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官僚の妻が悲痛の嘆き「子どもがもてない。国に殺される」今、霞が関で何が起きているのか

プレジデントオンライン / 2021年7月15日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kumikomini

なぜ霞が関の不祥事はなくならないのか。「霞が関」をテーマに2019年から取材を重ねてきたNHK取材班は「不祥事は特定の個人や省庁だけの問題ではない。もっと根が深いものだ。官僚たちは疲弊し、霞が関は弱体化し、存在感を低下させている」と指摘する――。

※本稿は、NHK取材班『霞が関のリアル』(岩波書店)の一部を再編集したものです。

■戦後から守り続けてきた「文書主義」が形骸化している

「霞が関のリアル」、2019年3月からNHKのウェブサイト上でスタートしたこのシリーズには2021年1月までに30本を超す記事が掲載された。取材に関わったのは主に社会部の記者たち。事件、医療、環境、教育など専門分野の異なる10人余の記者たちが「霞が関」という1つの取材テーマに向き合った。

この取材のきっかけは2016年以降、相次いで明るみにでた霞が関の不祥事だった。森友学園をめぐる財務省の決裁文書の改ざんや防衛省が日報を隠蔽した問題。さらに、加計学園の獣医学部新設をめぐってはその選定プロセスの不透明さなどが国会などで大きな議論となった。私は加計学園をめぐる問題をデスクとして指揮したが、2年近くに及んだこの取材において、何度も信じられない思いをした。中でもショックだったのは霞が関における文書主義の形骸化だった。

政策立案などのプロセスを詳細に記録し、のちに検証できるようにする文書主義。これは官僚たちが戦後、最も大切にしてきたイズムだったはずだ。それが「存在するもの」が「しないもの」とされ、公文書でありながら「書かれた内容が事実と違う」とされた。「何が省内で起きているのか?」私たちは強い疑問を官僚たちにぶつけ続けた。

■特定の官僚の話ではない、もっと根深い問題だ

「疑惑がある以上、どんな取材相手でも追及する」。これは記者の矜持だが、それを遂行し続けるには身を切る覚悟が必要だった。親しかった官僚から責められたり、遠ざけられたりするのは日常となり、精神的に不安になった取材相手の話に夜通し耳を傾けた記者もいた。事実を明らかにするためとはいえ、記者たちにとってはつらい取材だったはずだ。

しかし、上からの圧力に負けず、敢えて口を開いて、組織の不正を告白してくれた官僚たちのことを思うと引くことはできなかった。何より、長年取材先として尊敬かつ信頼してきた人たちがどうしてこんな深刻な現状に目を背けているのか、その理由が知りたかった。

霞が関ではその後も、各省庁が障害者の雇用を水増しした問題(2018年)や文部科学省や厚生労働省の幹部官僚の接待問題(2018年)、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」の不正(2018~2019年)など不祥事がやむことはなかった。強まる霞が関へのバッシング。次第に私たちの頭の中にはこんな考えが持ち上がるようになった。「これは特定の個人や省庁の問題ではなくもっともっと根が深い。何か別のアプローチが必要なのではないか」と。

■「一人の人間」として官僚を扱ってきたか

2019年1月となり、自分たちの抱えていた不祥事の取材が一段落したところで、先の考えを実行に移そうと決めた。それがこの「霞が関のリアル」の取材だった。

まず注目したのが官僚たちの働き方。私も長く霞が関を取材していて、官僚の勤務が異常なことは知っていたがそれを記事にしようと思ったことはなかった。それはどこかで、不夜城とも称される霞が関の官僚の働き方を所与のもの、もっといえばどこかで美徳として捉えていたのかもしれない。そこには、官僚を一人の人間として見る視点が欠けていた。当然のことだが、官僚にも家族もいれば、恋人だっている。記事には取材した記者たちが同年代(20、30代)の官僚たちと人として向き合わないと引き出せない本音がつづられていたと思う。

こうしたいわば「共感」を大事にした記事を届ける手段として私たちはネットへの掲載(NHK NEWS WEB)を試みた。幅広い視聴者に届けるテレビと違い、ネットは指向性が強いメディアだ。まずは現場で働く国家公務員にぜひわがこととして感じてもらえる記事を届けたい。そんな思いで取り組んだ。

皇居から霞が関
写真=iStock.com/Masaaki Ohashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Masaaki Ohashi

■官僚の妻「子どもがもてない。国に殺される」

そうした結果、記事はありがたいことに予想以上に大きな反響を頂いた。何よりネットならではの良さを実感したのはその「双方向性」だ。それぞれの記事の最後に読者に対して感想や意見を寄せて欲しいと投稿を呼びかけたところ、当事者たる官僚たちから直接反応をもらうことができたのだ。

「公務員の実情を知って欲しい」(30代)、「この組織で働き続けるか思案中です」(20代)、「国会対応や政治との距離に不満があり、総合職を1年で退職した」(20代)など、投稿してくれた多くの人たちは記事に登場する官僚にみずからの境遇を照らし合わせていた。私たちはこうして意見を寄せてくれた官僚たちにすぐにメールなどで連絡をとり、了解が得られた場合は直接会って話を伺った。

こうしたやりとりから、新たな取材テーマやアイデアが次々と生まれたが、中でも気づきを与えてくれたのは官僚の家族からの投稿だった。「子どもがもてない。国に殺される」という切実な内容をメールで送ってくれた30代の官僚の妻。さらに、元官僚だった妻(夫も官僚)から「やっと気づいてくれましたか」というメールが届いた時にははっとさせられた。どれも毎日心身ともにぼろぼろになるまで働く夫や妻の様子を身近でみている者からの悲痛な声だった。そうしたやりとりを通して、その異常な働き方を改めて認識する一方、官僚たちを追い詰めているのは単に物理的な時間だけではないことも強く感じた。

■官僚たちの疲弊、霞が関全体の弱体化、存在感の低下…

それを解き明かそうと、私たちは官僚組織を構造的に理解しようと心がけた。取材も働き方にとどまらず、具体的な業務内容や霞が関独特の文化にまで広げていった。それは各省庁を縦割りにではなく横断的にみることで、そこに内在する普遍的な問題点を抽出したいと思ったからだ。

思い返せば、ふだん各省庁の記者クラブで仕事をすることに慣れた私たちはこうした取材をあまりしてこなかった。テレビや新聞の記者はそれぞれの省庁で人脈を作り、所管する政策を検証し、その分野の専門性を高めていく。これはいわゆる当局取材というもので、権力の監視という意味でその大切さは色あせない。

しかし、こうした取材はどうしても個々の省庁の政策ばかりに目がいき、官僚組織の持つ構造的な課題への意識が欠ける。ここ数年続く不祥事の原因を深く理解するにはやはり縦軸としての個々の省庁への取材だけでなく、各省庁を横断的にみる目、さらに、歴史的な奥行きを加えた立体的な霞が関の把握が不可欠だと感じたのだ。

そして、そのようにみればみるほど明らかになってきたのが官僚たちの疲弊、霞が関全体の弱体化、さらに存在感の低下だった。その背景として、政治家の側にある責任は見過ごせないだろう。このシリーズでも取り上げたが、官僚の過重労働の一因となっている今の質問通告や質問主意書のやり方は果たしてどうなのか? そして、時間を問わず官僚を呼びつける議員の存在、「忖度」という言葉に代表されるいびつな政官の関係性が生んださまざまな不祥事は、霞が関自身が抱える病理にすべての責任を負わせることはできないことを如実に物語っている。

国会議事堂
写真=iStock.com/kanzilyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kanzilyou

■ゆがみがコロナ対応の迷走を生んだ

戦後、奇跡的な経済復興や高度経済成長を経て、経済大国となったこの国をけん引したのは官僚だったといわれるが、バブル経済がはじけて長期停滞期に入り、財政赤字が膨らむようになると、政治家から行政改革の必要性が叫ばれるようになった。2000年以降、公務員は大幅に削減され、政治主導のかけ声のもと、官僚幹部の人事権は内閣人事局が握るようになり、各省庁の頭越しに行われる政策も増えた。これらの改革は時の政権を国民が支持したからこそ行われたともいえよう。

しかし、そのメリット・デメリットを私たちはどれだけしっかり検証してきたのだろうか。そんなことを今、新型コロナウイルスの惨禍に直面して大いに痛感させられる。未知のウイルスへの対応にはどの国も苦戦しているが、日本の苦境はそのなかでも目についてしまう。デジタル化の遅れで、各地の保健所から感染者の報告が迅速かつ正確に上がらない実態や、学校へのパソコンなどの配備が遅れていたため、オンライン教育に切り替えることができなかった現実、また、政治家への対面説明に追われるあまり、いまだ進まない霞が関のテレワークもしかりだ。

さらに、この間の政策検証も不可欠だ。突如持ち上がり、すぐに立ち消えとなった小学校の秋入学、マスク不足の解消として無償配布された“アベノマスク”、そして観光業を支援するため実施されたGo Toトラベル、さらに世界の中でも開始が遅れたワクチン接種など。ことし1月に行われたNHKの世論調査でも、「政府の新型コロナへの対応を『あまり評価しない』、もしくは『全く評価しない』」という意見は58%に上っている。

■コロナ禍は霞が関と永田町の課題を一気にあぶり出した

連日タクシー帰りを続けるある若手官僚は「コロナ対応は霞が関にとり一丁目一番地の仕事です」と気丈に語る。確かにその通りだが、一連の迷走ぶりをみると官僚たちの自助努力ではもはや乗り越えられない壁のような存在を感じる。政治も危機感を持ち始め、河野行政改革相のもと官僚の勤務実態の調査が行われたり、官僚たちが、国会で質問する議員に事前に内容を聞き取り、答弁を作成する「問取り」をリモートで行う政治家も徐々に出始めたりするなど、改善のきざしはある。しかし、それがどこまで徹底され、抜本的な解決につながるかは不透明だ。

NHK取材班『霞が関のリアル』(岩波書店)
NHK取材班『霞が関のリアル』(岩波書店)

また、最近になって明らかになった総務省や農林水産省の幹部たちの接待問題。官僚、特に幹部たちの接待をめぐる問題は先述した通り、3年前に文部科学省と厚生労働省で起きたばかりだ。この世代(50代)は1988年に霞が関の権威を大いに失墜させた大蔵省接待汚職事件、そしてその反省から2000年に施行された国家公務員倫理法について、すでに入省後の出来事でもあり、肌感覚で理解していたはずだ。こんな上司たちの姿を現場で奮闘する若手の官僚、さらにこれから官僚を目指す学生たちはどう見ているだろうか、やるせない思いが募る。

コロナ禍は霞が関と永田町が抱えていた課題を一気にあぶり出した。さらに、それらが国民生活に大いなる不利益となる現実を私たちに突きつけた。この痛切な教訓を官僚、そして政治家がどのように受け止め、生かすことができるのか、私たちはしっかりと見届けなければならない。

(NHK取材班)

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