「コロナ禍で一人勝ち」絶好調の星野リゾートが夏以降に直面する3つのリスク
プレジデントオンライン / 2021年7月10日 11時15分
■去年を「やや」以上に上回るのは無理
読売新聞がこの夏の旅行事情について「星野リゾートも国内ホテルの7~8月の予約件数が前年をやや上回る」とさらっと書いています(東京読売新聞朝刊「緊急事態解除決定 旅行需要回復に期待7月予約4割増」2021年6月18日)。ワクチンと東京五輪でこの夏以降、旅行需要が回復することが業界全体で期待されているのは事実です。でも、この情報の本当のすごさにはお気づきでしょうか?
去年の8月、星野リゾートが運営する主要ホテルでは、星のや軽井沢の客室稼働率は96%、リゾナーレ八ヶ岳が99%、界 箱根も同じく99%でした。去年の夏から秋にかけてほぼほぼ90%台後半の稼働率に張り付いていた星野リゾートが「今年の夏の予約件数が前年をやや上回る」とおっしゃっている。いやいや、どう頑張っても去年を「やや」以上に上回るのは無理です。上限は100%なのですから。これが今年の星野リゾートのすごいところなのです。
星野リゾートを経営する星野佳路社長は、コロナ禍が始まった昨年の5月、社員に向けて「星野リゾートの倒産確率は38.5%」という数字を公表しました。経営者としての危機感は相当なものです。
それからの1年間、日本の観光業界は瀕死の状況に陥りますが、星野リゾートが運営するホテルや旅館は危機感をバネに軒並み高い業績を上げています。ほとんどのホテル経営者が「コロナ禍でやれることは全部やった」と感じながらも肩を落とす中、星野リゾートはいったいどこがすごいのか? 記事にまとめてみましょう。
■世界のホテル業界で進む「所有と運営の分離」
最初に星野リゾートが日本の観光業界の中では少し性格が違った企業であるという話をしておきます。これは世界のホテル業界の潮流を意識した経営とも言えるのですが、星野リゾートは戦略上「運営」に特化しようとしています。
世界のホテル業界では「所有」と「運営」の分離が進んでいます。たとえば世界中にあるヒルトンホテルの運営はヒルトンですが、各々のホテルの所有者はそれぞれ違います。正確には「所有」と「経営」と「運営」の分離が進んでいるのですが、それは細部なのでこの記事では触れません。
背景としては星野社長がこのビジョンを打ち出した90年代当時、星野リゾートという企業自体に資本力の制約があったこと、リゾートホテル自体が供給過多だったこと、そして、これからそのようなホテルの再生案件が増加すると予測されていたことなどがありました。実際、星野リゾートはその後の世の中の流れに乗って成長を始めます。
■星野リゾートが「所有」するホテルの稼働率を比較
さて、星野社長は所有と運営を完全に分離する目的で、所有を担当する星野リゾート投資法人というREITを2013年に立ち上げました。ここが面白いところで、星野リゾートは非上場企業ですが、星野リゾート投資法人は上場REITなのでそちらで開示情報を見ることができる。今回の記事ではまず、REITの開示情報から星野リゾートに何が起きているのかを数字で見てみたいと思います。
星野リゾート投資法人は星野リゾートが運営するホテル・旅館のうち19の施設を所有していて、その稼働率を公表しています。同時にそれ以外の企業が運営するホテルも約30所有しています。前者を代表するホテルとして星のや軽井沢、リゾナーレ八ヶ岳、界 箱根を、後者を代表するホテルとしてANAクラウンプラザホテルの福岡と金沢、ハイアットリージェンシーの大阪を選んでグラフにしたのが図表1です。
寒色系のグラフの線が星野リゾート運営の3ホテルですが、コロナ以前の客室稼働率は80%と100%の間のレンジにきれいにおさまっていたことがわかります。一方でANAとハイアットはざっくりといえば60%から90%の間。ホテルの運営力の差はコロナ以前から歴然でした。
■GoToより一足早く稼働率が回復していた
ところがコロナは全てに等しく試練を与えます。新型コロナが発生した昨年4月、5月に星野リゾートの客室稼働率は急落し軒並み30%を割るようになりました。星野社長が「倒産確率38.5%」という数字を公表したタイミングです。
ここからの回復が早かったのが星野リゾート運営のホテルです。GoToトラベルが開始するよりも一足早く、7月には主要ホテルの稼働率は80%以上に戻ります。その後、コロナ第3波で緊急事態宣言が再発出するまではずっと稼働率が90%台後半に張り付いている。いったい他と何が違うのでしょうか。
グラフを見てわかるとおり、観光地である福岡と金沢のANAクラウンプラザもGoToが本格化する10月から12月までは若干の回復をして息を吹き返しています。一方でインバウンドが途切れた大阪のハイアットリージェンシーは2020年を通じて苦戦が続いている。こちらの絵柄の方が、日本全体の観光業の縮図といえるはずです。
■他社に真似できない現場力と「コト消費」への注力
この差を生み出した星野リゾートの強さは本当にいろいろとあるのですが、この記事では3つに絞ってお伝えします。まず現場がとても強い。現場の社員がとにかくよく考えて行動する。
これは星野リゾートが運営特化を宣言して経営を始めた数年後に星野社長自身が語っていたことですが、この戦略を始めてみると、運営に特化することの優位性がやる前に考えていた以上に大きいというのです。なぜならば現場力を真似るのは競合他社には難しいからです。
2つめに、宿泊リゾートでの「コト消費」の満足度を上げる工夫が随所になされています。当然のことではあるのですが、旅行客はホテルにハードを求めるのではなく、旅行というコト体験の品質を求めます。
星野リゾートの場合、軽井沢に来た人には軽井沢の、那須に来た人には那須の、八ヶ岳に来た人には八ヶ岳の体験を存分に味わってお帰りいただきたいという工夫が見られます。とにかく滞在が楽しい、宿泊客にそう感じてもらえる運営の工夫があるのです。
■超スピードで「マイクロツーリズム」を掘り起こし
このふたつはそもそもコロナが始まる前からの星野リゾートの強みです。しかしコロナ禍で星野リゾートが絶好調になった3つめの要因については、経営者の皆さんは見習うべきです。コロナ禍が起きた瞬間に、星野社長は「生き残るための需要が足りなくなる」と直感したようです。そこで昨年、星野社長はメディアに登場してマイクロツーリズムを繰り返し提唱するようになりました。
マイクロツーリズムとは、一言で言えば地元の人が地元へ旅行に出かけることです。北海道はマイクロツーリズムが進んでいることで知られていて、道外からの観光消費よりも道内の住民による観光消費の規模の方が大きいことで有名です。
県内の旅行だけでなく、多少県をまたいだとしても、埼玉の人が那須に出かけたり、神奈川の人が熱海に出かけたり、山梨の人が八ヶ岳に出かけたりするのもマイクロツーリズムです。こうした身近なレジャーは需要喚起をすればある程度の新規需要は掘り起こせます。
昨年、益子焼で有名な栃木県の益子町では、はじめて陶器市が中止に追い込まれました。そこで益子町は陶器市をウェブ開催したのですが、その流れを星野リゾートの現場はきちんと取り込みます。具体的には「界 鬼怒川」が宿泊客限定でのリモート陶器市を実施して、館内のギャラリーで益子焼の陶器をながめつつウェブで作家の作品を購入できるようにしたのです。
地元のいいものを掘り起こせば、東名阪からの遠距離客だけでなく近隣住民も旅を楽しむきっかけになります。現場にコト消費を掘り起こす経験が蓄積されていたからこそ、他のリゾートと比較して星野リゾートが超スピードでマイクロツーリズムを掘り起こすことができた。これが星野リゾートの稼働率が2020年7月に早くも急回復を見せた3つめの秘密だと思います。
■一般の高級ホテルと段違い「客室あたり単価の高さ」
さて、とはいえコロナ禍での旅行業界です。急回復する星野リゾートにも決して死角がないわけではありません。当然、星野リゾート側でも認識し対策を講じていることだとは思いますが、星野リゾートの2021年夏以降のリスクについても触れておきたいと思います。
このグラフは星野リゾートの主要ホテルの客室当たり単価の推移を、星野リゾート投資法人が所有するANAクラウンプラザやハイアットリージェンシーのホテルと比較したものです。
客室あたり単価というのはホテル業界の重要収益指標のひとつで、客室単価と客室稼働率を掛け合わせた数字です。簡単にいえば1室が1日いくらを稼いでいるかを表す数字です。
さて、コロナ禍でも旅行業全体がGoToで好調だった昨年11月の数字で比較してみましょう。インバウンド不足に苦しむハイアットリージェンシー大阪は約6200円、ANAクラウンプラザホテルでは福岡が約1万600円、金沢が約1万4000円という実績でした。高級ホテルでは1室1万5000円前後が確保できるかどうかが収益の分かれ目で、GoTo特需が起きていたにしても一般のホテルがまだ苦戦していたことが数字から見て取れます。
では星野リゾートがどうかというと、ここは驚いてほしいところなのですが、星のや軽井沢が約8万3000円、界 箱根が約5万6000円です。より身近なファミリー向けリゾートであるリゾナーレ八ヶ岳も約3万6000円。星野リゾートの客室あたり単価の高さは、一般の高級ホテルとはレベルが違うのです。
■2020年にお金を派手に使っていたのは富裕層
グラフを見ると2020年の夏から秋にかけては、コロナ禍が起きる前の2019年とほぼ同じ単価水準に回復していることが見てとれます。だとすればワクチン接種が進み旅行需要が戻る2021年夏以降も、星野リゾートは同じ業績水準に自動的に戻るように感じるかもしれません。
そこで「そうではないかもしれない」というリスクの話をしたいと思います。
ひとつめのリスクは、2021年夏の顧客は2020年夏の顧客と中身が入れ替わっていることです。実は星野リゾートに限らず、昨年の夏から秋にかけて、日本中で高級旅館、高級飲食店、高級ゴルフリゾートや高級SPAなどで謎の特需が起きていました。とにかくたくさんお金を使ってくれるお客様が増加したのです。
この新しい顧客層の正体が海外旅行をあきらめた富裕層でした。ヘリコプターでゴルフ場に出現したり、高級リゾートホテル内のフランス料理店で高級ワインを開けたりという、若干派手な消費傾向が見られたのが昨年秋のひとつの特徴でもありました。
■ワクチン接種が進めば、富裕層は海外に向かう
中小企業オーナーや医者、弁護士、外資系金融機関勤務のサラリーマンなど年収が2000万円から2億円のレンジのひとたちは、毎年2~3回海外に出かけて、そのたびに100万円ほど旅行費用を使う習慣があるのですが、その予算がコロナでたっぷり余ってしまった。この消費需要が昨年は星野リゾートにも流れてきたはずです。
そしてこの層のこの予算は、今年の秋から冬にかけては、このままワクチン接種が進んだと仮定した話ではありますが、確実に海外に向かうはずです。ここで「今年の後半は去年と違ってくるかもしれない」という読みを外すと、星野リゾートに限らず昨年好調だった高級旅館・ホテルはあてが外れるリスクがあると思います。
2つめに昨年のGoToで顧客の価格相場感に狂いが生じている点です。私も経済評論家として実地調査を兼ねてGoToトラベルを利用してみましたが、旅行パックを使えば新幹線代と宿泊代あわせて1人1泊上限2万円が戻ってくるという大サービスでした。
この制度のおかげで星野リゾートだけでなく日本全国の高級ホテルや旅館に、これまでとは違った客層が押し寄せたという報告が相次ぎました。実際そうだと思います。星野リゾートの高級ブランドである「星のや」や「界」といった高級リゾートは通常であれば2人で旅行したら1泊6万円から8万円は覚悟が必要です。でもGoToのおかげでそれがひとり1万5000円から3万円で楽しめる。
■GoToトラベルの「副作用」というリスク
この需要が今年、GoToのルール変更で減るリスクもありますが、それ以上に大きいのが、顧客の頭の中にある「価格のアンカー」が狂ってしまうことです。
一度、1泊1万5000円で豪華な旅を楽しんでしまうと、それが3万円に戻ったときに何かとても損をしたような錯覚が起きる。これを経営学では価格のアンカーが狂うという言い方をします。
GoToトラベル自体はコロナ禍で瀕死の観光業界を維持する政府の施策としてとても重要だったというのが私の認識ですが、その副作用は確実に観光業界に影響を及ぼすはず。星野リゾートにも「高い」と感じさせる影響は出てしまう。ここがふたつめのリスクです。
そして3つめのリスクが存在します。ここまで書いてこなかった話ですが、星野リゾートは運営特化企業として成長する中で、サブブランドに力を入れ始めています。ひとつが都市観光ホテルブランドの「OMO」で、もうひとつが若者をターゲットにした「BEB」ブランドです。
■初めてOMOブランドのホテルに泊まった時、マイナスの衝撃を受けた
ホテルの運営会社が成長のためにサブブランドを作ることは世界的な潮流です。「星のや」「界」といった2人で1泊1室6万円以上のリゾートホテル・旅館だけに特化していたら日本の観光マーケットのごく一部しか手に入らないのはわかります。
だからもっと手軽なブランドがあったほうがいい。ヒルトンだってニューヨークでヒルトンブランドのホテルには泊まれない人のために、ハンプトンインやダブルツリーホテルといったサブブランドを持っています。
星野リゾートが運営するOMO7旭川やBEB5軽井沢などのサブブランドのホテルは、客室あたり単価がANAクラウンプラザ金沢やハイアット大阪が狙うのと同じ1万5000円レベルにターゲットを絞ったカジュアルなホテルです。
そしてサブブランドホテルでも現場は頑張っています。確かに宿泊のコト体験はけっこう気持ちがいい。しかし、私は初めてOMOブランドのホテルに泊まったとき、そこそこマイナスの衝撃を受けました。
先に私が宿泊したOMO7旭川のいいところを挙げます。まず、朝食のビュッフェはすばらしい。ちょっとわくわくする内装にリフォームされたレストランで、北海道を彷彿させる牛乳やバター、ソーセージやハム、そしてはちみつなど地産地消型のおいしい食材を十分に堪能できました。また滞在中はOMOレンジャーを名乗るスタッフたちが知り尽くした近所の観光案内ガイドを買ってでてくれます。
■「星野リゾートに泊まる」つもりで行くと…
ただ予約をしたときのホテルのブランド名はあくまで「星野リゾートOMO7旭川」でした。あたりまえのことですが、顧客はOMOが何かを調べずに「旭川旅行に行くときに星野リゾートに泊まる」つもりで予約するものです。
それで少しわくわくしながら空港を降りて旭川市内に到着しホテルの外観を目にした段階でちょっと「あれ?」と思ってしまうのです。
星野リゾートは運営特化企業なので、当然そういうこともあるのだとは思いますが、産業再生の一環で旭川グランドホテルをリブランドしたのが星野リゾートOMO7旭川で、客室に案内されると部屋の内装はざっくりいえば旭川グランドホテル水準でした。
まあ「サブブランドだったら最初からサブブランドを名乗ってくれよ」というのが消費者の本音で、たぶん星野リゾートでもいずれそれらのサブブランドから「星野リゾート」の看板を下ろして「OMO」とか「BEB」を名乗るようにはなるのでしょう。
■OMOとBEBの成否が問われている
その観点ではブランドの混乱は短期的な経営者マターの課題であって重大な問題ではないかもしれません。むしろ重たい課題は、「このクオリティでターゲットである中流層や若者層がリピートするのかな?」という点ではないでしょうか。
要するに「OMO」と「BEB」は星野リゾートにとってこれまでと違う顧客層をターゲットにした新規事業なのです。市場が大きいからそこに出ていったのはわかります。でもこのやり方で成功できるかどうか。そこが今、問われているのだと思います。
あくまで絶好調の状況下での死角ということですが、昨年の星野リゾートを支えていた需要である富裕層は海外へ戻り、中流層は一時的なものになったとしたら。そしてサブブランドでこれから長い苦戦が始まるとしたら。もしそんなことが起きたら、絶好調のリゾートブランドも決して盤石ではないかもしれない。そんなことも想像しながらも、それでも今の旅行業界全体の中で考えれば、星野リゾートの躍進は素晴らしいと思います。
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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