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「脱炭素はEUと中国の策略」世界一環境に優しい日本の製造業を、なぜ日本政府は守らないのか

プレジデントオンライン / 2021年10月5日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RicAguiar

温室効果ガスの排出量を抑える動きが世界的に進んでいる。評論家の加藤康子さんは「日本の製造業は既に世界一環境に優しい。EUと中国の策略に乗って同調すると、日本の基幹産業である自動車産業が壊滅し、多くの雇用をつぶすことになる」という――。

※本稿は、加藤康子ほか『SDGsの不都合な真実』(宝島社)の一部を再編集したものです。

■日本は経済政策よりも地球環境政策を優先

脱炭素は、今までのどの政策よりも日本の経済と産業構造に決定的な打撃を与える政策である。舵取りを誤ると日本は長年培ってきた工業立国の土台を失い、多くの失業者を抱えることになる。

明治の日本にはお金がなかったが「工業を興す」という国家目標があり、その実現のために世界から人材を迎え入れる器をつくり、人を育て、産業を興し、憲法をつくり、わずか半世紀で工業立国の土台を築いた。昭和には所得倍増計画という大きな目標があり、真っ黒になって働いた市民の手があった。その手は工場、職場、家庭で、わが国の繁栄を支えた原動力であった。

令和の日本にも、1億2500万人の国民を豊かにし、国を強くする国家目標と戦略が必要である。だが政府が重要政策に位置づけているのは、経済政策ではなく、地球環境政策である。

昨年(2020年)10月26日、菅義偉総理は所信表明演説で、国内の温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明し、世間を驚かせた。いまやこのグリーン政策が菅政権の看板政策となっている。空気をきれいにすることに誰も異論はないが、東京の空はきれいである。

■日本を支える製造業を自ら壊そうとしている

2020年の国内総生産を見ると、全体で536兆円の日本経済は、その20%以上が製造業によって支えられている。製造業は国力そのものであり、国家安全保障の源である。屋台骨を支える製造業が弱くなれば国力は弱くなり、骨太になれば、国は豊かになる。

だが菅総理の施政方針演説には、グリーンやデジタル、そして農業と観光は出てきても、製造業が出てこない。政府は国民経済を支える人たちを置き去りにしている。それどころか、環境NGOが言うような急進的な地球環境政策を国策にすることで、日本のメーカーが涙ぐましい努力で培ってきた基幹産業を自らの手で壊そうとしている。

この20年、日本のものづくりは明らかに後退している。1980年代に世界を席巻していた日本の半導体メーカーは周回遅れとなり、造船業は受注をとれず、一世を風靡した日の丸家電メーカーの姿もない。

イギリスの民間調査機関である経済ビジネスリサーチセンター(CEBR)は、日本経済が2030年までにインドに抜かれ4位になり、その後、日本はさらに7位か8位に転落する、と予測している。製造業競争力を表わすCIP指数では、日本はすでに韓国に追い抜かれている。

ものづくり力の劣化は企業の経営責任にとどまらず、政治に責任がある。諸外国が産業を守り、官民一体で新技術を支援するなかで、日本政府は産業支援には及び腰だ。近年、日本の製造業は、世界一高い電力料金と厳しい環境規制、膨れ上がる人件費や社会保障費と労働規制の制約のなかで懸命に闘っている。

中国・韓国に限らず、欧米各国が国として戦略的に重要な産業に巨額の資金を投じるなかで、日本だけが本気で国力の増強に向き合う意志がないことが、国民にとって未来に自信がもてない理由の一つとなっている。失われた30年、日本は常に萎縮をしてきた。

■脱炭素は雇用と未来がかかった死活問題

一方、習近平国家主席率いる中国には、明確な国家目標と戦略がある。中国は建国100年にあたる2049年までに「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げ、経済・軍事ともに世界の覇権を握る国家目標を掲げる「中国製造2025」を発表した。そのなかで「強い製造業なしには、国家と民族の繁栄も存在し得ない」と、製造業を国家安全保障の礎に位置づけた。

中国は明治日本の殖産興業政策をモデルに、ハイテク分野に集約し産業を支援する政策を実施している。とくにハイテク製品の70%を中国製にし、製造業を質の面でも向上させ、競争力のある製造業で強国を打ち立てる計画だ。そしてそのために日本企業や有能な人材を次々と誘致している。

2018年10月4日、米国のペンス副大統領(当時)は、「『中国製造2025』計画を通じて中国共産党は、世界の最も先進的な産業の90%を支配することを目標としている」と警鐘を鳴らした。

ちなみに、日本が外貨を稼いでいる輸出品のトップテン(2019年)は上位より自動車、半導体等電子部品、自動車部品、鉄鋼、原動機、半導体等製造装置、プラスチック、科学光学機器、有機化合物、電気回路機器である。1位が自動車で15.6%であり、自動車部品を入れると全体の20%を占める。自動車産業は70兆円規模の総合産業であり、部品、素材、組立、販売、整備、物流、交通、金融など、経済波及効果はその2.5倍である。

脱炭素のパラダイムシフトのなかで、これらの産業が中国に生産拠点をシフトしていけば、中国はこれらの産業において覇権を握り、日本経済の中国化を後押しする。中国が国家戦略のなかで重要視している自動車産業、半導体、鉄の新素材などは、いずれも日本に技術があり、これらの生産技術の獲得が中国の国家戦略の中心にある。

小泉進次郎氏は2019年に環境大臣として、国連気候行動サミットに出席し、「気候変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきだ」と発言しメディアを沸かせた。しかし自動車工場の現場で額に汗して働く人たちにとっては、これはもちろんクールでセクシーな話ではなく、「脱炭素」という経済戦争のなかで雇用と未来の生活がかかった死活問題である。

前述のとおり、日本国経済はトヨタをはじめとする自動車産業によってその屋台骨を支えられているといっても過言ではない。世界で一番厳しい環境規制のなかで自動車を製造してきた日本の工場が、彼らの努力を適正に評価されず、行き場を失い、国を出ていったら、日本の地方経済は成り立たない。ひとたび海外に出ていくと、日本にその製造拠点を戻すことは容易ではない。

トヨタのロゴ
写真=iStock.com/ollo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ollo

私は大学時代より企業城下町の調査をライフワークとして、毎年、鉱山や製鉄所、自動車組み立て工場、部品工場、造船所など世界のさまざまな製造の現場を訪れてきた。だが以前は栄えていた企業城下町で、企業が撤退し、崩壊していくのも目の当たりにしている。町工場の機械音が、作業着を着た工場の人たちの知恵や営みが、私たちの現在の生活を支えていることを忘れてはならない。

■ガソリン車の販売禁止なら最大100万人の雇用減

2021年4月22~23日に開催された国連気候サミットで、菅総理は2030年度温室効果ガスの排出量を2013年度から46%削減することを宣言し、これまでの目標を20ポイントも引き上げた。米国バイデン政権が引き上げた50~52%に合わせて数字を調整したようだ。

欧州もおおむね半減すると答えたが、オーストラリアなど回答を保留した国もあり、足並みはそろっていない。脱炭素政策の目玉といわれているのが、再生可能エネルギーと電気自動車(EV)である。その旗振り役を担っているのが、小泉進次郎環境大臣である。

小泉進次郎環境相はカーボンニュートラルの目標達成のために、ガソリン車の国内新車販売を事実上禁止する議論を展開している。現在環境省と経済産業省では、46%の二酸化炭素削減目標のうち、2%をEVの普及により実現しようと検討中である。小泉大臣は記者会見で「30年代半ばという表現は国際社会では通用しない。半ばと言うなら35年とすべきだ」と述べ、販売禁止の時期を示した。

一方、トヨタ自動車の豊田章男社長は日本自動車工業会(自工会)会長として行った3月11日の記者会見で、「このままでは、最大で100万人の雇用と、15兆円もの貿易黒字が失われることになりかねない」と警鐘を鳴らした。自動車の設計、部品の製造、組み立てから販売まで自動車関連業界で働く約550万人のうち、70万~100万人が職を失うことになりかねないというわけだ。

私はこの発言を非常に深刻に受け止めている。ガソリン車の販売を閉じることは日本経済を直撃し、雇用に影響する。EV車になれば部品の数も圧倒的に少なくなる。内燃機関とトランスミッションが、バッテリーとモーターに変わると、コストの大半はリチウムイオン電池となり、国内で電池を製造できればよいが、原材料を中国に握られている。

そのうえ、もし中国製のバッテリー頼みになるようなことになれば、日本の自動車産業は中国にその心臓部を牛耳られることになる。EV車のリチウムイオン電池は自動車のコストの4割近くを占めている。

■脱炭素は欧州と中国による日本の自動車産業潰し

小泉大臣は〈EVの話をすると、よく雇用についての悲観論を耳にしますが、それは一面的な見方にすぎません。ビジネスモデルを変えれば、当然、そこには新たな雇用が生まれる。これまでの雇用を失うことを恐れるあまり、既存のビジネスモデルを守ろうとするばかりでは、世界から取り残されてしまいます〉(『文藝春秋』2021年4月号)と語るが、果たして本当にそうだろうか?

電気自動車の充電
写真=iStock.com/3alexd
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日本の自動車メーカー、ホンダは政府の掛け声に応え2030年に向けEVシフトを宣言したが、雇用への影響はさけられなかった。この8月、社員の約5%に当たる2000人を超える社員が早期退職に応募した。四輪車向けのエンジンやトランスミッションを製造している栃木県真岡市のホンダ工場も、2025年末までの閉鎖が決まった。真岡市の工場には約900人の従業員が勤め、市内の協力会社は20社に上り、雇用不安が広がっている。

自動車工業会の豊田章男会長は4月22日の自工会の記者会見で、「最初からガソリン車やディーゼル車を禁止するような政策は、技術の選択肢をみずから狭め、日本の強みを失うことになりかねない。

今、日本がやるべきことは技術の選択肢を増やすことであり、規制、法制化はその次だ。政策決定では、この順番が逆にならないようにお願いしたい」と述べ、内燃機関を活かすエコな燃料や水素燃焼エンジンに取り組んでいることを明かした。

日本の自動車産業は世界において圧倒的優位をもつ数少ない産業である。欧米の自動車産業は日本の内燃機関の性能に勝てない。そのパワーバランスを変えるゲームチェンジのために、欧州連合(EU)と中国による戦略的EV化が出てきた。ある意味、日本の自動車産業潰しでもある。これに対して日本が国益を守るのか、それとも、EUと中国の策略のゲームに乗って日本の自動車産業の弱体化に手を貸すのか、一つの岐路に立たされている。

日本の自動車メーカーは厳しい環境規制をクリアする優れた内燃機関を開発してきた。だからこそ世界の市場で支持されている。にもかかわらず、なぜ環境に貢献をしてきたハイブリッド車や、厳しい燃費規制をクリアしてきた功績を、世界にアピールしないのか疑問だ。

■日本でEV車が普及するためのさまざまなハードル

日本の自動車産業の就業人口は、全就業者人口(6500万人程度)の約1割で、コロナ禍において96万人の雇用が失われるなかで、唯一11万人の雇用を増やしている。また、日本の租税総収入約100兆円のうち、自動車関連会社、自動車ユーザーによる納税額を合わせると少なくとも15兆円は上回り、事実上日本の基幹産業である。日本の貿易収支は自動車産業の輸出と連動する。

クルマを選ぶのはユーザーである。現在年間465万台の新車が国内で販売されているが、EV車は1%に満たない。第一にEV普及はインフラ整備と一体である。一軒家に住んでいる人なら、駐車場を工事して充電設備を設置することができるが、マンションやアパートなど集合住宅の場合は、市内の充電設備を利用する必要がある。政府がEV化に舵を切るのなら、まずはEVのインフラの整備が最初だろう。

次に日本は災害大国であり、寒冷地や雪国には不向きである。大雪で立ち往生した場合、EVだとレッカー車で移動させる以外にない。三番目に価格の問題がある。EV車は高い。日本の道路の83%は軽自動車でなければすれ違うことができない道であり、軽自動車の販売は180万台に上る。

農作業で使われている軽トラは70万円台で購入できるが、馬力があり、田んぼでも、オフロードでも活躍する国民車である。ハイブリッドになればこれが20万~30万円高くなり、EV車になればさらに100万円上がる。軽自動車を購入する人にそれだけの金額を払う余裕があるだろうか。まして電池の軽トラでは、オフロードや田んぼの農作業には危なくって使えない。

■二酸化炭素の削減は主に中国の課題

そもそも地球温暖化が世界的に注目されるようになったのは、スウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんが温暖化への激しい怒りをぶつけたスピーチが国連で話題となり、地球の温度が上昇することで起こる異常気象が人類の緊急課題として注目を集めたことに端を発する。

地球温暖化を抑制するための温室効果ガス(大半が二酸化炭素)を世界的に減らす取組みが気候変動枠組条約締約国会議(COP)で議論されてはきたが、気温の変化と二酸化炭素との因果関係を示す厳密な科学的根拠は学術的に確立されたものではない。マスコミは地球温暖化への危機感を煽っているが、気候の先行きについても、国際エネルギー機関(IEA)は別の未来を描いていると異を唱える学者も多い。

二酸化炭素の削減は、主には中国の課題である。日本の製造業はすでに世界一環境にやさしい。世界の二酸化炭素排出量の3割は中国で続いて米国、ぐっと水を開けてインド、ロシア、日本と続く。日本の排出量は世界のわずか3%であるが、中国は2025年までに現在の排出量を10%増やす計画で、増やす分が日本の年間排出量に匹敵する。つまるところ、中国が協力をしなければこの問題は解決できない。

発電所
写真=iStock.com/baona
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しかし、中国は途上国のリーダーであると自認し「途上国は経済開発の権利がある」とする。習近平国家主席が「2060年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにする」と宣言した一方で、日本は世界の石炭火力発電所支援から撤退しているが、中国は逆に石炭火力発電所を次々と建設。世界シェアの4分の3を受注し、また新しく発表された2020年の全石炭火力発電の80%以上を中国が占めた。中国は国家目標である「中国製造2025」を優先し、製造業のための電力確保に向け、準備をしている。

2021年6月のG7サミットに先立つ4月の米中の共同声明で中国は「産業と電力を脱炭素化するための政策、措置、技術をともに追求する」としたが、国際社会の枠組みのなかで中国にルールを守らせることは難しく、誰も中国を監視することも縛ることもできないのが現実である。

■「おぼろげながら浮かんできた」空虚な日本の削減目標

日本が2030年までの削減目標とする46%の根拠は曖昧である。今年(2021年)4月23日、小泉大臣はTBSの『NEWS23』に出演し、小川彩佳アナウンサーに根拠について聞かれ、両手で“浮かび上がる”輪郭を描きながら次のように説明した。

小泉大臣 くっきりとした姿が見えている訳ではないけれど、おぼろげながら浮かんできたんです。46という数字が。
小川 浮かんできた?
小泉大臣 シルエットが浮かんできたんです〉

天のお告げでもあったかのような不思議な受け答えは批判を浴びたが、積み上げた数字ではないので根拠を答えられるはずがない。

東大大学院特任教授で以前は経済産業省で気候変動交渉に携わった有馬純氏は、「26%の数字だって、全部原発再稼働を前提にしたギリギリの数字だよ。これに20ポイント以上も上乗せするなんてどう考えてもできない」と語る。

現在日本には36基の原発があるが、再稼働しているのはたった10基である。2017年に経済産業省がまとめた「長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書 我が国の地球温暖化対策の進むべき方向」には、2050年までに温室効果ガスを80%削減すれば、「国内には農林水産業と2~3の産業しか残らない」という見解が示されている。菅首相が排出実質ゼロを宣言した今となっては、国内で農業ですら産業活動を維持できるのか不安である。

■過度な数値目標は産業経済を破壊する

もとより、パリ協定に強制力はない。各国の二酸化炭素削減目標は現実の技術の到達とは関係なく、目標は掛け声として加速する傾向で、未達でも何らペナルティや拘束力はなく、各国政府の任意に任されている。したがってどの国も目標を必達ゴールとは考えておらず、日本も同様にできもしない目標に真面目に取り組むべきではない。

加藤康子ほか『SDGsの不都合な真実』(宝島社)
加藤康子ほか『SDGsの不都合な真実』(宝島社)

ただ、担当官庁の役人が指導者の発した言葉に縛られ、その数値を実行しようとして、組織に人を貼りつけ、生真面目に政策や予算に計画を落とすなら、国家にとってこの数字は大きなリスクとなる。

政府がどう対応すべきかは前出『NEWS23』出演時の小泉大臣の小川アナウンサーへの答えがヒントとなっている。

〈意欲的な目標を設定したことを評価せず、一方で現実的なものを出すと「何かそれって低いね」って。だけどオリンピック目指すときに「金メダル目指します」と言って、その結果銅メダルだったときに非難しますかね〉

すなわち、この数値は「オリンピックで金メダルをとるなどといった努力目標にすぎない」と受け取れる。だが政府の方針に目標年限が記載され予算がつくと、日本は国をあげて否が応でも目標に向け前進していく。

脱炭素をイノベーションのチャンスと見るのか、危機と見るのか業種によって受け止め方に差はあろう。だが産業史を見ても、政治が現実からかけ離れた実現不可能な目標を約束し、目標達成のために制度設計を誤り、規制や負荷をかけすぎると、産業経済を破壊する。

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加藤 康子(かとう・こうこ)
評論家
一般財団法人産業遺産国民会議専務理事、元内閣官房参与。慶應義塾大学文学部卒業。国際会議通訳を経て、米国CBSニュース東京支社に勤務。ハーバードケネディスクール大学院都市経済学修士課程(MCRP)を修了後、日本にて起業。国内外の企業城下町の産業遺産研究に取り組む。

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(評論家 加藤 康子)

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