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「なぜ岸田氏ではなく高市氏なのか」菅首相をあっさり見捨てた安倍氏がいま考えていること

プレジデントオンライン / 2021年9月6日 19時15分

記者団の取材に応じる安倍晋三前首相=2021年9月3日午後、山口県宇部市/時事通信フォト

菅義偉首相が自民党総裁選への不出馬を表明した。ジャーナリストの鮫島浩さんは「菅首相は安倍前首相の支援を受けられないと確信して、再選をあきらめるしかなくなった。自民党総裁選は国民不在の“安倍争奪戦”の構図になっている」という――。

■菅首相、突然の“不出馬表明”

菅義偉首相が政権を投げ出した。感染拡大と医療崩壊で内閣支持率が続落。自民党総裁選(9月17日告示‐29日投開票)に勝つ自信を失い、不出馬を表明した。

衆院議員の任期満了は10月21日に迫る。菅首相は10月17日投開票の任期満了選挙を予定していたが、自民党が新しい総裁を選び、その後に国会を開いて新しい首相を選出するのに必要な日数を考えると、衆院選の投開票は11月にずれ込みそうだ。

自民党は総裁選日程が決まった8月26日以降、権力闘争一色になった。このあと総裁選があり、党役員・組閣人事があり、衆院選があり、再び党役員・組閣人事がある。感染爆発と医療崩壊の最中に政権与党が選挙と人事に明け暮れる「政治空白」が2‐3ヶ月も続くのだ。

東京都の市区町長らは10月21日の任期満了まで与野党が政治休戦してコロナ対策に協力するよう提案していた。野党は前向きで、総裁選前に国会を開いて話し合おうと呼びかけていた。与野党合意の上、早急に補正予算をつくり、コロナ専用の野戦病院を緊急に開設するなどして、少なくとも「患者の受け入れ先がない」という医療崩壊だけは立て直して衆院選に入ろうという提案だった。

ところが、菅首相は国会召集を拒否。総裁再選をめざして党役員人事を画策するなど自民党内の権力闘争に没頭したあげく、不出馬に追い込まれると「コロナ対策に専念するため」と説明した。コロナ危機より自分の権力維持で頭がいっぱいだったことを、国民はとっくに見透かしていたのに……。私利私欲の政治によって救えるはずの命が失われていく現実に、怒りを禁じ得ない。

現在進行中の自民党政局は、国民不在の権力闘争に明け暮れる政治家たちの素顔を照らし出す。これから行われる総裁選、その後の衆院選を単なる権力ゲームに終わらせてはならない。私たち有権者はコロナ危機下の二つの選挙に明確な「意味づけ」をして厳しい目で見つめることが重要だ。

この二つの選挙で問われるべきことは何なのかを根本から考えてみたい。

■かなわなかった安倍氏の支持

菅首相が不出馬を決断する最後の最後まで期待していたのは、最大派閥・清和会を率いる安倍晋三前首相の支援だった。安倍氏は表向きは菅支持を表明しながら、最大派閥を菅支持でまとめようとせず、「菅おろし」の広がりを待ち望んでいるように見えた。

安倍最側近の今井尚哉元首相秘書官や安倍氏と親密なジャーナリストらは対抗馬の岸田文雄前政調会長の陣営に出入りしていた。安倍氏の取り巻きは安倍氏の本音は岸田支持であると確信していた。

安倍氏が一貫として求めていたのは、菅政権の生みの親である二階俊博幹事長の交代だ。岸田氏は出馬会見で「総裁以外の党役員の任期を1期1年、連続3期までとする」という公約を真っ先に掲げた。5年にわたり幹事長を続ける二階氏への退場勧告であり、安倍氏への熱烈な秋波であった。安倍氏に近い自民党議員たちはこれを機に一気に岸田支持へ傾いた。

岸田文雄外相
岸田文雄氏=2013年4月14日、(写真=US Department of State/Wikimedia Commons)

菅首相は慌てた。岸田氏の出馬表明の4日後、二階氏に幹事長交代を告げた。政権の生みの親より最大派閥を率いるキングメーカーの意向を優先したのだ。それでも安倍氏は菅首相と距離を置き続けた。菅首相は総裁選を先送りするための衆院解散を画策したが、安倍氏に反対され断念した。安倍側近の萩生田光一文部科学相らを新しい幹事長に起用しようとしたが、引き受け手はいなかった。最後まで安倍氏の支援を得ようともがき苦しみ、それがかなわないと確信して不出馬を決意したのである。

一連の流れは、菅首相が「安倍争奪戦」で安倍氏に恭順の意を示し続けた岸田氏に敗れ、自滅したことを物語っている。さらにそれは菅政権下の最高権力者は菅首相でも二階幹事長でもなく安倍前首相だったことを浮き彫りにしている。菅政権は安倍傀儡だったのだ。

■最大派閥を率いるキングメーカー

安倍氏は自民党総裁として2012年末の衆院選で政権を奪還して以降、国政選挙で6連勝し、7年8ヶ月も首相を務めた。これは日本の憲政史上最長である。現在の自民党議員たちは皆、安倍首相のもとで議員バッジを手に入れた。現在の中央省庁の局長以上の大半も安倍政権に登用されている。

安倍政権は官邸に権力が集中し「安倍一強」と言われた。安倍官邸は財務省や外務省など有力省庁に加え、検事総長や内閣法制局長官など政治的中立が求められる人事にも露骨に介入し「官邸支配」を確立した。官邸の意向に逆らう者は容赦なく左遷した。官僚たちは人事権を握る官邸にへつらい、官邸の意向を忖度するようになった。

与党が圧倒的多数を占める国会で野党の追及は弱々しかった。最高裁判所の判事15人は安倍政権以降に指名された者ばかりで、安倍政権を忖度するような判決が相次いだ。マスコミも安倍政権を持ち上げる報道が増えた。

そうした中で森友学園事件や加計学園事件、桜を見る会疑惑など安倍氏の権力私物化が疑われる問題が次々に発覚したが、安倍首相は権力の座を維持した。財務省は安倍氏の疑惑を隠蔽するため公文書改ざんや国会虚偽答弁に手を染め、エリート官僚たちのモラルは崩壊し、行政は機能不全に陥った。

そこへコロナ危機が襲ってきた。諸外国に比べて検査体制や医療体制は一向に整わず、ワクチンの確保も大幅に遅れた。治療すれば救えるはずの命が失われていく医療崩壊を招いたのである。

■菅首相は十分に「中継ぎ」の役目を果たした

安倍氏は昨年秋、病気を理由に退陣した。あとを受け継いだのは官房長官として安倍政権を支えてきた菅首相だ。菅首相は安倍氏と親しい加藤勝信氏を官房長官に起用し、官僚トップの官房副長官には安倍氏が登用した警察出身の杉田和博官房副長官を留任させた。安倍政権の骨格をそのまま残したのである。安倍氏がやり残した東京五輪をコロナ禍の最中に強行開催したのは当然の帰結だった。

菅義偉内閣官房長官が記者会見で新元号『令和』を発表した
菅義偉氏=2019年4月1日(写真=内閣官房内閣広報室/CC BY 4.0/Wikimedia Commons)

菅政権は高い支持率でスタートしたが、菅首相は衆院解散に踏み切らなかった。支持率は徐々に落ち、感染拡大もあって衆院解散の機会を逃したまま退任する。「安倍政権を受け継いだ菅政権の是非」は一度も国民の審判を得ることなく一年で終焉する。安倍政権の疑惑の数々は封印されたままで、隠蔽工作に関与した官僚たちの多くは今も主要ポストにとどまり、隠蔽体質は温存されている。だからこそ安倍氏は今もキングメーカーとして君臨しているのだ。

安倍氏からみれば、菅首相は十分に「中継ぎ」の役目を果たしたといえる。衆院選が迫り、このままでは自民党惨敗の恐れが出てきたのでお役御免というわけだ。菅首相に代わる安倍政権の新たな継承者として岸田氏に白羽の矢を立てた。菅首相と岸田氏の「安倍争奪戦」はどちらが勝っても安倍政権を受け継ぐコップの中の戦いだった。岸田氏が勝っても菅政権より強固な安倍傀儡政権が誕生するだけだろう。

この総裁選の真の争点は「安倍氏による自民党支配」の是非である。誰が首相になれば安倍長期政権とそれを受け継いだ菅政権で蓄積された膿を出し尽くし、政治を再生できるのか。その視点で総裁選の構図を分析しよう。

■総裁選で真の争点「安倍路線の継承か、否か」

第二次安倍政権が誕生した2012年末から安倍首相、麻生太郎副総理兼財務相、菅官房長官の3人がこの国の政治を牛耳った。2016年からは二階幹事長が加わった。この4人は時に「内輪もめ」しながら「世代交代を阻む」一点で手を握り、あらゆる国家利権を独占してきた。その頂点に君臨したのが安倍氏である。

今回の総裁選で「内輪もめ」がついに「仲間割れ」に発展し、安倍氏は菅首相を切り捨てた。安倍氏と麻生氏は岸田氏を支援し、二階氏は菅首相を支援したが、最後は菅首相が安倍氏の要求をのんで二階氏を切り捨て自滅したのである。

菅首相の不出馬で、総裁選の構図は一変した。国民的人気の高い河野太郎ワクチン担当相と石破茂元幹事長が一転して出馬に意欲を示し、岸田氏に挑む。共同通信が9月4~5日に実施した「次の首相に誰がふさわしいか」の世論調査では、河野氏31.2%、石破氏26.6%、岸田氏18.8%だった。

国会ビルディング日本での夜
※写真はイメージです。(写真=iStock.com/Taku_S)

総裁選は国会議員票383票(1人1票)と党員票383票(約113万人の党員票を比例配分)の計766票の過半数を取れば勝ち。誰も過半数に届かなければ上位2人による決選投票となり、国会議員票383票と各都道府県連に1票ずつ配分された党員票47票の計430票を争う。国会議員票の比重が増し、ここまできたら派閥の力がモノをいう。

岸田氏は第5派閥・岸田派(46人)を率いる。国民的人気が低く派閥の規模でも対抗できないため、安倍氏率いる最大派閥・細田派(96人)と第2派閥・麻生派(53人)の支援が頼みだ。決選投票に勝ち残れば安倍氏らを後ろ盾に勝利する可能性は高い。

しかし菅首相よりマシというだけで支持を広げてきただけに、河野氏や石破氏が相手になれば一気に失速する恐れもある。世論調査で苦戦が伝えられた途端に安倍氏に見放され、総裁レースから早々と脱落する可能性もある。

■“人気者”にちらつく「長老」のかげ

河野氏は世代交代を求める党内若手に待望論が強い。党員投票で優位に立ち、国会議員にも派閥横断的に支持が広がり地滑り的に勝利する可能性がある。懸念されるのは、河野氏の背後に「長老」の影がちらつくことだ。

菅首相は出馬を断念した時には同じ神奈川県選出で気脈を通じる河野氏を担いで岸田氏に対抗する心づもりでいた。河野氏は不人気の菅首相の「後継者」と位置付けられる恐れがある。無為無策のコロナ政策に閣僚として関与してきたこともマイナスだ。河野氏にはコロナ対策の抜本的転換はできない――そう追及された時にどう応じるか。安倍内閣で外相や防衛相を歴任したことも懸念材料だ。安倍氏の疑惑解明にどんな姿勢をみせるのか。

所属派閥・麻生派との関係も微妙だ。麻生氏は世代交代を嫌って昨年秋の総裁選で河野氏の出馬に反対した。今回は出馬自体は認めるものの、派閥としては支援しない見通しだ。麻生氏と決別覚悟で出馬に踏み切れるか、出馬しても麻生氏の影響力を排除できるか。

石破氏は昨年秋の総裁選で最下位に沈んで石破派は崩壊状態となり、出馬に必要な推薦人の20人を割り込んだ。石破氏の存在感は陰り今回の出馬も消極的だった。しかし菅首相の不出馬で一転して意欲をみせた。二階氏の力を借りて推薦人を確保するしかないが、幹事長として暗躍を重ねてきた二階氏の影を引きずれば、頼みの党員投票で伸び悩むというジレンマを抱える。

■国民不在の総裁選、冷静に見定めよう

石破氏は過去4回総裁選に出馬し、知名度は抜群。安倍氏に干され続けてきたため、安倍氏の疑惑追及もコロナ政策の転換も訴えやすいのは強みだ。自民党には政権運営に行き詰まった時、「振り子の原理」で非主流派に首相を移して国民世論を引き寄せてきた歴史がある。

衆院選を間近に控え、石破氏に安倍・菅政権からの刷新を期待する声はベテラン党員を中心に強い。政治キャリアは最も充実しており質疑も安定している。ただし国会議員票に弱く、決選投票を制するのは極めて難しい。石破氏は安倍路線を引き継ぐ岸田政権の阻止を優先し、出馬をとりやめて河野氏支援に回り、河野氏が第一回投票で過半数を獲得することをサポートする可能性もある。

高市 早苗
高市早苗氏(首相官邸ホームページより)

高市氏は安倍氏に近い右派政治家だ。無派閥ながら菅首相の対抗馬に真っ先に名乗りをあげた。当初は安倍氏が菅首相の無投票再選は認めないと牽制するカードと見られたが、菅首相が不出馬を決めた後、安倍氏はただちに高市支持を表明。右派言論人や安倍氏に近い若手議員からは高市支持の声が相次ぐ。

安倍氏の本命は岸田氏との見方は根強い。候補者乱立で党員投票を分散させ決選投票に持ち込み、最後は派閥の票を岸田氏に結集させ河野氏や石破氏に競り勝つ戦略というわけだ。とはいえ、安倍氏の高市支持は岸田氏の失速を誘発するかもしれない。安倍氏は岸田氏失速の気配を感じ取り高市氏に本命を変えた可能性もある。高市氏の得票数はキングメーカーとして君臨する安倍氏の本当の実力を可視化することになろう。

はたして今回の総裁選が「安倍氏ら長老による自民党支配」に終止符を打ち、安倍・菅政権で蓄積された膿を出し切り、崩壊した日本の行政を再建する転機となるのか。総裁を目指す各候補が「派閥の数」目当てに国家利権を独占してきた長老たちの支持獲得を競いあうようでは、政治への信頼を取り戻すことはできない。

感染爆発と医療崩壊を食い止めなければならない貴重な時間を自民党内の権力闘争に費やされたら国民はたまったものではない。自民党は自浄作用を発揮して新たな政治へ踏み出すのか。私たち有権者がその審判を下すのは総裁選後に控える衆院選である。それに備え「国民不在の総裁選」の行方を冷静に見定めよう。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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