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「野党優位の状況だったのに…」維新は大躍進を遂げて、立民が惨敗した決定的な違い

プレジデントオンライン / 2021年11月4日 18時15分

記者会見を終えた立憲民主党の枝野幸男代表=2021年11月1日未明、東京都港区(写真=時事通信フォト )

今回の衆院選で、立憲民主党は惨敗し、枝野幸男代表は引責辞任する意向を表明した。ジャーナリストの鮫島浩さんは「今回の野党共闘は不十分だった。立憲が『共産アレルギーで中間層が逃げた』と総括して共産を切り捨てたところで、多党時代は生き残れないだろう」という――。

■衆院選、ふたを開ければ“野党共倒”

立憲民主党が衆院選で惨敗し、枝野幸男代表が引責辞任する意向を表明した。年内には新しい代表を選出して体制を一新し、来年夏の参院選で党勢の立て直しをめざす。

立憲の敗因は7割以上の小選挙区で野党候補を一本化した「野党共闘」のあり方に問題があったという見方が大勢だ。だが、野党共闘の何が悪かったのかをめぐっては、まったく逆方向のふたつの分析がなされている。

ひとつめの分析は、共産党と共闘したこと自体が「左に寄りすぎた」として有権者の離反を招いたというものだ。実際、自公与党は全国各地で「立憲共産党」と揶揄(やゆ)し、共産党を含む「野党連合政権」への警戒感をあおった。

共産党を敵視している連合もこの野党共闘を痛烈に批判。公明候補と共産候補が激突した東京12区で公明候補の支援に回るなど、与党寄りの姿勢をにじませた。連合の影響力を最も受ける国民民主党は自公政権と是々非々で向き合う姿勢を強調し、議席を伸ばした。

これに対し、枝野氏は共産党と連立政権を否定し、あくまでも「限定的な閣外協力」にとどまることを強調。共産党の志位和夫委員長が「野党共闘」を強くアピールする一方で、枝野氏自身は「野党共闘」という言葉さえ使わず、立憲による「単独政権」を目指す考えを強調し、「共産党隠し」に躍起になった。

ひとつめの分析は、それでも共産党色を消せず、とくに共産党へのアレルギーが強い地方で立憲離れが加速したという見立てである。小沢一郎氏(岩手3区)や中村喜四郎氏(茨城7区)が選挙区で敗れたのは、そのような見方を裏付けるものだろう。

■なぜ立憲は議席を減らしたのか

もうひとつの分析は、まったく逆である。むしろ枝野氏の「野党共闘」が中途半端で、十分に機能しなかったというものだ。

枝野氏は野党第一党のリーダーとして、あるいは野党共闘の首相候補として、立憲、共産、社民、れいわの野党4党の共通公約や選挙協力といった「野党共闘」を主導する姿勢をまったくみせなかった。野党共闘はあくまでも山口二郎法政大教授らの市民連合の仲介に基づくものであり、立憲は一政党として加わっているにすぎないという半身の姿勢に終始したのである。

立憲民主党のウェブページ
立憲民主党のウェブページより

枝野氏の衆院選の目標は「立憲の議席増」であり「政権交代の実現」ではなかった。勝敗ラインとして「政権交代」を掲げなかったことがそれを物語っている。

野党第一党の党首は「政権選択の選挙」で過半数を獲得できなければ「敗北」と判定するのが二大政党政治の掟なのに、立憲が議席を伸ばすことをもって「勝利」と位置づけ、代表の座にとどまろうという腹づもりがにじんでいた。

その結果、野党候補の一本化は共産やれいわ新選組が一方的に譲歩する形で実現するケースが相次いだ。れいわの山本太郎代表が立憲側と事前調整をしたうえで出馬表明したものの、立憲の党内調整不足で地元が混乱して山本氏が自ら身を引いた東京8区は、その象徴である。

■「冷たい野党共闘」を貫いた枝野氏

枝野氏は共産やれいわの候補者の応援に駆けつけず、「冷たい野党共闘」を貫いた。市民団体が東京・新宿で主催した選挙イベントで共産党の志位氏と同席しながら最後の写真撮影を拒否して立ち去ったのは、「野党共闘」の機運を盛り下げる決定的な場面だった。

一方、選挙最前線では、立憲と共産、れいわの「心の通った選挙協力」が数多く実現した。共産党の小池晃書記局長は香川1区で勝利した小川淳也氏と共に、れいわの山本代表は東京8区で因縁の深い吉田はるみ氏とともに街頭に立ち、枝野氏と対照的に「大人の対応」をみせた。

結局、野党共闘は立憲を一方的に利しただけで、共産やれいわには見返りがほとんどなかったといえるだろう。共産党の議席減は数多くの候補者をおろしたことと無縁ではない。れいわも山本氏が小選挙区に出馬していればさらに議席を伸ばした可能性がある。

今回の「野党共闘」は互いに誠意をみせあい結束を固める「本物の野党共闘」とはほど遠かった。自公の連立政権や選挙協力と比べると、きわめて未熟だったといっていい。

枝野氏が「冷たい野党共闘」に終始した最大の理由は、連合の反発であろう。立憲候補には連合の力を借りなければポスター貼りなどの選挙活動を十分にできない者もいる。連合と決別して共産とタッグを組むことは、選挙現場の実態からかけ離れたものだった。

野党共闘が共産アレルギーを刺激して惨敗したのか、それとも野党共闘が不十分だったのか——。枝野氏の後任を選ぶ代表選は「野党共闘」のあり方が最大の争点となるが、まずは今回の敗因分析をしっかりすることが必要だ。

■「野党共闘が不十分だった」

私は「野党共闘が不十分だった」という立場である。

野党候補を一本化した効果は確かにあった。自民党の甘利明幹事長(神奈川13区)や石原伸晃元幹事長(東京8区)ら大物を選挙区で倒したのは、明らかに野党一本化効果だ。

それ以外にも新聞各社の選挙情勢調査が大きく食い違ったことが物語るように、与野党激戦区が急増したのは間違いない。野党統一候補が1万票以内で惜敗した選挙区は約30あったことも一本化効果を裏付けている。

一方、「野党候補を一本化すれば勝てる」というのは幻想であることもはっきりした。どんなに一本化しても投票率が上がらなければ、組織票で上回る自公与党に競り負けるのだ。

今回の投票率は戦後3番目に低い55.93%。前回53.68%(2017年)、前々回52.66%(2014年)よりは若干上がったが、民主党が政権を奪取した2009年衆院選の69.28%にははるかに及ばない。少なくとも投票率を60%台に引き上げなければ、自公と互角以上に戦うのは難しいであろう。

曇天の国会議事堂
写真=iStock.com/kanzilyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kanzilyou

しかし、枝野氏の選挙戦略はオーソドックスで魅力に欠けた。

「次の内閣」をつくって共産党の田村智子参院議員や元文部科学事務次官の前川喜平氏ら無党派層に人気のある政治家・民間人を起用したり、コロナ対策の「野党版専門家会議」を設置して公衆衛生学の専門家だけではなく現場の医師や貧困・非正規労働問題などに取り組む人々をメンバーに加えたり、ドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』で話題を集めた小川淳也氏を要職に抜擢したり、カリスマ性のあるれいわの山本太郎氏を野党共闘の目玉候補として自民大物の選挙区にぶつけたり……野党に注目を引き寄せる手はいくらでもあったはずだ。

■オーソドックスな「中道」戦略を採ったが…

ところが、立憲が制作した衆院選向け動画は枝野氏一人が有権者に訴える内容で「政権交代をめざすチーム」の姿は見えなかった。野党が政権を取ったときの「内閣の顔ぶれ」を想像することはまったくできなかったのである。これでは政権交代の機運が高まるはずがない。枝野氏が独り相撲をとった感じは否めない。

立憲に欠けていたのは「単独政権の誕生など絶対にありえない」というシビアな現状認識であろう。

1990年代に小選挙区制度が導入され、日本政界は二大政党時代に入った。1996年衆院選では自民党と新進党が激突。新進党は敗北し、まもなく解党した。バラバラになった野党議員を糾合して野党第一党の座についたのが、民主党だった。

以来、「自民党か民主党か」という二者択一の選挙制度は日本社会に根付いていった。民主党は政権交代への警戒感を薄めるため、外交安保政策を中心に自民党との対立軸を極力減らし、「自民党の政官業の癒着」など一部に絞る選挙戦略を描いてきた。これは奏功して2009年の衆院選で圧勝し、ついに政権をつかんだのだった。

枝野氏はこの二大政党政治のなかで頭角を現してきた。もともとは弁護士出身でリベラル色が強い政治家だったが、「左に偏り過ぎれば中間層が離れる」という「二大政党政治の常識」にのっとり、つねに「中道」に位置取りするように心がけてきたといえる。今回の衆院選で、共産党との野党共闘に一歩及び腰だったのも、そのような文脈でとらえるとよく理解できるだろう。

■二大政党制の掟は大きく崩れつつある

しかし、中間層の支持を得るため政治的主張をあいまいにするという「二大政党政治の掟」は大きく崩れつつあるというのが私の見立てである。

デジタル時代が本格化し、人々の価値観は極めて多様化し、ネット上では「尖った意見」が飛び交っている。政治テーマでも選択的夫婦別姓や非正規労働問題、地球温暖化問題、外国人人権問題などワンイシューに全力で取り組む人々の発言力が格段に増している。そのなかで「中道的主張」は良しあしは別として埋没していく。幅広い支持を獲得して「単独政権」を狙う二大政党にとっては受難の時代となったのだ。

二大政党政治の米国で、当初は泡沫扱いされたトランプ氏が一部の過激支持層の後押しを受けて共和党を乗っ取ってしまったのはその象徴である。現大統領のバイデン氏も、自ら民主社会主義者と語るサンダース氏の熱狂的支持者の後押しがなければ、トランプ氏を打ち負かすことはできなかったであろう。

日本も同じだ。安倍政権が7年8カ月という憲政史上最長の政権となったのは、数々の疑惑が発覚しても決して離反しなかった強固な支持基盤があったからだ。それはネトウヨに代表される極右的な支持層である。

先の自民党総裁選で当初は泡沫だった高市早苗氏が、安倍氏の支持を受けた後に安倍支持層に熱狂的に支持され主要候補に躍り出たのも「中道政治」が終焉しつつあることを示唆する現象だった。典型的な「中道政治家」である岸田文雄首相の存在感のなさは過去に例がないほどだ。

「二者択一の消去法」で投票先を選ぶ二大政党政治のあり方が有権者に飽きられているのは、近年の低投票率をみれば明らかだ。

■埋没する自民、立憲…本格的な多党制時代が幕を開けた

この流れで政治をみると、今回の衆院選で維新が大躍進したのも理解できる。

維新は大阪の地域政党として始まり、「東京への対抗心」から府民の人気を得ているのは間違いない。しかし、全国的に議席を増やした今回の衆院選をみると、それだけではなさそうだ。

維新躍進のもうひとつの理由は、小泉政権で竹中平蔵氏が旗を振った規制緩和や民営化といった新自由主義を全面に掲げていることだろう。

安倍晋三政権は竹中氏らの新自由主義と麻生太郎氏ら自民党の旧来型バラマキ主義が混在する政権だった。菅義偉政権は新自由主義に重心を置き、菅氏が後継に担いだ河野太郎氏も規制緩和などの新自由主義を重視する立場だ。

ところが、総裁選で勝利したのは、麻生氏と安倍氏に後押しされた岸田氏だった。岸田政権は新自由主義からの転換を掲げたため、経済成長重視派が維新に多く流れたに違いない。

これに対し、「超積極財政による弱者保護」の視点を明確に掲げて衆院に進出したのが、れいわ新選組である。自民党と立憲民主党の対立軸よりも、維新とれいわの対立軸のほうが明確でわかりやすい。二大政党政治の掟に縛られて「中道」に位置を取り、政策的主張がぼやけていく自民と立憲は今後、ますます埋没していくのではないか。

単独政権を担う力を失っていく自民・立憲の二大政党、老舗の組織政党である公明・共産、左右の新興勢力である維新とれいわ。この6党の政党間協議や選挙協力を通じてこれからの日本の政治は動いていく。

どの政党も単独政権を担う力はない。二大政党政治から多党による連立政治へ。自公逃げ切り、維新躍進、立憲惨敗に終わった今回の衆院選は、本格的な多党制時代の幕開けとなろう。

■リベラルを標榜するなら共産アレルギーを乗り越えるしかない

立憲民主党の代表選に話を戻す。「共産アレルギーで中間層が逃げた」と総括して共産党を切り捨てたところで、多党制時代の多数派は形成できない。共産党が存在する限り、何かしらかの協力は絶対に必要なのだ。

一方、連合は自公与党への接近を強めている。立憲が連合への配慮を繰り返せば、ますます自公との違いはぼやけ、埋没していくだろう。その場合、立憲と決別した共産やれいわが第三極として台頭していくのではないか。

立憲が生き残る道は、世の中の共産アレルギーを薄めつつ、共産を取り込んでいくしかないと私はみている。自民党も20年前は公明アレルギーを乗り越え、連立政権を築いた。同じようなプロセスはリベラルを標榜する野党第一党として避けては通れないだろう。この論考が立憲民主党代表選への問題提起となれば幸いだ。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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