出された物質も自分が使用したものではないと言って争いました。

私と私の事務所の和田恵(わだ めぐみ)弁護士が彼の弁護人に就任しました。われわれは、「警察による職務質問と所持品検査は、暴力を伴うもので『任意捜査』とはとうてい言えない、著しく違法な捜査であった。したがって、押収した物件や尿やこれらの鑑定結果は違法に押収されたものであって証拠能力はない」と主張しました。

われわれは2019年3月に保釈請求をしました。検察官は「未だに被告人の認否も不明である上、弁護人からの具体的な争点に関する主張も証拠意見も明らかにされていない状況である」「被告人が自己の刑責を免れるために、関係者等と口裏を合わせ、あるいは威迫するなどして罪証隠滅を図る恐れは極めて大きい」などと言って保釈に反対しました。裁判所もこの意見を入れて保釈を却下します。

この事件の公判前整理手続が終結したのは、最初の逮捕から1年2カ月経過した2020年1月下旬でした。その原因は、時期遅れの再逮捕と追起訴に加えて、やはり証拠開示の引き伸ばしでした。

■起訴から半年経過しても証拠を開示しない検察

われわれは、警察が押収して鑑定に付したものはメイソンさんのものではないという主張をいち早く提出し、それにともなって、検察官が「押収品」だと主張している物件がどのように保管されていたのかを示す押収品保管簿などの資料を開示するように求めました。

また、繁華街である現場には必ず防犯カメラがあるはずですから、その動画データを提出するように求めました。ところが、起訴から半年以上すぎても検察官はわれわれの証拠開示請求に対する回答すらしませんでした。

検察官は「4月の異動期になり、引き継ぎに時間がかかっている」とか「科捜研に問い合わせ中である」などと弁解していました。6月になっても回答がありませんでした。

そこでわれわれは「勾留による拘禁が不当に長くなったとき」(刑事訴訟法91条)にあたるとして、勾留の取消請求をしました。しかし、東京地裁の裁判官は「本件はなお勾留を継続する理由及び必要があり、勾留による拘禁が不当に長くなったときにも当たらない」としてわれわれの請求を却下しました。

■無罪になるも退去強制させられ妻と引き離される

この事件の公判は、被告人の身柄が拘束されたまま行われました。2020年3月に10回の公判期日が行われ、警察官や科捜研の技官ら12名の証人尋問が行われました。

高野隆『人質司法』(角川新書)
高野隆『人質司法』(角川新書)

同月16日、公判裁判官は、本件の職務質問・所持品検査そして採尿手続には重大な違法があったとして、検察側の主張を支えるほとんどすべての証拠を却下する決定をしました。

そして、その2日後に無罪判決を言い渡します。メイソンさんは判決言い渡しの1時間後、東京地裁地下の仮監(東京拘置所の別室)から釈放されました。逮捕から474日ぶりのことでした。

検察官の控訴はなく、無罪判決は確定しました。しかし、彼はもはや大学に通うこともできなくなっていました。特別在留許可を受ける可能性もなくなりました。退去強制手続が執行され、彼は日本に奥さんを残したままアメリカに帰りました。

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高野 隆(たかの・たかし)
弁護士
1956年生まれ。早稲田大学部法学部卒業後、1982年より弁護士として活動。早稲田大学大学院法務研究科教授など歴任ののち、現在高野隆法律事務所代表パートナー。専門は刑事弁護で、「三大刑事弁護人」「刑事弁護界のレジェンド」などと称される。カルロス・ゴーン被告の弁護団の一員。

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(弁護士 高野 隆)

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