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英語には「おつかれさま」「よろしくお願いします」という言葉はない

プレジデントオンライン / 2021年7月28日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

「おつかれさま」「よろしくお願いします」は、日本語で仕事をする人には欠かせない言葉だろう。しかし、英語にはこうした表現はない。言語学者の井上逸兵さんは「日本語の決まり文句は、日本の文化に深く根ざしている。それを英語にそのまま訳すことはできない」という――。

※本稿は、井上逸兵『英語の思考法』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■アニメ、テリヤキ、ゼンは英語になった

どんな言語にも他の言語には翻訳しづらい定型句がある。日本語と英語を比べると、訳しづらい決まり文句は日本語の方が多いと考えられる。なぜなら英語の決まり文句は明治以降の日本の西欧化の中で、その「翻訳日本語」が定着してきたためだ。

英語ではごくごく日常的なI love you.が翻訳された「愛してる」なんて日本語は、一昔前には映画の中にしか出てこない、ある世代以上の人たちには口にしたことのない言葉だろう。

「お目にかかれて嬉しいです」なんて言葉も、Nice to meet you.の翻訳日本語として、だいぶ耳にするようになった。

have a good time、enjoyなどからできた「楽しむ」というような言葉も同様である。これを、例えばスポーツ選手が使うようになったのは、新聞各社のデータベースを見ると、本格的には平成に入ってから(1989年以降)である。

この逆のことは、今のところ起こっていない。英語にも外来の定型句の翻訳と思われる表現はある。

Long time no see!
(久しぶり!)

などは諸説あるが、本来英語起源の言葉ではないことが知られている。しかし、日本語の決まり文句が翻訳表現として英語になったものはないようだ(単語レベルでは多数ある。animeteriyakizensayonaraなどそのまま英語になったものだ)。

日本語の決まり文句は、日本の文化に深く根ざしている。コミュニケーションのタテマエが凝縮された表現だ。それだけに、英語にそのまま訳すと、変な表現になるか、場合によっては不適切、不躾な表現になってしまう。見方を変えると、逆に本書で扱うような英語の核心的タテマエを見る格好の材料でもある。

■「よろしくお願いします」を英語で言うと「図々しいやつ」

あいさつとしての「よろしくお願いします」はその典型だ。場面としては、英語ならNice to meet you.などというところだ。初対面でも使っている。直訳すれば、Please take care of me well.といったところだが、こんな定型句はないし、言ったとしたら、「こいつ何言ってるの? 初対面でいきなり頼み事か! しかも自分によくしろと⁉」ということになってしまう。

この奇妙さは、英米文化の「独立」と「対等」志向からくる。英米文化では、お互いが独立していて、依存し合わないというのがタテマエである。そんな文化で、会っていきなり自分のことをよろしくしろと言われれば、目をシロクロされかねない。

もちろん「よろしく」的な言い方は英語にもある。ただし、それは何か具体的なことに対してであり、自分の「独立」は保った状態である。ビジネスシーンで、

I look forward to working with you.
(一緒に仕事をするのを楽しみにしています)
I hope we can keep a good relationship.
(これからいい関係を築いていけるといいですね)
I hope we’ll make a good team.
(我々、きっといいチームになりますね)

などと言ったりする。そこには「お願い」しているニュアンスはない。大事なことは、お互いが「独立」した存在であり、へりくだって「よろしく」頼んでいるわけではないということだ。

■キュウリを食べるサツキのセリフが「ヨーイ、ドン!」な理由

そのほかの日本語の決まり文句はどうだろうか。そもそも同じような場面で英語には言葉がないものもある。「いただきます」などがそうだ。そもそも英語では言わない。無言で食べ始めるという、日本の習慣からするとはなはだお行儀の悪い振る舞いが普通である。

Let’s eat!

Let’s dig in!

と言ったりするかもしれないが、「食べよー」というお行儀もなにもあったものではないフレーズだ。

Enjoy your meal.
(直訳:食事を楽しんで!)
Enjoy!
(楽しんで!)
Hope you enjoy what we’ve made for you.
(あなたのために作りましたよ。楽しんでくれると嬉しいです)
Bon appetit.
(召し上がれ)*フランス語の表現が英語に入ったもの。英語に直訳すればGood appetite(よい食欲)。

などというよく聞かれる表現もあるが、みな食事を提供する側が食事をする人(たち)に言う言葉だ。

こういう、英語に対応する言葉がない日本語の決まり文句が映画の中にある場合、字幕訳や吹替訳の英語をつけるのは工夫がいる。『となりのトトロ』でサツキが「いただきまーす」と言ってキュウリをほおばるシーンがあるが、その英訳は、翻訳のバージョンによって様々だが、翻訳者の苦労がうかがい知れる。

Michiko will be jealous.
(ミチコがうらやましがるだろうな)
Mark, get set, go!
(位置について、ヨーイ、ドン!〔Mark はOn your mark〕)
Looks delicious!
(おいしそう!)

などがあるが、いずれも「いただきます」のニュアンスは出せない(あたりまえだ)。

■毎食オリジナルの言葉で満足と感謝を伝える

同様に、『トトロ』には「ごちそうさま」というセリフがあるが、

Ahh.
(ふう)
I gotta go.
(さて、行かなきゃ)
Gotta go.
(行かなきゃ)

と、みなはぐらかしている(しかたない)。

「ごちそうさま」については、それに相当する決まり文句はなくても、それぞれオリジナルの料理に対する褒め言葉や感謝の言葉を言う傾向がある。ありきたりの言葉としては、

It was so delicious!
(とってもおいしかったです!)
That was a delicious meal!
(おいしいお料理でした!)

などがあるが、もう少しバリエーションをつけて、

What a fantastic meal!
(なんてすばらしい料理!)
We thoroughly enjoyed ourselves.
(心ゆくまで楽しみました!)
It was a very satisfying meal.
(ほんとに大満足でした!)

たくさんいただいてお腹いっぱいだということで、満足と感謝を伝えることもあるだろう。

I’ve had so many helpings! It was delicious.
(たくさんおかわりしちゃいました。おいしかったです)
I ate way too much. I’m really full now.
(食べ過ぎちゃいました。おなかいっぱいです)

こういうバリエーションは、英米文化の「個」志向の表れでもある。「ごちそうさま」という決まりきった言い方では、本当には感謝は伝わらず、本当においしかったという気持ちも伝わりにくいと考えるのが、「個」の文化である。

レストランでの食事
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

日本の場合は、ごちそうしてやったのに「ごちそうさま」と言わなければ、礼を欠いたやつだと思われがちだが、英米文化の場合は、決まった言い方をするほうが、礼を欠いていると思われてしまう可能性があるわけだ。

■「おつかれさま」と言いたいのに、英語では伝わらない

「おつかれさま」も、

You’ve got to be tired.
You must be tired.

(ともに「お疲れでしょう」という意味)

などと言えなくもないが、「なに言ってんのこいつ、おれが疲れてるからってなんなんだよ、そんなこといちいち言ってどうするの?」となる可能性もある。

井上逸兵『英語の思考法』(ちくま新書)
井上逸兵『英語の思考法』(ちくま新書)

「疲れている」ことは「個」たる自分の問題なので、いちいち入ってこられたくないという「独立」願望の強い人もいる。またお年寄りに言うと、「年寄り扱いするな!」というムッとした反応が返ってくる可能性もある。

Well done!とかGood work!となると先生が生徒に、上司が部下に言うような上からの表現になってしまうので、使う状況は限られている。その意味では「おつかれさま」とは違う。

こうして考えると、やはり決まり文句はその文化の様々な考え方を反映しているので興味深いが、英語でそれらに相当する表現がないのは日本人としてはもどかしいこともあるだろう。「おつかれー」などとどうしても言いたくなってしまう。

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井上 逸兵(いのうえ・いっぺい)
言語学者
1961年生まれ。慶應義塾大学文学部教授。慶應義塾中学部部長(校長)。専門は社会言語学、英語学。博士(文学)。NHKEテレ「おもてなしの基礎英語」などでの解説が好評を博す。著書に『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』(慶應義塾大学出版会)、『サバイバルイングリッシュ』(幻冬舎)など多数。

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(言語学者 井上 逸兵)

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