「男性中心の会社のままでは絶対に成長が止まる」メルカリ創業者が抱いた危機感の正体
プレジデントオンライン / 2021年8月25日 17時15分
■同じ志を持つ人たちとムーブメントをつくる
――「山田進太郎D&I財団」設立発表から約2週間が経ちました(インタビューは8月19日)。反響はいかがですか?
【山田】奨学金応募が始まって2週間で、すでに数十の応募がありました。9月末の締め切りまでにはもっと多くの応募があると期待しています。
個人的に活動を手伝いたいという申し出や、高校などの教育関係者などからの問い合わせもありました。自分たちだけで理系の女性の増やすという大きな目的が達成できるとは思っていないので、同じ志を持つNPOなどいろんな人とお互いの強みを活かしながら、一緒にやっていきたい。ムーブメントにしないといけないので。
――財団活動に、山田さんはどのぐらい時間や労力を割いていらっしゃるのですか?
【山田】仕事の時間は使ってないのですが、コロナで会食が減っているので、その時間などを充てています。ボランティアで関わってくれている元メルカリ社員やメルカリ社員、業務委託している(NPO法人の)ETIC.の人たちが実務的なことは担当してくれるので、僕は僕しかできない取材対応やイベントへの登壇などを担っています。
――財団設立の会見でも言及されていましたが、山田さん自身はメルカリ創業前にサンフランシスコに滞在されていた経験から、シリコンバレーの企業の強さの源泉は多様性だと認識していらしたと。メルカリでもトップとして早くからD&Iの必要性を意識していたということですが、一方で、メルカリの社内では3年前に社員の間からD&Iを考える草の根的な“部活”が始まっています。トップの意識はあったけど、現場から見たらD&Iが根付いていなかった。トップと社員の間の浸透に対する認識に温度差があったということでしょうか?
■気づいたらジェンダーギャップ対応が遅れていた
【山田】メルカリ社内でD&Iの最大の課題は当初、外国籍社員、日本語が話せない社員をどうインクルージョン(包摂)していくかでした(現在、メルカリ東京オフィスの約2割、エンジニアの約半数が外国人社員)。海外で事業をしているにもかかわらず、日本企業なのでモノカルチャーだったのです。
その課題に取り組むうちに、昨年になってふとジェンダーギャップの方が全然進んでいないことに気づき、経営層でもその問題を話すようになりました。結果、もっと部署横断的に議論した方がいいということで、CEO直下の組織「D&I Council」を作りました。
僕らとしては外国籍社員の問題もジェンダーの問題も同時並行的にやっていたつもりだったんですが、気づいたらジェンダー不平等への対応が遅れていました。
■トップダウンではなく現場が腹落ちすることが大事
――メルカリでは2016年に産休・育休中の給与保障や妊活支援などを盛り込んだメルシーボックスという人事制度を導入するなど、子育てと仕事の両立支援制度は整備されていました。ジェンダー分野で遅れていたというのは、女性へのキャリア支援、均等支援の部分だったということでしょうか?
【山田】マネジメント層に女性が増えていなかったんです。2019年から社内でアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を克服するトレーニングはやっていたのですが、考え方はそんなに簡単には変わりません。経営層でもいろいろな考えがあり、例えば女性登用の数値目標に関しても「女性優遇では?」という意見もありました。ただ、議論を繰り返すうちに徐々に経営層の間では「これはやらなければ」と意思統一できていったのです。まだマネージャー、メンバーの間には、いろんな意見がある状態だと思います。
D&I Councilを作ったときに、ぜひやってほしいと言ったことの一つが、各チームでD&Iのセッションをすることです。そこでマイノリティの人たちが抱えている思いが表に出てくることで、自分の中にあった無意識のバイアスに気づく。じゃあ、メルカリはどうやってそれを解消してくのかを議論してもらいたい。
経営陣から「マネジメント層の30%は女性や外国籍の社員に」と言っても、それでは数合わせにすぎず、現場の意識は変わらない。みんなが腹落ちすることが大事です。腹落ち感がないと、女性が登用されても「あの人は30%の人だから」という意識が残る。研修も含めて徹底した議論がなければ歪んだ形になってしまう。
■あからさまな差別はなくても女性社員は悩んでいた
――アンコンシャスバイアス研修を受けられて、山田さん自身が気づかれたことは?
【山田】(全マネージャーが研修対象になる前の)2019年に僕は受けたのですが「そうだよな」と納得した部分と理解しきれていない部分もあったので、「まずいな」と思って(ジェンダーに関する)本などを買って勉強しました。
僕自身、スタートアップの世界で生きてきて、ハードワークも厭わないマッチョなタイプだったのですが、今はそういう働き方や意識では、企業として持続的な成長は難しい。メルカリはグローバルスタンダードな企業として始まったので、当初からあからさまな差別はなかったのですが、それでも今女性マネージャーのヒアリングをすると、「(男性ばかりの中で)話すのに勇気がいる」「リーダー層に男性しかいなくてロールモデルがいない」という悩みを聞き、構造的な問題があると認識しています。これらは自然に解消されることはないので、改善のためのアクションは必要だと思っています。
■マイノリティを登用しない理由を可視化する
――一方で、現在の女性管理職の比率は公表されておらず、何年までにどのぐらい女性管理職を増やすといった数値目標も設けないとおっしゃっていますね。
【山田】数値目標を設定しなくても、今の取り組みをしていけば十分D&Iが推進され、結果として女性管理職30%は達成できると思っています、先に取り組んだ外国人社員では成果が出ているので、まずは数値目標をおかずにやってみようと。一方採用では、採用候補者の何割は女性にしようという内部の目標は作っています。
(D&Iを推進する仕組みとしては)例えばマネージャーへの登用の際、推薦された人が外国籍や女性でない場合は、なぜマイノリティを登用しないのかという理由を書くようになっています。「部署にいない」という理由であれば、部署にまずマイノリティを増やす。昇進を打診する時には、(女性は管理職を躊躇する傾向が強いので)男性が1回だとしたら女性には3回は声をかけるようにもしています。こうした仕組みだけで足りない部分もあると思っているので、「あれもやろう」「これもやろう」という話はしています。
――ジェンダー問題などを勉強され、現状を知るうちに、例えば採用で女性を増やそうと思ってもそもそもエンジニアに女性が少ない、その背景には理系を志望する女性が少ないことに気づかれ、財団の構想につながったのでしょうか?
【山田】僕たちもマイノリティ向けのインターンシップなどをやっていたのですが、そもそも女性を増やすには採用のもっと前の段階から取り組まなければならないと気づいたのです。奨学金は企業としてできないので、今回非営利の活動として財団を立ち上げました。
■D&Iや人権問題は企業の成長と不可分になっている
――アメリカでは#MeTooやBlack Lives Matterといった社会運動が起き、企業に対しても人種や性別に対する差別解消を求める動きが活発になっています。SDGs、ESG投資などの影響もあり、サプライチェーンの人権問題も問題視され、より企業の社会的責任を問う声も大きくなっています。山田さんはこうした企業の社会的責任を巡る変化をどう感じていらっしゃいますか?
【山田】気候変動などもそうですが、社会がこうあるべきだということが先にあり、そこに向かって合わせていくことは、ある一定以上の規模になった企業には当然のことだと思います。メルカリも当初は「勝つためにどうするか」に注力してきました。でも規模が大きくなってきた時に社会的に認められる企業でないと、それ以上の成長は難しい。
もともとメルカリは(不要になったものを誰かに引き継ぐという事業を通して)循環型社会を目指しています。D&Iも人権意識も世の中で求められているものであり、企業の成長と不可分になってきているので、イニシアチブを取っていきたいと思っています。
――山田さんが企業の社会的責任について、強く意識されたのは、2017年の現金出品問題がきっかけだったと話されています。
【山田】あの時に、すごいプラットフォーマーがこんなことを許容していると報道されて、自分たちが巨大なものとして見られているという意識を初めて持ちました。生き残りに必死になっているうちに、社会に対してどうあるべきかという意識に欠けてしまっていたので、対応が遅れてしまった。それ以降何か始めるときに、これって社会的にどうなんだっけ? という視点が入るようになりました。
■女性が能力を発揮しやすい場所が伝わっていない
――メルカリでも財団でも女性のエンジニアを増やすことを掲げていらっしゃいますが、財団の会見では、テクノロジー分野の女性が増えることで女性の雇用や賃金の安定にもつながることを指摘されていらっしゃいました。
【山田】去年から理系で活躍しているいろいろな女性に話を聞いてきて、これまで気づいていなかった問題も見えてきました。
欧米や新興国では女性にもコンピューターサイエンスが人気です。スタンフォード大でも女性が多い。それはエンジニアが稼げる、フレキシブルに働けるという利点が理解されていることも大きいと思います。
今のメルカリのように、大規模なサービスをみんなで作っていくような仕事では、エンジニアとしての能力だけでなく、仲間とコミュニケーションを取りながら円滑に進めていく能力も求められます。その部分では女性が得意なところもあり、能力を発揮しやすい世界になってきているのです。そうした現実の社会、仕事のリアリティがなかなか教育現場や親には伝わっていないのです。
■ジェンダーギャップに対する空気は一気に変わった
――一方で日本のスタートアップ業界はテクノロジー企業が多いということもあって、男性優位で、ジェンダー不平等が大きい業界です。
【山田】スタートアップはこれまでインターネットの世界で、インターネット業界の人たちがやる、わからない人はいいですよという世界でした。でも、スマホの登場でお客様の層が広がり多様になった。作る側にダイバーシティがなければ、多様な人に使ってもらえないということが起きます。
これからのスタートアップは多様なニーズを受け止めて、テクノロジーで解決していくことが求められます。社内が日本人男性だけだと多様なニーズを受け止められない。最近は、スターアップのD&Iに取り組むスタートアップも出てきて、少し前までの365日働かなければ、という空気はだいぶん薄れてきているとも思います。
――今年2月、五輪組織委員会会長だった森喜朗氏が女性差別発言をした後、山田さんはツイッターで「これは私たち日本が育んできた文化・社会でもあります。私としては猛省する」と発言されました。D&Iの重要性、特にジェンダー不平等の解消は長く言われ続けたにもかかわらず、いまだに日本はジェンダーギャップ120位です。山田さんはこの状況をどう見ていらっしゃいますか?
【山田】歴史的、構造的なものが残ってしまっていて、これが現在地だと思います。自分ができなかった部分もあるから、これからできることを企業家としては考えたい。個人としては財団でやれることをやっていきます。
ただ森さんの発言や東京五輪もあって、日本のジェンダーギャップは仕方ないという空気は確実に変わったと感じています。この状態はダメだと空気は一気に変わってきているので、これを機に前進させたいと思っています。
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メルカリ社長兼CEO
1977年生まれ。早稲田大学在学中に、楽天で「楽天オークション」の立ち上げを経験。卒業後の2001年、ソーシャルゲームなどを手がけるウノウ設立。10年、ウノウを米ジンガに売却。世界一周旅行を経て、13年2月、メルカリ創業。17年4月から現職。
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ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。
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(メルカリ社長兼CEO 山田 進太郎、ジャーナリスト 浜田 敬子 聞き手・構成=浜田敬子)
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