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脱・子育て罰「子どもと現役世代に冷たすぎる日本」を変えられる総裁は誰か

プレジデントオンライン / 2021年9月22日 8時15分

インターネット動画中継サイト「ニコニコ動画」主催の討論会に出席した、自民党総裁選候補者の(左から)河野太郎規制改革担当相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行=2021年9月18日午後、東京・銀座[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

9月17日に自民党総裁選が告示されました。日本大学の末冨芳教授は「自民党が脱・子育て罰政党に進化できるのか、それとも今まで通りの子育て罰政党のままなのか。国の未来がかかった総裁選といっても過言でないでしょう」といいます――。

■自民党は子育て罰政党

子育て罰とは、親子に冷たく厳しい、まるで罰を課すような日本の政治を批判する概念です。

子育ては本来、親にとって楽しく、素晴らしい営みであるはずだが、日本は子どもと女性をあまりに冷遇してきました。

子育て罰をなくせなければ、守るべき国家そのものを消滅させかねない世界最悪水準の少子化を止めることすらできないでしょう。

皮肉なことに一部の議員が愛国を主張する自由民主党こそ、子育て罰政党でした。

その詳細は拙著『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(桜井啓太氏との共著・光文社新書)にまとめたところです。

妊娠すればマタハラを受け、女性を低賃金非正規雇用に押し込め、多額の出産・子育て費用に対して公的支援はあまりに少ない。

就学前教育・幼児教育にも義務教育で子どものために働く保育士・教諭にも十分な投資はなく、いまや安全な保育や教育の質の向上どころか、全国各地で保育士・幼稚園・小中学校教諭の成り手を確保することすら難しくなっています。

高校・大学の高額の進学費用に親も子も苦しんでいます。

■菅政権で子育て罰が進行

そして2022年秋からは児童手当に所得制限を導入し、それを待機児童財源に充てるという、やってはならない「子育て罰の厳罰化」が菅政権で進行してしまっています。

コロナ前から約2割の親子が食事も満足にできない日本でしたが、新型コロナウイルスがまん延する中で、状況はどんどん深刻化しています。

いま各地の子ども食堂・子ども宅食などに取り組む支援団体から“親子に届ける食料がなくなった”と悲鳴があがる事態になっています。

満足に食事をすることすらできない親子が日々増えている、それが子どもの貧困に現場で向き合う支援団体の共通見解です。

コロナ禍の中で親子こそ、ますます追い詰められている状況を、次の自民党総裁はこの国の政治リーダーとして直視し向き合えるのでしょうか?

どの候補が日本という国家の消滅シナリオと真剣に向き合い、子どもと親が安心して幸せに暮らせる日本を実現し、少子化を改善していく、脱・子育て罰の政治を実現することができるのでしょうか?

以下、4人の総裁選候補者の政策と主張を見ていきましょう。

■野田聖子氏立候補のインパクト

総裁選において、子どもへの投資を中核政策に掲げる野田聖子氏の立候補は、自民党が脱・子育て罰政党になれるかどうかという意味で、非常に大きなインパクトがありました。

平成・令和の自民党総裁選を振り返っても、ここまで子ども政策を中核に据えた候補は私自身も記憶にありません。

総裁選出馬のニュースを、うれしい驚きとともに受け止めた子ども若者支援の関係者は私だけではないでしょう。

安全保障・成長戦略としての子ども政策を、保守政党である自民党議員・党員に正面から訴えている点が重要です。

国民が減少・消滅しては、国家の繁栄はありえないのですから。

野田聖子オフィシャルサイトからは、子どもに関する以下のような政策が示されています。

・国が積極的に「子ども」に対して投資をして、「子どもが幸せな社会」を実現
・財源は「子ども債」を発行し、「子ども=社会共通の資源」という理解を広めていきます
・貧困が解消されて、しっかりとした教育を受けることができれば、立派に成長した子どもたちが日本経済を回してくれます。(野田聖子オフィシャルサイト)

子どもの幸せ(ウェルビーイング)の重視、子ども財源の確保、子どもへの投資、子どもの貧困問題への取り組み、野田聖子議員が打ち出したこれらのポイントに他の3人の候補(河野太郎氏・高市早苗氏・岸田文雄氏)はどこまで迫れているのでしょうか?

■「子どもの貧困、虐待対策にビジョンと実績あり」河野太郎氏

行革担当大臣として、子どもの貧困対策の推進や子ども・若者への虐待を減らしたいというビジョンと実績をお持ちの河野太郎氏は、総裁となられた暁にも高い実行力で子ども政策に取り組んでいただけると、期待しています。

ホームページでは子ども若者への政策を「新しい時代のセーフティネット」とし以下の方針を総裁選公約として示しておられます。

・出産、子育てから老後まで、暮らしを守る、持続可能な全世代型社会保障制度を構築します。
・貧困を固定化させない、誰もが何度でも挑戦できる、しっかりとしたセーフティネットをつくります。
・デジタル化でプッシュ型・ワンストップ型の支援を実現します。
・少子化に歯止めをかけ、子育てをしっかりと支援します。
・初等教育から高等教育まで、すべての子どもたちの教育機会の平等を保障する制度をつくります。(衆議院議員 河野太郎 総裁選特設サイト)

いずれも重要な政策ですが、子ども財源、低所得層への児童手当・児童扶養手当への言及、教育の無償化の推進などについては言及されていません。

また野田氏が示したような「子どもを幸せに」に匹敵する、子どもたちへのあたたかいメッセージはいまのところ確認できません。

■あらゆる子育て支援を申請不要のプッシュ型で

河野氏が主張されるように「人と人が寄り添う、ぬくもりのある」日本国であるためには、親子が衣食住すら不安定な状況の中でおびやかされることがなく、安心して育ち学ぶことができる政策を明確にすることが必要です。

河野氏は政府DX(デジタルトランスフォーメーション)にも高い識見と手腕をお持ちです。

今夏までに支給完了した子育て世帯生活支援特別給付金を、史上初のプッシュ型支援としてひとり親・ふたり親の差別なく実現させた閣僚のおひとりでもあります。

河野氏ならば、児童手当・児童扶養手当・教育の無償化について、親も行政・学校現場も悩ませる現在の煩雑な手続きから解放し、あらゆる子育て支援が申請不要のプッシュ型で推進される日本を必ず実現いただけると信じています。

もちろん低所得層や多子世帯のみならず、少子化の改善にはすべての子育て世帯に多くの支援が必要なこともご存じのはずです。

児童手当、教育の無償化について財源や具体的な拡充策を示されることも、子育て世代の国民である私自身が、政策通と名高く閣僚としての手腕も評価の高い河野氏に期待するところでもあります。

■「他の候補者と比較して見劣りする政策」高市早苗氏

高市早苗氏のホームページにおいて、子どもに対する直接の政策は正直、他の候補者と比較すると見劣りするようにも見えてしまいます。

「全世代の安心感」が日本の活力に、とスローガンを打って、子どもや脱・子育て罰政策に関連しては以下の政策を示しておられます。

・「待機児童の減少」「病児保育の拡充」「多子世帯への支援充実」に向けた取組を進めます。
・税制では、「給付付き税額控除」と「災害損失控除」を導入します。
・「医療」「保健」「福祉」「教育」の現場で活躍する方々の処遇改善と体制拡充に注力します。(高市早苗 総裁選特設サイト 政策9つの柱)

子ども財源には踏み込まれていませんが、「多子世帯への支援充実」については9月8日の総裁選出馬会見で、「中所得の世帯を対象に第2子3万円、第3子以降6万円の現金給付というものを確立する。高等教育の無償化も、第2子の所得要件を緩和、第3子以降は要件を撤廃をする。育児休業時の実質手取りをさらに引き上げていく」ことが報道されています(膳場貴子アナ戦闘態勢で痛烈質問 高市早苗氏笑顔消え「これが私」)。

ただしそれだけでは不十分であり、野田氏が踏み込んだ子どもの貧困の改善のための政策に、高市氏がどこまで踏み込むことができるかにも注目しています。

現金給付は、衣食住すらままならない困窮する親子にこそ手厚くされなければ、高市氏の目指す「強く美しく成長する国」の実現はできないからです。

高市氏は、日本国内に現に存在する飢えた親子を置き去りにして、わが国が「美しい国」だと主張する保守政治家ではないと期待しています。

高市氏の主張する政策のうち、子どもを持つ女性労働者も多い「医療」「保健」「福祉」「教育」の現場で活躍する方々の処遇改善と体制拡充に注力する方針は、子育て罰除去政策として注目されます。

■働く母と非母親の格差

子育て罰とは、もともとOECDで使われているChild Penaltyが日本語に翻訳されたものです。

「子育てしながら働く母親(ワーキングマザー)と子どもを持たない非母親との間に生じる賃金・格差を示す経済学・社会学の概念」なのです(桜井啓太「『子育て罰』と子どもの貧困」,『子育て罰』光文社新書,p.62)。

私自身はそのような労働市場を改善どころか悪化させてきた日本の政治・社会のありようそのものを批判する概念として「子育て罰」という概念を用いています。

真の保守は「国の宝」である子どもを大切にするのですから、「子育て罰」をなくすことに注力するはずです。

しかし日本では女性差別がいまだに横行しており、シングルマザーや子どものいる女性労働者の低い賃金や、厳しい就労環境につながっています。

2020年安倍政権の全国一斉休校で職を失いもっとも深刻な状況に陥ったのは、子どもを持つ女性労働者でした。

そのことは以下の記事にもすでにまとめてあります。

※参照:末冨芳「#夏休み延長 日本はまた子育て罰を親子に課すのか? 命と学びは置き去り? #一斉休校 は最悪の選択」

とくにシングルマザーは先進国一就労率が高いにもかかわらず先進国最悪の貧困率となっています。「働くことが貧困改善につながらない異様な国・日本」(桜井啓太氏前掲,p.73)をいますぐ改善することが必要です。

公園で子供の手を握る母親の手
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

だからこそ、子どもを持つ女性労働者も多い「医療」「保健」「福祉」「教育」の現場で活躍する方々の処遇改善と体制拡充に注力する高市氏の政策は、重要です。

子育て罰をなくすためには、上記4領域に限らず全職種での女性労働者とくに子どもを持つ女性への差別の改善が急務です。

■「強さ」を意識したメッセージだけでは「安心感」をもたらせない

総裁選の会見や演説会を見ていると、高市早苗氏の政策立案能力の高さ、冷静な判断力には感嘆する場面もあります。

いっぽう「強さ」を意識したメッセージばかりでは、コロナ禍で疲弊する日本、とくに全国一斉休校の犠牲になった親たち子どもたちに「安心感」をもたらすことはできないのではないかとも感じます。

「安心感」ではなく、親子にこそ「安心」を実現するという確かなメッセージを発し政策を示すことこそ、保守政治家として守るべき日本国の成長と繁栄を実現していくリーダーとして必要なことではないでしょうか。

■「子育て罰を改善する気がないのではないか」岸田文雄氏

岸田氏の子ども政策の目玉は、賃金水準の改善を中心とした中間層への企業分配の強化と、住居費・教育費支援です。

・中間層の拡大に向け、分配機能を強化し、所得を引き上げる、「令和版所得倍増」を目指す。
・特に、子育て世帯にとって大きな負担となっている住居費・教育費について、支援を強化。(岸田文雄 総裁選特設サイト「3つの政策」)

総裁候補として、自民党議員・党員をターゲットした政策として、中間層への支援を掲げることは戦略的選択として当然のことでしょう。

しかし、企業分配の恩恵を受けるのは、大企業の正規労働者が中心になります。

少子化・非婚化が進む若い世代が安心して子どもを産み育てるには、それだけでは不十分であり、現金給付や教育の無償化を含む政府再分配の大幅拡充が必要になります。

住居費・教育費は、若い世代の婚姻を促進し、また子育て世代にとってもダイレクトに効果のある政策になります。

いっぽうで教育の無償化の拡充方策や住居費支援の金額・所得範囲や具体策については、これまでの総裁選の中では発信されていません。

住居費だけでなく、食費や服や靴も買えない貧困世帯の親子に対しては、現金給付が必要です。

しかしいままでの総裁選の発信の中では、現金給付については4人の総裁候補の中でもっとも関心が薄いのではないか、歴代自民党総裁と同じように子育て罰を改善する気はないのだろうかと心配な気もいたします。

■聞く力を子育て世帯に傾けて

岸田氏ご自身が強みとして挙げられている「聞く力」、そして会見や演説から感じるお人柄のあたたかさを、貧困状態の子どもたち親たちにこそ向けていただければ、具体的な政策が充実されると期待しています。

子どもたちや、衣食にも困る親子の声は、子どもの貧困対策支援団体であるキッズドア渡辺由美子理事長への取材にもとづく以下の記事からも把握いただけます。

長引くコロナ禍で親が仕事を失った家庭では、子どもの貧困が深刻です。

若くて元気な夫婦が「収入ゼロ」で子どもが「1日1食」という実態があります。

※参照:小林明子「玄関で正座して食べものを待つ子どもがいる。コロナ禍の『見えない被災者』」

本当に大変な状態にある人々は声をあげることすらできません。

声なき声にも耳を澄ませていただけること、その声をノートに書き留めていただき必要な政策と財源を打ち出していただくことを、心待ちにしております。

■総裁選4候補への期待

9月22日に、自民党総裁選立候補者によるこども庁創設に向けた公開討論会が実施されるそうです。

私自身はこども庁は、ただの省庁再編なら政府の体力を落とし、むしろ親子にも政府能力にも実害しかなく、財源と人員の拡充、子どもの権利を尊重する子ども基本法の実現とセットではないと意味がないと考えています。

※参照:末冨芳「こども庁は財源論と子ども基本法とセットで本気の公約! #子育て罰をなくそう、#児童手当削減やめよう」

総裁選が自民党を脱・子育て政党の本格的な軌道に乗せるには、野田氏の示した論点に他の候補者がどのように真剣にビジョンと政策を示すかにかかっています。

1.子どもの幸せ(ウェルビーイング)の重視、あわせて子どもの権利・尊厳を実現する立法の重視
2.子ども財源の確保と現金給付(児童手当・教育の無償化・住宅費支援)の具体策
3.コロナ禍で深刻化する子どもの貧困問題への取り組み
4.こども庁の機能の構想と必要な人員拡充を実現するかどうか
(子どもの貧困・虐待改善や性犯罪者から子どもを守る日本版DBSの支援職・データベース運用専門職、子どもの権利擁護を守る日本版子どもコミッショナー・子どもオンブズパーソン等の設置)
5.少子化対策に逆行する児童手当の特例給付廃止の実施延期

総裁選後の衆議院選挙も見据え、各候補者がどのような主張をするか、注視しなくてはなりません。

自民党が脱・子育て罰政党に進化できるのか、それとも今まで通りの子育て罰政党のままなのか。

子どもがいなくなり日本国が衰退・消滅するのかどうか、国の未来がかかった総裁選といっても過言でないでしょう。

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末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。

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(日本大学文理学部教授 末冨 芳)

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