「河野太郎首相だけは絶対に避けたい」自民党内で"菅おろし"が盛り上がらない根本理由
プレジデントオンライン / 2021年8月31日 18時15分
■安倍、麻生、二階の3人は菅首相の再選を支持
新型コロナウイルスの感染爆発と医療崩壊が続くさなかに、自民党は9月17日告示——29日投開票の日程で総裁選を行うことを決めた。
菅義偉首相(自民党総裁)は、無為無策のコロナ対策に批判が殺到して内閣支持率が続落し、衆参補選や複数の知事選に続いて地元・横浜市長選で惨敗してもなお、総裁選で再選を果たして政権を続行する意欲満々だ。
10月21日に衆議議員の任期満了が迫り、総裁選直後には衆院選挙が待っている。自民党議員には「菅首相では選挙に負ける」との危機感が広がり、首相交代を求める声が広がる。自民党が実施した情勢調査でも、このまま衆院選挙に突入すれば自民党は40議席以上を減らして単独過半数を割る恐れがあるとの結果が出た。
ところが、マスコミ各社は菅首相が総裁選に勝利する可能性が高いと報じている。自民党は衆院選挙で大幅に議席を減らすことを承知の上で菅首相を再選しようとしているのだ。これはいったいなぜなのか。
こたえは簡単である。自民党の牛耳る3人の長老――安倍晋三前首相、麻生太郎副総理、二階俊博幹事長――が菅首相の再選を支持しているからだ。
■「世代交代を阻む」という一点で手を握り合っている
安倍氏66歳、麻生氏80歳、二階氏82歳、菅氏72歳。2012年末から7年8カ月に及ぶ日本史上最長となった安倍政権と昨年秋にそれを受け継いだ菅政権では、長老3人と菅首相が国家権力を完全支配し、時に「内輪もめ」しながらも「世代交代を阻む」という一点で手を握り合い、あらゆる利権を独占してきたのだった。
今の自民党議員の大半は、この4人のうちの誰かの庇護の下にあり、彼らが密室の談合で決めたことに黙って従う体質が身に染み付いてしまった。
落選の危機に直面した今でさえ、菅首相再選で歩調をあわせる長老たちに逆らい新しいリーダーを担ぐエネルギーが生まれてこない――これが長期政権のぬるま湯に浸かってきた自民党議員たちの実像である。非力な野党を相手に過去6回の国政選挙で楽勝を重ねた結果、危機に立ち向かうエネルギーを失ってしまったのだ。
次世代の不甲斐なさをいいことに、長老たちは国家権力をほしいままにしている。彼らは自民党が大幅に議席を減らすことより世代交代が進んで自らの地位が脅かされる方が嫌なのだ。だからこそ現状維持を望んで菅首相再選を支持する。
菅首相以外に出馬を表明したのは岸田文雄前政調会長(64)、下村博文政調会長(67)、高市早苗前総務相(60)。岸田氏は安倍氏と麻生氏の支持獲得に必死であり、下村氏と高市氏は安倍氏に近い政治家だ(下村氏は出馬を断念)。
いずれも長老たちが「内輪もめ」を優位に進めるための道具にすぎない。全員が60歳以上であることが、世代交代が止まって久しい自民党の閉塞感を映し出す。
自民党を牛耳る長老たちは何を考えているのか。まずは安倍前首相から考察してみよう。
■安倍氏…最悪の事態は「過去の人」になること
安倍氏は最大派閥・細田派(96人)を事実上率いる自民党最大のキングメーカーだ。首相を二度も務め、在任期間は日本史上最長なのに、三度目の首相返り咲きを狙っている。
病気を理由に首相を辞めた昨年秋、アベノマスクなどコロナ対策の失態で内閣支持率は低迷していた。政府主催「桜を見る会」に地元支援者らを招く「権力の私物化」が激しく批判され、後援会主催の前夜祭の費用の一部を負担した公職選挙法違反の疑いまで浮上し、政権運営は行き詰まりをみせていた。
いったん身を引いて疑惑追及が収まるのを待ち、自らに従順な岸田氏に禅譲して三度目の首相登板の機会をうかがおう――安倍氏はそう考えた。最も避けたかったのは、国民的人気が高い石破茂元幹事長(64)の首相就任だ。石破氏は安倍氏の疑惑追及に前向きだった。「石破政権阻止」が安倍氏の至上命題であった。
そこを二階幹事長につけ込まれた。二階氏は安倍氏に従順な岸田氏の首相就任は避けたかった。そこで石破氏を担ぐそぶりをみせたのだ。安倍氏は慌てた。岸田氏じゃなくていいから、石破氏だけはやめてほしい——安倍氏と二階氏の「内輪もめ」と「妥協」の結果誕生したのが菅政権である。
二階氏は功労者として幹事長に留任し、人事をはじめ党運営を掌握した。内閣支持率も当初は高く、安倍氏の存在感はめっきり薄れた。安倍氏にとって面白くない政権ができたのだ。
菅首相がコロナ対策で失態を重ね、内閣支持率が下落したのは幸運だった。だが菅首相が政権を投げ出すことは避けたかった。そうなれば衆院選挙が近づくなか、国民的人気の高い石破氏か河野太郎ワクチン担当相(58)の首相登板を求める声が高まるだろう。
石破氏に対抗するには河野氏を担ぐしかない。だが河野政権で衆院選挙に圧勝したら自分は「過去の人」になってしまう——首相返り咲きを狙う安倍氏にとって「新しいスターの誕生」は最悪の事態なのだ。
■菅首相は「桜を見る会」捜査が終結するまでの“中継ぎ”
菅首相再選を支持する代わりに二階幹事長の交代を迫る——安倍氏の基本戦略は決まった。安倍氏は「ポスト菅」を問う世論調査で、石破氏、河野氏、小泉進次郎氏に続いている。岸田氏や立憲民主党の枝野幸男代表より上だ。不人気の菅政権がダラダラ続く方が安倍政権復活の芽は残る。
最大の障壁は「桜を見る会」疑惑だ。東京地検特捜部は不起訴としたが、検察審査会が7月30日に「不起訴不当」の判断を示し、特捜部は再捜査して起訴するかどうかを改めて判断することになった。
安倍氏の幸運は「不起訴不当」にとどまったことだ。「起訴相当」なら特捜部が再び不起訴にしても検察審査会の再審査で「起訴相当」になれば強制起訴される。「不起訴不当」の場合は特捜部が次に不起訴と判断すれば捜査は終結する。特捜部は年内にも判断を下すとみられ、そこで不起訴となれば、安倍氏は晴れて「潔白」を宣言し、堂々と首相返り咲きに向けて動き出すことができるのだ。
年内は不人気の菅首相に「中継ぎ」させればいい。秋の衆院選挙で自民党が議席を減らしても自公で過半数を割り野党に転落するほど負けはしないだろう。議席減の責任を二階氏に押し付けて幹事長を交代させることができれば最高だ——安倍氏の当面の基本戦略は「菅支持+二階外し」である。
■麻生氏…河野氏に出馬の口実を与えたくない
次に安倍氏の盟友である麻生氏の本音を探ってみよう。
麻生氏は、安倍氏が率いる最大派閥(96人)と自ら率いる第2派閥・麻生派(53人)が首相を交互に輩出し、安倍氏と麻生氏がキングメーカーとして君臨する将来像を描いてきた。そのために第5派閥の岸田派(46人)を麻生派に吸収し、「安倍派」と「麻生派」が数の上で並び立つことを目指す考えを周辺に示してきた。
目障りなのが、麻生派に所属する河野氏だ。河野氏が国民的人気を背景に首相になれば派閥内の世代交代が一挙に進み、自らはキングメーカーどころか「過去の人」になる。麻生氏が昨年秋の総裁選でも河野氏の出馬に反対し、今回も反対の姿勢を崩していないといわれるゆえんだ。
河野氏は菅内閣の閣僚である。菅首相が出馬する以上、閣僚として支えてきた河野氏の出馬は難しい。衆院選挙さえ終われば「選挙の顔」としての河野氏待望論も収まるだろう。それまでは菅首相に続投してもらうしかない。
麻生氏も本音では岸田氏が首相になるのがいちばん都合がよい。独自行動が目立つ河野氏と対照的に、岸田氏は従順で操りやすい。首相になっても安倍氏や麻生氏に依存するのは間違いない。だが、岸田氏が勝勢になって菅首相が不出馬に追い込まれ、河野氏に出馬の口実を与えることは絶対に避けたいのだ。
■二階氏…石破氏を「ポスト菅」のカードとして握る
二階幹事長は党運営を掌握できる菅政権に大満足だった。唯一警戒してきたのは、菅首相が総裁選で安倍氏の支持を得る見返りに二階氏を幹事長から外す人事を断行することだった。
老獪な二階氏はこれに備えて菅氏に代わるカードを複数枚用意してきた、ひとりは小池百合子東京都知事。総裁選に先立って衆院選挙が実施されれば、小池氏に都知事を辞めて自民党から出馬させ、その後の総裁選に担ぎ出す。この構想は総裁選が総選挙に先行実施される方向となり困難になった。ふたりめは野田聖子幹事長代行。小池氏同様「初の女性首相」として担ぐことを想定し幹事長代行に起用したのだが、野田氏への期待感は党内で高まらなかった。
最後に残るカードが石破氏だった。安倍氏が石破氏を徹底的に干しあげるなか、二階氏は石破氏と接触を重ねてきた。石破派は総裁選出馬に必要な推薦人20人を割り込み自力で出馬するのは難しい。それでも国民的人気を保つ石破氏を「ポスト菅」のカードとして握り続け、安倍氏の「二階外し」を牽制してきた。だが、その石破氏も自民党内で待望論が高まるには至っていない。
菅首相は8月30日、総裁選に勝利した後の党役員人事で幹事長を交代させる意向を二階氏に伝えた。安倍氏の要求を受け入れ、「菅おろし」に対抗するためだ。二階氏はこの人事を容認した。有効な「ポスト菅」カードがない以上、幹事長ポストを差し出すことで菅首相再選に貢献し、自らの影響力を残す道を選択したとみられる。
■菅氏…とにかく政権を一日でも長く続けたい
さいごに菅首相を分析してみよう。
当初は東京五輪で支持率を回復させ、9月5日のパラリンピック閉会後ただちに衆院解散・総選挙を断行して安定多数を得て、総裁選を無投票で乗り切る戦略を描いていた。
ところが、感染爆発と医療崩壊で緊急事態宣言を9月12日まで延長することになり、9月の衆院解散は事実上困難に。総裁選の先行実施に追い込まれ、自民党内で「菅おろし」の声が広がることになった。
それでも菅首相が総裁選勝利に自信を抱いているのは、安倍氏、麻生氏、二階氏の支持を得ているからだ。選挙に弱い若手議員がいくら反発しても長老3人の支持さえ固めれば再選は揺るがないと確信している。二階幹事長の交代を決断したのも、安倍氏と麻生氏の支持をつなぎとめるには二階氏に「譲歩」してもらうしかなかったからだ。
自民党総裁選さえ乗り切れば、10月か11月の衆院選挙で野党に負けなければよい。議席を多少減らしても自公で過半数を割る可能性は低く、万が一そうなっても維新の会を引き込めば政権を維持できる――菅首相が目指すのは、自らの政権が一日でも長く続くこと。そのためには安倍氏、麻生氏、二階氏の「内輪もめ」を何とか話し合いで修復し、「長老3人+菅首相」による支配体制を継続するのがいちばんいい。
私は菅首相を当選2回の「若手」だった2003年当時から取材してきたが、苦境に立つほど強気一辺倒で押してくるタイプの政治家である。若手議員が「菅おろし」をやめないのなら、総裁選前に衆院解散を断行すると脅せばいい。選挙に弱い若手は震え上がって大人しくなるだろう——菅首相はそう腹をくくっているとみていた。
菅首相は二階幹事長に交代を告げた8月30日、総裁選前の臨時国会召集を見送る意向を党幹部に示し、衆院解散・総選挙を総裁選後に先送りする姿勢を鮮明にした。安倍氏が求める「二階外し」を実行することで「菅おろし」は抑えられる。もはや衆院解散で若手を脅す必要もなかろう——そんな手応えを感じているに違いない。
■不人気の菅首相を延命させる長老たちの権力欲
不人気の菅首相の再選がなぜ有力視されるのか、安倍氏、麻生氏、二階氏の長老3人が支配する自民党内の事情を読み解いた。コロナ危機に直面する私たちの社会を導いているのは、内向きの権力維持にたけた長老たちである。
総裁選不出馬を示唆してきた石破氏は、菅首相の支持率続落と、岸田氏ら対抗馬への期待感が高まらない現状をみて、出馬の可能性を探り始めた。だが、頼みの二階氏が石破氏支持に転じる気配は今のところなく、出馬に踏み切れるかは不透明だ。石破氏と並んで国民的人気の高い河野氏は、菅首相が不出馬に追い込まれない限り、菅内閣を支えるワクチン担当相としての役割を投げ出して出馬するのは困難とみられている。このままでは「長老3人+菅首相」の支配体制は継続されそうな雲行きだ。
自民党が自浄作用を発揮して新陳代謝を進める機会が総裁選である。投票に参加できるのは自民党の国会議員と党員だけ。彼らが長老支配に甘んじるのか、世代交代を進めて生まれ変わるのか。私たち有権者は総裁選の行方をよく見定めて今秋の衆院選挙で投票先を決める材料としたい。
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ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。
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(ジャーナリスト 鮫島 浩)
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