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大外れした「都民ファースト惨敗」予想で露呈したマス・メディア調査の限界

プレジデントオンライン / 2021年7月23日 9時15分

都議選で当選確実となり、万歳する東京都の地域政党「都民ファーストの会」の荒木千陽陣営=2021年7月4日、東京都中野区 - 写真=時事通信フォト

7月4日に行われた東京都議選を、多くのメディアは「予想外の結果」と報じた。なぜ事前の当落予想は外れたのか。政治学者の菅原琢氏は「予想外の出来事が起きたのではなく、予想そのものに欠陥がある」という――。

■「都民ファーストが終盤に追い上げた」は本当か

7月4日に開票された東京都議選はメディアや政界で「予想外の結果」と受け止められました。

大幅に議席を減らすと思われていた小池百合子東京都知事率いる都政与党・都民ファーストの会が想定以上に多くの議席を死守し、公明党と合わせて過半数を獲得するはずだった自民党の議席が伸びなかった、というのがメディアや政界に一致した「予想外」の内容です。

自民失速・都民ファースト伸長という「予想外」が生じた理由としては、「過労で入院した小池都知事への同情票が選挙終盤に動いたからだ」、「ワクチン不足が露呈し政権への批判が高まったからだ」などといろいろ指摘されているようです。理由はなんであれ、有権者の投票行動が事前の予想から急変したことが「予想外」を生んだというわけです。

本稿でこの有権者の態度急変説を全否定するつもりはないのですが、その前に「予想」がそもそも間違っていたことが「予想外」の実体ではと考えています。問題なのは有権者の側ではなく予想を外した側なのでは? というわけです。

予想と結果がズレたとき、予想者は予想の時点から結果までの間に何か大きな変化が起きたのだと言い訳をしがちですが、まず疑うべきは予想自体の失敗です。都民ファーストが終盤に急に「追い上げた」のではなく、投票者の行動を適切に予想できなかったことが予想者の主要な敗因と考えられるのです。

■選挙前の世論調査は「自民圧勝」だったが…

雑誌やネットでは、政治評論家等を名乗る人々のいい加減な選挙予想が散見されますが、メディアや政党の予想はそこまでいい加減ではありません。通常は、予想の背後に有権者に対して行われる何らかの量的な調査結果があるのです。

衆院選や参院選などの選挙期間中に大手紙等では、そうした調査を用いた選挙区ごとの当落見込み記事を「選挙情勢」等の名称で報道しています。“わかる人にはわかる”表現や語法で候補の優勢劣勢を曖昧に伝える記事を読んだことがある方は多いでしょう。最近ではあまり見なくなりましたが、泡沫候補が「独自の戦い」と表現されるアレです。

ただし、今回の都議選に関して「情勢」の調査と報道を行ったマス・メディアは毎日新聞のみです。他のメディアが行ったのは、東京都全体を対象とした、選挙区ごとではない、回答者1000人程度の調査です。

細かい説明は省きますが、調査の方式としては、日経・共同、読売、朝日は固定電話対象のRDD方式の電話世論調査を、東京新聞は自動応答式(オートコール)の電話調査を行っていました。各所に漏れ出てきた、自民党が行ったとされる選挙区ごとの情勢調査もオートコールによるものと思われます。

各調査の投票予定政党と実際の選挙結果
各紙記事を基に筆者作成

後述の毎日新聞も含め、図表1にその数字をまとめました。この表を見ると、どのメディアでも自民党の割合が抜きん出ていたことがわかります。表の最下部に、投票予定割合と実際の投票率の自民党と都民ファーストの比を示しました。どのメディアの値も実際の値である1.15を超えており、都民ファーストに比較しての自民党の投票予定割合を過大に報告していたことがわかります。

さて、このような東京都全体を対象とした事前の世論調査の数字のみでは、都議選の結果を予想することはできません。その理由は多岐に渡りますが、要点を絞って述べておきます。

■都民ファーストは態度未定層から票を稼いだ

現在の日本では、多くの人々は投票先の決定を投票直前に行います。こうした態度未定層をどう捉えるかが結果予想のカギとなります。

投票日よりも前に調査を行うと、古くからの強固な支持者が多い自民党の投票予定割合の数字は、他党に比べて突出しがちになります。たとえば2019年参院選の読売新聞の公示直後の世論調査では、36%の回答者が比例区で自民党に投票すると答えていました。政党名を挙げたのは全回答者のうちの67%でしたから、投票態度決定層のうち実に54%が自民党に投票予定としていたのです。なお、実際に投票した人のうち自民党に投票したのは35%でした。

日本の投票用紙
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

これに対して、無党派層を狙うような新興政党はこの態度未定層から票を稼ぐ傾向にあります。国政選挙の情勢調査では、日本維新の会(旧維新の党)の予想獲得議席数が実際の結果に比べて過少に見積もられる傾向が知られています。これは、維新の会が世論調査非回答層と態度未定層から多くの票を集めているためと考えられます。たとえば、同会が国政進出を果たした直後、2013年参院選の公示直前の読売新聞世論調査では、態度決定層の7%が維新の会に投票するとしていましたが、実際の選挙では投票者のうち12%が維新の会に投票していました。

この点は、都民ファーストも同様です。前回2017年の都議選では、事前の世論調査の投票予定割合では自民党と都民ファーストは拮抗していました。しかし、実際の得票数では1.5倍もの大差がついていました。

このような性質や実態があるため、公示・告示直後の世論調査の数字だけを見て結果を予想することは難しく、予想を当てるためには態度未定層の投票行動の動向を占うことが欠かせません。

■「支持政党なし」の人たちは直前まで投票先を決めない

候補者が出揃ったばかりの告示日直後に調査すれば、態度未定の人が多数含まれます。支持政党を持たない多くの人は告示日直後の早い段階では投票先を決めません。そうした層に好まれる有力な勢力が選挙に出ているなら、投票日の数字が告示直後の数字と異なって当然なのです。

とは言え、多くの態度未定者は全くノープランというわけではありません。小池都知事を支持し、都民ファーストに投票する可能性が高い有権者でも、告示直後の考えが定まっていない、あるいは候補者の名前を覚えていないような時点で選挙について聞かれたら、「まだ決めていない」と答えざるをえないというだけです。

繰り返しますが、事前の世論調査の数字だけを見て選挙結果を適切に予想することはできません。逆に言えば、事前の世論調査を参考に「予想」をこしらえた政治評論家等を含め、こうした知識や想像を踏まえずに先の表のような数字を額面通りに受け取ったために、多くの人は自民党が圧勝すると思い込んでしまったのでしょう。

そして、この予想と選挙結果の穴埋めのために、有権者の投票予定の急変を指摘しているのです。小池都知事への同情やワクチン不足などが影響した可能性を否定はしませんが、態度決定が行われた際に直前の何かが影響しているはずだと考える必要はありません。必要だったのは、予想の際に態度未定者の多くが都民ファーストに投票する可能性を織り込むことです。そうでなければ、それは「予想」ではありません。

■大きく予想を外した毎日新聞のインターネット情勢調査

そもそも、都民全体の投票予定割合と、選挙結果の予想とはだいぶ性質の異なるものです。本来選挙結果は、選挙区ごとにどの党の候補が当選し、落選するのかの予想を積み上げて予測されるべきものです。

今回、選挙区ごとに情勢を調査したマス・メディアは毎日新聞のみでした。同紙が示した「推定当選者数」は、都民ファーストが5~22議席、自民党が43~55議席でした。実際の結果は都民ファースト31議席、自民党33議席ですから、信じられないくらい大きく外しています。たとえば1998年参院選のように、過去に新聞の結果予想が外れた日本の国政選挙はいくつかありますが、ここまで酷い例は知りません。

同紙の予想が大外れした背景は、まずその調査の方法に求めることができます。通常、国政選挙での情勢調査は普段の世論調査と同様に電話で調査を行います。しかし毎日新聞は今回、NTTドコモのdポイントクラブ会員に対するインターネット調査を情勢調査に用いました。

インターネット調査は安価に、短時間のうちに、大量のアンケート調査を行うことができます。同紙調査では2万1000人の回答が集まったとしています。しかし、代表性を欠くことから、インターネット調査を定期の世論調査に用いているマス・メディアは日本にはありません。その方法の詳細は明らかではないですが、毎日新聞のネット情勢調査も一般的なインターネット調査同様に回答率(送付メール数に対する回収数)は低いものと思われます。

ただし、同紙とJNN、FNNが投票日当日に共同で行った同様の手法を用いた投票後調査(言わば、出口調査を代替した調査)では、結果をある程度正確に予測できていたようです。したがって、毎日新聞の議席数予想が大きく外れた主因は調査手法ではなさそうです。

■予想が外れたのは「態度未定層」を無視したから?

先の表には同紙のインターネット調査の投票予定の割合も示しています。自民党の投票予定割合が突出している点は他紙調査と同様です。投票予定の自民党÷都民ファーストは2倍近くなっており、議席予測も最低でも2倍近い差(43÷22)が生じるということになっています。投票予定の傾向が議席予測に素直に反映されているようです。

この数字の傾向から、毎日新聞の議席予測が大外れしたのは、態度未定層等を無視して告示直後の態度決定層の投票予定のみを基に予想したためと推測できます。つまり、先の告示直後の世論調査と同じ問題が影響したと考えられます。

国政選挙の情勢報道では、「激しく追い上げる」「独自の戦い」のような独特な表現を用いますが、この背後には得票率の予測があります。予測した得票率の差によって「安定した戦い」「先行」「ややリード」「競り合う」というように言葉を選択しているわけです。

このとき各候補の予測得票率は、世論調査の数字が歪んでいることを考慮して、予測式で変換したものを用います。既知の歪みをなるべく補正して投票日の得票率を予測することで、投票先決定者からの情報のみで予断することを避けているのです。

ただし、知る限り近年の毎日新聞の情勢報道では予測式を用いずに生の数字から判断しており、今回もそうであったと推測されます。言ってみれば、予想を半ば放棄しているのです。

■前例のない手法を安易に用いてはならない

近年の国政選挙では与党側が圧勝する選挙区が多く、対抗馬の野党も不人気で無党派層が一斉に投票することがないため、態度未定層や非回答層を無視しても結果予想の大勢には影響がありませんでした。しかし、都民ファーストのような無党派や政治から遠い層から好まれる政党の票の予測には、多大な影響が出ると考えられます。

また、国政選挙の結果を左右する小選挙区に比べて、都議選の大半を占める中選挙区は得票率の差が小さいために当落線上の当落を外しやすいことも影響しているかもしれません。新しい手法での調査であったため前例がなく、予測式を用意するなどして適切な予測を行うことが難しかったのだと述べることもできます。

ただそうであれば、今回の調査結果を「情勢」と称して有権者に提供するのは控えるべきだったと思います。ネット調査導入という試み自体は評価したいところですが、信頼を失っては元も子もありません。

いずれにしても、今回の毎日新聞の都議選情勢報道の壊滅的な失敗は、新聞各紙の調査担当者や研究者が長年紡いできた情勢調査・報道の信頼性確保の歴史に対する冒涜(ぼうとく)であると筆者は判断します。

■政治に近い一部の声を「世論」として報じる愚

告示直後調査の各党投票予定割合の数字は、支持政党を答えられるような政治関心の高い層が中心となって生み出しています。その裏で、政治に距離を感じている日本の多くの有権者が態度未定者となり、予想の材料から外れることが今回の「予想外」の背景と考えられます。

告示直後に投票先がすでに決まっている政治に近い人々の意向のみが表出された世論調査の数字を、選挙期間中に注釈なく発表するのは本来好ましくはありません。国政選挙の情勢報道が予測得票率を示さずに曖昧な表現を用いるのは、公選法で禁止されている「人気投票の公表」に該当するのを避けるとともに、予想に幅を持たせるためです。

世論調査の数字にはただでさえ誤差とバイアスが含まれるのですから、特に選挙期間中ではその取扱いに慎重になるべきです。これに対して都議選のメディア各社の調査結果の報道は、多くの人々がまだ悩んでいる最中の、一部の政治に近い人々の「世論」を出して、選挙結果に関する誤った予断を強いたものと言えます。これに乗じた評論家も同罪です。

■有権者の政治離れを考える契機に

この問題は、告示から投票までたった10日間しか与えられていないという選挙期間の短さの問題とも関係しますが、今回は論じないでおきます。

計算上とはいえ、政治から遠い人々を無視した結果が「予想外」なのだとすれば、それは予想者に対する迷える有権者からの手痛いしっぺ返しと捉えられます。今回の結果が、自民勝利の「予想」を出して広めたメディアや自民党、政治評論家等に限らず、広く有権者の政治離れについて考える契機になればよいと思いますが、果たしてどうでしょうか。

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菅原 琢(すがわら・たく)
政治学者
東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科修士課程、博士課程修了。博士(法学)。専門は政治過程論、日本政治。著書に『世論の曲解』、共著に『平成史【完全版】』、『日本は「右傾化」したのか』などがある。

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(政治学者 菅原 琢)

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