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「貧困の元凶」「女性の権利を剥奪」…タリバンを"悪魔"のように報じる日本のマスコミの呆れた不勉強さ

プレジデントオンライン / 2021年11月6日 10時15分

2021年8月31日、アフガニスタンのヘラートで、米国のアフガニスタン撤退完了後、ヘラート州知事の前にタリバンのメンバーが集まり、演説をしている。(撮影=Mir Ahmad Firooz Mashoof) - 写真=AA/時事通信フォト

2021年8月に武装勢力タリバンがアフガニスタンの政権を奪還して以降、日本のマスコミはタリバンをテロリストのように報じている。同志社大学の内藤正典教授は「タリバンは軍事作戦に関与していない日本を敵視していない。20年にわたってアフガンを支配し続けてきたアメリカの失敗を学ぶべきだ」という――。

■タリバン叩きに終始する日本のマスコミ

8月15日にアフガニスタンの首都カブールがタリバンの手に落ちて以来、20年ぶりに日本の報道にも、アフガニスタンとタリバンが盛んに登場するようになった。その報道ぶりは一言で言えば、タリバン叩きに終始してきた。だが、そのために多くの問題が隠されてしまったことに日本の新聞もテレビも気づいていない。

タリバンというのは、イスラム法通りに政治をやって国を統治しようという組織である。

私はムスリム(イスラム教徒)ではないから、タリバンの主張には何の共感もない。他方、タリバンの主張やイスラムに対する偏見もない。

西欧とイスラムとの関係に焦点を当てて研究をしてきたので、互いに何をしてきたのか、何をしたら取り返しのつかない大惨事を招くかを知っている。ここでは、その視点から、日本の報道の何がおかしかったかを指摘したい。

■「外国人は皆敵」という思い込み

タリバンがカブールを制圧した時、最大の問題とされたのが、米軍とNATOなど同盟国軍の協力者を退避させることだった。最後まで欧米諸国の手に残されたカブール国際空港の大混乱の様子は多くのメディアが伝えていた。

日本の報道が、奇妙な方向に向かったのはこの時である。日本のJICA(国際協力機構)やさまざまなNGOもアフガニスタンで活動していた。タリバンは彼らの活動を弾圧し、日本の援助活動に協力したアフガン人を拘束するに違いないという思い込みがあっという間に広がった。

そこで出てきたのが、日本の事業に協力したアフガン人の退避だった。しかし、日本大使はそもそも8月15日に任国にいなかった。大使館員もJICAの日本人職員も、いち早く、アフガニスタンを出てしまった。退避が政治問題になったのは、その後だった。

退避はにわかに政治マターとなった。自衛隊機を飛ばし、関係するアフガン人500人ほどを退避させるという計画が政府から発表されたが、結局、退避させたのは日本人1人だけだった。

だが、そもそも日本に協力したアフガン人を慌てて退避させる必要はなかった。タリバンは、日本の援助事業に協力したアフガン人や日本のJICAスタッフ、大使館員を含めて、敵とみなしていなかったからである。「タリバンは外国と協力した人を敵視する」と書いた記事もあったが、タリバンは「外国=敵」などと思っていない。イスラムの誕生以来、ムスリムは民族も宗教も異なる人びとと活発な交易をしてきた。イスラムは、その始まりから商売人の宗教であるから、異民族・異教徒と付き合わないという発想はない。

タリバンにとって、敵だったのは、アメリカとNATO加盟国(特に戦闘に従事した国)のように、軍を派遣した国だった。多くのアフガン人を殺し、傷つけたからである。だが、民生支援に専念した日本が敵視される理由はなかった。

■民生支援しかしていない日本は敵視される理由がない

2012年の6月、タリバンは初めて公式代表を海外に派遣し、当時のカルザイ政権側と同席して、平和構築についてのシンポジウムに臨んだ。その場所は日本だったのである。

京都の同志社大学で開いたアフガニスタンの平和構築会議の主催者として、私はタリバンになぜ来日する決断をしたのかを尋ねた。タリバンの代表は「日本が親米国なのは承知しているが、日本はアフガニスタンに軍を送らなかったからだ」と答えた。さらに彼は、この会議が日本政府と関係の深い国立大学の主催なら来なかったとも言った。逆に、同志社がキリスト教系の私学であることは何の問題でもないと言う。実際、会議場は同志社神学館のチャペルだったが、彼らは何の文句も言わなかった。

アフガニスタン平和構築会議2012
写真=筆者提供
「タリバンと政権側が同席した初の国際会議」2012年、同志社大学で - 写真=筆者提供

日本を敵国だと思っていないという姿勢は今も変わっていない。日本政府もJICAもマスコミも、タリバンとコミュニケーションをとっていなかった。タリバンは何年も前から徐々に勢力を拡大していたにもかかわらず、彼らの姿勢を知らなかった。そのため、アメリカを敵視するタリバンは、アメリカの同盟国である日本も敵視すると思い込んだのである。

アメリカが協力者を退避させたのは、軍事作戦に従事させたからである。通訳はその典型だが、米軍の通訳は、日本で私たちがイメージするような通訳とは違う。タリバンを掃討するための作戦で、米兵と共に行動した軍属である。尋問にも携わる。だから、米軍が撤退した後に取り残される恐怖は十分理解できる。彼らを退避させるのは、アメリカとして当然の義務であった。

だが、日本は民生支援しかしていない。タリバンも、国の再建のために、日本の支援に従事したアフガン人に国外に出ないでほしいと要請していた。それを疑う理由もなかったのである。日本政府がやるべきは、タリバンに彼らの安全を保証させることだった。

さらに、日本政府はアフガン人を日本でどう処遇するつもりなのかを何も示さなかった。アフガニスタンの復興のために働いてきた彼らを日本に引き取ったとして、その後、彼らをどんな在留資格で受け入れるつもりだったのか。日本のマスコミも、この点に全く触れていない。彼らを難民として受け入れるつもりだったのだろうか。だが、これまで日本は、中国のウイグル人やミャンマーのロヒンギャ、シリア人をはじめ、ほとんど難民を受け入れてこなかった。

■9.11の報復から戦争の目的をすり替えたアメリカ

タリバンを悪魔化してしまうのは、ほとんどのマスコミに共通の論調だった。では、アメリカは平和の使者だったのだろうか。

タリバンだけでなく、多くの地方住民にとって米軍は恐怖だった。このことは、故中村哲医師が書いておられるが、地方の住民にとって最大の恐怖は、突然やってきて機銃掃射やミサイルで攻撃する米軍の方で、タリバンではなかった。

タリバンにとって、軍事作戦に従事した欧米諸国は、侵略者であり、占領者だった。タリバンは、この20年、侵略者から祖国を解放するための戦いを続けていたのである。

20年前、アメリカがアフガニスタンに侵攻し、当時のタリバン政権をつぶしたのは、9.11の首謀者オサマ・ビン・ラディンとアルカイダをかくまっていたからである。これは報復の戦争だった。

タリバンは、たとえ悪党であっても、客人として迎えた人間を敵に差し出すようなことは絶対にしない。これは、イスラムの教えであると同時に、パシュトゥン人の仁義でもある。

そこでアメリカと同盟国は、戦争を起こして一気にタリバン政権を倒した。その時、女性の人権を抑圧し、自由を認めない過激なタリバンからアフガン人を解放するという話に戦争の目的をすり替えたのである。

当時、国際社会が武力行使もやむを得ないと認めたのは、アメリカにとって自国の安全保障上の脅威であるアルカイダを撲滅するのは当然だという認識が共有されたからである。しかし、地付きのイスラム武装勢力にすぎないタリバンは、アメリカでテロを起こしていないし、そもそも外国でテロを起こす理由もなかった。タリバンが外国軍と戦ってきたのは、アフガニスタンを侵略したからである。

しかも、戦争でタリバン政権を倒せば、ビン・ラディンを探し出せるというもくろみは外れた。彼がアメリカ軍の攻撃で殺されるのは、それから10年も経った後のことで、しかも場所はアフガニスタンではなく隣国のパキスタンだった。

■女性の人権は機銃掃射と引き換えに拡充するものではない

アメリカは行きがかり上、アフガニスタンを自由で民主的な国に造り変えるというプロジェクトに乗り出したが、結局、部族や軍閥から成る新政権を維持するには、彼らに資金をばらまくしかなかった。さらに、粗末な武器で抵抗してくるタリバンから、首都カブールを守るために、莫大な資金を投じて民間警備会社を雇うことになった。

結局、不正、腐敗の温床だったアフガン政府は、国民の信頼を得られず、あっけなく崩壊した。ガニ元大統領自身が、国民に一言の挨拶もなく海外に逃亡したことを見れば、旧政権が国家の体をなしていなかったことは明らかである。こうして、タリバンはアフガニスタン・イスラム首長国の復活を宣言したのである。

アメリカが新しいアフガニスタンで、民主主義や自由を定着させ、女性の人権拡充に努めたことは事実である。ただし、人権と自由は、機銃掃射とミサイルと引き換えに実現すべきものではない。

この20年の欧米統治の歴史を知らないで記事を書いているジャーナリストが多いのだろうか。かつて、ベトナム戦争の時、アメリカは共産主義からアジアを守るとりでとして戦争を続けたものの敗れた。あの時は、米軍がベトナムで非道な行為を続けたことが、戦場からのジャーナリストの報告で明らかにされ、アメリカ国内にも反戦の動きが広がった。

アフガニスタンでも、過去20年に何が起きていたかを継続的に取材していたら、もう少し、アフガン人がタリバンをどう見ていたかを正確に報道することができただろう。アメリカと同盟国の軍が、どれだけ誤爆で一般住民を殺害したかを、もう少し正確に報じることもできたはずだ。

カブール陥落以来、日本を含めて外国メディアが報じた「現地からの声」は、ほとんどがカブールにいて、英語を話すことができる若い人たちだった。彼らは、ほんの一握りの存在である。

米軍によって厳重に守られていたカブールに、タリバンはいなかった。彼らは、直接タリバンを知らない。タリバンに対するイメージは、20年以上前の冷酷な支配の時代を知っている年長者からの伝聞にすぎなかった。彼らの恐怖を嘘だと言うのではない。しかし、現地の声を報じるなら、過去20年の間にタリバンが徐々に浸透していった地方住民の声も併せて聞くべきだった。

■タリバンはイスラム法に忠実に従おうとしているだけ

「タリバンは独自のイスラム法解釈で」自由や人権を抑圧するという記事も多く見られた。だが、これは誤りである。タリバンは独自のイスラム法解釈をしているのではなく、他のイスラム圏の国と違って、イスラム法通りに国を運営しようというのである。

そんなはずはない、他の「イスラム教国」は、あんなに冷酷な統治はしていないじゃないか、と思われるかもしれない。だが、簡単に言えば、世界にイスラム法に忠実に従う国は、ほとんど存在しないのである。

ラマダン中に祈るイスラム教徒の男性
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

確かに、サウジアラビアなどは「厳格なイスラムの国」と言われる。あの国のイスラムは確かに厳格だが、イスラム指導者は王政に口を出さないという盟約をサウド王家との間に交わしている。

以前は、女性は保護する立場の男性と一緒でないと車の運転もできなかったし、不倫(姦通)で死刑にされることもあった。だが、今のムハンマド・ビン・サルマン皇太子が、政治を仕切り出すと「改革」によってこれらを緩めた。

欧米諸国からは「改革」ともてはやされたし、日本のマスコミも好意的に取り上げた。実は、イスラム的にはおかしいのだが、王家との盟約があるから、イスラム指導者たちが「おかしい」と口を出せないだけのことである。

タリバンの方は、トップにアミール・アル・ムーミニーン(イスラム信徒の長)を据えて、文字通り、イスラム法通りに統治しようとしている。わかりやすく言えば、トップはイスラムの先生であって、富と権力を独占する王や部族長ではない。

■アッラーにいかに忠実かという物差ししか持たない

人権について少しだけ触れると、イスラムにも人権はあるが、西欧世界のそれと土台が全く異なる。典型的なのは、男女の権利で、イスラムには、男には男の義務と権利、女には女の義務と権利があって両者は異なる。したがって、西欧が要求するジェンダー平等の観念はない。「ないものはない」と言っている相手に「認めろ」と迫っても無駄である。

このあたりもジャーナリストは注意すべきなのだが、イスラムには人間社会が自分の力で「進歩する」という発想は全くない。西欧では、かつて女性に対してひどく差別的だったものを改めると「進歩」したことになる。しかし、イスラムにこの発想はない。アッラーが定めたことに、どこまで忠実かという物差しかないからである。

だから、タリバンに向かって、あれもできていない、これも守らないと詰め寄っても意味がない。西欧の価値や物差しと、タリバンの掲げるイスラムは一致点がないことを前提にする必要がある。その上で、相手が過剰に厳しくイスラムを運用している点を批判するしかないのである。

■アフガンの伝統的な家父長制には注意が必要

タリバンは女子教育を否定していない。二次性徴以後も男女が同じ教室で学ぶことや男女共修の体育といった欧米的な教育をアフガニスタンに持ち込むことを拒否しているのである。

イスラムには、女性に学問はいらないという教えなどない。女性の医師や教師が必要なことは、タリバンに限らず、皆、分かっている。イスラムは異性に肌を見せることを強く戒めている。従って、女性が病気になったときに診察するのは女性の医師でなければならない。

すべての女性のための高等教育が必要なことは言うまでもない。タリバンはもちろん女性医師や女性教員の必要性についても十分理解している。問題は、そのための人材養成とインフラを整えるのに資金と時間が必要だという点にある。それを措置しなかったのは、20年にわたる前政権の問題であって、政権樹立から数カ月のタリバンの責任ではない。

重大な問題は、イスラムに従おうとするタリバンよりも、伝統的なアフガン社会の家父長制にある。イスラムにも家父長的な要素は強いから、両者が結びついてしまうと女子教育など必要ないという方向に流れてしまう。日本が教育支援で、タリバンに強く言い聞かせなければならないのは、この点なのである。

■世界は一刻も早くタリバン政権のアフガンを承認すべき

欧米や日本のジャーナリズムに欠けているのは、タリバンの非人道性を言い立てるだけで、深刻な貧困に直面する多くのアフガン人の救済に目を向けないことである。

一つ明確にしておきたい。いくらタリバンが気に入らないにしても、二度と、戦争でタリバンを政権から追放することはできない。アメリカにも同盟国にも、当然のことながら、その気はない。

そうだとするならば、タリバンのアフガニスタン・イスラム首長国を承認し、一刻も早く、あらゆる人道援助を再開しなければならない。人道危機を指摘しながら、「問題はタリバンの態度だ」と書いた日本の新聞がある。タリバンにあらゆる勢力を糾合した政権樹立を求め、女子教育を再開していないと批判するのである。この論調は、戦いに敗れて撤退した欧米諸国のマスコミと同じである。

だが、アメリカやヨーロッパ、それにオーストラリアなどの西欧諸国は、軍事力を行使して失敗し、タリバンに敗れて撤退した側である。それを認めたくないから、どうしても相手を悪魔化しようとする。日本のジャーナリストは、その点を考えて報じるべきである。

国民の多くを極貧の状態に追いやったのはタリバンの政権ではない。20年も統治した傀儡(かいらい)政権と欧米諸国の責任である。だからこそ、世界銀行やアメリカが資金凍結を解除してアフガン新政府に資金を渡すのが先なのである。有力な軍閥の長や前政権の幹部から、不正に蓄財した財産を没収しなければならない。

こういう困難な状況にある新政権に、偉そうに意見するのは、高いところからムスリムであるアフガン人を見下ろすのと変わらない。そして、この種の言説は、西欧とイスラムとの対立をあおることにしかならないのである。

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内藤 正典(ないとう・まさのり)
同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科教授
1956年、東京生まれ。一橋大学教授を経て2010年から現職。ヨーロッパにおけるムスリム移民研究、現代イスラム地域研究。著書に『イスラームからヨーロッパをみる』(岩波新書)『となりのイスラム』(ミシマ社)などがある。

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(同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科教授 内藤 正典)

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