「そもそも衛生意識が低すぎる」50歳女性が福島の刑務所で見たコロナ対策のリアル
プレジデントオンライン / 2021年7月8日 11時15分
■塀の中で未曽有の事態に突入
刑務所は感染リスクの高まる「3密」になりやすい環境だ。法務省は「矯正施設における新型コロナウイルス感染症対策ガイドライン」を公表しているが、具体的に刑務所の現場ではどうなっているのか。今回、一人の女性に話を聞くことができた。
田中容子さん(仮名)、50歳。生活苦からの万引癖により、過去に4度刑務所生活を経験している元累犯者で、その最後の懲役のタイミングがコロナ禍にかぶっている。時期は2018年5月から2021年3月。つまり彼女は、塀の中で未曽有の事態に突入したということになる。
幸い彼女が収監されていた福島県内の女子刑務所「福島刑務支所」(収容人数:約500人)で感染騒ぎは起こらなかったそうだ。そこではどんな対策がとられていたのだろう。
まずは田中さんから、福島刑務支所に関する基本的な情報から聞かせてもらった。
●寝起きする部屋は、「雑居」と呼ばれる場所(6人部屋)。
●朝8時から夕方5時までは、自分の配属先の職場である「工場」で、ミシン作業などを行う。途中、短時間の休憩があり、日によっては運動場に出られることもある。
●「工場」には、それぞれ「担当」と呼ばれる監督役の刑務官がいる。
●食事は、朝夕は「雑居」で、昼は「工場」の中の食堂でとる。
●マスクやせっけんといった日用品は、売店で購入可能。
塀の中の生活がおおまかにつかめたところで、いざ本題へ。「感染対策はどうでしたか?」と切り出すと、田中さんからまず返ってきたのはこんな言葉だった。
「もちろん、中でも感染対策は行われてましたよ。マスクを着けて飛沫対策をしてください、手洗いをしてくださいってな具合に。けど、良い意味でも悪い意味でも、刑務所は閉ざされた場所です。だからか、感染に対して、中の人間はそこまでピリピリしてませんでしたね」
■「手洗いに関してけっこう適当でした」
ウイルスにとって、刑務所が入り込みにくい場所であるというのは一理あるか。とはいえ、過去にはクラスターの事例も報告されていると考えると、そんな想像は油断でしかないが。
ただ、そんな警戒心の薄さは、受刑者だけではなく刑務官にも感じられたという。
「『マスクを着けろ』は口うるさく言われてましたけど、手洗いについては、そこまで言われなかったんです。たぶん、彼女らにもなめてる部分があったと思います。私の工場の担当なんかも、手洗いに関してけっこう適当でしたし」
例えば、運動場から戻ってきた際、他の工場の受刑者はせっけんで手を洗わせてもらっていたが、田中さんの工場の担当は手洗い場にせっけんを置いてくれていなかったという。
「これは想像なんですが、理由はおそらく、うちの担当は少しでも工場の生産効率を上げたかったんじゃないですかね。工場の担当って、お互いライバル視してるところがあったりするんで。せっけんで手を洗うわずかな時間も惜しいってことでしょう」
ならば、刑務官にも少なからず警戒心の薄さがあるのかもしれない。と考えると……? 口うるさく言われていたマスクを着けろ、つまり“飛沫対策”についても、実は徹底されていなかったんじゃないのかという疑問も湧く。
■布製マスクが2枚配られた
具体的にどんな“飛沫対策”が行われていたのか? 飛沫対策と言えば、一般的にはマスク着用の徹底、食事中のおしゃべり禁止などだが。
「マスクは、割と早くから着けろ着けろと言われだしました。正確な時期は覚えてませんが、2020年の3月くらいだったでしょうか」
ただ、最初のうちは、マスクは自己調達。家族に差し入れをしてもらったり、売店で買ってくれという指導だったそうだ。
「私の場合、差し入れをしてくれる人間もいないですし、お金にも余裕がない。だから困ったなぁと思っていたんです。そうこうしていると、刑務所側から受刑者全員に布製マスクが2枚ずつ配られました」
そもそも、その頃は世間で深刻なマスク不足だった時期。刑務所内の売店でも十分な量のマスクが出回っていなかったと想像される。
そんなわけで、着けては洗い、洗っては着けのローテーションで布製マスク2枚を交互に使っていったそうだ。
■マスクを清潔に保つのにも一苦労
「基本、朝起きてから寝るまで、食事や顔洗うとき以外はずっと着けておくように指示されていました。着けずにしゃべっているのを担当に見つかり、注意されている人はたくさんいましたよ」
「調査」や「懲罰」という名称のペナルティーが科せられ、場合によっては、雑居から独房へ移されるとのこと。でもって、独房では、1週間も2週間も朝から晩まで段ボール切りなどの無意味としか思えないような作業をさせられ続けるようなこともあったそうだ。
なるほど、飛沫対策は、それなりに徹底されていると考えていいのかもしれない。
「ただ、私の場合、マスクを着けておかなければいけないことよりも、洗うことのほうがストレスでした。2枚をフル回転で使い倒してますから、できる限り清潔に保つためにも、洗うときはせっけんを使いたいじゃないですか? でも、せっけんも買うのにもお金がかかるでしょ?」
一応、刑務官に申し出ればせっけんも付与された。が、与えられる分量は多くなく、また頻繁にもらうことはできないため、それで毎日のマスク洗いをまかなうことは難しい。
「仕方ないから、雑居の中に置かれている共用のせっけん……本来は流しを洗ったりするのに使うモノを用いていましたが、これが衛生的にけっこうしんどかったんですよね」
マスクは口に当てるだけに、気持ちはわかる。なお、この問題については、田中さんは刑務所内の「意見箱」を用いて陳情を行ったらしいが、改善は見られたかったという。
そんな状況に耐えがたくなり、田中さんは作業報奨金をはたいて売店で使い捨てマスクを買ったそうだ。その頃にはマスク不足も解消していたのだろう。
「面倒だったのが、1枚1枚に自分の“番号”を書かされたこと。刑務所内ではトラブル防止のために、持ち物全てに“番号”を書く決まりになっているんですよ」
■雑居での食事はコロナ前から間隔を空けて座っていた
では、もう一つの飛沫対策、食事中のおしゃべりのほうはどうか?
「福島刑務支所は、以前は雑居での食事中の会話を許していたんですけど、感染対策の一環でダメになりました。なもんでコロナ禍以降雑居での食事は、部屋に6人いたら6人がそれぞれ間隔を空けて座り、黙々と食べるというスタイルです」
おしゃべり禁止だけでなく、間隔も空けるようになったわけか。
そう相づちを打ったところ、否定の言葉が飛んできた。
「いや、間隔を空けて座るについては、コロナ前からのルールなんですよ。ご飯のとき、受刑者同士が近づいちゃうと、食べ物をあげたりもらったりが起こって、人間関係で貸し借りが生まれる。だからバラバラに座らなくちゃいけないという決まりです」
人間関係のトラブル回避策が、飛沫対策にも活用されたようだ。
が、食事に関する話はまだ続きがあった。
■昼食時は肘と肘がぶつかるほど狭い
「でも、アレなんです。雑居での食事(朝夕)にはそんなふうに間隔を空けて座るルールがあるんですけど、工場の食堂で食べる昼食は、長テーブルなのでそのルールが適用されないんです。コロナ前から隣の人間と肘がぶつかるほど密ですし」
しかも、監視の観点で見通しを確保するためだろう、飛沫対策のパーテーションなどもなかったそうだ。飛沫対策に大きな隙がある。どうやら徹底されているとは全く言えないようだ。
こちらが頭をひねっていると、田中さんが口を開く。
「工場で私が何よりヤバイと思ったのは、イヤな受刑者とも接する機会が生まれてしまうということですね」
人間関係の話だろうか?
■用を足した後に手で拭いて、その手でせっけんを…
「人によって、衛生意識の度合いって違うじゃないですか。トイレを出た後、しっかり手を洗う方もいれば、指先しか洗わない方もいる。それこそ、刑務所みたいなところは、精神疾患を患っている人間も少なくないため、極端に衛生意識が低い人間もけっこういるんですよ」
例えば、田中さんの配属先の工場に、受験者たちの間でヤバイと評判の年配女性がいたそうだ。年齢は推定70代。
「その人、トイレに行ったら、紙を使わず手で拭くんです。ボケてるんでしょうか。手をウンコまみれにしてトイレから出て来て、流しに置いてある共同の固形せっけんを触るんです」
田中さんは思ったそうだ。こんな衛生意識の低い人間がウロウロしている場所に、もしもコロナウイルスが入り込んできたら、蔓延を防ぎようがないだろうな、と。
刑務所には特殊な事情とルールがあることから、新型コロナウイルスの感染リスクにさらされている。クラスターや重症者の発生を未然に防ぐため、全国の刑務所でワクチン接種が早急に進むことを期待したい。
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編集者
1978年高知県生まれ。2004年10月、それまで勤めていた医療系の出版社を退職、月刊『裏モノJAPAN』(鉄人社)の編集部員として採用される。アングラネタを中心に取材・執筆を行う。著書に『「裏モノJAPAN」編集部セントウのクレイジーナンパ大作戦』(鉄人文庫)、『怪しい現場 潜入したらこうなった』(鉄人文庫)など。
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(編集者 仙頭 正教)
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