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「家にいたい父を入院させてしまった」訪問看護のプロが27年前の経験をそう振り返るワケ

プレジデントオンライン / 2021年10月8日 11時15分

訪問看護ステーション「ひかり」でのミーティングの様子。

多くの人は「もし死ぬなら、家で死にたい」と回答する。ただし、自宅で穏やかな死を迎えるには「痛みのコントロール」が必須になる。今回は在宅療養を支える訪問看護師の目線から「在宅死のリアル」をお伝えしよう――。(第5回)

■「コロナ禍では看取り目的の訪問看護が増えている」

自宅で死ぬときには、訪問看護をお願いするケースが多い。訪問看護とは看護師が患者宅に訪問して、その患者の障害や病気に応じた看護を行うこと。健康状態の悪化防止や回復に向けた措置のほか、主治医の指示を受けて点滴・注射などの医療措置や痛みの軽減、服薬管理なども行う。

兵庫県豊岡市で訪問看護ステーション「ひかり」を営む、訪問看護師の小畑雅子さんの元を訪ねた。

聞けば「コロナ禍では看取り目的の短期集中型の訪問看護が増えている」という。

「病院では“10分だけ”などの面会制限があって、『最後くらいはおうちに帰りたい』とご本人や家族が希望し、病院側も『希望されるなら……』と退院を支援されます。ただ、看取りが近いとされていた老衰や認知症の方の場合は、家に帰ったら案外元気になってしまって、“最期”にならなかったりもしますが(笑)」

■多発性肝がんで、実父を65歳で看取った

小畑さんは患者や家族によく話しかけ、ともに涙ぐみ、笑い飛ばす、柔らかで温かな女性だ。私が取材した中で「在宅看取り」がうまくいかなかったケースを話すと、「患者の苦痛が強いときには、家で上手に緩和できる体制であるかが重要です」と、説明してくれた。

「例えばがんの末期でも本当に穏やかに逝ける場合もありますが、がんの病状によっては最期にもがくように苦しまれる方がいます。私の義兄もそうで、即効性のある経口麻薬が服用できず、緩和が難しかった経験があります」

小畑さんが訪問看護師として在宅療養を支援しようと思ったのは、27年前、実父の正彌さんの死がきっかけだった。正彌さんは、原発不明の多発性肝がんのため、65歳で亡くなった。本人に病名は知らされなかったが、死の間際に正彌さんは「わしの病気はどうもやっかいみたいや」と口にしたという。

「私が初めて父の病気に気づいたのは正月に帰省した時でした。『ここ(肝臓)が腫れるのはおかしいんか?』と父に聞かれたんです。外からふれると、硬く大きなものがあってショックで。翌日、病院でがんと判明、今日明日に何かあってもおかしくないと言われました。母は肝臓にたくさんの腫瘍があるCTを見せられて“もうアカン”と思ったそうです」

■鎖骨部からは「キリで刺されるような痛み」が出た

正彌さんは妻に「お前とは37年だったなぁ」と言った。妻は「まんだ、お父ちゃんに頑張ってもらわんと」と励ます。だが「わしがおらんでも、もう大丈夫だ」という言葉が返ってきた。

治療方針は苦痛緩和にしぼられ、1週間入院したのち、在宅に切り替えられることになった。

「父は残された時間を家で、家族と一緒に過ごしたいと望んでいると感じました。ですが痛みの緩和や急変時の問題、当時は往診を依頼する医師もいない、病院から家までの距離が車で40分と遠いことも不安でした。主治医はそんな気持ちに理解を示してくださり、レペタン座薬での沈痛、輸液指示と点滴を私が実施することの許可を出してくださいました。また何が起これば優先的に入院できると約束してくれました。医療者側の配慮と励ましで、父を家に連れて帰る決心ができたのです。私も職場の理解と協力を得て休暇をもらい、父を看護する覚悟を決めて帰省しました」(小畑さん)

しかし、進行がん末期の正彌さんは衰弱が進み、次々に苦痛症状が現れた。激しい倦怠感や血尿、転移したと思われる鎖骨部からは「キリで刺されるような痛み」が出た。

■父を「入院させてしまった」という罪悪感も芽生えた

「レペタン座薬での緩和には限界がありました。普段は穏やかな父ですが、痛みでイライラしたのでしょう、時に私に対して『(看護師の)お前でもどうにもならんのか!』と厳しく言う時もありました。父の苦痛をとってあげられない現実を突きつけられて涙が出ましたね。病院ならばさまざまな手立てが受けられ、父はもう少しラクに過ごせるのではないかと、幾度も自問しました。主治医へ相談したところ、『ご家庭では限界なので入院しましょう』と勧められて……」

正彌さんが入院すると、小畑さんは高熱を出して2日間寝込んでしまった。当時の日々を「看護師の自分でも、訪問看護師からサポートを受けられない現実は体調を崩すほどにハードだった」と振り返る。入院することで自分一人で請け負う体制から逃れ、ほっとして気がゆるんで、高熱が出てしまった、と。

だが一方で、看護師であるがゆえ「家にいたい」と願った父を「入院させてしまった」という罪悪感も芽生えた。

「それまで、患者さんの希望をかなえるのが最善という姿勢で、看護師の仕事を務めてきました。その私が大切な父の希望をかなえることを放棄した。看護師としても、家族の一員としてもうしろめたさを感じました。熱が出るほどほっとしたはずなのに、次の段階では自分を責めているんです」

■息を引き取った父の顔は、安らかで優しかった

がんと診断されてわずか1カ月後、正彌さんはそのまま病院で最期を迎えた。

「父は意識が遠のきながらも家族の声に目を開け、手を声のほうに差し出そうとしていました。少しずつ心臓が動きをゆるめ、心拍数が毎分30回ほどに落ちているのに『もう少しで妹がくるよ』と声をかけると、それから1時間、心臓は動きを止めませんでした」

正彌さんの妹が到着し、声をかけた途端、正彌さんは大きな息を吐いた。泣き顔のように顔をゆがめて、両眼から涙が流れたという。

「筋肉の収縮により起こったといわれればそうかもしれませんが、私には父が別れがつらくて泣いたのではないかと感じられました。でも息を引き取った父は、安らかな優しい顔でした。在宅でも病院でも最期ができるだけ苦痛なく、穏やかであることが大切だと思います」

■肛門から便が出るのを喜べなければ務まらない

患者本人が家でラクに過ごせるように、そして最後まで自分のやりたいことがかなえられるように、また家族が疲労してしまわないように、在宅で過ごすための支援をしたいと小畑さんは思った。開設した訪問看護ステーション「ひかり」は、今年で10年目を迎える。

訪問看護ステーション「ひかり」の外観
訪問看護ステーション「ひかり」の外観

訪問看護には「寄り添ってぎゅっと抱きしめる」ようなきれいな仕事はあまりない。オムツ交換はもちろん、寝たきりの患者の便を出す業務もある。小畑さんや、同ステーションの若い看護師が患者の肛門に指を入れて刺激し、便を出す現場を見た。

1週間分たまっているときなどは、1回や2回、肛門を刺激しただけではすんなり出ないこともある。オムツを何枚か重ねて広めに敷き、何回も患者の肛門に指を突っ込んで便を出す。便は少しずつ出るから、室内に便の臭いが充満していく。看護師の顔から汗がしたたり落ちる。

そしてたくさんの便が出たときに、「出た!」と家族と一緒に喜べる人でないとこの仕事は務まらない。見た目は全く美しい光景ではないが、患者や家族には心から感謝されているのが印象的だった。

■在宅での看取りは決して生易しいものではない

患者にかかわっている密度も濃いが、期間も長い。小畑さんのステーションでは、数年にわたって訪問看護を請け負うことが少なくない。

「コロナ禍では最後の短期間、週単位で訪問看護を利用される人も増えました。ただ私が経験したように、短い期間であっても在宅での看取りは決して生易しいものではありません」

兵庫県豊岡市の訪問看護ステーション「ひかり」の訪問看護師のみなさん
兵庫県豊岡市の訪問看護ステーション「ひかり」の訪問看護師のみなさん

在宅療養では、「家族の介護力」が鍵になる。

「病気が進むと、食べる、トイレに行くなど、一人ではできないことが増え、不自由さが身にしみてきます。病状によってはさまざまな苦痛や困難が現れ、ご本人だけでは対処できないことも増えてきます。一方で、熱心に介護してくれる家族がいれば、その日常を“しあわせ”と感じられることもある」

しかし、「家族」は、望んでも得られない人がいる。

家族のサポートが得られない「独居」の人が、家で死ぬことは可能なのだろうか。

(続く。第6回は10月9日11時公開予定)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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