「国民の税金を使っているのに、あまりにお粗末なガバナンス」日大問題が起きた根本原因
プレジデントオンライン / 2021年9月21日 11時15分
■日本大学本部などに東京地検の強制捜査
ついにと言うべきか。日本大学の本部などに東京地検特捜部の強制捜査が入った。日本大学が発注した医学部付属板橋病院の建て替え工事をめぐり、日大の理事が大学側に数億円の損害を与えた背任の疑いという。日大本部(東京都千代田区)や学校法人トップの田中英寿理事長の自宅、学内の理事長室、関連会社「日本大学事業部」(世田谷区)などを家宅捜索した。
報道によると、工事発注に絡んで、2億円超の資金が大阪市の医療法人グループの関係先に流出、医療法人グループ側から約1億円が日大理事側に還流した疑いがあるとされ、田中理事長の関与の有無などが調べられているという。日大の田中理事長を巡っては月刊誌「FACTA」などが長年にわたって繰り返し疑惑を報じていた。
田中理事長は1969年に日大を卒業、職員となり、相撲部コーチ、相撲部監督などを歴任した。1999年に大学の理事に就任すると2002年には常務理事となり、2008年には理事長に就任。以来、13年にわたって理事長を務めてきた。今回の強制捜査で田中理事長は関与を否定していると報じられているが、果たして真相はどうなのか。
■「理事長独裁」を許してしまう制度的問題
日大に限らず、大学など学校法人の理事長は絶大な権限を持つ。株式会社や財団法人の「定款(ていかん)」に相当する規定を学校法人では「寄附(きふ)行為」と呼ぶが、日本大学の寄附行為には、こう書かれている。
「理事長以外の理事は、この法人の業務について、この法人を代表しない」
日大は職員が3700人以上、教員が専任だけで約3400人いる大企業並みのマンモス組織で、理事も36人いるが、法人を代表できるのは理事長だけとなっているのだ。決定は理事会が行うことになっているが、「通常業務の範囲に限り、別に定める常務理事会が決定し執行することができる」となっており、実質は常務理事会でほとんどのことを決めていたと見られる。理事長の補佐役である常務理事についてはこう規定されている。
「理事のうち若干名は、理事長の推薦により理事会の議を経て常務理事となる」
つまり、理事長が推薦しなければ常務理事にはなれないわけで、事実上理事長が指名する仕組みなのだ。もちろん、職員の人事評価は理事長が一手に握るから、理事長に逆らえる職員などいるはずもない。大学をはじめとする私立の学校法人は、制度的に「理事長独裁」を許してしまう構造になっているのだ。
■大学のガバナンス体制は「30年前の企業」
背任が疑われている理事は田中理事長の側近だとされ、関連会社である「日本大学事業部」の取締役も兼ねている、という。大学を代表しての契約行為は理事長でなければできないわけで、理事長が知らない中で億円単位の資金を動かせたのかどうか。
大学で不祥事が相次ぐ背景には、こうしたガバナンスの欠如がある。誰も理事長の首に鈴を付けられないのだ。かつては上場企業でもワンマン社長にやりたい放題を許していたが、不祥事の続出を背景に「コーポレート・ガバナンス」が強化され、社外取締役など外部の目が入るようになった。社長は株主や社会に対して、説明責任を求められるように大きく変わった。
大学はまさに30年前の企業のようなガバナンス体制なのだが、ようやくそれを見直そうという動きが出てきた。7月に文科省に設置された「大学法人ガバナンス改革会議」がそれで、年内に私学法などの法改正に向けた原案をまとめ、来年の通常国会で法改正を行う段取りだ。6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2021(骨太の方針)」にも、「手厚い税制優遇を受ける公益法人としての学校法人に相応(ふさわ)しいガバナンスの抜本改革につき、年内に結論を得、法制化を行う」と明記されている。
■税制優遇を受け、私学助成金も受け取っている
政治が学校法人のガバナンス欠如に問題意識を持っているのは、不祥事が相次いでいることばかりではない。骨太の方針にもあるように、学校法人は公的な存在である「公益法人」として税制優遇を受けているのだ。さらに多くの私立大学は私学助成金を受け取っている。国民の税金が注ぎ込まれているのに、ワンマン理事長が跋扈(ばっこ)しているのはあまりにも問題だろう、というのがガバナンス制度改革の趣旨なのだ。
1回目のガバナンス改革会議で配布された「設置趣旨」にも、「社会福祉法人制度改革、公益社団・財団法人制度の改革を踏まえ、それらと同等のガバナンス機能が確実に発揮できる制度改正のため、文部科学大臣直属の会議として文部科学事務次官決定により外部有識者で構成される会議を新たに設置し、学校法人ガバナンス改革案を策定する」となっている。
財団法人などと比べて「似て非なる」仕組みの典型は、「評議員会」の位置づけである。財団法人などの評議員会は、理事の選定や解任、予算や決算の承認、重要な財産の処分などを議決する機関で、法人のガバナンスの肝だ。ところが、大学の場合、評議員会は理事長の諮問会議という位置づけで、私学法では、事業計画や予算などについて、「理事長において、あらかじめ、評議員会の意見を聴かなければならない」(42条)としているだけだ。法律上求められているのは意見を聞くことだけなのである。しかも、評議員には理事や職員も就くことができる。つまり、理事長が簡単にクビにできるメンバーを評議員にできるわけだから、理事会への牽制(けんせい)機能など持てるはずもない。
■「説明責任を果たしたくない」ワンマン理事長たち
財団法人並みのガバナンス改革というのは、評議員に理事や職員の兼務を禁じ、独立した立場から理事会をチェックする仕組みに変えるのが第一歩ということになっている。実際、ガバナンス会議でもすでに評議員会の機能見直しについては議論を終え、合意に至っているという。
もちろん、こうしたガバナンス強化への反対派もいる。自由を謳歌(おうか)してきたワンマン理事長は自らが縛られることに抵抗している。本来は、ガバナンス体制を強化すれば、理事会や理事長の正当性(レジテマシー)が向上し、学校全体を動かす上で力を持てることになるのだが、とにかく説明責任は果たしたくない、ということなのだろう。
ガバナンス改革会議のメンバーでは東京理科大学の「会長」である本山和夫・元アサヒビール副社長が文科省事務方の「推薦」で加わっている。前の理事長で強権を振るってきたと同窓会などから批判されている人物だ。会議では本山氏が座長の制止も聞かず、長時間にわたって反対論を読み上げていたが、大学は特殊で他の公益法人とは違う、といった説得力のない主張に終始した。会議は元公認会計士協会会長の増田宏一氏らガバナンスの専門家で構成されており、選考過程では大学の利益代表は入れない、という話だったにもかかわらず、文科省事務方が無理やり押し込んだとされている。
■文科省は「生殺与奪の権限」を奪われたくない
なぜ、文科省はガバナンス改革に抵抗するのか。冒頭でみた「寄附行為」は文科省の許認可事項になっており、変更するにも文科省の意向に従わないと通らない。事後の処分権限ではなく、事前の許認可権を握っているのだ。これで文科省が学校法人の生殺与奪の権限を握っているとも言えるだろう。金融行政などで旧大蔵省が取ってきた「護送船団方式」である。文科省は、そうした権限を奪われることに抵抗しているのだろう。
だが、逆に言えば、大学のガバナンス不全を放置しているのは、寄附行為を認可している文科省が十分な監督を行えていないためだとも言える。日本大学問題はガバナンス不全を見逃してきた文科省にも大きな責任があると言っても過言でない。実際、監督権限を握りたがる文科省が、私立大学だけで600近くある全国の学校法人のガバナンスをすべて監督する力があるはずもない。不正を防ぐ自律的なガバナンス体制を早急に構築することが、不正疑惑を根絶するうえで喫緊の課題である。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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