電気代がどんどん高くなる…「脱原発・脱石炭」を急いだ欧州が直面している"重大危機"
プレジデントオンライン / 2021年10月3日 13時15分
■高騰するエネルギー価格
ヨーロッパで今、エネルギー危機が起きている。欧州連合(EU)27カ国のエネルギー価格は8月、消費者物価ベースで前年比+11.0%まで上昇が加速した(図表1)。先行指標となる卸売物価ベースのエネルギー価格はさらに強いピッチで上昇が加速しており、歯止めは一向にかかりそうにない。一体なぜ、こうした状況に陥ったのだろうか。
まずは急速な景気の回復に伴い、エネルギー需要が急増したことがある。4-6月期の実質GDP(国内総生産)は前期比+2.1%と、いわゆる「行動制限」が緩和されたことに伴って力強い成長を記録した。7-9月期以降、景気の回復テンポは鈍化すると予想されるが、こうした景気の急回復がエネルギー需要の急増につながった側面は大きい。
より重要な要因は、ヨーロッパが推進する「気候変動対策」にある。ヨーロッパは石油や石炭などを用いる従来型の化石燃料による発電に替えて、再生可能エネルギーによる発電を推進してきた。EU統計局によれば、2019年時点でEUの発電量の15%を再生可能エネルギーが占めており、その比率は石炭や原子力を上回っている。
しかしながら、水力や風力、太陽光といった再生可能エネルギーの発電量は天候に左右されるため、安定性に欠ける。今年のヨーロッパは天候に恵まれず、そのことが再生可能エネルギーによる発電の障害になっている。再生可能エネルギーによる電力の供給が減少したことが、年明け以降の電力価格の上昇をもたらす大きな原因になっている。
■原発には頼れず……天然ガス需要増で価格が高騰
発電量を増やそうにも、天候に左右される再生可能エネルギーでそれを実現することなどまず不可能だ。機動力があるのは石炭や石油といった化石燃料を用いる従来型の火力発電だが、EUの執行部局である欧州委員会が今年7月に野心的な温室効果ガスの削減目標を掲げて間もないことから、これもまた政治的に容易な決断ではない。
温室効果ガスを全く出さない原子力という手段もあるが、これはフランスなど極一部の国を除くと、ヨーロッパでは取り得ない手段となる。特にEU最大の経済規模を誇るドイツの場合、メルケル政権の下で脱原発を進めてきたことから、選択肢に入らない。そうなると残された手段はただ一つ、温室効果ガスの排出が少ない天然ガスだけとなる。
天然ガスの価格は原油の価格に連動するが、取引の際の契約の方法が各市場で異なるという特徴がある。そのため各市場で取引される天然ガスの価格には違いが生じるが、世界銀行の統計より三大市場の天然ガス価格を比較すると、米国や日本に比べて欧州の天然ガスの価格が顕著に上昇していることが分かる(図表2)。
米国は世界最大の産油国であるため、副産物である天然ガスを自給自足することができる。そのため、価格の上昇への耐性も強い。日本の場合、長期契約が占める割合が圧倒的であることから、足元の需給要因の影響を受けにくい。しかしスポット契約が大半のヨーロッパの場合、足元の需給要因の影響を受けやすいため、価格が急騰しているのだ。
各市場の連動性が弱いとはいえ、価格の上昇はいつか他の市場にも及ぶことになる。中国もまた欧米に倣い気候変動対策を強化する中で、天然ガスの調達を増やしている。そのため、日本の天然ガス調達コストも上昇を余儀なくされている。日本もまた原発を動かしにくい中で、今年の冬にかけて電力価格が高騰すると予想される。
■天然ガス価格の急騰を招く排出権取引制度
ヨーロッパにはEU ETSと呼ばれる温室効果ガスの排出権取引制度が存在する。市場メカニズムを通じて温室効果ガスの削減を図るものとして欧州委員会が期待を寄せる同制度の下、温室効果ガスの排出権価格は文字通り「うなぎ上り」となっている(図表3)。温室効果ガスの削減が迫られる中で、排出権の買い占めが進んでいるためだ。
まさに欧州委員会が作り上げた「官製相場」によって、ヨーロッパの排出権の価格は急騰しているが、その上昇は今後も続くと予想されている。こうした動きもまた、温室効果ガスの排出が少ない天然ガスの需要を急増させる要因となっている。つまり発電業者にとっては、排出権を購入するよりも天然ガスを購入した方が低コストで済むからだ。
気候変動を抑制するために多少のコストがかかることは、ある意味で当然だろう。とはいえ、足元のヨーロッパのエネルギー危機は、欧州委員会による戦術の設計ミスによって引き起こされた「人災」という側面が大きい。つまり気候変動を抑制するという戦略目標そのものは良くても、それに至る戦術の拙さが顕著だということである。
例えば、このヨーロッパ発の気候変動対策の流れの中で、石炭を使うことはタブー視されている。しかし石炭もまた化石燃料であり、最新の技術を用いれば発電に当たって発生する温室効果ガスの量をかなり抑えることができる。にもかかわらず、その利用は絶対悪であるかのような論調で、石炭の利用を否定するような動きが強まっている。
なお炭田は一度閉鎖したら二度と使うことができない。ほかにエネルギー源がないから石炭を使おうと思い立ったところで、炭田を閉鎖していたら元も子もない。途上国の多くが石炭火力発電に依存している現状もある。本来ならば、そうした石炭をどう戦略的に利用していくかが、気候変動対策を推し進めるうえでの最重要課題となるはずだ。
■軽視された気候変動対策の“副作用”
合成の誤謬、という言葉がある。ミクロの視点では合理的でも、マクロになるとバランスを欠きマイナスの効果が大きく出るという意味だ。気候変動対策は確かに重要だが、それを重視し過ぎると、経済全体にとってマイナスが大きくなる。気候変動対策を重視するがゆえにエネルギー危機に陥ったヨーロッパは、まさにそうした状況にある。
気候変動対策は確かに重要だが、問題はその手段である。性急に進めようとすればするほど、副作用も一気に出てくる。エネルギー危機を受けて、ヨーロッパの中でも悲鳴を上げる国が出始めている。例えばスペインは欧州委員会に対して、EU全体としてエネルギー価格の上昇に対する対応策を取るように訴えているが、反応は芳しくない。
問題がヨーロッパにだけで留まればいいが、このエネルギー危機は結局、世界全体を巻き込むことになる。コロナ禍をようやく脱しつつある世界経済だが、半導体不足に加えて、今後はエネルギー不足という新たな供給制約に直面することなるだろう。特に北半球はこれから冬季を迎え、エネルギー需要がさらに高まるだけに、警戒される動きだ。
■重要なのはバランス……「自縄自縛」に陥ったヨーロッパの教訓
EUは気候変動対策で覇権を握ろうと躍起になっているが、それゆえに「自己目的化」の罠にはまってしまったきらいが否めない。それにエネルギー危機という形で気候変動対策のコストが顕在化した以上、ヨーロッパの環境政党がさらなる気候変動対策の必要性を説いても、有権者の支持が離れてしまう展開が予想されるところである。
日本は良くも悪くも慎重だ。ヨーロッパのような「自縄自縛」に陥らないためにも、エネルギー政策とのバランスを踏まえたうえで、気候変動対策を推進していくべきだ。原子力も石炭も問題はその使い方であり、使うことを禁じることで生まれるコストを無視しては、逆に気候変動対策など本質的に進みようがないのではないだろうか。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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