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夏の賞与たった0.025カ月減「民間より厚遇」なのに中堅官僚が次々辞めていく霞が関の根本問題

プレジデントオンライン / 2021年7月12日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Masaaki Ohashi

■いつの間にか「民間水準」を上回っていた

国家公務員に6月30日、夏のボーナス(勤勉手当)が支給された。管理職を除く平均支給額はおよそ66万1100円で、去年に比べておよそ1万9000円減った。夏の賞与が減るのは9年ぶりだという。9年前の減少は東日本大震災で復興のために増税することとなり、政治家も官僚も痛みを分かちあうべきだとして給与カットが行われた。今回の引き下げは「民間企業との格差を解消するため」で、0.025カ月分引き下げられた。率にして約2.8%の減少である。冬のボーナスは昨年まで3年連続で引き下げられており、公務員も「冬の時代」になったかのように見える。

だが、「民間企業並み」にするためにボーナスを引き下げるということは、いつの間にか民間よりも待遇が良くなっていたということでもある。公務員は「薄給だ」という印象が強いが、実際にはこの20年あまり、民間の給与水準がほとんど上昇しない中で、公務員の給与はなかば自動的に上昇してきたことから、いつの間にか民間水準を上回っていたわけである。しかもしばしば「公務員の味方」と言われる「人事院」が引き下げを求めているのだから、官僚機構自ら「公務員天国」であることを認めているに等しい。

■自衛官などの特別職は含まれていない

ちなみに、公務員給与が高いと書くと、現場の自衛官や警察官は薄給で世の中のために働いているのだ、という批判をする人がいる。だが、ここで内閣人事局が「国家公務員」と言っているのは、自衛官などの特別職をのぞいた霞が関で働く官僚たちのこと。しかも、各省庁の事務次官や局長、課長など管理職は含まれていない。ちなみに事務次官のボーナスは323万円、局長級で250万円、課長でも180万円前後と見られている。

この国家公務員のボーナスは、給与とともに民間の支給実績を調べて、それに準拠して決められる。独立した国の機関である人事院が政府に「勧告」を出し、政府はそれに従って増減を決める。基本的には4月の民間給与と、前年8月から7月までの民間の賞与を調べ、4月分の公務員の給与水準と比較して、改定を行う。毎年夏に「人事院勧告」が出され、それを政府が受けて秋の臨時国会に法案を提出、年末に給与改定が行われる。夏の賞与は昨年末の改定でほぼ水準が決まっていた。

■「民間並み」にそろえることが本当に正しいのか

国家公務員に「民間並み」の給与・賞与を保証するのは、公務員はストライキなどを行う「争議権」が認められていないからだと説明されている。だが、この説明には異論もある。というのも、国家公務員は犯罪に手を染めるなどよほどのことがない限り、クビになることはない。企業と違って、業績が悪いからリストラが行われることはないのだ。

また、多くの場合、俸給表に従って毎年給与が増え続けていく仕組みだが、これもよほどのことをしない限り、降格されることがない。公務員も業務遂行の実績によって、ボーナスが増減する評価制度が導入されているが、ほとんどが優秀だという評価になっていて、ボーナスが大きく削られるような人はごくまれだ。つまり「身分保証」が民間とはまったく比べものにならないのである。

民間企業で働いている人には業績でボーナスが大きく増減したり、リストラでクビになったりする「リスク」があるわけで、本来そうしたリスクがほとんどない国家公務員よりもリスク分給与賞与が高くなるべきだ。つまり、公務員給与・賞与を「民間並み」にそろえることが本当に正しいのか、という疑問が湧く。

また、2.8%の減少という夏のボーナスの減少率が「民間並み」だったのか、というとそうでもない。経団連が集計した大企業の夏の賞与の1次集計によると、前年度比7.28%の減少だったという。新型コロナウイルスの蔓延による経済活動の冷え込みで、企業が財布のヒモを締めたことが背景にある。国家公務員の賞与が9年ぶりに減ったからと言って、決して「民間並み」の減り方をしたとは言えないのである。

■中央官庁の中堅官僚が次々に辞めている

だからといって、国家公務員の給与を引き下げよ、と言っているのではない。一方で、中央官庁の中堅官僚が次々に辞めている、という事実もある。圧倒的に「仕事が忙しい」というのが理由で、行政改革担当相の河野太郎氏は公務員の残業の圧縮など「働き方改革」に旗を振っている。早朝から深夜まで働かざるを得ない官僚たちにとっては、給与や賞与は決して高くない、ということになる。

オフィス
写真=iStock.com/Heiko Kuverling
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Heiko Kuverling

霞が関を離れる決断をした官僚に聞くと、「忙しいのが嫌だ」という声は実は少ない。プライベートの時間もなくなるほどの勤務体制に嫌気が差しているのは事実なのだが、中央官庁の官僚を目指した段階から、「忙しい」ことも、「給与が決してべらぼうに高いわけではない」ことも覚悟の上で入ってきている。

東大生の人気就職先であるマッキンゼーなどの戦略コンサルティング・ファームは役所の若手に比べればはるかに高給だが、仕事が楽なわけではない。猛烈に忙しく、早朝から深夜まで当たり前のように仕事をしている。

■課長になるまで25年、下積み期間の長さに絶望

それでも役所に見切りを付けて辞めていくのは、仕事の忙しさが「無意味だ」と感じるケースが少なくないからのようだ。年功序列がいまもって崩れていない霞が関では、責任をもって仕事ができる「課長」になる年齢がどんどん高齢化し、今は50歳以上が多い。入省から25年くらいかかるのだ。その間、下積みが続き、大きな仕事を任せられることもどんどん少なくなっている。

かつては課長と言えば、大きな権限を握っていたが、今は局長や審議官にならないと実質的な決定権がない。つまり、役所に入ってもキャリアパスを描けなくなっているのだ。もちろん、その間、給与は少しずつ増え続けていくから、「安定」を求める人には天国のような職場かもしれない。

辞表を提出する
写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

6月には通常国会で公務員の定年延長法案が可決された。段階的に65歳に引き上げられる。同時に役職定年制が導入されたが、若手の官僚たちはこれで課長になる年齢がさらに上がっていくのではないか、と危惧している。ますます下積みの期間が延びることになりかねないのだ。

■給与体系を変えなければ、優秀な人材は来ない

今の若者には、「ひとつの会社で定年まで働き続ける」と考えている人はほとんどいない。若いうちにキャリアを磨き、いくつかの会社を転々としてキャリアアップしていく、という欧米型のスタイルに、少なくとも意識は変わってきている。そうしたキャリアデザインから霞が関は外れてしまったということなのだ。給与や賞与の支給方法も、同期入省ならほとんど横並びで、毎年少しずつ増えていく、という終身雇用年功序列賃金を前提にした仕組みを、そもそも若者が求めていないのである。

若くても活躍できるポストを与えられ、給与もそれなりにもらえる。そんな給与体系に変えなければ、優秀な人材ほど官僚を志望せず、育った官僚ほど中途で辞めていく事態は続くだろう。

2007年に第1次安倍晋三内閣が公務員制度改革に着手しようとした際、霞が関はこぞって反対した。「消えた年金問題」も安倍内閣の公務員制度改革を潰すために官僚機構が流した「自爆テロ」だったという説もある。結果、第1次安倍内閣はわずか1年の短命に終わった。それ以降も、公務員制度改革は遅々として進んでいない。

■改革派・川本裕子氏が人事院総裁に就任

だが、最近は優秀な官僚の間からも公務員の人事俸給制度を抜本的に変えないと、もはや優秀な人材が霞が関に来ないという危機感を露わにする人が増えた。一律横並びで昇進し給与も増えていく仕組みではなく、若くても抜擢でき、ポストによって給与も大きく差をつけ、実績によって賞与を弾むことができる仕組みが必要だというのだ。

菅義偉内閣は、人事院総裁に民間の川本裕子・早稲田大学大学院経営管理研究科教授を指名した。旧東京銀行を経てマッキンゼーでコンサルタントとして活躍、さまざまな政府の委員を歴任した。政府の審議会では歯に衣着せぬ発言をする改革派として知られてきた。菅官邸が川本氏に人事制度改革の勧告を期待しているのかと思いきや、どうもそうではないらしい。官邸に近い自民党幹部によると、川本氏を選んだのは「女性だから」。菅内閣もジェンダーバランスに配慮しているということを示したかっただけだ、というのだ。

さて、川本氏が霞が関の人事のあり方にどんなスタンスで立ち向かうのか。今まで通り、霞が関ムラが喜ぶ給与引き上げ、賞与引き上げの勧告を出すだけの存在で終わるのか。大いに注目したい。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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