「コロナ対策や食料提供もやる」タリバンが地元住民の支持を集めてしまっているワケ
プレジデントオンライン / 2021年9月25日 10時15分
■「20年前とは違う」とタリバン指導部は言うが…
8月15日、タリバンがアフガニスタンの首都カブールを掌握し、8月30日には米軍の完全撤退が完了した。バイデン大統領はその翌日にホワイトハウスで演説し、それを偉大な成功だと位置づけた。
9月21日にはタリバンによる暫定政権が発足。欧米諸国を中心に国際社会は、20年前の「第1次」タリバン政権のように、厳格なイスラム法(シャリーア)による政教一致的な支配が復活すると懸念を強めている。
カブールの制圧直後、タリバンの報道官は、「アフガニスタンの独立と自由のために最善を尽くす」「イスラム法の範囲内で女性の権利は尊重される、20年前とは違う」などと発言した。一方で国営放送の女性アナウンサーが出社をタリバンから拒否され、人気コメディアンや音楽家がタリバン兵に殺害されるなど、指導部の発言と末端の兵士の行動が一致していない状況も報じられている。
■タリバンとはそもそもどういう組織なのか
タリバンとはそもそも何なのか。簡単に説明すると、タリバンとは現地の公用語であるパシュトゥン語で学生を意味し、1994年に南部カンダハル州でイスラム教指導者だったムハンマド・オマル氏が設立した組織だ。
パキスタンのイスラム神学校で学んだパシュトゥン人(アフガニスタンの南部と東部、パキスタンの北部と西部に多い)の若者たちが多く参加し、アフガニスタン南部を主な拠点としている。西側諸国の安全保障関係者は、パキスタンの情報機関である3軍統合情報部(ISI)が、タリバンの創設当初から現在まで、軍事的・経済的支援を行ってきたとみている。
■内戦状態から治安を回復
1979年にアフガニスタンに侵攻したソビエト連邦軍(当時)が89年に撤退した後、アフガニスタンは対立する武装勢力や軍閥間の争いが続く内戦状態に陥っていた。そうしたなかで登場したタリバンは、軍閥を追い出して治安を回復。地元住民の支持を獲得しながら勢力を拡大し、1996年9月には首都カブールを制圧。「アフガニスタン・イスラム首長国」の建国を宣言し、政権を掌握した。
しかし、2001年の9.11同時多発テロを受け、国際テロ組織アルカイダをかくまったという理由で、アメリカを中心とする約30カ国の有志連合がアフガニスタンへの軍事行動を開始。行政経験の不足もあり、タリバン政権は2001年12月に崩壊した。
■なぜ再び権力を掌握できたのか
それから20年、なぜタリバンは再び権力の座を取り戻せたのか。
まずアフガニスタンが、パシュトゥン、タジク、ハザラ、ウズベクなどの、多様な民族を抱える国家であることは要因の一つだろう。この地域の長い歴史からみれば、中央集権的に国家運営がなされた期間はごくわずかでしかなく、「アフガニスタン政府」ができたからといって、文化や伝統なども大きく異なる各民族は簡単にはまとまらない。
第1次タリバン政権の崩壊後に「有志連合」によって作られた前政権では、行政のあらゆる場面で汚職がまん延し、それに不満を持つ国民がどんどん増えていった。タリバンはそこを突くように地元民たちに接近し、支持を獲得していった。タリバンを構成するのはパシュトゥン人だが、パシュトゥン人はアフガニスタン人口の4割を占める最大勢力だ。
タリバンはテロや恐怖政治を行うだけの団体のようにみえるが、支配地域では医療支援や食糧の提供なども積極的に行ってきた。昨年以降のコロナ禍でも、タリバンは住民たちに感染対策や検査などを提供している(“Taliban launches campaign to help Afghanistan fight coronavirus”, Ruchi Kumar, Aljazeera 6 Apr. 2020)。
こうした活動の積み重ねによって、タリバンは地元住民からの一定の支持を獲得していたと思われる。
旧アフガン政府軍の練度や士気の低さも、タリバンがあっという間に首都カブールまでを制圧できた大きな要因だろう。軍幹部はもちろん、兵士の間でも汚職が絶えず、脱走兵も多かった。名目上は定員を定めていたというが、実際のところ正確な兵士の人数は分からず、「幽霊兵士」の給与を幹部が横領することもあった。兵士の識字率の低さに、政府軍の軍事指導にあたっていた米軍が苦労したという話もある(15歳以上のアフガニスタン男性の推定識字率は55.5%)。
■テロ研究者が考える注視すべきポイント
今回のアフガニスタンの政変についてはさまざまな観点からの議論がすでに始まっているが、筆者の専門であるテロ対策の視点から考えた場合、以下四つが大きなポイントになろう。
■アメリカの対テロ実力行使は「無人機攻撃」に完全移行
米軍の完全撤退によって9.11以来の「対テロ戦争」は終結したとはいえ、それはテロの脅威がなくなったことを意味しない。バイデン大統領も、戦争は終わったがテロとの戦いは続くとの認識を示している。
タリバン政権下のアフガニスタンでは今後、現地のテロ組織の情報がこれまでのように入手できなくなるとの懸念も広がっているが、アメリカはアルカイダやイスラム国(IS)系組織の動向を引き続き注視していくことになるだろう。そして、ソマリアやイエメンなどで実施してきたように、アフガニスタンでも遠隔操作の無人爆撃機によるピンポイント攻撃「オーバー・ザ・ホライズン(over the horizon)」戦略に完全に移行することだろう。
米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は9月1日、タリバンとテロ対策をめぐり協力可能との見方を示したが(「タリバンと対テロ協力「可能」 米軍制服組トップ」日本経済新聞、2021年9月2日)、おそらくイスラム国ホラサン州へのピンポイント攻撃が想定にあるのだろう。
言い換えると、バイデン大統領の対テロ戦争終結宣言は、米軍の足跡を残す政策を終結させたものの、足跡を残さない対テロは続けることを意味している。
■中国・ロシアはどう動くのか
今回のスピード政変劇でアメリカ以上に強い懸念を抱いたのは中国でありロシアかもしれない。両国はタリバンとの関係構築に欧米より積極的な態度を見せているが、それには大きな理由がある。
アフガニスタン国内ではアルカイダやIS系組織だけでなく、ウイグル系武装勢力である東トルキスタン・イスラム党(ETIM)、カフカス系や中央アジア系のイスラム過激派の戦闘員が活動している。アフガニスタンがかつてのような内戦状態に陥り、こうした戦闘員たちの活動が活発化して自国の治安を脅かす可能性を、中国やロシアは懸念している。米中の対立はこのところ深まっているが、テロ問題に関しては米中、そしてロシアが協力できる分野でもある。
■決して一枚岩の組織ではないタリバン
■アフガニスタンは再びテロの温床となるか
タリバン政権の復活で、アフガニスタンが再びかつてのようなテロ組織の温床になるのではないかという懸念についてはどうか。
9.11テロが結果的に自らの政権崩壊につながったことは、タリバンも十分に理解している。アフガンの復興・発展のためには諸外国からの経済支援や人道支援が欠かせない点からも、「第1次タリバン政権」の二の舞は踏まないという強い意識を持っていることだろう。よって、今後タリバンが政権を主導していくにあたっては、テロ組織との関係断絶を求める諸外国の要望に対応する必要があり、短期的には「テロの温床化」の可能性はかなり低いだろう。
一方で、タリバンは決して組織として一枚岩ではなく、内部には穏健派もいれば強硬派もいる。タリバンを離反して、先日カブール空港での自爆テロを起こした「イスラム国ホラサン州(ISIL-K)」に加わった戦闘員も多い。タリバン政権の運営次第では中長期的には政権の脆弱(ぜいじゃく)性が露呈し、アルカイダなどジハード組織が自由に活動する空間が拡大し、テロの温床化が現実味を帯びてくる可能性もある。
とはいえ、そうした組織の活動がどのくらい野放しになるかは程度問題である。国際社会の強い懸念や監視の目があることを考えれば、アフガンが急速にテロの温床化する事態は、現時点では考えにくい。
■タリバンはアルカイダと関係を断てるのか
アフガニスタンにはアルカイダのメンバーが400~600人、インド亜大陸のアルカイダ(AQIS)のメンバーが150~200人ほどいるとされる。西側諸国が期待するように、タリバンがアルカイダと関係を絶つことは可能なのだろうか。
結論を言えば、それは極めて難しいだろう。
アメリカなど諸外国が求めているのは、タリバン指導部がアルカイダとの関係を絶つことを公式に表明し、透明性を伴ってそれを実行していくことだ。しかし、アルカイダが軍事・財政的支援を与え、タリバンが隠れみのを提供するという長年の蜜月関係のなかで、相互の構成員の間に親族同士の婚姻関係が発生しているようなケースも少なくない。
こうした構成員にとって、タリバンがアルカイダと関係を絶つことは家族関係の断絶を意味する。アルカイダ構成員と関係の深いタリバンの構成員が、上層部の決定に反発してアルカイダに流れることも考えられ、組織全体の関係断絶はそう簡単には進められないだろう。
■指導部の言動だけを見ていては読み誤る
タリバンに限らず、ジハード組織やテロ組織の指導部と末端兵士(自爆テロ要員など)ではモチベーションが全く異なることが多い。タリバンからアルカイダ、タリバンからISIL-K、ISIL-Kからアルカイダなど、各組織間の構成員の移動はかなり流動的に起こっている可能性が高いだろう。
現在、そして今後のアフガニスタン情勢において、タリバンやアルカイダ、ISIL-Kなどの各組織の動向が重要なのはまちがいない。しかし上述したように、各組織の指導部の意図や声明のみを意識して議論していては、リスクの本質を見失う恐れがあると筆者は考える。
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オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学講師(非常勤)
岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会 主任研究員、言論NPO地球規模課題10分野評価委員などを兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞(2014年5月)。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』(創成社)、『技術が変える戦争と平和』(芙蓉書房出版)、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。
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(オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学講師(非常勤) 和田 大樹)
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