中国やアメリカと向き合うためには「日本+韓国 2億人経済圏」を検討すべきだ
プレジデントオンライン / 2021年7月24日 11時15分
※本稿は、青木理・安田浩一『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■無責任とメンツによるその場しのぎ
【青木理(ジャーナリスト)】先日、東京新聞で長く防衛問題を取材してきた半田滋さんと対談する機会があって、いろいろと興味深い話を聞かせてもらいました(この対談も前掲『時代の異端者たち』所収)。僕は防衛問題にあまりくわしくないのですが、半田さんによると、海兵隊の基地である普天間飛行場なんてさっさと返還させて、空軍の嘉手納基地と統合するのが一番合理的だというんですね。嘉手納は米軍にとって東アジア最大級の空軍基地で、三五〇〇メートル以上の滑走路を二本も擁している。
ところが、海軍から分派した海兵隊と空軍はマインドがまったく違うものだから、空軍が日本の外務省とタッグを組んで統合案を潰してしまったというんです。一方の海兵隊も空軍に頭を下げるなんてごめんだから、自前の基地である普天間飛行場は手放したくない。ただ、その代わりに日本政府が新たな基地をつくってくれるというなら願ってもない話。辺野古の新基地建設はそういうことにすぎないんじゃないかと半田さんは言うんです。
【安田浩一(ノンフィクションライター)】米軍の居心地のよさを追求して基地がつくられているという倒錯ですね。
【青木】ええ。そうして日本政府は辺野古の海への土砂投入を強行しています。でも、果たして辺野古の新基地など本当に作れるのか。安田さんもよくご存知のとおり、日本政府の見積もりでも完成は二〇三〇年以降にずれ込み、総工費はすでに当初計画の三倍近い約一兆円に膨れあがっている。これが沖縄県の試算では、じつに二兆五〇〇〇億円に達するのではないかとみられています。
■歴史から学ばないリアリズムなき政治
【青木】実際、埋め立て予定地の海底には広範囲な軟弱地盤の存在も明らかになっていますから、おそらく沖縄県の試算のほうが現実に近いでしょう。いや、沖縄県の試算だって甘いぐらいかもしれない。マヨネーズ状と評される軟弱地盤は最深九〇メートルにも及ぶことが判明していて、過去にそんな埋め立て工事をした経験もなく、機材すらない。そして何よりも沖縄の民意は圧倒的反対なわけですから、こんな基地は完成しない、できないだろうと断言してもいいのではないかと僕は思っています。
【青木】つまり、完成の目算などないまま強引に埋め立て工事だけを続けているのが現状に近い。そこから透けて見えるのは米国の顔色をひたすらうかがい、とりあえず現在をやりすごせばいいという政権と官僚の刹那的な無責任体質と、一度決めたことは後戻りできないという政治のメンツと官僚的硬直性。負けがわかっていて無茶な戦争に突き進み、負けが確定した後もずるずるとやめられず甚大な被害を出した先の大戦とも相似形です。歴史に学ぶ姿勢が根本から欠如した無謀な政治が、口先では勇ましいことを吠えながら真のリアリズムも喪失させて破滅へと突き進む構図です。
僕は韓国に長く暮らしたので、ついつい沖縄と朝鮮半島を対照しながら物事を考えてしまうんだけど、歴史に真摯な思考を馳せる態度を失い、リアリズムまで欠落させているという意味では、日本政府の姿勢は沖縄に対する際とよく似ています。
■「徴用工問題」日本側の主張も一理あるが……
【青木】これを幸いというべきか、先の大統領選で敗北したトランプ政権は退場しましたが、いずれにせよ米中が覇を競う時代は今後しばらく続くでしょう。もちろん軍事的にも肥大化する中国は大きな懸念材料ですが、地政学的にも経済的にも密接に結びついた中国といったいどう向き合うか、日本にとって本当に悩ましい問題です。あるいは北朝鮮とどう対峙するかを考えたって、東アジアで数少ない民主主義国家である韓国との関係改善や連携は必須不可欠です。
なのにいまだ歴史認識問題をめぐって角を突き合わせ、さらにそれを悪化させるような振る舞いばかりを繰り返している。つくづく愚かというしかありません。日韓国交正常化当時の保守政治にかろうじてあったリアリズムさえ失われている。
一九六五年の日韓国交正常化をどう考えるべきかについては『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』の第一章でも簡単に触れました。たしかに一九六五年の正常化交渉では日本が韓国に無償三億ドル、有償二億ドルの「経済支援」を行うかわりに互いの請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」とうたっています。
ですから、当時は問題として顕在化していなかった元慰安婦問題などはともかく、元徴用工への賠償を日本企業に命じた韓国司法の判断は納得しがたいと日本側が主張するのは一理あるのかもしれない。
■軍事独裁政権との政治的妥協
【青木】ただ、繰り返しになりますが、一九六五年の国交正常化は韓国の軍事独裁政権と日本の保守政権による政治的妥協の産物でした。日本の保守政界は韓国の軍事独裁と密接に結びつきながらそれを強固に支え、激しさを増す冷戦体制の下、日米韓の結束の必要に迫られた米国に促されて日韓が国交正常化を成し遂げた。
もちろん、日本の資金をもとに韓国の軍事独裁政権は「漢江(ハンガン)の奇跡」と称される経済成長を実現し、日本もその成長を支えて貿易面などでも大いに潤いました。「反共」という大義名分に加え、そこを見ればかつての保守政治のリアリズムも間違いなく感じられる。
【青木】一方、そうした軍事独裁政権との政治的妥協だったため、韓国の民衆の意向などは完全に置き去りにされ、補償や権利などは完全に踏みつけにされました。
そんなものは韓国の都合じゃないかと言ったって、おおもとをたどれば戦前・戦中に日本が朝鮮半島を併合して統治して人びとに塗炭の苦しみを与えてしまったのがすべての問題の原点ですからね。
■リアリティなき「反日」というレッテル
【青木】そう考えれば、一九六五年の諸協定ですべて解決ずみだと言い放ってふんぞりかえり、「韓国は約束を守らずにゴールポストを動かす」とか「いつまで歴史を持ち出して文句を言うのか」などと言い立てるのは、不当であると同時に不道徳だと僕は思っています。
また、そんな理由で韓国といつまでもいがみあい、日韓が緊密に連携を取れないのは政治的リアリズムの喪失です。日韓の人口を合わせれば二億人近く、両国の経済規模を合わせれば相当な経済圏となって強力な交渉力も持つことになりますから、米国や中国と向き合う際はもちろん、北朝鮮を交渉の場に引きずり出すためにも連携したほうがいいに決まっている。そんなリアリズムすら最近はない。
一方で安田さんの話にあったように、歴史的な経緯にまで視野を伸ばすこともないまま「沖縄好きな人が多いから差別なんかしていない」とか「これほど韓国エンタメが流行ってるんだからみんな韓国が大好きなんだ」といった物言いも、いかにも物事を矮小化していて本質を見誤らせますよね。
もちろん沖縄を好きな人が多いとか、韓国文化を好きな人が多いというのは悪いことではないし、先ほど話したように、そこから新しい交流の回路が生まれてくることに僕は期待していますが、その前提として歴史的経緯への知識や人びとが現に置かれている状況への想像力を持たねばならない。でないと、おためごかしのきれいごとで現実から目を逸らし、差別などを黙認する風潮の背を押してしまうに等しい面がある。
■「沖縄の新聞は反日だから」
【安田】青木さんの言われる歴史的な差別構造がまったく解消せず、さらに歪(いびつ)に強化されているかに見えるいま、個別具体的な差別も新しいかたちで現れてきています。
五年ほど前の話になりますが、琉球新報の記者が東京支局勤務となって、都内の賃貸マンションを契約しようとしたら断られたんですよ。それは沖縄県民だからというよりも、家主から言われたのは「偏向新聞だから」「沖縄の新聞は反日だから」。たぶんその家主は沖縄の新聞なんか読んでないはずなんです。
つまり、ネットに出ている情報だけを拾ったんだと思います。
「反日」という物言いが僕はむかついて仕方がないんだけど、韓国にせよ、沖縄にせよ、必ず「反日」という言葉を用いることによって、ある種の色分けを考えている人びとがいるわけですよね。
ネットなんかの情報に左右されて、物事の判断基準の一つに「反日か親日か」みたいなことを持ち込む人が増えているのは非常に気になりますね。それこそ身勝手で一方的な分断です。
■生活、生存を脅かされる「反日狩り」
【青木】薄っぺらな理屈が堂々とまかり通ってしまうという意味では深刻な現象ですよね。その「反日」なるものの基準にしたって、時の政権にまつろわないとか、日本を悪く言う奴は許さんといった程度の理屈というか、理屈にもならない脊髄反射的な病的症状の一種ですからね。
被差別者が就職や結婚、あるいは住居を借りる際に不利益を受けるというのは古くからある許されざる差別の典型ですが、「反日」だからマンションを貸さないなどと言い出したら、僕や安田さんなんて住むところがなくなってしまう(笑)。
【安田】いや、それは笑い事ではなく、きわめて現実的な危機としてこれから出てくるんじゃないかという気がするんですよ。
青木さんなんかとくにそうだけれど、ネットで貶められた青木像みたいなものが一人歩きした場合に、たとえば青木さんがマンションを借りようとしたときに、家主側はストレートに言わないまでもネチネチとそれを貸さない理由にしたり、あるいはその情報がどこかから家主に流されてきたりということがあり得る。
僕なんかも、ホテルを予約するときなどに、名前を確認される際に、相手がネトウヨだったら嫌だなとか、一瞬思いますもん。出張先で宿帳に安田浩一と書いて、そのホテルのフロントが熱狂的なネトウヨだったら恐ろしいなと思うことがあって、それはたいがい杞憂に終わることなんだろうけれど、あながち軽く考えることのできない事柄でもある。
■ネット中傷、ヘイトスピーチ、脅迫状……
【安田】僕は仕事上しかたないので名刺に自宅の住所を記載していますが、やはり直接家にまで来る奴がいますから。自宅の写真も何度かネットの掲示板にアップされています。青木さんは全国的に顔が知られているけれど、僕はネトウヨ限定で顔を知られているんですね。そうすると電車の中で馬鹿な顔して居眠りしてる写真を撮られてネット上にさらされたこともありました。「安田浩一、反日左翼が居眠りしてる」みたいなかたちで。
たいしたことではないとはいえ、そういうことって、やはりすごく気持ち悪いなと思うわけです。その程度で済んでいるとは言っても、やはりそこに「反日」かどうかという判断基準が働いていることが、すごく怖い。
僕の知り合いの在日コリアンの弁護士は、「昔は意識したことがなかったけれども」と前置きした上で、こう言うんです。いまたとえば病院にかかったときに、診察室の前で名前を呼ばれる。「キンさん」。彼は、その瞬間に周りをちょっと意識してしまうらしいんです。
キンと呼ばれることに拒否反応を示す人がいるんじゃないか。ネトウヨがいるんじゃないか。「こいつ在日だ」という目で見る人がいるんじゃないか。常にそんなことを考えているというのです。
そして、多くの在日コリアンが同じように苦しんでいる。僕なんかとは比較にならないくらいの恐怖と感じている。実際、ある在日コリアンの女性は、ヘイトスピーチによる被害を訴えただけで連日、ネットで中傷されています。最近、勤務先に脅迫状まで送りつけられていました。しかも、家族にまで脅迫が及んでいます。絶対に許せません。
■「社会分断論」のすぐ先にある危機
【安田】あるいは、これは繰り返しになりますが、在特会元会長でレイシストの親玉でもある桜井誠が都知事選で一八万票を獲りましたよね。少なくないメディア関係者は笑い飛ばすわけです、しょせんは泡沫だと。
しかし泡沫といっても一八万票近くですから、それなりに大きい。これは前にもお話に出ましたが、有権者の数でいえば、東京都民の有権者の六〇人に一人が桜井に投票している。たいしたことないと言えばたいしたことない。
でも僕がハッとしたのは、在日コリアンの友人から「六〇人に一人ってどのくらいの数だと思う?」と訊(き)かれて、「山手線の一つの車両の座席が六〇なんだよ」と。立っている人がだれもいない状態でも、車両の座席が全部埋まっていれば、そのなかに、「在日は死ね、殺せ」と叫ぶ者にシンパシーを感じている人物が一人いるんだという確率。「これは恐怖だぜ」と言うんです。そのとおりだなと思う。
「自分は在日と名札をつけて歩いているわけではないけれども、しかしそういう奴と同じ空間にいる。それをどんなところでも意識しなくちゃいけない世の中、時代は恐いよな」と彼は話していて、僕はその言葉を痛切に受け止めました。
「反日」か否かというのは単に記号としてもてあそばれているかのように見えるかもしれないけれど、じつはまったく記号ではなくて、命の選別にもつながる恐怖を被害当事者に与え続けているんだという、いまの時代の現実を見すえる必要があると思います。
■傍観者を決め込んではならない
【青木】たしかにおっしゃるとおりですね。僕などは根っから鈍感なせいか、ネットなどでいくら罵声を浴びせられてもさほど気にしないし、そもそも見ることもほとんどないんですが、いざとなれば口をつぐんで逃げ出してしまうことだってできる。
しかし、一貫して日本社会にくすぶる差別や偏見に直接さらされてきた人びとは別です。日々の生活のなかで常にその恐怖や圧迫と向き合わねばならず、口をつぐんで逃げ出してしまうことだってできない。
だからとくにメディアに関わる者たち――安田さんや僕もそうですが、取材者とか物書きとかジャーナリストなどと称される者たちは、沖縄はもちろん、在日コリアンの人びとに薄汚い罵声や憎悪を浴びせる連中を前に「どっちもどっち」論や「分断」論で傍観者を決め込んではならないんです。
それは決して被差別者やマイノリティの人びとのためだけではなく、最終的には僕らのためでもあります。まず、差別問題で僕らは明らかに当事者であるということ。そしてこの対談のなかで安田さんがニーメラーの警句を引いていましたが、マイノリティに対するそうした仕打ちを傍観し、徐々に燃え広がっていくことを許せば、いずれその腐った火の手が延焼して社会全体を蝕(むしば)みかねないわけですから。
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ジャーナリスト
1966年、長野県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。1990年、共同通信社入社。大阪社会部、成田支局などを経て、東京社会部で警視庁の警備・公安担当記者を務める。ソウル特派員を経て、2006年からフリーランス。著書に『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』『絞首刑』『北朝鮮に潜入せよ』『日本の公安警察』などがある。
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ノンフィクションライター
1964年生まれ。静岡県出身。「週刊宝石」「サンデー毎日」記者を経て2001年よりフリーに。事件・社会問題を主なテーマに執筆活動を続ける。ヘイトスピーチの問題について警鐘を鳴らした『ネットと愛国』(講談社)で2012年、第34回講談社ノンフィクション賞を受賞。2015年、「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2」vol.17)で大宅壮一ノンフィクション賞雑誌部門受賞。著書に『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)、『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『ヘイトスピーチ』(文春新書)などがある。
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(ジャーナリスト 青木 理、ノンフィクションライター 安田 浩一)
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