王者から転落していたVWゴルフは"8代目の登場"で復活できるのか
プレジデントオンライン / 2021年7月15日 9時15分
■安全性能をクリアしつつ、小型化を実現した
フォルクスワーゲンの新型「ゴルフ」が登場した。ハイライトはゴルフ伝統の広いキャビンとボディのコンパクト化、シンプルな内外装デザイン、優れた先進安全技術と内燃機関における電動化へのフル対応だ。以下、順を追って説明したい。
8代目となり全長こそ30mmほど大きくなった(4265→4295mm)が、使い勝手を決める全幅と全高、そしてホイールベースは若干だが小さくなった。
もっとも従来型と比較して全幅は1790mm(-10mm)、全高では1475mm(-5mm)、ホイールベースにしても2620mm(-15mm)と数値にすれば僅かな小型化だ。
一般的に各国各社から発売される新型車は、時代が求める高レベルの衝突安全性能を確保する観点から、代替わりではボディが大型化する。そうしたなかで安全性能をクリアしつつ、小型化したゴルフの存在は魅力だ。運転席からの死角も少なく見切りが良いので、狭い場所など運転環境が厳しくなるほどメリットが感じられる。
また、自宅が集合住宅で駐車場が立体式の場合、車検証上の数値が重要になるが、都市部の立体駐車場では車幅1800mm以下とする場所も未だに残る。さらに、ここも従来型からの継承だが、トレッド(左右のタイヤ間距離)が1550mm以下と広すぎないため駐車パレットの両端にホイールを擦る心配も少ない。
こうしたユーザーの使い勝手を第一に考えた車体設計は、1974年に登場した初代ゴルフから47年間、一貫しているところであり、大衆車造りに精通しているフォルクスワーゲンらしさが感じられる部分だ。
■2016年、BMWミニに首位を明け渡した
ところで、日本自動車輸入組合の「外国メーカー車モデル別新車登録台数順位の推移」によると、2003年~2015年まで歴代ゴルフは1位を記録していた。2003年といえば5代目ゴルフが日本導入された年だが、価格、走り、そして使い勝手など総合性能の高さが日本におけるゴルフ人気を支えたわけだ。
2016年には、2014年に3代目となったBMWミニに首位を明け渡した。2位ゴルフとの差は1746台と僅差だったが、10年以上首位を守り続けてきたゴルフが転落したことは当時、話題となった。この年は、従来型7代目ゴルフの日本における販売期間の折り返し地点にあたる。
転落の要因には2015年9月の出来事も関係する。フォルクスワーゲンが北米で販売するディーゼルエンジン車の制御プログラムに不正が見つかったのだ。このことが日本でのガソリン車販売に少なからず影響を及ぼした……。
一方のBMWミニ快進撃には訳がある。2016年の3月、BMWミニに新型コンバーチブル(オープンボディ)が加わり、4月にはディーゼルエンジン搭載車が10モデルに拡充され、さらにMINIクラブマン(ミニ5ドアのルーフを延長したステーションワゴン風ボディ)に低価格グレードや4輪駆動モデルが追加された。ボディやエンジンバリエーションを増やしつつ、価格訴求力を高めたBMWミニシリーズの戦略勝ちともいえる。
ちなみに2016年の3位はメルセデス・ベンツCクラスで1万7780台。その後、現在に至るまでBMWミニが首位(2020年は2万195台)を守り続けている。ゴルフは、2020年にはメルセデス・ベンツAクラス(1万673台)に抜かれ、3位(1万264台)へと順位を落とす。
■既存オーナーと新規ユーザーへ訴求する販売戦略
このようにゴルフの首位転落の背景には、BMWミニ、メルセデス・ベンツAクラス、それぞれの台頭があるわけだが、2020年のデータでみれば上位10車のうち、8台がBMW、メルセデス・ベンツ、そしてフォルクスワーゲンで占められる。残る2台には、6位(60シリーズ)と8位(40シリーズ)に北欧ブランドであるボルボが食い込んだ。
こうした背景を受け、8代目ゴルフが日本市場でどう受け入れられるのか? フォルクスワーゲングループ・ジャパン(以下、VGJ)では2021年2月9日から事前受注キャンペーンを実施、6月15日に正式販売をスタートして約2週間が経過した執筆現在、「想定を上回る受注台数」(VGJ広報部)とのこと。さらに2021年末に向けてディーゼルエンジンモデルやステーションワゴンボディの追加も公表されている。
日本国内におけるゴルフユーザーへの買い換え戦略としては、「従来型から継承した定評のある性能と新型ならではの付加価値を、販売店スタッフからユーザーに対して積極的にアプローチすることから活動を開始した」(同)と説明。
また、歴代モデルからゴルフは新規ユーザーが多いモデルでもあるため、「新たな顧客獲得のため販売店での週末フェアをこれまで以上に複数回に渡って開催するなど、既存オーナーと新規ユーザーの両者へ訴求する戦略で臨んでいる」(同)という。
■世界的なSUVブームの中でいかに戦うのか
しかしながら、世界市場ではSUVブームが続く。フォルクスワーゲンでも従来型ゴルフをベースにしたSUV「T-Roc」や、コンパクトハッチバックの「ポロ」をベースにしたSUV「T-Cross」の引き合いが強い。そうしたなか、ハッチバックボディのゴルフをいかに推していくのだろうか?
「ステーションワゴンやミニバンからSUVへ乗り換えるユーザーが多いことは事実。ただ、ハッチバックボディの各モデルは安定した販売台数(年間約20万台規模)で推移し、ゴルフのほかにも各メーカーから毎年のように魅力的な新型車が投入される激戦区。その中で新型ゴルフの優位性をしっかりお伝えし、このクラスの定番であることをアピールする」(同)とのこと。
新型ゴルフは電動化にも対応済みだ。フォルクスワーゲン初となる48Vマイルドハイブリッドシステムを直列3気筒1.0lと、直列4気筒1.5lのそれぞれガソリンターボエンジンに採用し燃費数値を向上させ、同時に低速域での動力性能も高めた。
■日本の道路環境なら、1.0lモデルで十分な性能を発揮できる
筆者は1.0lと1.5lの両モデルに300kmほど試乗した。結論からして新型ゴルフには、まず1.0lモデルから試乗されることをおすすめしたい。日本の道路環境において、実用車ゴルフに求められる十分な性能を発揮してくれるからだ。
もっとも車両重量1310kgに対して1.0l(110PS/200N・m)だから気持ちが高ぶるような速さは期待できないが、ACC機能と車線中央維持機能の組み合わせである「Travel Assist(自動化レベル2技術)」を機能させて淡々と高速道路を走らせれば、25km/l以上の燃費数値は誰でも達成できる。
泣き所のひとつだったトランスミッションも大幅に改善された。乾式クラッチ方式の7速DSG(フォルクスワーゲンにおけるデュアルクラッチトランスミッションの名称)は、発進時のクラッチ制御からアップ&ダウンの変速に至るまで非常にスムースになった。
課題だったアイドリングストップ状態からの再発進時も、エンジンスターター機能を受持つ48Vマイルドハイブリッドシステムによって完全に克服した(冷間時は従来通りの12Vエンジンスターターを使う)。
従来型の乾式クラッチ時代には、アイドリングストップ後のエンジン始動からワンクッション置いてアクセルペダルを踏み込む必要があったが、新型ゴルフではまったくそこを意識することなく、動き出したいタイミングでペダル操作を行えば従順に反応してくれる。
※編集部註:初出時、「湿式クラッチ方式になった」としていましたが、取材時の広報部の発表内容に誤りがあり、新型ゴルフでも乾式クラッチ方式を採用していることが判明しました。訂正します。(7月19日13時35分追記)
■アウディ「A3」と乗り比べてみた
静かであること、これも新型ゴルフの美点だ。3気筒エンジンは構造上、低速域と中速域に山がある特有のトルク特性があり、やや甲高い燃焼音も耳に届くが、新型ゴルフではフラットな扱いやすいトルク特性に改善。同時に、ターボチャージャーの消音効果を最大限取り入れ遮音性を高めた。
この直列3気筒1.0lガソリンターボ+48Vマイルドハイブリッドシステムは、ほぼ同時期にフォルクスワーゲングループのアウディ「A3」にも搭載されている。興味津々だった筆者は、早速両車を乗り比べてみた。
走行性能を左右するエンジンスペックから、日常使いを決める7速DSGの各ギヤ比に至るまで2車はまったく同一で、むしろ車両重量はA3が30kgほど重い。
それにもかかわらず、加速フィールや車体の反応はA3が優勢で、アクセルペダル操作に対する反応が10~15%程度良いと感じられた。さらに両車の1.0lエンジン搭載車は、前後サスペンション形式も同一だが、荒れた路面での乗り心地ではA3が上回っていた。
こうした現象はフォルクスワーゲンとアウディにおいて、過去から認められていたもの。出力特性変化と呼ばれる部分をブランドに応じて味付けで変化させた結果だ。
わかりやすくアウディのほうが速くて上質な走りが楽しめる一方で、実用領域での燃費数値はフォルクスワーゲンが勝る。標準装備品が多く、車両価格が安価であることもフォルクスワーゲンの強みだ。これは今回の2車でも同じ結果だった。
■さながら現代によみがえった「ビートル タイプⅠ」
新型ゴルフに設定されたもうひとつのパワートレーンである、直列4気筒1.5l+48Vマイルドハイブリッドシステムモデルの走りは、体感上の出力・トルクの力強さや滑らかさで比較すれば1.0lモデルの40%増しとの印象。高速道路や多人数乗車時など車両への負荷が高いほどその差は拡がる。
また、リヤサスペンション形式が1.0lのトーションビーム方式からマルチリンク方式になったことで、連続するカーブを走行する際の粘り強さも勝っていて、後席での乗り心地も1.5lが良かった。
しかし、現状の価格差(装備内容に違いがあるものの現状、49万円)と性能差(1.5lは150PS/250N・m)を天秤にかけた場合、筆者のベストバイグレードは1.0lモデルの「eTSI Active」(312万5000円)に落ち着いた。これに純正カーナビなどの「Discover Proパッケージ」(19万8000円)の追加が理想的だ。
車内はどうか? シンプル過ぎるインテリアデザインに評価が分かれているが筆者は好印象を抱いた。HMIでは指で操作する新形状のシフトノブにはじまり、エアコンからカーナビ、先進安全技術の設定に至るまで、操作ロジックの統一が図られていて使いこなすためのルールさえ飲み込めば使いやすい。
各モードから復帰させる「戻るボタン」がないので使いづらい、という声も聞かれるが、ホームボタンを軸に一度押した各機能ボタンを再度押せば前画面に戻るから、結果的に運転中の操作も視線移動が少ない。見た目は質素に感じるが機能は十分。徹底した質実剛健さは、さながら現代によみがえったビートル タイプⅠのようだ。
■内燃機関と電動化のすみ分けはどうするのか
最後にフォルクスワーゲンの電動化について。
2019年3月、スイス・ジュネーブで開催された「第89回ジュネーブ国際モーターショー」の会場で、フォルクスワーゲンAG会長に就任して間もないヘルベルト・ディース氏に、この先の内燃機関と電動化のすみ分けプランについて伺ったことがある。
氏は、「フォルクスワーゲングループの販売構成でいくと、2025年に電気自動車(EV)25%、ハイブリッド車を含めた内燃機関で75%という数値が現実的。しかしCO2排出量の2030年目標値である66.5g/km実現にはEVの台数が足りない。よって、将来的にEV比率を40~50%に向上させていく必要があると考えている」と答えた。
事実2019年に生産を開始したフォルクスワーゲンのEV「ID.3」は、欧州を中心に販売台数を伸ばしている。
と同時に氏は、「内燃機関エンジンの新規開発は行わないが、扱いは当面やめない。既存の内燃機関の排出ガスクリーン化や、燃費数値の向上を目的とした取り組みについては、この先も継続する」としている。
つまり、ゴルフが搭載した48Vマイルドハイブリッドシステムは、この時に決定していた内燃機関における取り組みのひとつといえる。
■9世代目の開発もすでに正式決定している
2021年現在、クルマを含めたモビリティ全体には「カーボンフリー」や「CO2 ニュートラル」が課せられている。温室効果ガスは削減の次元から、発生させない次元へとステップアップした。
「事実上のCO2フリー」理論は非常にややこしく、実現させることが目的化している現状に筆者は疑問を感じるが、世界規模での目標設定は重要だ。
「完全なCO2ニュートラルモビリティへの移行期間においては、内燃機関にモーターを組み合わせたハイブリッドモデルの確立が必要です。新型ゴルフでは、48VマイルドハイブリッドシステムのeTSIのほか、ディーゼルモデルのTDI、プラグインハイブリッドモデルのPHEVを導入します」(同)。
気になるのは、フォルクスワーゲンのEVであるID.3やそのバリエーションモデルの日本導入だ。ゴルフは本格的なEV時代になると消滅するのだろうか?
「ゴルフは、最終的なCO2ニュートラルモビリティを実現するまでの変革に貢献すると考えています。その裏付けとして、ゴルフは今回の8世代目で終わりを迎えるのではなく、9世代目の開発も既に正式に決定されています」(同)。
1000万台規模のクルマを販売し続ける企業の電動化プランには多角化が不可欠だ。これはトヨタ自動車にしても同じことが言える。いずれにしろ近い将来、フォルクスワーゲンの日本市場における新たな電動化プランが披露されるはずだ。
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交通コメンテーター
1972年1月東京生まれ。専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつために「WRカー」や「F1」、二輪界のF1と言われる「MotoGPマシン」でのサーキット走行をこなしつつ、四&二輪の草レースにも精力的に参戦中。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行い、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。著書には『2020年、人工知能は車を運転するのか』(インプレス刊)などがある。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)理事、2020-2021日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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(交通コメンテーター 西村 直人)
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