「日本にできることはない」ミャンマーで起きた"経済制裁のパラドックス"とは
プレジデントオンライン / 2021年7月12日 11時15分
2021年3月16日、ミャンマー・ヤンゴンで行われた軍事クーデターへの抗議デモが弾圧されている。デモ参加者がガソリン爆弾を投げ、他のデモ参加者は手作りの盾の後ろに隠れて警察と対峙している。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■ミャンマーは3層構造の国
今回のミャンマー問題を理解するとき、まずおさえておきたいのは、もともとミャンマーという国自体が3層構造になっているということです。
クーデターを起こした国軍は、第2次世界大戦後から強大な力を持ち、少数民族を弾圧してきました。ミャンマーは多民族国家ですが、ビルマ族は7割、3割が少数民族です。1980年代後半からは、こうした軍事独裁政権に対する民主化運動が高まり、1990年の総選挙ではアウン・サン・スー・チー氏率いる野党「国民民主連盟(NDL)」が圧勝しましたが、軍事政権は継続。その後2000年代に入っても、軍事政権は続きましたが、2015年の選挙でNDLが勝利し、ようやくスー・チー氏主導の政権交代が実現しました。その中にあって国軍は少数民族への弾圧を続けていましたが、スー・チー氏はそれを止めることはできませんでした。そして2020年11月の総選挙でもNDLが勝利。この結果に対して、国軍は今回のクーデターを実行したわけです。
こうした経緯を踏まえると、3層構造の一番上の層には国軍がいることが、理解できるでしょう。政治と経済を回しているのはビルマ族。中間層は、愛国的なビルマ族ですが、民主化を選びたいというスー・チー氏を代表する民主化勢力は、西洋のように議会政治をやっていきたいと考えている人たちです。クーデター後にはNLD議員らは「連邦議会代表委員会(CRPH)」を設置しています。その2つの層の下に、カチン族やカレン族といった少数民族がいます。国軍による大虐殺が国際的な大問題となったロヒンギャもそのひとつです。ミャンマーはこういった3層構造に分かれているのです。
ここ数年はスー・チー氏と国軍が共同経営をしてきましたが、今回のクーデターによって国軍が政治の全権を握り、スー・チー氏の民主政権の部分を排除してしまった。そこで今度はスー・チー氏の民主化勢力が少数民族に近づき、この二つの勢力でタッグを組んで、国軍をなんとかしようという状況になっています。
今回の国軍の政権掌握について、一般的にはクーデターといわれていますが、厳密にはクーデターではありません。クーデターというのは、上にいる人をスパッと抜いて入れ替わること。今回の場合は、もともと国軍に政権があったところに、スー・チー氏らの民主化勢力がきたわけですから、国軍は政権を取り戻そうということをやりました。これを軍政復活という意味で“プロヌンシアミエント”といいます。
■中国とインドの思惑とは?
このミャンマー情勢を巡り、国際社会の対応は割れています。積極介入する欧米に対し、中国やインドは欧米の介入を批判し、静観しています。というのは中国とインド、ミャンマーをはさむ二つの大国には、それぞれ思惑があるからです。
まずミャンマーの東側に接している中国。現在、中国は経済力を高めていますが、経済力というのは上がれば上がるほど、中東からの原油に依存することになります。原油を中東から輸入するには、中国の石油タンカーは必ずシンガポールとマレーシアの間の“マラッカ海峡”を通らなければなりません。実は、このマラッカ海峡を守っているのが米海軍。中国としては、経済が強くなるほど、マラッカ海峡を支配しているアメリカに頼らざるを得ない、いざとなったらアメリカにやられるという不安が高まってきます。これを地政学用語で“マラッカジレンマ”といいます。中国がそんなジレンマを解消するために、狙いをつけたのがミャンマーです。
マラッカ海峡の北西に位置するミャンマーには最近、中国の奥地から一本で行ける鉄道ができました。そこで中国は、この鉄道を使って原油を輸入したい、そうすればマラッカ海峡を通らずにすむ、と考えました。パイプラインを使えるうえに、うまくいえば投資のリターンもある、いいとこ取りができるという思惑があるわけです。ミャンマーもまた価値観の違う欧米とは、距離をおきたいと思っている。そこに価値観も何も気にしない中国が手を出してきたという状況です。
一方、西側に接するインドも勢力を強めています。大国というのは、自分の国の裏庭で勝手にやられることをすごくいやがりますから、中国がミャンマーに進出することを警戒するのも当然のことです。そこでインドは、ミャンマーの南西側にあるアンダマン・ニコバル諸島というインド洋にある島の守りを強めています。中国がミャンマーの陸地を支配下に置くなら、海は絶対に渡さないぞと。これがインドの思惑です。
■内戦すると、その後平和が訪れる⁉
ミャンマーの国内情勢の話に戻しましょう。現状、民主化勢力が少数民族に近づいて共に戦おうとしていますが、少数民族からすると、もともとは民主化勢力にも抑圧されてきた過去がありますから、今さら共にと言われても……、という気持ちがあるでしょう。
そもそもどの勢力も、これから和平して仲良くやっていこうとは思っていないのです。こういった状況から見えてくるのは、当然ながら“内戦”です。内戦は避けられません。というより、すでに内戦状態に入っていると認識していいでしょう。もしかすると、この状態が4、5年は続くかもしれません。
ミャンマーが内戦になると、外からは手がつけられなくなりますから、中国にしてもインドにしても、周辺国はすべて様子見にならざるを得ません。
戦争学の知見からいうと、内戦というのは、外の国との戦いよりも被害が大きい場合がけっこうあります。アメリカは第2次世界大戦やベトナム戦争など、過去にたくさん戦争をしてきましたが、いちばん犠牲者が多かったのは南北戦争です。最近、アメリカでのコロナの死者数が、南北戦争の死者数を超えたと話題になっていましたが、南北戦争では約50万人が亡くなっています。それほど内戦というのは激しいものなのです。
内戦になると放火や略奪、虐殺など、さまざまな凄惨(せいさん)なことがありますが、内戦が終わると平和が長続きするという統計もあります。残念なことですが、ケンカをするなら徹底的にやらせる。そうでないと憎しみが残ったまま、分断してしまうこともあるのです。ボスニア・ヘルツェゴビナが、まさにそう。ボスニアとヘルツェゴビナは一見、両立していますが、中は分断されていますから。結局、そこに住んでいる人たちが納得する形におさまることがいちばんということです。
■人脈は絶やさず内戦後は一番乗りで
現状、日本は中国と同様に、ミャンマーにかなりの直接投資をしていますが、やはり今回の問題に対しては何もできないというのが正直なところです。むしろ進出している400社ともいわれる日本企業は撤退せざるを得ないのではないか、そこが心配されるところです。
欧米は「暴力はいかん!」「経済制裁だ!」と、非人道的な国軍に対して強く出ていますが、それができるのは、もともとビジネスの関与がないから。日本は利害関係がありすぎて、経済制裁しにくいのが現実です。これを“経済制裁のパラドックス”といいます。
とはいえ、今は表向きには、欧米と足並みをそろえて、国軍を非難するしかない。「もっと投資する」と言うと、欧米に怒られてしまいますから。
実際のところ日本としては、どうすればいいのでしょうか。
いちばん大切なことは、内戦後のことを考えて人的交流を続けていくことでしょうね。そして内戦が終わったら、とにかく一番乗りで入っていく。それしか日本にできることはないと思います。
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地政学・戦略学者
戦略学Ph.D.(Strategic Studies)。国際地政学研究所上席研究員。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学卒業後、英国レディング大学院で、戦略学の第一人者コリン・グレイ博士に師事。近著に『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(新星出版社)がある。
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(地政学・戦略学者 奥山 真司)
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