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このままでは中国に乗っ取られる…マレーシア元首相が中国人の大量移住に激怒するワケ

プレジデントオンライン / 2021年9月7日 10時15分

独立を記念する第64回ナショナル・デーの祝賀会に先立ち掲揚されるマレーシアの国旗=2021年8月30日、クアラルンプールのムルデカ・スクエア

■中国大陸から大量の定住申請が舞い込んでいる

「あの人たちには、定住条件を引き上げたところで、何も響きません。中国のお金持ちにとっては、保証金なんてどこからでも引っ張ってこれますから――」

マレーシアに移住してから4年になる日本人のM子さんは、中国人の富裕層の「お金持ちっぷり」をこう表現する。

マレーシアは長年、世界各地からの定住者誘致を推し進めてきた。だがこのほど、突如として受け入れ条件の厳格化を打ち出した。定住希望者向けビザの取得に必要な保有資産証明などの必要額を、従来水準よりも4倍以上に引き上げるというのだ。

日本にとって、マレーシアは14年連続で「ロングステイの希望国トップ」と、海外での定住を検討する人々の間で高い人気を誇っている。その一方で、現地の受け入れ当局は過去数年にわたって、中国大陸から大量の定住申請が舞い込み対策に苦慮していたという。マレーシアで、目下どんなことが起きているのか。

■仕事をしなくても外国人が定住できる「MM2H」ビザ

マレーシアではいま、新型コロナウイルスのデルタ株による感染が広がり、市民生活にも大きな支障が出ている。厳しい行動制限を打ち出しているにもかかわらず、新規感染者数は連日、過去最多水準にある。先には、コロナ禍対応へのまずさから、昨年2月に生まれたムヒディン政権がとうとう倒れ、新首相としてイスマイル・サブリ首相に交代する事態にもなっている。

マレーシアには、「マレーシア・マイ・セカンドホーム(MM2H)」と称する外国人の定住希望者を誘致するスキームがある。一定額の保有資産証明を提示し、定期預金を現地金融機関に積み立て、諸条件をクリアできれば、現地に居を構えることができるというものだ。現地での就業、投資をしなくても住めるとあって、中国をはじめ、韓国、英国そして日本からもこのビザを使って住んでいる人がいる。

MM2Hは2002年の制度開始以来、正常な形で承認発給が行われていた2018年までに総計4万3943人の外国人が同ビザを取得、これまでの経済効果は120億リンギ(現在のレートでは3240億円)に上っている。

■月収27万円で住めたのに新条件は「月収108万円以上」

マレーシア経済にも一定の効果が上がっているにもかかわらず、同国政府は条件を厳格化しようとしている。変更点は別表の通りだ。

MM2H申請条件の変更点
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最も大きな変更は、資産や収入条件のハードルが一気に上がったことだ。例えば、「マレーシア外で稼いでいる安定的収入」が、従来のひと月当たり1万リンギ(約27万円)が一気に4万リンギ(約108万円)に引き上げられる。

マレーシア政府が外国人定住者を絞り込みたい理由とはなんだろうか。ひとつのヒントになりそうな話をM子さんが教えてくれた。

■英語を習うはずが…教室で飛び交うのは中国語

M子さんの子供はペナン島のインターナショナルスクールに通っているのだが、「カリキュラムには満足しています。ところが、中国大陸出身のお子さんが次々と増えてしまっていて……」と嘆く。英語を習うために入学したのに、授業前後の教室で飛び交う言語は中国語。子供はいつのまにか、英語ではなく中国語を覚えるようになっている。

教室での質問に答えるために腕を上げる女子高生の背面図。
※写真はイメージです。(写真=iStock.com/Drazen Zigic)

もともとマレーシアはインターナショナルスクールの誘致、そして外国人学生の募集にも力を入れており、米国や英国はもとより、豪州やカナダなどの名門校への進学も目指せる卒業資格が取得できるメリットがある。

M子さんによると、中国の人々は「『マレーシアは不動産価格が中国の大都市と比べて、格段に安い。環境は良いし、中華料理も安く食べられる』って手放しで喜んでいます」

■華人にとってマレーシアは「中国大陸の地方都市のよう」

マレーシアは、全人口のおよそ24%を中国本土にルーツを持つ華人が占める。民族別人口のうち、マレー系が65%と多数派を占めるが、8%いるインド系とともに、3つの主要民族が共存しているというのがマレーシアの特徴と言えようか。使用言語や食生活などの文化も3民族間で大きく異なり、例えば、華人の間では中国大陸で使われている標準中国語(日本では北京語とも)が広く使われている。

「マレーシアには華人が至るところにいます。中国の人によっては、大陸の地方都市のどこか、くらいにしか思っていない人もいるようです(M子さん)」

言葉が通じて、物価も安いとなれば、住環境の良いマレーシアを、中国大陸の富裕層が見逃すはずはない。続々と定住しているのも当然のことだ。数字で見ても中国国籍者のMM2Hビザ取得者に占める割合は全体の30%を超えている。

■マハティール元首相が「中国人への居住権販売」に激怒

こうした中国人富裕層のマレーシア移住にレッドカードを出したのは、親日派としても知られるマハティール元首相だった。同氏は、2018年の政権交代を経て、90歳を超える長老ながら首相の座に返り咲いた。

その当時、中国の不動産デベロッパーによる、シンガポール対岸にあるジョホール州の一角で2006年に始まったタワーマンション群(現地では、コンドミニアムと呼ぶ)「フォレスト・シティ」の開発が進んでいた。総面積が1400ヘクタール弱と東京ドームの250個分の広さを持つ大規模案件で、しかも売却対象は中国大陸の富裕層だった。

当時、“爆買い”の勢いで売れていた物件に関し、中国人への訴求効果を高めるためにデベロッパーが「物件を買ったら居住権も付与します」と謳っていたことが、「家とセットで居住権を売り渡すとは許せない」と元首相の逆鱗に触れた。

■「早くビザ復活を」中国側の要請は受け入れられたが…

どうもこの話は、中国大陸の物件購入者に対し、MM2Hビザの申請を促すものだったようだが、中国との関係を警戒する元首相の怒りを買って以降、ビザ発給は大幅に滞った。その後、新型コロナ感染拡大で外国との出入りをほぼゼロまで絞った影響もあり、政府は2020年8月、正式にビザ発給の停止を発表。「12月をメドに制度の見直しを図る」としていたものの、延期を繰り返し、ついには今回の規定厳格化の発表となった。

この背景には、申請者の国別割合で最も大きい中国が公式に苦情を出したことがある。マレーシア駐在の白天中国大使は2020年9月、マレーシア政府に対し「問題を抱えたMM2Hビザの発給をできるだけ早く復活してほしい」と要請していた。中国側の要請は受け入れられた格好だが、新規申請者への収入条件が4倍増になるとは思ってもみなかったのではないか。

■別荘目的のビザで不動産をどんどん買い漁るように

MM2Hビザ申請の従来規定は、マレーシアの観光振興を目的に、外国人の長期滞在を促すものだ。しかも、ビザの名称のうち「M2H」とはマイセカンドホームの略とあり、制度設計上は「どこかにメインの住宅を持っている外国人が別荘目的でマレーシアに滞在する時のビザ」というのが前提と見るべきだ。

ところが、現実にはMM2Hビザを使って現地に定住している層がいる。日本人の場合「年金暮らしの退職者とか、ユーチューバーなどオンラインビジネスで稼ぐ人とかが多い」(M子さん)。他にも、子女への教育目的で母国の家族から仕送りを受けている親子、あるいはマレーシアが英連邦の国という縁からか、「ロンドンの自宅を売っぱらってペナンに来た」という英国人リタイア組もいる。

ここに中国人からの大量申請が舞い込んで事態はさらに複雑となった。MM2Hがスタートした2002年時点では、中国人が他国の不動産を買い漁ることなど、全く想定できなかったはずだ。

■「国の安売りはよくない」「移住できる人が減る」

今回の定住条件の厳格化について、マレーシア国内ではどう受け止められているのだろうか。「過去20年余りでマレーシアの経済的価値は向上したのだから、従来のような低い規定で定住者を受け入れるべきではない」という意見がある。これまでの規定では、マレーシアに完全に住みつかなくても、現地金融機関に口座を開いてそこそこのお金を積めば許可が出るといったもので、こうした「国の安売り姿勢」に疑問を抱く人もいた。

クアラルンプールの都会の風景、マレーシア
※写真はイメージです。(写真=iStock.com/zorazhuang)

現地で日本人向けの企業進出コンサルティングを手掛ける40代華人男性は「マレーシアのASEANにおける経済力や、各国の定住に関する規定などを総合的に判断したら、今回発表された新規定はむしろ妥当な水準ではないか」と指摘。「別荘目的で使う一時在住者向けにビザを出しても、大した経済的利益は上がってこない。国の経済を考えれば、ハードルを上げてでもしっかりした定住ビザを出すことは悪いことではない」と主張する。

一方、マレーシアの日本人向けフリーペーパー「Mタウン」の発行人、広岡昌史さんは「他国での移住施策と比べ、資産や居住条件等のハードルが低いため、マレーシア政府にとっては想定したほど利益になっていなかった可能性がある」と指摘しつつ、「新条件の導入で、マレーシアへの移住を検討していた人々にとってハードルが上がるため、個人的には残念に思う」と語る。

■中国人向けタワマンがある“州王”は抗議

そんな中、中国人向けのタワマン群が立ち並ぶジョホール州の州王は今回の改定に異議を唱えた。マレーシアでは13の「州」のうち、9つの州に現在もなお州王(スルタン)という王族がいる。

州王は今回の改定を「極めて後ろ向きな判断」と断罪、「新規定は、マレーシアから投資家や観光客を遠ざけるだけ」と政府方針に苦言を呈した。

王族がクレームをつける事態になったひとつの理由として、新規定の対象が新規申請者だけでなく、すでに定住している外国人に対しても、ビザ更新の際にはこの規定を遵守することが求められるからだ。M子さんは「こんな条件では、いま居住している外国人はほぼ全員住めなくなります。わが家のような現役世代でも、住み続けることは無理」と政府の方針に怒りを示す。

■「彼らがこの国から消えるとは到底思えません」

マレーシア国内が賛否両論に沸く中、8月下旬に生まれたばかりのイスマイル・サブリ新政権で内務大臣を担うハムザ・ザイヌディン氏は、9月1日の会見で「ビザを取りながらもマレーシアに全く住まない人が(全体の6分の1近い)7000人に達する」と説明。「この国への経済貢献ができる『良質な定住者』に絞るのが目的」と強調する一方、「厳格化について再検討する」とも約束した。

もし、ビザ既得者に対し、従来規定に近い形でビザの延長申請を認めるのであれば、M子さんのようなマレーシアだけに居を構える外国人は今後と同じように住み続けられることになる。しかし、M子さんはこうも指摘する。「保証金などを値上げしたところで、中国の富裕層からすれば大した額ではない。彼らがこの国から消えるとは到底思えません」

マレーシアは近年、急速な経済成長を遂げてきた。しかし、それをテコに、国外への勢力拡大を狙う中国の動きを野放しにしておくのは妥当な判断と言えるだろうか。イスマイル・サブリ首相を軸とする新政権はどんな結論を出すのか、注視したい。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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