発見が最も難しい「暗黒の臓器」すい臓がんを劇的に見つけやすくする"あの飲み物"
プレジデントオンライン / 2021年9月4日 15時15分
※本稿は、中山富雄『知らないと怖いがん検診の真実』(青春新書)の一部を再編集したものです。
■早期発見できないがんも、慌てる必要がないがんもある
がんは「早期発見・早期治療で治る病気になった」と、よくいわれます。治療するにしても絶対に入院が必要というわけではなく、働きながら通院治療という方もたくさんいます。
1981年以降、2020年に至るまで日本人の死因のトップであったがんが、「早期発見・早期治療で治る病気になった」という情報は、多くの人に安堵をもたらしたと思います。
しかし、「ただし」という次のような注釈をつけさせてください。
①ただし、早期発見をしても慌てて治療する必要がないがんもある。
②ただし、早期発見できないがんもある。
①に当たるがんは、図表1の「早期発見が役に立たない場合」です。
甲状腺がん、前立腺がんなどが当てはまります。
どちらも大半は進行がゆっくりで、発見可能になった段階から実際に症状が出る進行がんまで、10~30年かかる場合もあります。
例えば、今現在50歳のあなたに進行が遅いがんが見つかったとします。まずはどの段階のがんかを落ち着いて見極めましょう。おそらく、発見可能になった直後では転移や浸潤はすぐには来ないので、身体になんら悪さをする力はありません。
このがんが本当に健康被害を及ぼす進行がんになるのは10~30年後。早くても定年後でしょうから、それまでは定期的に検査をしてがんの様子をうかがいつつ、がんのことはそれほど気に留めずに過ごして大丈夫です。10~30年のスパンであれば脳卒中など別の大きな病気のリスクのほうが大きくなるでしょうし、縁起でもない話ですが、がんが育つ前に天寿を全うする可能性だってあるのです。
さて、②のがんは早期発見できないがんです。発がんから症状が出る早期がんまでの期間が短いため、この間に検査がタイミングよくおこなわれないと早期で見つけることはできません。
しかし、早期がんになってから進行がんになるまでは瞬く間です。自治体のがん検診の場合、がんによって検診の間隔は1年、または2年と設定されていますが、早期がんから進行がんまでの期間が検診間隔よりも短いので、ここでも通常の検診で発見することはできません。
②のがんには、北斗晶さんの乳がんや、水泳の池江璃花子選手の白血病が当てはまります。
白血病は採血ですぐにわかります。池江さんはトップアスリートの健康管理の一環として定期的に血液検査をおこなっていたそうですが、3カ月前の段階ではまったく気配はなかったそうで、②のタイプのがんの発見がいかに困難かがわかります。
さて、最後に③のタイプのがんについて。
③のがんは早期がんから進行がんになるまでの間にほどほどの期間があり、がんごとに適切な検診間隔が設定されているので、定期的な検診で見つけることが可能です。
がん検診のターゲットは③のがん。見つけやすく、見つけた時点で治療法の選択肢があり、時間的な余裕もある。がん検診の目的である「がんによる死亡率を減らす」が達成できるのです。
■臓器によってがんの見つけやすさは変わる
がんは、ある程度大きくならないと見つけられません。
がん細胞は分裂を繰り返して次第に大きくなっていきます。1000個で0.2ミリ、100万個で2ミリ。
1センチにもなれば、臓器や医師の技術によりますが、画像診断でがんを見つけられるようになり、このサイズで見つけられたら幸運です。このときの細胞の数は約10億個。1センチになるまでにかかる時間は10年か、15年か、20年か。はっきりしたことは言えません。
なんら手を打たない場合、1センチから命を落とすまでは5年ぐらいでしょうか。
がんがある程度の大きさにならないと見つけるのは難しいのですが、臓器によってもがんの発見の難易度は変わります。
がんができたとき、最も見つけにくいのが膵臓(すいぞう)です。
■見つけにくいうえに症状があらわれにくいすい臓がん
「がんは治療ができる」「がんは治る」といわれる一方、治療が難しく再発しやすいがんもあります。こうしたがんを「難治がん」といい、膵臓がんは難治がんのひとつに数えられています。
理由は膵臓の位置する場所。
膵臓はお腹の奥のほうにあります。胃袋の後ろにあり、十二指腸に囲まれているうえ、一部が脾臓に接しています。ほかの臓器や血管に取り囲まれているため、なかなかその状態を確認できないのです。
また、がんになっても症状があらわれにくいので、ますます発見が遅れます。
膵臓がんの症状としては、お腹が張る、食欲が落ちる、腹痛・腰痛のほか、糖尿病を発症することもありますが、こうした症状があらわれたときにはがんはかなり進行して大きくなっています。仮に小さくても、膵臓の周囲にある動脈にまでがんが広がっていると手術はできません。
超音波検査で調べようにも、胃や十二指腸のなかの空気やお腹の脂肪がじゃまをしてなかなか様子がわかりません。
臓器が位置する場所といい、症状のあらわれ方といい、進行の早さといい、これでもかというほど悪条件が揃っています。おまけに予後も悪いのです。
よほど悪くならないと症状が出ない肝臓のことを「沈黙の臓器」といいますが、膵臓は「暗黒の臓器」と恐れられています。
しかし、そんな膵臓がんにも、今ひとつの光明が見えてきました。
膵臓がんの早期発見の突破口を開くのは「午後の紅茶 ミルクティー」です。
「なんのこっちゃ?」と思いますよね。
私も初めて聞いたときは、「そんなアホな」と、にわかには信じられませんでした。
■すい臓がんの発見率を劇的に向上させた「午後の紅茶 ミルクティー」
以前、在籍していた大阪の病院は、「暗黒の臓器」膵臓がんの早期発見の方法を模索していました。
膵臓の超音波検査の精度が上がれば、膵臓をしっかりと診ることができます。
しかし、ネックになるのが胃袋の存在です。画像処理をする際に胃の部分がハレーションを起こして画像が白く飛んでしまうのです。
そこで、ハレーションを防ぐために液体で胃を満たすことにしますが、さて、問題は「どんな液体で満たすか」ということ。
いろいろな飲み物を試したところ、行き着いたのが「午後の紅茶 ミルクティー」。
「午後の紅茶 ストレート」でもなく、「午後の紅茶 レモンティー」でもなく、「午後の紅茶 ミルクティー」。
ペットボトルを1本程度飲んでもらってから超音波検査をすると、膵臓がしっかりクリアに映るようになったというのです。
おそらく、カギを握るのは乳脂肪分なのでしょう。その比率が絶妙なのが「午後の紅茶 ミルクティー」だということです。
超音波検査は絶食でおこないますから、検査前にペットボトルを渡された患者さんは、おいしいおいしいとごくごく飲み干してくれるそうです。
検査の結果、従来ではとても不可能だった小さな膵臓がんを見つけることができるようになりました。さらに、外科医をはじめ精鋭揃いのチームが組まれ、難しい手術をどんどん成功させています。
膵臓がんの手術の5年生存率は一般的に30パーセントですが、そこでは現在50パーセントという驚異的な数字を上げています。
■喫煙者の肺がんは発見が困難で薬も効かない
日本人の死亡原因第1位のがん。多くの人を死に至らしめているがんの、死亡数が多い部位は次のようになっています。
・男性 1位:肺 2位:胃 3位:大腸 4位:膵臓 5位:肝臓
・女性 1位:大腸 2位:肺 3位:膵臓 4位:胃 5位:乳房
ついでに罹患数が多い部位も紹介しておきましょう。
・男性 1位:前立腺 2位:胃 3位:大腸 4位:肺 5位:肝臓
・女性 1位:乳房 2位:大腸 3位:肺 4位:胃 5位:子宮
罹患数と死亡数は必ずしも一致しませんね。
女性の罹患数1位の乳房、5位の子宮ですが、死亡数では乳房は5位、子宮は5位以内に入っていません。乳房も子宮も検診で発見できるタイプのがんであれば、決して悲観する結果にはならないということです。
男性1位の前立腺は死亡数では5位以内から外れています。再三書いてきたように発見はしたけれども治療の必要がない、つまりほとんどが命に関わりのないがんであったのでしょう。
前項で触れた膵臓がんは罹患数では男女ともに5位以内に入っていませんが、男性は4位、女性は3位の死亡数です。見つけにくく、見つかったときには治療が難しいことが、数字にあらわれています。
さて、前置きが長くなりましたが、本項のテーマは「肺がん」。
肺がんの死亡数は男性で1位、女性で2位と高い位置につけています。罹患数も男性4位、女性3位なのできちんと発見されているように見えますが、無事に発見されて治療の成果が出やすいのは非喫煙者の肺がんです。
欧米では非喫煙者の肺がんは珍しいのですが、日本をはじめ中国や韓国など東アジアでは多く見られます。ただし、非喫煙者の肺がんは単純X線検査でも見つけることができる場合があるので速やかに治療をスタートできます。
また、イレッサという肺がんによく効く薬ができたのも安心材料として挙げられます。
しかし、喫煙者の肺がんはそうはいきません。
まず、見つけにくい。肺の構造が壊れてしまって、わけのわからない炎症のような影がよく出るのです。そのなかに突然「ポンッ」とがんがあらわれ、気づいたときには手の施しようがない状態です。
さらに、肺がんによく効くはずのイレッサが使えません。イレッサは非喫煙者に見られるEGFR遺伝子の異常がある場合に初めて効果が出ます。喫煙者の肺がん患者の多くはこの遺伝子異常がなく、薬の効果はありません。もし薬を使ってしまうと副作用で激しいアレルギー性肺炎を起こすことがあり、命の危険があります。
今は患者さんもインターネットで情報を仕入れる時代です。イレッサを知っている方も多く、診察室ではよくこんな会話をしました。
「先生、イレッサやりたいんですけど」
「よく勉強されてますね」
「肺がんに効くんでしょ」
「効くんですが……、タバコを吸ったことがない方の場合です。あなたのようなタバコを一日何箱も、何十年も吸うてはった方が肺がんになっても、この薬が効く遺伝子の異常が起こっていないのです。そういう方に限ってイレッサの副作用が強烈に出ます。それこそ命に関わるくらい」
だからこそ、タバコはすぐにやめてほしいと講演などでも口を酸っぱくしてお願いしているのですが、最近「でも加熱式タバコは大丈夫ですよね?」と聞かれることが増えました。
メーカーはタールが少ない、ニオイがないとメリットを挙げています。成分の分析研究が進み、普通のタバコと比べて少ない成分もあれば多い成分もあることがわかっていて、発がん物質については「多分少ないんだろうねえ」という想定はされています。
加熱式タバコに切り替えた人の追跡調査は始まったばかりで、本当に普通のタバコよりも発がんが抑制されたのか確認できるのは20、30年後。結果は神のみぞ知るです。
「禁煙の第一歩として、まず加熱式タバコに替えて、それからやめる」という人がいますが、私はそれに対しては違和感があるというか、かなりしっくりこない感じを持っています。加熱式タバコの成分云々というよりも、なんだかんだ言ってタバコへの執着を強めるような気がするからです。
結局、「人前では加熱式タバコ、飲みに行ったときや自宅では普通のタバコ」と、使い分けるだけでは、「タバコ」との縁切りにはならないのではないでしょうか。
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国立がん研究センター検診研究部部長
1964年生まれ。大阪大学医学部卒。大阪府立成人病センター調査部疫学課課長、大阪国際がんセンター疫学統計部部長を経て、2018年から現職。NHK「クローズアップ現代」「きょうの健康」、CBCテレビ「ゲンキの時間」などのテレビ番組や雑誌などを通じて、がん予防、検診に関する情報をわかりやすく伝える活動を行っている。
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(国立がん研究センター検診研究部部長 中山 富雄)
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