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「総面積はディズニーランドの3.5倍以上」中国の抗日テーマパークで売られている"ひどいお土産"

プレジデントオンライン / 2021年7月7日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sean Pavone

中国では共産党の歴史に関する場所をめぐる「レッドツーリズム」が3兆円以上の巨大市場になっている。近現代史研究者の辻田真佐憲さんは「ひとは小難しい理屈よりも、楽しさを好む。中国政府が力を入れるレッドツーリズムは、『一党独裁体制は正しい』というプロパガンダとして大成功している」という――。

※本稿は、辻田真佐憲『超空気支配社会』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■年間で7億人以上を動員する「レッドツーリズム」

共産党の歴史に関する場所をめぐり、革命史や革命精神を学習・追慕する旅行は、現在中国で「レッドツーリズム(紅色旅遊)」と呼ばれている。2004年12月に中国政府によって打ち出され、全国12の重点観光エリア、同30の優良観光ルートなどが指定された。

こうしたレッドツーリズムは年々盛り上がりを見せ、直近の発展計画によると、15年だけで参加者総数は7億人を突破し、総合収入は2000億元(約3兆6000億円)を越える予定だという。いまや観光は、中国のプロパガンダの重要な一端を担っているのである。

日本では、プロパガンダなど過去の遺物だと思われている。だが、過激派組織「イスラム国」が巧みに編集した動画を通じてテロリストを募っているように、また北朝鮮の女性ユニット「モランボン楽団」が金正恩を讃える歌をつぎつぎに発表しているように、プロパガンダは世界でいまだ現役である。

そのなかでも、中国は世界有数のプロパガンダ大国である。これほど膨大な予算を投じ、さまざまなメディアを通じて、「一党独裁体制は正しい」と湯水のように垂れ流している国はほかにないからだ。

私はプロパガンダの国際比較を研究しており、これまでもオーストリアにあるヒトラーの生家や、北朝鮮にある金日成の生家などを訪ね歩いてきた。現地に行ってはじめてわかったことは数知れない。そこで今回も、中国のレッドツーリズムに参加し、その実態を探ろうと考えたのである。

■田舎町のど真ん中に建てられた「抗日テーマパーク」

なぜ観光と思うかもしれない。だが、観光こそプロパガンダと密接に結びついてきた歴史がある。五感を刺激する観光は、ポスターやスローガンなどよりも効果的な宣伝手段だからだ。

ナチ・ドイツは、さまざまな社会階層のひとびとを一緒に旅行させ、「一つの民族」という意識を作り出そうとしたし、また日中戦争下の日本は、建国神話の「聖地」を観光させ、国威発揚(こくいはつよう)につなげようとした。こうした例は枚挙にいとまがない。

中国のレッドツーリズムも、馬鹿げた個人崇拝などと笑うのではなく、歴史的な文脈のなかで読み解かなければならない。

では、中国はほかにどのような形でプロパガンダと観光を融合させているのだろうか。その解明を進めるため、私はさらなる奥地へと足を踏み入れた。

延安から電車に乗って東進すること約6時間。山西省の省都・太原で高速バスに乗り換え、さらに南下すること約2時間。樹木も人家も疎(まば)らな黄土高原のなかに、突如として八路軍(人民解放軍の前身となった中国共産党の軍隊)兵士の巨大な単立像が現れる。

日本軍の戦車を攻撃する八路軍兵士の像。抗日テーマパーク「八路軍文化園」にて
著者撮影
日本軍の戦車を攻撃する八路軍兵士の像。抗日テーマパーク「八路軍文化園」にて - 著者撮影

最寄りのインターチェンジを降りれば、「紅色文化を継承しよう」や「全国第一のレッドツーリズム・ブランドを目指そう」などのスローガンがあふれる。そこが長治市武郷県だ。

人口は約20万だが、中国では完全に田舎町。建物は低く、道はガラガラ。あまりにのんびりと動くひとと車に時間感覚が狂いそうになる。その町のど真んなかに、八路軍をテーマにした抗日テーマパーク「八路軍文化園」が存在する。

■入場ゲートで鳴り響く「抗日ソング」

日中戦争の時期に八路軍の拠点だったこの地域は、いまレッドツーリズムに活路を見出そうとしている。山奥で産業に乏しいため、「八路軍の故郷」というブランドにすがろうというのである。

八路軍文化園はその目玉施設として2011年に正式オープンした。体験型テーマパークで、遊んで育てる「抗日」。これこそ同園最大の特徴だ。現在、武郷県当局傘下の国有企業によって運営されている。

入場ゲートに近づくと、そこはまるで別世界。いまにも動き出しそうな八路軍の群像に圧倒される。そしてスピーカーから鳴り響く軍歌が耳朶(じだ)を打つ。「日本の強盗がいかに凶暴でも、われらの兄弟は勇敢に立ち向かう──」。当時よく歌われた「遊撃隊の歌」だ。

筆者が思わず歌のタイトルをつぶやくと、1986年生まれの中国人通訳は「この歌、歌えますよ。学校で教わりましたから。それにしてもよくご存知で」と応じた。時期によって異なるが、入場料は通常72元(約1300円)。レッドツーリズムの施設は原則無料なので、やや高め。

とはいえ、見どころは多い。広大な敷地はいくつかのエリアに分かれているが、まず目につくのが「八路村」。瓦を葺(ふ)いた、濃い鼠色のレンガの家々が密集する。ここは八路軍時代の町並みを驚くほど忠実に再現したエリアだ。

身近な例を引けば、ここは東京ディズニーランドのワールドバザール。ショップやレストランが立ち並ぶあのアーケード街も、創業者ウォルト・ディズニーが子供時代に過ごしたミズーリ州マーセリンの町並みを再現したといわれる。もしかすると、「八路村」はそのひそみにならったのかもしれない。

■日本兵の「尻叩き」ができる貯金箱を販売

軒先に干されている唐辛子やトウモロコシの模型は精巧で、近づいてよく見ないと本物と区別がつかないほど。あちこちに見える「反対帝国主義侵略中国」や「軍民合作抗戦勝利」といったスローガンも、すべて懐かしい繁体字である。

山積みされた、カボチャとジャガイモとトウモコロシの模型。明らかにスペースの無駄づかいである
著者撮影
山積みされた、カボチャとジャガイモとトウモコロシの模型。明らかにスペースの無駄づかいである - 著者撮影

中国の遊園地ということばで連想されがちな、ニセモノ・ハリボテ感はまったくない。むしろ、当時の雰囲気をできるだけ壊さないようにという強いこだわりを感じた。建物はそれぞれ喫茶店や食堂などになっており、実際に利用することも可能。病院の建物に本物の救護室をおくなど、なかなか洒落(しゃれ)ている。

そんなことを考えながら、「八路村」の土産物屋に入ってみた。昔の照明を再現しているため、なかはやや薄暗い。

棚には、お尻をむき出しにして地面に這いつくばる、涙目の日本兵をかたどった貯金箱が陳列されていた。金棒が付属しており、「尻叩き」ができるという仕掛けだった。観光客たちが何度も遊んだのだろう、お尻の部分はすでに黒ずんでいた。いかにもわかりやすい土産である。

ただそのいっぽうで、進歩の兆しも見られた。「当園のオリジナル・キャラクターです」と店員が紹介してくれた人形だ。八路軍の兵士が可愛くデフォルメされており、まるで「ゆるキャラ」のよう。反日とキャラクタービジネスの融合。これにうまく成功すれば、同園のミッキーマウスが誕生するかもしれない。

■繁忙期には1日1000人が来場する

「八路村」を出て、五星紅旗が翻える中央広場を通り過ぎ、同園のさらに奥へと進むと、軍事訓練を模したアスレチック、映画館、劇場、そしていよいよアトラクションのエリアが見えてくる。

思えば遠くへきたものだ。こんな僻地(へきち)まで足を運んだ日本人はほかにいるのだろうか。アトラクション担当の若い女性従業員に訊ねてみた。

彼女は、「外国人では、日本人とオランダ人が来ました」と応え、そして逆に筆者の国籍を問うた。どうしてそんな質問をするのか疑問に思ったのだろう。日本人だと伝えると、彼女は近くにいた別の女性従業員と目配せし、やや吹き出しそうな顔になってこう付け加えた。「とくに、何度も来ている日本人がいますね」

どうやら日本人の常連客が、「変わった外国人」として従業員のあいだで話題になっているらしい。筆者に対する笑みも、「また変わったやつがきた」という意味のようだ。そこに反日的な雰囲気はまったくなかった。

さらに質問を投げかけるといろいろ教えてくれた。「この前、河南省から来たひとがいましたが、大部分のお客さんは山西省内からですね。30代から40代の家族連れが多いです」。

東洋風の八路軍太行記念館。屋根一面にびっしりと赤旗が立ち並ぶ
著者撮影
東洋風の八路軍太行記念館。屋根一面にびっしりと赤旗が立ち並ぶ - 著者撮影

また、隣接する「八路軍太行記念館」とセットで訪れるのが一般的で、繁忙期は春節がある2月と、国慶節がある10月。多いときで1日1000人ほどが訪れるという。

■日本兵に手榴弾を投げつけるアトラクションも

アトラクションを試してみた。まずは「抗戦遊戯競技場」にある銃撃と手榴弾の投擲(とうてき)だ。ゴム弾とレプリカの手榴弾を、幾つ的に当てられるのかを競う。手榴弾は柄付きの古風なもの。私が投げあぐねていると、従業員が苦笑しつつ投げ方を教えてくれた。

辻田真佐憲『超空気支配社会』(文春新書)
辻田真佐憲『超空気支配社会』(文春新書)

銃撃の的は日の丸、手榴弾の的は日本兵のイラストだった。両方ともペンキがかなり剥がれており、相当回数「命中」していることがわかる。ただ、難易度が高く、なかなか的に当たらない。

しかも当てたところで、賞品があるわけでもない。「カンッ、ゴンッ」と壁に当たる音だけが虚しく響く。せめて「日本軍撃破!」のサインでも出ればいいのだが。はっきりいって、安っぽかった。

続いては、すぐ近くの「戦車駐屯地」。タイヤで囲われた、山あり谷ありのうねうねとしたコースを戦車に乗って進む。戦車といっても、無蓋のふたり乗りで、戦車砲は飾り。いわばゴーカートの戦車版である。

見た目は子供だましだが、足回りの作りは結構本格的。少しアクセルを踏んだだけで、轟音とともにかなりのスピードが出る。おまけにキャタピラは本物なので、すぐに障壁のタイヤを踏み越え、コース外に突き進んでしまう。

コース近くには池もあるため、子供が無邪気に操作したら危ないはずだ。ただ、スリルがあるぶん、大人でも結構楽しめた。

「もともとこの文化園は演劇が目玉だったのですが、最近になってこうしたアトラクションを増やしました」とは先の女性従業員の話である。よく考えれば、ゲリラである八路軍にはまともな戦車がなかった。後付けなので、時代考証が雑になっているのかもしれない。

■プロパガンダの本質は「楽しませること」

武郷県内には、ほかにふたつのテーマパークが所在する。

地雷戦、追撃戦、地下道戦など各種のゲリラ戦を体験できる「八路軍遊撃戦体験園」と、広大な舞台セットのなかで抗日劇を鑑賞できる「『太行山』実景劇」だ。

CGによる抗日戦の再現。正面のスクリーンから戦闘機などが飛び出す
著者撮影
CGによる抗日戦の再現。正面のスクリーンから戦闘機などが飛び出す - 著者撮影

三つあわせて「両園・一劇」といい、総面積はディズニーランドの3.5倍以上に相当する。それぞれ地理的にかなり離れており、到底一日では回りきれない。

こうした過剰ともいえる豪華な施設は、レッドツーリズムにかける武郷県当局の並々ならぬ意気込みを物語っている。たしかに、現状その設備は安っぽく、子供だましで、ディズニーランドなどにはまったく敵わない。だが、遊園地への着目には、やはり先見の明がある。

ひとは小難しい理屈よりも、楽しさを好む。ゆえにプロパガンダもまた、できるだけ押しつけを排し、楽しさを取り入れなければならない。

八路軍文化園は、この鉄則に忠実である。誰もが楽しめるアトラクションを作る。そこに、「共産党は日本を倒し、中国を救った」というメッセージを紛れ込ませる。すると、ひとびとは自然と無理なくそれに感化される。この宣伝効果は、退屈な展示などよりもはるかに高い。

現在、同園はCCTV(中国国営テレビ)で特集されるなど、全国的に注目を集めつつある。その影響力は決して侮れない。

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辻田 真佐憲(つじた・まさのり)
作家・近現代史研究者
1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。2012年より文筆専業となり、政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『日本の軍歌』『ふしぎな君が代』『大本営発表』(すべて幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)など多数。監修に『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌/これが軍歌だ!』(キングレコード)、『満州帝国ビジュアル大全』(洋泉社)などがある。

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(作家・近現代史研究者 辻田 真佐憲)

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