地震予知にも応用「300億年で1秒も狂わない時計」次の日本人ノーベル賞最有力候補の超発想力
プレジデントオンライン / 2021年10月12日 13時15分
■なぜ、ノーベル賞受賞ウイークになると京都人はザワザワするのか
ノーベル賞ウイークが終わり、日本人では米プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎博士(米国籍)が物理学賞を受賞した。
この時期、ノーベル賞有力者が関係する大学や企業、地元は悲喜こもごも。特に私のいる京都は受賞者や候補者が多い京都大学があり、大勢のメディアが押し寄せるのがこの時期の風物詩になっている。さらに、地元企業・島津製作所がノーベル賞受賞者や受賞可能性のある人物との関わりが強いことも、京都でノーベル賞のニュースに関心が高い理由だろう。
科学分野におけるノーベル受賞者の多くは大学における研究者がほとんど。しかし、一部は企業人も受賞している。1973(昭和48)年に物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏は、東京通信工業(現在のソニー)などを経て、米国IBMの研究所に移籍した企業内研究者であった。
2014(平成26)年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏の受賞理由「青色ダイオードの発明」は、日亜化学工業(徳島県阿南市)在籍時に手がけた成果だ。
近年では2019(令和元)年、旭化成に在籍していた吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞している。
だが、京都大学や東京大学のように、ノーベル賞に関わりが強いと呼べるような団体組織や企業は、日本ではまだ現れていない。だが、そんな中、科学分野で常に注目を浴びる企業がある。
島津製作所だ。島津製作所では2002(平成14)年、同社ライフサイエンス研究所主任だった田中耕一氏(現島津製作所エグゼクティブ・リサーチ フェロー)が化学賞を受賞して、世間を驚かせた。田中氏は当時、大学院も出ていない43歳の無名サラリーマンだった。学術界においても、同社においても、メディアも、全くのノーマーク人物であった。
受賞の対象となった研究成果は、「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」。従来は分子量が大きいゆえに困難を極めていたタンパク質のような生体高分子の質量分析を、正確かつ簡素に行える道を切り開いた。
「田中さんのノーベル賞受賞を機に、世界各地から多くの優秀な研究者が島津製作所に集まりだしました。同時に、島津と著名な研究者がチームを組んで研究開発に乗り出しています。その成果が、ノーベル賞受賞に結びついていくかもしれません」(島津製作所関係者)
だが、島津製作所は田中氏の受賞をきっかけにして大ブレークした新興企業ではない。島津製作所は2025(令和7)年に創業150年を迎える、国内屈指の老舗企業だ。戦前から「発明」「日本初」を手掛ける理化学機器メーカーとして、地味に知られた存在だった。
■なぜ島津製作所はノーベル賞受賞者との関係が深いのか
ノーベル賞との関係は1901(明治34)年の第1回目の賞発足時にさかのぼる。栄えあるノーベル賞第1号はドイツの物理学者レントゲン博士ら6人に贈られた。
レントゲン博士は1895(明治28)年に大学の研究室で、クルックス管(実験用真空放電管)を用いて実験をしていたところ、机の上の蛍光紙に黒い線が出現したことに気づき、X線を発見。レントゲンはX線が対象物を透過する特性があることを世間に知らしめた。現在、病気の診断などで使われ、医療現場では欠かすことはできない技術になっている。
実は島津製作所は国産初の医療用X線装置を開発した企業でもある。
レントゲン博士の発見から、わずか1年足らず。島津製作所内で、同社初代社長の島津源蔵(二代源蔵)が旧制第三高等学校(後の京都大学)の物理学教授と共に、左手をX線で透過、撮影させることに成功(写真)。
この成功によって、同社はX線装置を手掛けることになり、1909(明治42)年に現在の国立国際医療研究センター国府台病院に国産第1号機が納入されている。
この島津源蔵こそが、「日本のエジソン」と呼ばれた発明王であった。「科学は実学でなければならない」をモットーに、X線装置のほかにも国内で最初に蓄電池や電子顕微鏡の開発を手がけている。蓄電池部門は後に、世界シェアでトップを走るGSユアサになった。
島津源蔵自身は、ノーベル賞には届かなかったものの、戦前にはビタミンB1の抽出に成功した鈴木梅太郎博士や、テレビを発明した山本忠興早稲田大学教授らと共に「十大発明家」にも挙げられたほどである。
近年のノーベル賞との関係では1993(平成5)年、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査法の確立で化学賞を受賞した米国の生化学者キャリー・マリス博士とも密接な関係を築いている。
PCRは新型コロナウイルスの感染診断のみならず、インフルエンザ診断や犯罪捜査などにも使われている。島津製作所は1990年代には早くもPCR用試薬の開発に着手しており、その後、ノロウイルス検出試薬を実用化させていた。そのアドバンテージをもって2020年春には、いち早く「新型コロナウイルス検出試薬キット」を発売したことで注目を集めた。
■300億年で1秒も狂わない光格子時計が次の日本人ノーベル賞最有力
「過去」だけではない。実は、島津製作所では、同社と関係のある少なくとも2人の研究者がノーベル賞の有力候補に挙げられている。
ひとりは物理学賞の有力候補、東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊教授だ。
香取氏は2001(平成13)年に光格子時計を考案した。光格子時計とはレーザーで作った光格子と呼ばれる容器に、光を吸収する原子を1つずつ入れてその原子の振動を測定する手法の超高精度の時計である。この光格子時計の発明によって、「300億年で1秒も狂わない」時計が作れるという。光格子時計では、重力によって異なる時間の進み方が測れる。
香取氏の開発チームでは、2020(令和2)年4月には小型の光格子時計を東京スカイツリーに運び、地上450mの展望台と地上で時間の進み方の違いを計測することに成功している。島津製作所は東京大学とともにチームに加わり、計測のカギとなるレーザー光の制御システム構築を担当している。光格子時計は将来的には、火山の噴火や地震の予知などにも応用が可能とされる画期的なものだ。
■「第5のがん治療法」がん細胞だけを死滅させる光免疫法
例年、ノーベル賞シーズンには受賞の最有力のひとりに挙げられている島津製作所と縁のある人物がもうひとりいる。医学生理学賞候補の米国国立がん研究所・小林久隆医師である。
小林氏はがんの光免疫療法という治療法を開発した。これは、がん細胞にだけ結合する抗体薬を患者に投与し、そこに特殊なレーザー光を当てると化学変化を起こし、がん細胞だけを死滅させる治療法だ。
抗がん剤に比べて副作用も少ないと言われ、現在、全国の高度医療を手掛ける病院で、一部のがんでの治験が進められている。数年以内にはがんの7割以上でカバーできる治療法を目指すという。
島津製作所は同社の近赤外線カメラシステムや液体クロマトグラフ質量分析計を使って、化学反応や治療効果を確認する手法の開発などで支援をしている。
光免疫療法は抗がん剤、手術、放射線治療、がん免疫薬に続いて、「第5のがん治療法」として期待されている。2018(平成30)年に医学生理学賞を受賞した京都大学特別教授の本庶佑氏の受賞理由は、「第4のがん治療法」としての、がん免疫薬ニボルマブ(商品名オプジーボ)の開発につながったことであった。
なお、その本庶氏は2003(平成15)年から島津製作所が若手育成のためなどに設立した島津科学技術振興財団の評議員をつとめている。
小林氏の受賞も、さほど遠い将来ではないかもしれない。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版)。浄土宗正覚寺住職、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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