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脱原発で一部から絶賛されたドイツが「国中大停電の危機」を迎えている笑えない理由

プレジデントオンライン / 2021年10月11日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

■英国は「1カ月半だけで70%増」の異常な値上げ

9月15日の未明、フランスと英国を結ぶ送電線で原因不明の火災が起こり、2GWの送電能力のうちの半分が失われた。ドイツではそのとき初めて一般のニュースで、英国で天然ガスの値段が異常に高騰している事実が詳細に報じられた。

英国のガスの値段は今年の初めから9月の半ばまでで250%も上がっていた。8月から1カ月半だけで70%増という常軌を逸した上がり方だ。理由は品薄である。要するにガスが足りない。

天然ガスは発電に使われているので、もちろん電気代も跳ね上がっている。しかも、火災の起こった送電設備の復旧は来年というので、これから寒くなると電力が足りなくなる可能性が高い。値上げの終わりは見えなかった。

天然ガスが不足している理由は複合的だ。一番大きな理由は、アジアでの天然ガスの需要の急増。コロナ後、産業を回復させている中国の影響が大きい。中国はオーストラリアからの石炭の輸入を減らしていることもあり、現在、天然ガスを大量に買い込んでいる。また、他にも多くの国がCO2削減のために石炭から天然ガスにシフトしており、今や天然ガス不足は世界的な傾向だ。ある意味、予想されていた事態とも言える。英国は、今になって、一度反故にした原発新設計画をまた取り出しているが、もちろん急場の役には立たない。

■食肉も医療品も供給できず…

天然ガス不足のために英国で起こっていることは多岐にわたる。肥料会社はエネルギーの高騰のためアンモニアの生産を中止し、その結果、副産物だったCO2が不足している。CO2は肉やビールの真空詰めに必要なため、回り回って食肉用の屠殺(とさつ)が滞っている。また、CO2は産業用製品の冷却や、ミネラルウォーターの製造、あるいは医療品にも必要で、手術のキャンセルも出ているという。その他、植物の生育を早めるため、温室に注入されることもある。すでに、クリスマスの食卓は大丈夫かなどという声も出始めた。

今年7月、長らく低迷していたドイツのインフレ率が、前年同月比で3.8%を記録した(過去10年の平均は1.3%)。分析に当たった連邦統計局は、コロナ対策として軽減されていた消費税が元に戻ったこと、サプライチェーンの混乱が続いていることなどを原因として挙げていたが、果たしてそうだろうか。

というのも、内訳をよく見ると、投資財、耐久消費財、一般消費財の値上げ率は、それぞれ前年比で1.3%、1.8%、1.5%にとどまっているのに対し、エネルギーだけが16.9%と群を抜いていた。つまり、ドイツのインフレも、その原因がガスの高騰であることは隠しようもなく、メディアではすでに「ガスフレーション」などという言葉が飛び交っている。

■「炭素増税」を掲げる政党が人気の不思議

エネルギーの値上がりが、徐々にあらゆる職種に影響をおよぼすことは理の当然で、すでに4月、ガソリンは前年の同月に比べて24.8%、ディーゼルは19.5%も値上がりしていた。もちろん暖房用の燃料油も上がっている。9月には、食料品も上がり始めた。

ガソリンスタンド
写真=iStock.com/gremlin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

一方、ドイツにおけるエネルギー高騰は、今年1月より課せられているCO21トン当たり25ユーロという炭素税のせいも大きい。炭素税は来年には30ユーロ、再来年は40ユーロと毎年上がり、2025年には55ユーロとなる予定だ。ドイツ連邦銀行のヴァイトマン総裁曰(いわ)く「年末にはインフレ率は5%に迫るだろう」。インフレは、好景気でお金が回っているなら国家経済にとって良い兆候だが、ドイツの炭素税は目下のところ、景気の向上を伴わない増税に等しい。今年のインフレ率が5%で済めばいいほうではないか。

そんな中、緑の党は徹頭徹尾、1日も早くガソリン車やディーゼル車を地上から消し去るため、炭素税はもっと高くすべきだと主張してきた。しかもドイツは、その過激な党の人気が、なぜかエネルギー価格同様、一途上昇中という不思議の国である。次期政権では、緑の党の与党入りが確実視されている。

■価格高騰は「プーチン大統領が恐喝したから」?

緑の党にとって、炭素税は善だが、インフレは悪。そこで、彼らが電気代高騰の犯人として引っ張り出したのがプーチン露大統領。ダブル党首の一人のアナレーナ・ベアボック氏によれば、ガス価格の高騰はプーチン大統領の恐喝である。このままでは、冬に国民が凍えることになりかねないため、ロシアが契約通りガスを輸出するようドイツ政府が介入すべきだとまで主張した(RND9月23日付)。

ロシアがガスを出し渋っている理由は、それによってロシアとドイツの間の海底ガスパイプライン(ノードストリーム2)の運開認可を早めるためだというわけだ。長らく米国の妨害で遅れていたパイプラインは9月にようやく完成し、これが稼働すればロシアは潤沢な利益が見込め、ドイツはガス不足から解放される。

しかし、現在のガス不足は本当にロシアの陰謀なのか? 在独ロシア大使によれば、ロシアはヨーロッパとの契約はすべて履行しているばかりか、現在の輸出量は去年の水準より40%増しで、契約量を上回っているという。それについてはドイツ政府も認めている。

■迫りくるドイツの「ブラックアウト」の危機

それどころか、ドイツとロシア及び東欧諸国との交易振興会(Ost-Ausschuss der Deutschen Wirtschaft)のオリバー・ヘルメス代表は、現在のロシアのガスの価格は長期契約で定められているため、市場スポット価格よりもずっと安値だという。その上、寒冷国ロシアは、秋口には自分たちのガスも慎重に確保する必要があるとする。

もちろんガスの高値が続けば、ノードストリーム2の運開が早まることはあり得るし、ロシアがそれを望んでいることは間違いないが、そのためにロシアがガスを出し渋っているのか、あるいは、本当に出せないのかは判然としない。

ただ、ロシアが何を考えていようが、まもなく原発を止め、さらに石炭火力も減らしつつある今のドイツには、確実な電源としてはガスしか残らない。ちなみに米国は、ドイツ(EU)のロシア依存を警戒してパイプラインの拡張に反対していたのだが、皮肉にも今、それが現実となりつつある。

現在のドイツの最大の懸念は、英国を襲っているエネルギーの諸問題がドイツにも刻々と迫っていることだ。例年ならば、秋には満杯になっているはずの電力会社のガスタンクは、6割方で止まったきり。しかも今年の末には、6基残っている原発の3基を止める予定だから、タイミングとしては最悪と言える。つまりドイツでは、風と太陽に恵まれなければ深刻な電力危機が起こりうる。もし、厳寒期に本格的なブラックアウトで死者が出れば、ある意味、人災とも言える。

■新電力の新興企業は大量に産まれたが…

ドイツではまだ電気販売会社の倒産は出ていないが、多くの販売会社が値上げの準備にかかっている。しかし、ドイツの家庭用電気料金は、すでにEUで一番高い。買い取り資金を含めた再エネ経費が、すべて再エネ賦課金として電気代に乗せられているからだ(この状況は日本もほぼ同じ)。

つまりドイツでは、これからさらに電気代が上がり、ガソリン代が上がり、暖房費はガスにしろ、電気にしろ、油にしろ、やはり急激に上がる。このままでは国民は耐えきれないが、しかし、値上げしないと多くの電気販売会社が潰れる。

近年の電力自由化の波は、欧米でも日本でも、新電力と呼ばれる何百もの電気の小売業者を産んだ。新電力には、大規模な再エネ発電を持っている事業者もあれば、市場で調達した電気を転売して利ざやで儲(もう)けている中堅、あるいは零細企業もある。

調達した電気を販売している新電力は、仕入れ価格が急騰すれば、たちまち窮地に陥る。一方、大規模な再エネ発電施設を持っている新電力も、悪天気が続けば売る電気がなくなる。実際、発電の4割以上を風力に頼っている英国では9月に長く凪が続き、9月23日、ようやく十分な風が吹いたが、時、すでに遅し。その日に中堅の電力販売会社が2件倒産したという。英当局の発表では、9月末の時点で倒産は10件。

■日本が絶賛した「エネルギー転換政策」の末路

当然、この状況は日本にとっても対岸の火事ではない。すでに今年の初め、日本の電力事情は窮地に陥っていた。悪天候で再エネがなくなり、諸事情で天然ガスも逼迫した。たとえ海が荒れただけでも、船は接岸できなくなる。いきおい停電の危険が迫ったが、国民が不安を感じないようにと、政府がそれをひた隠しにするうちに、天候の回復でどうにか切り抜けた。しかし、今年の冬、同じことが起これば、またうまくいくとは限らない。

タンク
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

いずれにせよ、日本が絶賛し、今も一部では絶賛が続いているドイツのエネルギー転換政策は、現在、まっしぐらに「電力不足」と「値上げ」という最悪の事態に向かって突き進んでいる。

真の問題は、ドイツのエネルギー転換政策そのものに矛盾が多く、非現実的でありすぎるということなのだが、これまでそれを棚に上げたまま、強力に反原発と再エネ拡大を提唱してきた主要メディアは、そう簡単に方向転換もできない。とはいえ、いくら何でも停電の危険は無視できないため、天然ガス不足と電気代の高騰を報じつつ、勘違いの場所で犯人探しをしている。

特に笑止千万なのは、電気代の高騰への対策として、節電の細々した方法から、家の改装まで、「良いアイデア」をたくさん挙げた記事が出回っていること。国民をバカにしている。

■政治家の思いつきで政策が決まっていく

なお、ドイツをお手本とした日本も、間違いなく電力不足と電気代高騰に向かっている。日本の場合、天然ガスの産地とパイプラインがつながっているわけでもなく、輸送が途絶えれば絶体絶命となる。石炭も同じだ。それほど大切なエネルギーの安全保障が、今回の自民党の総裁選でも大した話題にならなかったことが不思議なほどだ。

日本はどの産業国と比べても、エネルギー事情が最高に危うい国の筆頭だ。しかし、それを無視するかのように、菅義偉前首相は就任した途端、所信表明演説で2050年までにカーボンニュートラル(脱炭素)を実現すると言い、環境大臣が思いつきで目標値をさらに引き上げるという無謀さを曝(さら)け出した。日本のエネルギー政策の骨子を定める「エネルギー基本計画」も、その影響を受け、現在、出ている第6次基本計画の素案を見る限り、現実から乖離したままだ。

このままいくと、日本人はどれだけ働いても、お金は水が砂に染み込むように消えていく。そして、後には経済がボロボロになった国が残るだろう。その時には日本のカーボンニュートラルは実現されているかもしれないが、世界のCO2の排出量はおそらく変わらない。

まず、心配なのは今年の冬だ。停電してからでは遅すぎる。経済を無視したカーボンニュートラルに政治の大義はない。今ならまだ第6次エネルギー基本計画は修正できる。本当に国家を思う政治家の英断に期待したい。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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