「1700万人もの男性が余っている」中国で結婚したくてもできない人が増えているワケ
プレジデントオンライン / 2021年9月21日 12時15分
※本稿は、河合雅司『世界100年カレンダー 少子高齢化する地球でこれから起きること』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■人工中絶や避妊手術を強制するほど徹底した「産児制限」
中国が人口減少に転じる流れになったのは、言うまでもなく一人っ子政策の影響である。
中国は1960年代初頭に大規模な餓死者を出した。これは社会主義体制の強化を急ぐ「大躍進運動」のひずみが原因だったのだが、1970年代にかけての中国は、人口の急増とともに食料難が大きな懸念となっていた。一人っ子政策とはその解消に向けて1979年から導入された人口抑制策だ。
「多産多死」から「多産少死」に移行して人口急増に直面した中国政府は、大規模な餓死者を出したという“失政”を取り繕うように「人々の生活水準が向上しないのは、人口の増加が経済成長の果実を帳消しにしているからだ」との理屈を持ち出したのだ。経済発展に向けて、「計画成育を徹底しよう」というスローガンのもとに国家を挙げて産児制限を推進したのである。住民組織を設けて監視の目を光らせ、違反者から罰金を取り立てるだけでなく、人工中絶や避妊手術を強制する徹底ぶりだった。
一人っ子政策に対しては、国際社会から人権侵害との批判が相次いだが、効果はてきめんで、年間出生数は1987年の2508万人をピークとして、20年かけて1000万人ほど少ない水準に達した。2020年は「1200万人」としているので、1987年の半分以下だ。
■人口維持には「最低2人の子ども」が必要だった
こうした政策が採られたのには、時代背景が色濃く関わっている。日本でも、1974年に「子供は二人まで」という宣言が採択されたことは本書で紹介したが、一人っ子政策が導入された時代というのは出生数のコントロールに各国が悩んでいたのである。
しかしながら、これは将来、国家を破滅に導く亡国の政策であり、致命的な判断ミスであった。人口を維持するには各夫婦から最低2人の子どもが生まれなければならないからだ。日本のように二人っ子を呼び掛けるならばまだしも、1人に制限してしまったのでは、娘世代の女性数は母親世代の女性数の半分になってしまう。こうした状況を人為的に生み出し、しかも長期間続けようというのだから、一人っ子政策を始めた時点で中国の人口減少は運命づけられたと言ってよい。
■2015年には「二人っ子政策」に転換したものの…
中国政府の中にも一人っ子政策がいかに「合理性に欠く政策」であるかを分かっていた人たちはいたはずだ。だが、だれも止めようとしなかった。転換できなかったというのが真相だろう。共産党の歴代最高指導部が強力に推進してきたからである。産児制限を撤廃するとなれば政策自体が間違っていたことを認めることとなり、メンツの問題に発展する。
とはいえ、部分的な緩和は繰り返されてきた。夫婦の双方が一人っ子の場合には二人目を認めることとし、2013年には夫婦のどちらかが一人っ子であれば、とさらに対象が拡大された。その対象を全員に拡大すると表明するのに、さらに2年を要した。「来年からすべての夫婦に二人までの出産を認める」と公表されたのは、2015年であった。
妊娠から出産まで280日ほどのずれがあるため、この「二人っ子政策」への転換表明を受けた影響が数字として表れたのは2016年以降だ。
2016年は前年より131万人増え、1999年以来の高水準である1786万人となった。これに気を良くした政府関係者は「2017年には2000万人に回復する」と強気の姿勢を見せたが、結婚や妊娠というのはセンシティブな問題だ。たとえ政治体制が違えども人類に共通する。政府が笛を吹けども簡単に増え続けるわけもなく、出生数が反転して増えたのは2016年だけであった。
■第二子を産む人以上に第一子を産む人が減っている
翌2017年には早くも息切れし、1723万人と再び減少に転じた。2018年は前年から200万人も減って1523万人となった。減少幅としては1988年の243万人以来、30年ぶりの大規模なものとなった。さらに2019年は1465万人と減り続けたのである。2020年の「1200万人」を含め、ここで紹介する中国の出生数は信憑性を欠くが、「二人っ子政策」に切り替えても、2人目をもうける人が飛躍的に増えることはなかったのである。
もちろん、二人っ子政策の効果が全くないわけではなかった。年間出生数に占める第二子の割合は増え続けており、2019年は57%に達している。確かに2人目は増えたのである。それなのに出生数全体として減ったというのは、第二子を産む人が増える以上に第一子を産む人が減ったということである。
背景には日本と同じく、長年の一人っ子政策の影響で出産期の女性が減ったという構造的な原因がある。2010年の人口センサスを基にした推計によれば、中国における出産の中心世代である22〜31歳の女性人口は2015年の1億1400万人から、2025年には7100万人へ4割近くも減少する。極めて速いスピードだ。
■複数の子どもを育てるのは、心理的負担が大きい
一方、出生数が減少する要因としては、日本と同じく若者の結婚や出産に対する意識の変化も大きい。高学歴化とともに価値観が多様化し、晩婚化、非婚化が進むのが世界各国共通の流れである。中国も例外ではなく、結婚年齢は上昇傾向にある。
2020年の人口センサスによれば、大卒以上の学歴である人口は2億1836万人に上った。10万人当たりにすると、2010年の8930人から1万5467人へと、2倍近くに上昇した。最も婚姻件数が多い世代は、2012年までは20〜24歳だったが、2013年には25〜29歳となり、2019年には婚姻件数の46%を30歳以上が占めている。
しかも、現在、結婚期を迎えている若者は、一人っ子であるがゆえ、「小皇帝」などと呼ばれるほど過度なまでに大事に育てられてきた世代である。「兄弟姉妹は身近な存在」という認識はなく、複数の子どもを育てることへの心理的な負担の大きさも、少産に向かわせる理由となっているのだろう。
■「経済的理由」で妊娠・出産をためらう夫婦たち
社会的要因もある。将来の所得不安から妊娠をためらう夫婦が少なくないのだ。不動産の高騰や保育所や幼稚園の不足、教育費の上昇が、結婚難や「希望する子ども数を持てない」という人の増大に拍車をかけている。特に都市部では公立の幼稚園が慢性的に不足しており、就学前から子どもの受験競争の過熱に伴う通塾が始まる。結果として、少産へと向かわせるのである。多くの夫婦が妊娠・出産を思いとどまっているのは、産児制限がかかっていたからではなく、「経済的理由から希望する子ども数を持てなかった」という理解が正しい。1人当たりの名目可処分所得の伸び率は、2011年の14%をピークに減っており、2020年は3.5%にとどまっている。
こうした社会的要因の中でも深刻なのが、住宅難だ。これが結婚へのハードルをより高くしている。中国では結婚前に男性が住宅やマイカーなどを購入し結婚生活の準備を整えるのが一般的とされるが、住宅の販売価格はここ数年、毎年1割近くの伸びを見せてきた。所得の多くない若い層にとって、多額の出費への負担感は大きく、住宅を用意できないために「結婚できない」、と考える人が増えているのである。
「結婚できない人」を増大させた大きな要因がもう1つある。一人っ子政策のひずみだ。いびつな性比を生じさせることになったのである。
■1学年当たり120万人の男性に“結婚相手が存在しない”
ヒトの出生時の性比は104〜107とされる。2020年の人口センサスでは総人口の性比を105.07としているが、一人っ子政策を実施していた時代に生まれた世代だけを取り出せばその差は歴然だ。人口センサスによれば、2020年の出生性比は111.3である。2010年と比べれば6.8下がったが、依然として105前後という正常の水準を大きく上回った。
2010年の人口センサスでは15歳以下の性比は117であり、この年齢層は男性のほうが1929万人も多い。単純に計算するならば、1学年当たり120万人ほどの男性に“結婚相手が存在しない”こととなる。
結婚する年齢はさまざまであり、夫婦の年齢差もある。さらに言えば、一人っ子政策に違反して生まれた女児が人口統計に計上されていない可能性もあるので一概には言えないが、現在の20〜40代は男性のほうが1700万人ほど多いとの見方もある。ここまで男女の人口に差がつくと、男性にとっては結婚相手が極端に不足するという事態が起きる。
■「家父長制」の価値観が生み出したいびつな性比
いびつな性比が生じた理由としては、社会保障制度が十分に整備されていない中、とりわけ地方で男子を欲しがる「家父長制」の価値観が根強く残っていることがある。男の子を「老後の生活保証」と考える人が少なくないのだ。
人工妊娠中絶などにより女児が人為的に命を絶たれるとか、次に男子が生まれることを期待して女子を“捨てる”といった非人道的行為を生むことになったのである。こうした背景もあって、多くの農村地域では1984年以降、第一子が女児だった場合にのみ数年後にもう1人産むことを認める「1.5人政策」が採られた。
こうしたさまざまな要因によって婚姻数の減少が続いているが、それはデータを見ても明らかだ。中国民政省によれば、2020年の結婚届出数は前年比12%減の813万件である。7年連続での減少だ。
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作家・ジャーナリスト
1963年、名古屋市生まれ。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授のほか、政策研究大学院大学客員研究員、産経新聞社客員論説委員、厚労省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。2014年の「ファイザー医学記事賞」大賞をはじめ受賞多数。主な著書にはベストセラーの『未来の年表』『 未来の年表2』『未来の地図帳』(いずれも講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。
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(作家・ジャーナリスト 河合 雅司)
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