「GAFAが対中国最強の武器になる日」共産党のハイテク企業叩きはアメリカの大チャンス
プレジデントオンライン / 2021年7月11日 9時15分
※本稿は、野口悠紀雄『良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■アメリカでは巨大IT企業に対する風向きが変わる?
アメリカではここ数年、巨大IT企業に対する風当たりは強くなっていた。たとえばトランプ前大統領は、シリコンバレーのIT企業に対して敵対的な発言を繰り返してきた。
鉄鋼や自動車などの製造業をラストベルト地帯に戻し、伝統的産業の雇用を増やす半面で、「アップル製品は敵だ」などと、ハイテク企業やシリコンバレーなどに対して敵対的な発言をすることがあった。
つまり、新しい産業であるIT産業ではなく、古い産業である自動車産業や鉄鋼業を復活させようとしていたのだ。これは、アメリカのIT産業の成長にとって潜在的な障害になる。
さらに、H-1Bビザの発給制限などを行った。H-1Bビザは、専門技術者としてアメリカで一時的に就労する場合を対象としたビザで、アメリカの学士またはそれと同等の経歴を持っていることが条件だ。シリコンバレーのハイテク企業にとっては、技術者の確保に重要な意味を持っている。
また、最近ではグーグルやフェイスブックが独禁法違反で提訴されるなど、司法面からの攻撃もある(ただし、これがどれだけ政治的なものであるのかは分からない)。一般国民もまた、巨大プラットフォームに対して警戒を強めている。
■バイデン政権でGAFA敵対政策は変わるか
ところが、バイデン政権が発足したことによって、状況が変わる可能性がある。バイデン政権の対巨大IT企業戦略がどのようなものであるかは、本稿執筆時点ではまだはっきりしない面があるが、トランプ時代とは政策が大きく変わる可能性がある。
シリコンバレーの企業の多くは、民主党支持だ。バイデン陣営が大統領選挙中に公表したリストによると、バイデン陣営の資金集めには、シリコンバレーの大物が多数協力している。
バイデン政権のハイテク産業に対する政策に大きな影響を持つと考えられるのは、副大統領のカマラ・ハリス氏だ。同氏は、北カリフォルニアの出身で、シリコンバレーの人々と深いつながりがある。
民主党の指名を争うレースでは、シリコンバレーの経営者から強く支持された。バイデン氏がハリス氏を副大統領候補に選んだときには、シリコンバレーは歓迎した。大手テクノロジー企業の社員たちからの寄付でも、早くから他の候補を抜いていた。
ハリス氏は、2010年にカリフォルニア州の司法長官に選ばれて、テクノロジー産業の監督を務め、彼らに対して穏健な姿勢をとった。シリコンバレーを理解しており、新しい技術開発がアメリカの経済力の源であることを理解しているだろう。
■中国に対する「武器」
アメリカはこれまで、IBMやAT&Tという巨大情報企業を、独禁法によって企業分割することで、その力を弱めてきた。GAFA分割論は、これと同じ手法を適用しようとするものだ。
しかし、プラットフォーム企業に対してその手法が有効でないことを、バイデン政権は重々承知しているのではないだろうか? そして、ハイテク企業がアメリカの強さの源泉であり、中国に対する最強の武器であると認識しているから、友好的な立場をとるだろう。
こうしたことを考えると、アメリカでは、ハイテク産業に関する条件が好転する可能性がある。もしそのようなことになれば、中国における変化と合わせて、技術開発力のバランスは、これまでとは大きく変わる可能性がある。
■アメリカでも問題は複雑
ただし、アメリカでもIT企業の巨大化に対する国民の反発が強まっているので、放置するわけにもいかない。どのような手段で対処するかの手探りが続くだろう。トランプ政権下のアメリカ司法省は、2020年10月20日に反トラスト法違反でグーグルを提訴している。
この問題は複雑だ。シリコンバレーと民主党、共和党の関係が、いくつかの面で「ねじれて」いるからだ。
まず、GAFA分割論は、下院司法委員会の反トラスト小委員会が、反トラスト法改革を提案したことがきっかけで、もともとは民主党が主導したものだ。歴史的にも、反トラスト小委員会は、大企業には厳しい態度で臨む民主党が主導してきた。バイデン氏も、この方向を支持してきた。
こうしたことから、バイデン政権においても、シリコンバレーの大手テクノロジー企業に対する圧力は続くだろうとの見方もある。
2020年3月には、アメリカ連邦取引委員会(FTC)の委員にアマゾン・ドット・コムへの批判で知られる新進気鋭の法学者リナ・カーン氏を指名した。また、ホワイトハウスの国家経済会議(NEC)で競争政策を担う大統領特別補佐官にIT大手の解体論を唱える強硬派であるコロンビア大学のティム・ウー教授を起用した。
こうしたことから、IT大手との攻防が激しさを増しそうだ、との報道もある(3月24日、『日本経済新聞』「米、巨大ITと対決姿勢」)。
■中国のハイテク企業規制強化が、アメリカの利益になる
中国ではIT企業に対する締め付けが強まっている。他方バイデン政権がH-1Bビザの緩和措置をとれば、アメリカに残る中国人の専門家が増え、アメリカの新技術開発能力は飛躍的に向上するだろう。
もともとIT革命は、IC(インディアン・アンド・チャイニーズ)によって実現したといわれた。アメリカの強さは、ICを認めたことにある。
トランプ前大統領による排他政策からバイデン政権が脱却できれば、その意味はきわめて大きい。トランプ政権の反ハイテク政策は、結局は中国の利益になる場合が多かった。今度は逆に、中国におけるハイテク企業規制強化が、アメリカの利益になる可能性がある。
他方において、アメリカが中国系企業を排除しようとする政策は続くだろう。とりわけ、ファーウェイに対する排除措置は続く可能性が高い。
中国系IT企業であるTikTokやZoomなどに対する対応がどう変わるのか、予測できない。ただし、TikTokなどの特定の中国企業が安全保障上のリスクをもたらすとの考え方は、バイデン氏もトランプ氏と同じように持っているといわれる。
■デジタルドルの発行が促進される可能性
今後、中国ではハイテク企業への規制がいっそう強まり、アメリカではハイテク敵対視政策が後退する可能性が強い。
すると、米中デジタル戦争は、大きな転換点を迎えることになるかもしれない。これは、中央銀行によるデジタル通貨発行にも影響する可能性がある。
中国のデジタル人民元計画は着々と進んでおり、2022年に実用化されることはほぼ間違いない。一方、これまで、アメリカ財務省もアメリカ連邦準備理事会(FRB)も、中央銀行デジタル通貨に対して異常なほど消極的だった。
FRBのパウエル議長は、2020年10月19日、国際通貨基金(IMF)が開催した国際送金に関するパネルディスカッションで、中央銀行デジタル通貨の発行について慎重な姿勢を示した。
これは、共和党内での反対意見が強かったためと思われる。共和党では民間主体の電子決済を後押しする意見が強いのに対して、民主党にはCBDCの推進論がある。すると、バイデン政権の成立により、デジタルドルをめぐる状況が変化する可能性もある。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経験なき経済危機──日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する──AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)ほか。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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