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「長い待ち時間も平気」身近なイライラがきれいさっぱり消える"仏教の教え"

プレジデントオンライン / 2021年10月10日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pixelimage

ほんの些細なことでもイライラしてしまう。そんな自分を変える方法はないでしょうか。初期仏教の伝道師、アルボムッレ・スマナサーラさんが教える「たいていのことは気にならなくなる」仏教の考え方とは――。

※本稿は、アルボムッレ・スマナサーラ『心は病気:悩みを突き抜けて幸福を育てる法』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

■たばこを吸う紳士

「たばこを吸う人を見ると、誰かに迷惑をかけているのに、どうしてこの人たちは平気なのかとイライラする」。そんなふうに言う人がいます。

たしかに、たばこを吸う人は他人の迷惑を考えない場合が多いですね。そもそも、たばこを吸う人というのはだいたい誰でも病気です。精神的に弱いから、たばこを吸うのです。

でも、中には本当の紳士たちもいますよ。

もう随分前のことですが、電車に乗ったときのことをお話ししましょう。

私は目的地まで最短の時間と距離で行きたいものですから、だいたい出口に近いところや乗り換えが便利なところで電車を待ちます。

で、当時はそういう場所はなぜか喫煙場所のことが多かったのです。私も、たばこの煙は身体に悪い感じがして嫌なのですが、私が好き好んでそういう場所に立っているのですから、まあそれは仕方ないのです。

その人は、しっかりした中年の男性でした。前のほうに並んでいましたが、たばこを吸いたかったのでしょう。彼はどうしたかというと、喫煙場所の白い枠の中にきちんと入ってきて、灰皿の前に立ってから、やっとたばこを取り出して吸い始めたのです。

それを見て、私は「さすがは紳士だ」と、とてもうれしく思いました。ですから、その人のたばこの煙が鼻に入っても、ぜんぜん嫌な気持ちはしなかったのです。

自分はたばこを吸いたいけれど、他人にも気を使って、迷惑をかけないようにちゃんと行儀よく吸う。そういう本当に素晴らしい人を見ると、こちらもたばこを吸わせてあげたくなるのです。

■誰もが他人に迷惑をかけている

一方で、若くてだらしのない人もいました。その人は、枠の外で灰皿からも遠く離れた、ちょうど私の立っているところでたばこを吸っていました。「吸いたいんだったら、ちゃんと行儀よく吸いなさいよ」と、蹴っ飛ばしたくなりましたよ。

でも、身体に悪いたばこの煙を吸ううえに、怒って心の平和まで損なうのはバカげています。怒ったら自分が損をしますから、怒りませんでした。

ところが、しばらくその人を見ていたら、その人にも悪気がないことがわかってきました。ある時間がたつと灰皿まで行って灰を落としてから、また戻るのです。

実際には灰皿に行くまでに灰はぜんぶ落ちているのですが、本人にしてみればしっかりやっているつもりなのです。

それを見て私が思ったのは、「結局、誰もが自分のことしか考えられないのだ」ということでした。

みんな自分なりに「これくらいなら迷惑じゃないだろう」と思ってやっているのです。

迷惑をかけないようにしようと思いながら、迷惑をかけているのです。

みんなお互いさまです。そこで私が「あなたの行動は迷惑だ」と文句を言っても、仕方がないでしょう?

相手のわがままが通れば私に迷惑、私のわがままが通れば相手に迷惑ですから、中間を取って迷惑の量をできるだけ減らすしかありません。

まったく迷惑を受けずに生きるということは、人間の間では成り立ちません。実際、それを理解してしまうと、たいていのことは、気にならなくなってしまうのです。

■文句を言うのではなく、相手の立場を理解する

おばあちゃんが大きな荷物を持って満員電車に乗ってきたら、こちらはかなり迷惑かもしれません。けれど、おばあちゃんの立場で考えると、まあ許してあげようか、という気持ちが生まれてくるでしょう。

そんなふうに、他人のことをやさしく見るようにしてみてください。「他人が自分に迷惑をかける」と文句を言うのではなく、相手の立場、言い分を理解するのです。

おばあちゃんが切符を買うとき「これでいいでしょうかねぇ、何線でしょうか、何番でしょうか」と聞いていたら、「早くしろ」と思うのではなくて「やっぱりおばあちゃんだから不安で、しっかり聞いているんだなあ」と、かわいく思えばいいのです。

おじいちゃんが近くを歩いていたら、「足が弱いから、歩くのがちょっと遅いんだろうな。歩きやすいように場所を空けてあげよう」とか、そういう気持ちになれば、イライラすることもないはずです。

■発券の待ち時間にイライラ

バスに乗るとき、乗ってから財布を開けてお金を出して、金額を間違えてまた財布を探って、という人がいますね。後ろの人はなかなか乗車できません。

電車でも同じです。たまにカウンターで切符を買ったりすると、ぶん殴りたくなるくらい長い時間待たされることがあります。

JRの大きい駅なんかだと、切符を買う人がいっぱいいるうえに、カウンターでしか買えない切符もありますから、仕方なく並ぶわけです。するとカウンターの向こう側も遅いのに、こちら側の人もまた「これはどんな切符ですか、いくらですか、カードで買えますか」とか、いろいろと聞いている。

それで、一人に3分、4分ぐらいは、ざらにかかってしまうのです。

私はあるとき、新幹線の発券の待ち時間まで計算して駅に着きました。私の前に並んでいたのは4人だったので大丈夫だと思ったのですが、前の人は、電車の歴史まで聞いているのかと思うくらい時間がかかって、ちっとも大丈夫ではありませんでした。

でも世の中では、こういうのはよくあることです。私も毎日のようにそういう目にあっています。いちばん簡単な方法は「この野郎、早くしなさい」とぶん殴ってしまうことですが、やっぱりそれではいけませんね。

もし迷惑をかけられたら殴っていいということになっても、問題は解決しません。キリがないので、自分の子供も殴らなくてはいけなくなります。

小さな子供に「早く準備しなさい」と言っても、まずやってくれませんね。あくびをしながら、あっちに行ったりこっちに行ったり。ごはんを食べるのにも時間がかかります。出かけてからも、カバンを忘れたり弁当を忘れたりします。

それでお母さんは、「そんなにのんびりしていたら遅刻する!」などと、イライラするのです。そういうことはごく普通にあります。

■あなたが忙しくても、まわりの人は忙しくない

この場合、問題なのは「迷惑をかけられている」と感じる気持ちのほうです。苛立つとしたら、じつはその人は、自分のことしか考えていないのです。

アルボムッレ・スマナサーラ『心は病気:悩みを突き抜けて幸福を育てる法』(河出書房新社)
アルボムッレ・スマナサーラ『心は病気:悩みを突き抜けて幸福を育てる法』(河出書房新社)

スピードが遅い人もいて当たり前なのに、「世の中は、自分のために回ってほしい。私は忙しいんだから、あなたがたもそれに合わせて急ぎなさい、忙しくしなさい」という態度なのですね。

でも他人から見れば、あなたが勝手に何を思おうと、まったく関係ありません。切符を買うために長々と説明している人も、切符を売っているJRの人も、並んで待っているあなたがどんなに忙しかろうと、知ったことではありません。ほかの人はべつに忙しくありません。

丁寧な態度でミスのないように確実に仕事をこなしているだけかもしれません。

まず、それを理解してください。そうすれば、自分がいかに自分勝手にいろいろなことを考えているか、見えてくるはずです。

■自分のことをしっかりしていれば、それで十分

人間には、誰にも迷惑をかけないで生きることはできません。そもそも生きること自体が、かなり迷惑な行為です。1日の食事のためにどれくらいの命がなくなっているのか、考えたことがありますか?

ですから、「私が他人にかける迷惑は最小限にするぞ」と決めて、努力するしかないのです。

何をするにしても、自分がしっかりしていれば問題ありません。電車やバスに乗る場合なら、「この時間でこの電車に乗りたいから、切符をください」とさっと言えば、なんのことなく、すぐに切符が出てくるのです。

搭乗ゲートに並ぶ人の列
写真=iStock.com/izusek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/izusek

金額を調べて用意しておけば、もっと早いですね。私がバスに乗るときも、お金は最初から用意しておきます。たいていは前に並んでいるのがお年寄りたちですからどうせ遅いのですが、自分のときはほんの2、3秒でさっと中に入ります。でも、だいたいの人は、そんなことしませんね。問題は、ほとんど自分の側にあります。

他人に文句を言う前に、まず「私はどうか? 人に迷惑をかけないように、きちんとしているだろうか?」と考えてみてください。

まず頭をしっかりさせるのです。他人のことは、自分にはどうしようもありません。自分にできるのは、自分のことだけです。だから自分のことをしっかりしていれば、それで十分です。

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アルボムッレ・スマナサーラ(あるぼむっれ・すまなさーら)
スリランカ上座仏教長老
1945年、スリランカ生まれ。13歳で出家得度。国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとる。80年に来日。駒澤大学大学院博士課程を経て、現在は日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事。ベストセラー『怒らないこと』『バカの理由』ほか著書多数。右の写真は、釈迦牟尼(ブッダ)の身体から発したとされる後光の色を配した「五色の仏教旗」。

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(スリランカ上座仏教長老 アルボムッレ・スマナサーラ)

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