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「官邸に行きたいが、菅さんの機嫌が悪いようだ」日本のコロナ対策が迷走を続ける根本原因

プレジデントオンライン / 2021年9月23日 9時15分

閣議に臨む菅義偉首相(中央)=2021年9月14日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

なぜ日本のコロナ対策は迷走しているのか。朝日新聞取材班は「安倍政権から続く“強すぎる官邸”を前に、官僚たちは意見することを控えるようになった。官邸と官僚は相互不信の構図にある」という――。

※本稿は、朝日新聞取材班『自壊する官邸』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■平成の政治改革の終着駅、第2次安倍政権

2020年2月、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの感染者が急拡大していた際のことだ。沖縄の那覇港を出発した別のクルーズ船が、感染者のいる可能性があるとして台湾に寄港を拒否され、沖縄に戻ろうとしていた。

「おいおい、あと2時間で沖縄に着くぞ」

官邸で首相秘書官らが見ていたのは、船舶の位置を確認できるインターネットの民間サイトだった。官邸関係者によると、国土交通省から連絡がなく、

「国交省は全然駄目だな」

と官邸官僚たちはささやき合った。民間サイトを見ながら、クルーズ船を沖縄に再入港させないよう国交省に指示したという。

「官邸主導」「強い官邸」をめざした平成の政治改革の終着駅とも言えるのが、第2次安倍政権だった。内閣人事局の誕生で、首相や官邸は官僚たちの人事権を掌握。リーダーシップを強め、かつての縦割りの弊害を打破していった。

■「霞が関の知恵」を結集できない相互不信

一方、首相の安倍晋三が率いる自民党が国政選挙で勝ち続ける中、官邸はさらに力を強めていった。「強すぎる官邸」を前に、官僚たちは直言や意見することを控えるようになった。

官邸を恐れて遠ざかる官僚。そして知恵を出さない官僚たちを信頼できず、トップダウンで指示を出す官邸官僚。布マスクの全戸配布などの迷走したコロナ対策は、官邸主導の負の側面が凝縮したかのようだった。

元事務次官の一人はこう残念がる。

「新型コロナの対策は未知のことばかり。こんな時こそ、霞が関の知恵を結集させるべきだが、それができていない」

7年8カ月に及ぶ最長政権は2020年9月に幕を下ろした。しかし、安倍政権の間、人事権を手に霞が関ににらみをきかせてきた官房長官の菅義偉が「安倍政権の継承」を掲げて首相のイスに座った。

コロナ対策の迷走は続く。

「官邸に行きたいが、菅さんの機嫌が悪いようだ」

官僚たちの間ではそんな会話がかわされる。官邸は官僚たちの仕事ぶりに不満を抱き、官僚たちは官邸を恐れ、萎縮するという相互不信の構図はいまも変わっていない。

■官邸主導の成功例、熊本地震の初動対応

K9(ケーナイン)。そんな呼び名で霞が関で語られる官邸主導の成功例がある。

史上初めて震度7を連続記録した2016年4月の熊本地震。現地に各府省の幹部が集まって連日会議を開いた。K9は熊本の頭文字Kと、幹部の人数を組み合わせた呼び名だ。

初動対応は多岐にわたる。道路の復旧、避難所の設置、水やガスなど生活インフラの復旧、救援物資の輸送、被災者の健康管理、国から地方への財政援助……。

「K9の下、毎日定例会議を開催し、迅速な意思決定、省庁横断的支援を実践した。今後の災害対応のモデルとなり得る」

内閣府の熊本地震の初動対応に関する検証リポートはこう報告した。

会議室に並ぶ椅子
写真=iStock.com/whyframestudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/whyframestudio

K9が稼働するきっかけは、首相官邸で事務の官房副長官を務める杉田和博の一声にあった。官僚機構のトップに立つ杉田は地震発生直後、経済産業省官房長だった嶋田隆に、被災地入りして各府省を束ねるチームの事務局長に就くよう指示した。

官房長は省内の総合調整を行うなど、中枢を担う幹部の一人だ。「経産省が官房長を出しているのなら」と、各府省は局長や審議官といった幹部を現地に送った。メンバーの一人は「幹部が顔をつきあわせて毎日話して政策決定がスムーズだった。官邸主導でなければできなかった」と語る。

強い官邸は、平成の政治改革、行政改革がめざした目標であり、第2次安倍政権はその到達点でもあった。

■安倍政権下で力を強めた「官邸官僚」

元号が平成に入った1989年に冷戦は終結。国内の経済成長も陰ると、戦後日本を引っ張ってきた官僚主導の政治は、むしろ縦割りのひずみが目立ち始めた。過剰接待など官僚の不祥事も続発。95年の阪神・淡路大震災では、官邸機能の弱さも浮き彫りになった。村山富市首相は「官邸機能の強化は、当面の大きな課題」と危機感をあらわにした。

世論も官僚主導の政策決定に批判を強め、選挙で選ばれた首相のリーダーシップ、官邸機能の強化が叫ばれた。小選挙区制度の導入、経済財政諮問会議の設置など官邸機能を強化した橋本行革、民主党政権での事務次官会議の廃止——。平成の改革の頂に、第2次安倍政権は立っていた。

省益を追って縦割りに陥る官僚を国益に向かわせる狙いも平成の改革にはあった。安倍政権では各府省の官僚の力は弱まる一方、府省から官邸に出向した官僚や府省を退官後に官邸で働く官僚、いわゆる「官邸官僚」たちが力を強めた。

■官邸官僚が追ったのは「国益」か「政治的利益」か

象徴は、経産官僚から政務の首相秘書官に転じた今井尚哉。今井は内政だけでなく、外交でも安倍の名代として辣腕(らつわん)を振るった。

欧州との経済連携協定(EPA)では、通商担当のEU委員と直接、交渉。事務次官経験者は「豚肉やチーズなどの関税撤廃・削減について、国内に慎重論もある中、官邸主導で交渉期限を切ったのは今井氏だった」と語る。

この時、今井は周囲に言った。

「誰が交渉を成功させたかを国民は知る必要はない。あえて言えば『安倍の成果』だ」

官邸官僚が追ったのは国益だったのか、それとも首相の安倍の政治的利益だったのか。

安倍が取り組んだ対ロシアの北方領土問題で、安倍はまず、海産物の増養殖や温室野菜栽培など日ロの「共同経済活動」によって信頼醸成を進める戦略を選ぶ。そんな中、外務省関係者が集うパーティーでこんなやりとりがあった。

外務省OB「共同経済活動なんてうまくいくわけない」

現職幹部「分かっているんです。うまくいくはずありません」

OB「だったら、君が官邸にちゃんと言わないと駄目だ」

幹部「私から言えるわけありません」

同席していた別のOBは、「共同経済活動が法的に無理なのは交渉の歴史を見れば当然分かる。それを知る外務省が官邸に意見できない状態はおかしい」と官邸主導で外交が進んだことを憂えた。後輩には官邸に進言するよう伝えたが、返ってきた答えは「先輩の時代とは違います」とそっけないものだったという。

■「人事による恐怖を官僚統治に使っている」

平成の改革で誕生した第2次安倍政権の「強すぎる官邸」には二人の主がいた。首相の安倍と、官房長官の菅義偉だ。菅は官房長官当時、周囲に「外交は安倍総理。内政は俺。総理は内政は全部、俺に任せてくれているんだ」と語っていた。

外交と内政での役割分担に加え、二人の違いは官僚の人事にあるという見方もある。

朝日新聞取材班『自壊する官邸』(朝日新書)
朝日新聞取材班『自壊する官邸』(朝日新書)

ある元事務次官は言う。

「安倍首相は自分の気に入った官僚を引き立てるが、人事で官僚全体を統治する思想は薄かった。菅さんは能力があっても異を唱える官僚は飛ばす。人事による恐怖を官僚統治に使っている」

次官時代、恐怖の統治による負の側面を目の当たりにする。安倍政権が長くなるにつれ、部下から新しい政策が出なくなったという。官邸が政策そのものにダメ出しすることは以前の政権からよくあった。だが、安倍官邸では、政策そのものの評価にとどまらず、政策を提案した官僚個人についても「あれは駄目だ」と評価される、と官僚たちはささやきあった。

政策を提案して失敗すれば決定的なマイナス評価になる、それならば、無理に新提案をしなくてよい——。現場にはそんな空気が広がっていた。元次官は「減点主義で官僚たちが萎縮した」と語る。保身を図る官僚たちの心境を、あるOBはこう代弁した。

「『キジも鳴かずば撃たれまい』ということだ」

(朝日新聞取材班)

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