「ロシアを軽視するなら、中国と軍事同盟だ」プーチン大統領が企む悪夢のシナリオ
プレジデントオンライン / 2021年7月5日 10時15分
■中国を「国家的脅威の第1位」と名指しする米国
6月16日にジュネーブで行われた米露首脳会談は、「サイバー安保」と「戦略的安定」に関する2つの対話を開始することで合意し、極度の関係悪化を防ぐことで歩み寄った。サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)はその2日後、「今後は米中首脳会談の準備を本格化させる」と述べた。
米国側からすれば、「本丸・中国との対決に専念するので、脇役のロシアは後ろで静かにしてくれ」ということだろう。4月に公表された米情報機関の年次報告書は、中国共産党体制が「世界的大国」になることを目指して影響力を拡大しているとし、中国を「米国が直面する国家的脅威」の第1位に挙げた。
とはいえ、大国志向の強いロシアのプーチン大統領が米中の覇権争いを座視するはずがない。プーチン大統領と習近平中国国家主席は6月28日、急遽オンラインで会談し、7月に期限切れとなる中露善隣友好協力条約を5年間延長することで合意。関係強化を申し合わせた。「米対中露」の三国関係は今後、複雑な展開をたどりそうだ。
■ロシアの「暴走」を阻止したい
プーチン大統領を「殺し屋」呼ばわりしていた反露のバイデン大統領が4月、米露首脳会談開催をプーチン大統領に呼び掛けたのは、3月以降ロシアがウクライナ国境に10万人以上の大軍を配備し、ロシアからの対米サイバー攻撃が続く中、ロシアの「暴走」を阻止する狙いがあった。
米露首脳は今回、核軍縮を協力して進めることをうたった共同声明を発表。米側は、ロシアが望むサイバー安保の対話開始にも同意した。米国との対等な関係を内外にアピールしたいロシアにとっては望ましい展開だ。
それでも、米国の対露経済制裁や欧米の封じ込め政策は継続される。ロシアにとって、中国に依存する構図は変わらない。
■酷評された時代遅れのバイデン発言
米露首脳会談では、「中国」も議題に上った模様だ。バイデン大統領は会談後の会見で、「数千キロメートルの国境を接する中国が、世界で最も強力な経済力と軍事力を持とうとしている。(ロシアは)自国の経済が苦しい中で、厳しく(中国に)対処する必要がある。彼(プーチン)は米国との冷戦など求めないだろう」と語った。
帰国時の機内会見でも、「ロシアは今、非常に厳しい状況に置かれている。中国に圧迫されているのだ」と述べた。
この発言は、「議員活動を始めた1970年代の中ソ対立の記憶が沈殿したままだ」(米国外交評論家レイ・マクガバン氏)、「中露の包括的パートナー関係に関する知識がゼロであることと、明らかな希望的観測が混在している」(『ナショナル・インタレスト』電子版、6月19日付)などと専門家から酷評された。
中国紙『環球時報』(6月18日付)も社説で、「ロシアを圧迫しているのは、中国ではなく米国だ。中露間の信頼は固い政治的な基礎に立脚している」と反発した。
■「親友」と呼び合う中露の関係は?
米露首脳が中国についてどのような議論をしたか不明だが、バイデン発言自体は時代錯誤といえよう。
中露貿易は年間往復1000億ドルを超え、ロシアからの石油・天然ガスのパイプラインも稼働して相互依存経済が深まった。プーチン、習近平両首脳は「親友」と呼び合い、「中露関係は史上最良」と豪語する。両首脳は2019年、国際貿易における米ドルの優位性を低下させることを宣言し、米ドル以外での貿易決済を進めている。
中露は米国の一極支配を阻止することで結束しており、中露の相互依存が強まる中、ロシアには「中国に厳しく対処する」(バイデン)という発想はない。
■米国に先を越された中国の焦り
とはいえ、米露首脳会談が米中首脳会談に先行したことで、中国には一定の焦りがあったようだ。中露首脳のオンライン会談は、中国側が持ち掛けたとみられる。
この中で習主席は、7月16日の中露条約20周年に際して、「この20年の中露の緊密な協力は新型国際関係の模範を打ち立てた」と称賛した。プーチン大統領も「20世紀の国家間協力の手本だ」と応じ、両首脳は条約を5年間延長することで合意した。
両首脳が会談後に発表した共同声明は、両国の軍事交流を深め、合同演習の回数と範囲を拡大し、軍管区間の交流や協力を拡大すると明記。「内政干渉のツールとして人権問題を利用することに反対する」と欧米の干渉に反発した。
共同声明はさらに、米国のミサイル防衛(MD)や中距離ミサイル配備計画に共同で反対するとし、反米での連携を確認した。
■今度はロシアが危惧する番だ
ただし、今後は米中の本格対話が始まり、ロシアが危惧する番だ。
3月にアラスカで行われた米中外交トップ会談は、冒頭の激しい応酬が注目されたが、その後の実質協議では緊張緩和路線への転換も見てとれた。米中首脳の初会談は、10月末にローマで行われるG20(主要20カ国・地域)首脳会議の場が有力で、調整が本格化する。
米中対話の議題は、貿易・通商、半導体、環境、保健、台湾、海洋安保、東・南シナ海、サイバー安保、人権など多岐に及び、米露間の議題よりはるかに多い。バイデン大統領は「気候変動や保健衛生など協力できる分野は協力する」としている。
ロシアが恐れるのは、世界の問題を米中二国で決定する「G2」体制だ。米中が主導する世界は、ロシアにとっては受け入れられない。とはいえ、2021年の国際通貨基金(IMF)統計によれば、ロシアの国内総生産(GDP)は約1兆4735ドルで、米国(約20兆9327ドル)の7%、中国(約14兆7228ドル)の10%にすぎない。経済力で劣るロシアが、世界のプレーヤーとしてどう存在感を発揮するか、プーチン大統領の手腕が問われる。
■ロシアは「軍事同盟」に前向きも…
「ロシアは中国に圧迫されている」というバイデン発言は、旧ソ連地域をめぐる勢力争いでは的中しているかにみえる。
中国は「一帯一路」の拠点となる中央アジアへの進出を強め、貿易や投資ではロシアを圧倒する。ロシアの戦略的同盟国ベラルーシに対しても、中国は巨大な工業団地を建設し、経済影響下に置こうとしている。
中露の経済力格差は年々拡大し、旧ソ連圏が中国の通信規格に統一されるなど、中国経済圏に入りつつある。ロシアは中国の進出を苦々しく思っても、経済的には「弟分」だけに沈黙を強いられている。
中露善隣友好協力条約が現行条約のまま延長されることも、中露関係の限界を示唆した。
2001年にプーチン、江沢民両首脳が調印した中露条約は、「包括的戦略パートナーシップ」をうたっているが、軍事同盟条約ではなく、「有事協議」を明記しているだけだ。
プーチン大統領は19年10月、「中国との軍事同盟は理論的に想像できる。排除するつもりはない」と軍事同盟に前向きな発言をしていた。ロシア外務省は、中国に軍事同盟への格上げを働き掛けているとの情報もあった。
しかし、中国国防省は今年3月、「中露は同盟を結ばない原則を維持する」と軍事同盟を否定した。
■中露結束は日本に脅威となる
中国がロシアとの軍事同盟を排除するのは、条約に束縛されるのを望まないためだろう。
中国にとって、ロシアと同盟を結ぶなら、シリアやウクライナなどロシアが介入する地域紛争で自動的にロシアを支援することになり、欧米との関係を一気に悪化させる。
また、紛争地のイエメンや中央アフリカ共和国では、中国が現地政府を経済的に支援し、ロシアが反政府勢力に軍事的な肩入れを行うという矛盾も出てきた。
こうして、西側にとって悪夢となる中露同盟の懸念は消えたが、今回発表された共同声明は、「中露関係は、冷戦時代に形成されたような軍事的な同盟関係ではないが、両国関係はこうした国家間交流の形態を超越している」とあえて明記した。
米国との対立が激化するなら、5年後に失効する中露条約は、今度は本当に軍事同盟に再編されかねない。中露の軍事的連携は、日本にとって地政学的な脅威となるだけに、中露関係の新展開を注視すべきだ。
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拓殖大学海外事情研究所教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』、『北方領土の謎』(以上、海竜社)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。
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(拓殖大学海外事情研究所教授 名越 健郎)
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