「なぜトヨタは燃料電池車の開発をやめないのか」電気自動車が苦手な2つの分野
プレジデントオンライン / 2021年10月21日 11時15分
※本稿は、西宮伸幸『水素社会入門』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。
■「環境に悪い」車のイメージを変える燃料電池車
現在、燃料電池の実用化といえば、燃料電池車がもっともよく知られた使用例でしょう。
自動車といえば、1970年代には排気ガスが大気汚染の原因のひとつとされ、また、1989年にはボルボ社が「私たちの製品は、公害と、騒音と、廃棄物を生み出しています」という新聞広告で自社の環境対策を訴えるなど、環境に負荷を与えるものと当然のように思われてきましたが、燃料電池車の登場で、そのイメージも大きく変わるかもしれません。
脱ガソリン車といえば、電気自動車(EV)が先行していますが、電気自動車が、電池を充電して走行するのに対し、燃料電池車は、圧縮水素を燃料として使用します。圧縮水素は、高圧タンクに貯蔵され、燃料電池に供給されます。ここで外気から取り込んだ酸素と反応し、電気を発生させモーターを回す、という仕組みです。
自動車の燃料に水素を使用することのメリットはいくつかあります。
■エネルギー効率はガソリン車の2倍
まず、CO2を排出しないということ。燃料電池から吐き出されるのは水だけで、走行中に車外に排出されますが、環境に無害です。また、一酸化炭素や窒素化合物などの有害物質も排出しません。
また、他の動力に比べてエネルギー効率がよいということも燃料電池車のメリットといえるでしょう。
エネルギー源を揃えた比較では、燃料電池車の総合的なエネルギー効率は40%。これは、ガソリン車19%の約2倍であり、電気自動車(EV)33%、ハイブリッド車34%よりも、優れた数字となっています。なお、これらの数値は、少し古い2013年の新聞報道に基づくものです。
いくら環境にいい、エネルギー効率がいいといっても、実際に“気体”を燃料にしてどのくらい走るのか、疑問に思う人もいるでしょう。
■1キロ走るコストは日産リーフが2円、MIRAIが8.8円
2020年に発表された第2世代MIRAIではタンクが従来の2本から3本、容量は141リットルになり5.6キログラムの水素を充填できます。航続距離850キロメートル、東京―大阪間を無補給で走破できます。
燃費はどうでしょう。初代MIRAIと電気自動車(EV)の日産リーフのカタログデータをもとに、電気と水素の比較を簡単に計算してみました。
MIRAIの場合、満タン5キログラムの水素を充填でき、航続距離650キロメートル。単純計算で1キロメートル走るのに、0.008グラムの水素を消費します。水素の売価はどこの水素ステーションでも1キログラム=1100円なので、0.008グラムで、8.8円。1キロに対するコストは8.8円です。
同じ計算をリーフですると、満タンで40kWh(キロワットアワー)、航続距離400キロメートル。1キロ走るのに0.1kWhの電力を消費します。その売価は2円なので、1キロに対するコストは2円。
電気自動車に比べると、燃料電池車の走行コストは4倍以上ということになります。現状での水素エネルギーの弱点は結局のところ価格ということになります。
ちなみに、ガソリン車との比較はどうなるのか、計算してみましょう。
ガソリン車は具体的に車種を限定するのは難しいので、一般的に燃費性能が15km/リットルの場合、ガソリンの売価を150円/リットルとすると、1キロメートルを走るのにかかるコストは10円となります。
走行コストに関しては、電気自動車に大きく水をあけられているものの、ガソリン車との比較ではほぼ同じ、というのが、燃料電池車の現状です。
■2030年に水素ステーションは5倍に増える
水素燃料電池車に水素を供給する水素ステーションは、現在(2021年8月)全国に166カ所あります。全国に3万カ所あるガソリンスタンドと比較すると、安心できる数字とは言い難いでしょう。今後、燃料電池車を普及させていくためには、水素ステーションの増設が必要条件となるはずです。水素基本戦略では、2030年には900カ所にまで増やすことを目標にしています。
水素ステーションの形態は、大きく分けて3つあります。
オンサイト型と呼ばれるタイプは、ステーション内で天然ガス、LPガス、メタノールなどを改質して水素を製造します。水素の供給には、製造装置の他、圧縮機、蓄圧器、冷凍機などの設備が必要となるため、広い敷地面積が必要です。
オフサイト型は、外部で製造した水素をトレーラーやローリーで運んで貯蔵しておき、燃料電池車に充填します。敷地面積が限られた場所でも開設が可能です。
また、大型トレーラーの荷台に水素供給のための設備一式を搭載した移動型ステーションもあります。週1~2回と限定されるものの、複数の場所で水素供給が可能になります。
■高技術が必要な水素供給を担う2大事業者
水素の充填は、ガソリンと同じように、車体横の水素注入口に水素ディスペンサーのホースのノズルを接続しておこないます。注入するのは圧縮水素ですが、タンク内に注入して膨張させると温度が上昇するので、あらかじめマイナス40度にプレクールしてから充填します。
主な事業者は、ガソリンスタンドでおなじみのENEOS(エネオス)と、カセットコンロで有名な岩谷産業で、それぞれ50近い水素ステーションを運営しています。
ENEOSでは、石油精製所内の水素製造設備を利用して水素を製造し、高圧圧縮でオフサイトステーションに供給しています。また、既存のガソリンスタンドを併設する形で、増設を進めています。
岩谷産業は、戦前から工業用水素を扱うこの分野の草分けです。高圧圧縮がメインですが、液化水素の貯槽をもつステーションも扱っています。宇宙航空用も含めて、液化水素の国内シェアは100%です。
液化水素の場合、マイナス253度の超低温を維持し続けるのは難しく、外部からの侵入熱によって、わずかずつですが気化(ボイルオフ)が発生します。このボイルオフを、水素吸蔵合金によって回収して、圧縮水素として燃料電池車に充填する仕組みができています。
■石油燃料由来から自然エネルギー由来へ
現状では、水電解による製造原価が高いため、商用の水素は、ほとんどが化石燃料由来ということになります。ただし、東京五輪・パラリンピック開催期間中に限って、関係車両(東京五輪・パラリンピックでは関係車両に燃料電池車を採用)が充填する都内の7つのステーションに、山梨県の「P2G(パワー・トゥ・ガス)システム」で、太陽光によって製造したグリーン水素を供給しました。
また、2021年8月にリニューアルオープンした、ENEOSの横浜旭水素ステーションでは、太陽光による電力と同社グループから調達する再エネ電力を使用して水電解で製造するグリーン水素を、オンサイトで提供しています。
水素ステーションでの水素の販売価格は、一部を除き1100円/kgです。これは前述したとおりガソリン車の燃料価格と“ほぼ同等”ですが、普及を目的にあえて設定した価格で、とても採算がとれる価格ではないと思います。
今後、燃料電池車がさらに普及し、日常的に充填する車が増えない限り、水素ステーションの運営は、開設のための初期投資も含めて、政府の補助金なしでは成り立たない厳しい状況だといえるでしょう。
■燃料電池車が生き残る鍵は大型車両にある
それでは、今後ガソリン車に代わって普及していくのは電気自動車で、燃料電池車は淘汰されてしまうのかというと、そんなことはないと思います。今後の燃料電池車の可能性については、「ヘビーデューティ」がキーワードだと考えています。
つまり、トラックやバスなどの大型車両では、ガソリン車はもちろん、電気自動車よりも燃料電池車のほうがメリットがあると考えられるのです。
理由のひとつは、燃料電池は小さくて、軽くて、パワーが出せる、ということ。乗用車くらいのサイズではほとんど差が出ませんが、より大きなパワーを出そうとすると、エンジンやバッテリーはそれに比例して機材自体も大きく、重くならざるを得ません。しかし、燃料電池では、パワーを2倍にするために必ずしも2倍の大きさにする必要はなく、小型でも高出力が可能です。
■弱点を克服でき、強みを最大限生かせる
もうひとつの理由は、大型車両は商用がほとんどであることです。
輸送に使われる大型トラックは、たいていは決まったルートを走ります。大型バスも、路線バス、観光バス、長距離バスなど、走るルートが決まっています。ということは、燃料電池車の場合にネックとなる水素ステーションの問題がない、ということです。あらかじめルート上の充填場所を確認しておけばよいですし、必要であれば、自前で設置したり、定期的な利用を条件に供給事業者と交渉して設置してもらうこともできるはずです。
また、MIRAIで検証したように、航続距離が長い、というメリットもあります。トラックやバスは、長い距離をひたすら走り続けるのがふつうですから、その間、燃料補給の回数が少なくて済むのはメリットです。
さらに、燃料補給の時間が短くて済むのは、とくに電気自動車と比較した場合、大きなメリットです。MIRAIの場合、約5キログラムの充填にかかる時間は約3分。大型になってタンク容量が大きくなっても、10分を超えることはないでしょう。電気自動車では、1時間以上の充電時間が必要になるはずです。
とくに、輸送効率が利益に直結するような長距離輸送の場合、燃料補給時間の短縮は大きなメリットになります。
■燃料電池車と電気自動車が棲み分ける時代に
すでに、燃料電池を使用した大型トラックについては、トヨタ自動車と日野自動車が共同で開発を進めていて、2022年には走行実証をおこなうと発表しています。
さらに、本田技研工業といすゞ自動車、ボルボとダイムラートラックなどが、共同研究を進めるなど、各社が活発な動きを見せています。
また、バスについては、2018年にトヨタ自動車が燃料電池バス「SORA」を販売開始。すでに都営や京急、東急などで導入が進んでいます。中国では、燃料電池で走るバスが大量に導入されています。
今後、脱炭素化が加速するにつれ、ガソリン車は消えていくことになるでしょう。すでに、欧米諸国では、将来的にガソリン車の新車販売を禁止する方針を打ち出す国が増えています。
将来、ガソリン車に代わるのは、水素を燃料とする燃料電池車なのか、それとも電気自動車なのか。
わたしは、どちらかが淘汰されるのではなく、棲み分けが進むのではないかと思っています。わたし自身は長年水素の研究をしてきたので、「これからのモビリティ燃料も水素だ」といいたいところですが、やはり一般の乗用車は電気自動車が主となる可能性があると思います。そして、大型で走行ルートが決まっている場合は水素、というように棲み分けが進んでいくのではないでしょうか。
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水素エネルギー協会前会長
1974年、東京大学理学部化学科卒。工業技術院、富士フイルム、豊橋技術科学大学などを経て2007年より日本大学理工学部物質応用化学科教授、2017年より2021年まで特任教授。一般社団法人水素エネルギー協会前会長(現顧問)。
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(水素エネルギー協会前会長 西宮 伸幸)
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