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「両親が殺し屋を使って娘夫婦を刺殺」インドで日常的に起きる"名誉殺人"の怖い実態

プレジデントオンライン / 2021年11月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gawrav

インドの「カースト」と呼ばれる身分制度は差別の温床となっている。京都大学大学院の池亀彩准教授は「インドでは身分を越えて結婚しようとすると、親族からいやがらせを受けることが多い。ある夫婦は両親の雇った殺し屋に襲われ、夫は亡くなってしまった」という——。(第1回)

※本稿は、池亀彩『インド残酷物語 世界一たくましい民』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■若い夫婦を襲った5人の殺し屋

その日、シャンカールは妻のカウサリヤに初めておねだりした。「ねえベイビー、明日は大学の創立記念日なんだよ。新しいシャツを買ってくれない?」

カウサリヤは、シャンカールと約束していた。シャンカールが良い仕事を得るためにはまず彼が大学を卒業することが肝心。それまでの間はカウサリヤが働いて二人の生活を支えること。大学を中退して数カ月前からタイル工場で働き始めたカウサリヤは迷わず言った。

「もちろんよ! じゃあ、ウドゥマライの町に行きましょう」

シャンカールはまず理髪店に行き、そして二人でウドゥマライに向かった。午後1時には町に着いていた。洋服店でシャツを選んで店を出ると、ショーウィンドウに飾ってあるシャツの方がシャンカールに似合う気がしてきた。カウサリヤは「やっぱりこっちのシャツの方がいいと思う。交換しましょうよ」と言って店に戻り、買ったばかりのシャツと交換した。

店を出た後、二人は近くの屋台で冷たいジュースを飲んだ。そこでカウサリヤはシャンカールに告白した。

「実はあと60ルピー(約90円)しか残ってないの。今月はこれでなんとか乗り切らないといけないわ」

シャンカールはにっこり笑って言った。

「なんとかなるよ、大丈夫、ベイビー。今夜は僕が小麦粉を手に入れてきて、君のためにチャパティ(薄焼きパン)を作るよ」

だが、カウサリヤがシャンカールのチャパティを食べることはなかった。カウサリヤの両親が雇った5人の殺し屋が二人を襲ったからだ。 

■2度の告白を経て付き合うことになった二人

二人が出会ったのは南インド、タミル・ナードゥ州のポッラチという町にある技術系カレッジ(日本の大学の学部に相当)。カウサリヤは高校を終えて入学したばかり。シャンカールは三年生だった。

シャンカールは気概があって、どんなことにも熱心に向かっていく青年だった。ある日、シャンカールがカウサリヤに「誰か好きな人はいるの」と聞いてきたので、いないと答えた。すると「僕は君のことをすごく好きなんだ」と言う。カウサリヤはちょっと驚いて「友達でいることはできるけど。でも恋愛関係になることは期待しないで」と答えた。シャンカールは静かに「ソーリー」と言って立ち去った。

カウサリヤはシャンカールの申し出を断ったけれど、彼が少しも怒った素振りを見せなかったことには好感を持った。

カウサリヤはシャンカールが母親をすでに亡くしていること、家族は父親と弟二人だということを知った。シャンカールには独特のクセがあった。女友達と話をする時には、十分すぎるほど離れて喋るのだ。それは女性の尊厳を尊重してくれる行為のようにカウサリヤには思えた。

数日後、シャンカールがやってきて、先日彼女の気持ちを害してしまったことを謝った。「でも僕は君のことをやはりとても好きだよ」と言う。カウサリヤは、今度は断る理由はないなと思った。恋愛以上に、カウサリヤにはシャンカールに対する尊敬の気持ちが芽生えていた。

「シャンカールは、尊厳とリスペクトを持って振る舞うことが愛情なんだって教えてくれたの」

しばらく友人関係を続けた後、カウサリヤはシャンカールと付き合い始めた。

手をつないでいる人
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

■シャンカールのカーストを気にする母親

付き合っている間、彼らは境界を越えてしまわないよう十分注意していた。二人だけで直接会話することは最小限にとどめ、電話や携帯のメッセージを通じて会話することの方が多かった。

——カウサリヤは語る。

「ある時、授業が終わるのが遅くなってしまって、たぶん午後7時半頃だったと思う。シャンカールは私のことを待っていてくれて、二人でバスでポッラチから私の住むパラニの町(どちらもタミル・ナードゥ州中西部の中規模の町)まで一緒に帰った。その時に誰かが私たちに気づいて、私の母に私が若い男とバスの中で喋っていたと告げ口したの。

数日後、母は私にシャンカールのことを聞いてきた。彼女の最初の質問はなんだったと思う? 『シャンカールのカーストは何?』よ。私は、シャンカールはパッラル・カーストだと言った。そしたら、『どうしてそんな子と話をすることができるの? もし私たちのカーストの人たちがこのことを知ったら、彼らは私たち家族のことを悪く言うに違いない』と言ったわ。」

パッラル・カーストとは、旧不可触民とされるカーストだ。現在はダリトと自称することが多い。

■同じカーストの誰かと無理やり結婚させようとする親戚たち

——さらにカウサリヤは語る。

「私がシャンカールと話をしていたというだけで怒る様子を見て、母がカーストへの強いこだわりを持っていたことを初めて知ったの。もし私が彼と結婚したいと思っていると知られたら、どんなことになるか。とても心配だった。

それで、シャンカールにWhatsApp(インドで人気のメッセージ・アプリ)でこのことを伝えたの。そしたら彼もとても心配し始めて。でも彼は決して怒ったりしなかった。それだけ私のことを愛してくれていたのね。

『僕は君のことを失うことになるの? 母を失った時みたいに?』

彼はこう返信してきた。私の家族と近い親戚たちは私たちの関係のことを知ると、差別的な言葉を使って彼のことを侮辱し、私のことも攻撃し始めた。そして彼らは私を(同じカーストの)誰かと結婚させてしまおうと画策し始めたの。私はもう戻ることはできなかった。

もし私がシャンカールと結婚しなかったら、家族は私を無理やり他の誰かと結婚させてしまう。今すぐにね。シャンカールが大学を終えるまであと9か月。大学を卒業しなければ彼が職を得るチャンスはない。もし彼と卒業する前に結婚したら、私たちはどうやって生活していけばいいのか。私たちは不安だった。

シャンカールと私はすべての可能性を話し合い、そして私はシャンカールを勇気づけた。

『あなたは勉強して。私が働く。あなたが大学を終えたら、あなたが働き出せばいい。大丈夫。きっとうまくいく』」

■「今すぐ私たちがあなたにあげた装飾品を全部外しなさい」

「シャンカールは『どうして僕が君を働きに出せる?』と言ったけど、私は言ったの、これしか方法はないって。2015年7月11日、私は家を出た。シャンカールの友人たちが私たちを結婚させてくれると約束してくれた。

私たちはシャンカールの親戚の家に一晩泊めてもらい、翌朝、お寺で結婚した。シャンカールの友人20人が参列してくれた。同じ頃、私の父はパラニの警察にシャンカールが私を誘拐したと届け出た。それを知った私たちは、ウドゥマライの(すべての警察官が女性で構成されている)女性警察署に行って、私の家族が私たちに危害を加えるかもしれないと届け出た。警察は私の家族に電話で連絡した。

両手で顔を覆う人
写真=iStock.com/gawrav
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gawrav

そしてシャンカールの側の親族が20人ほど、私の方は15人ほど、私の両親、祖母、そして父方の二人の叔母も来たわ。警察は両方の親族と話し合った。(パラニの)警部さんは私に聞いた。

「こんなやり方で結婚して家族から離れるなんて正しいことか?」

そしてこうも言った。「愛情は60日、欲望は30日しかもたない。君はそれなりの家の出身だ。それなのにこんな貧しい男と結婚して! どうやって生活していくつもりだ?」

「私たちはお互いに真剣です。どんな困難が起ころうとも、二人で幸せに暮らしていきます」

と私が答えると、それを聞いていた父は「私の娘はもう死にました。彼女と我々とはもう何の関係もありません」と宣言したわ。それを聞いた叔母の一人は、「あんたは私たちのカーストの男と結婚したくないから、こんな低カーストの子と結婚したのでしょ。じゃあ、今すぐ私たちがあなたにあげた装飾品を全部外しなさい」と言った。

私は金のネックレス、腕輪、銀のアンクレットを外し、サリーもサンダルも、全部脱いで、シャンカールが買ってくれたものに着替えた。」

■監禁され、悪魔祓いや宗教家のもとに連れまわされる

「警察署の一室で着替えながら、私はカースト制度のおぞましさと、そのために私が経験しなければいけない屈辱に身が震えたわ。警察は私の父に私たち二人をこれ以上困らせないと一筆書かせた。そして私はシャンカールと一緒に家に帰った。

これからはシャンカールの父が私の父で、シャンカールの兄弟が私の兄弟だと、彼らの家に入りながら私はそう思った。そして今でもそれは変わらない」

警察署で念書を書かされたにもかかわらず、カウサリヤの両親と親戚らは彼女とシャンカールを攻撃することをやめなかった。一度は、年老いたカウサリヤの祖父を使って彼女をだまし、無理やり親戚の家に閉じ込めた。そして怪しげなまじないをするスワミ(宗教家)や悪魔払いをする女性のところなどへ連れ回し、なんとか彼女の気持ちを変えさせようとした。

彼女が親戚の家に閉じ込められている時、彼女の父親の携帯電話に警察から電話がかかってきた。たまたま携帯電話がスピーカー状態になっていて、カウサリヤはその会話を聞くことができた。警察官はこう言った。

「男があなたの娘さんと駆け落ちして結婚した件ですけど、向こうの父親が警察に告訴してきました。事態は深刻になりつつあります。警部に渡すために2万ルピー(為替レートでは約3万円だが、感覚的な価値は約30万円)持ってきてください。それから娘さんを説得して、もう男のところには戻りたくない、両親のところに戻りたいと言わせてくださいね。そうすれば、あなたの希望通りになります」

床に座っている人
写真=iStock.com/Favor_of_God
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Favor_of_God

■「毒を持ってくるから、それを飲んで死になさい」

その後、叔父の家に弁護士がやってきてカウサリヤにどうしたいのか尋ねた。彼女はシャンカールのところに戻りたいと訴えた。また親戚たちが集まり、両親の家に戻るよう説得した。

しかし彼女が気持ちを変えないため、彼女の両親は「毒を持ってくるから、それを飲んで死になさい」と言った。その間にも父親は警察署や弁護士らからの電話を頻繁に受けていた。父親はしばらくどこかへ出ていった後、戻ってきて言った。

「お前はあの低カーストの犬のところへ戻って死んでしまえ。私たちはお前とは縁を切る」

弁護士がやってきて、彼女を警察署に連れていった。道すがら「両親に誘拐されたことは絶対に言わないように」と忠告してきた。彼女は「自分はシャンカールと一緒にいたいだけだから、彼の言うことに従う」と言った。警察署にはシャンカールが迎えに来ていた。

カウサリヤが実の両親に誘拐され、5日間にわたって監禁された後、シャンカールの元に戻ってからも、両親からの嫌がらせは続いた。

最後には彼女の両親と親戚は、100万ルピー(約150万円、感覚的な価値としては1500万円近い)を支払うから彼女を戻すようにとシャンカールの父親に掛け合いにきた。貧しいシャンカールの父親にとって、100万ルピーは見たこともない大金だったが、彼は「(あなたは)どうしたら自分の娘に値段をつけることができるのですか?」と拒絶した。

■「彼らはお前とお前の夫を殺すだろう」

カウサリヤはひどく傷ついて言った。

「1億ルピーくれると言ったって、シャンカールと別れる気はないわ」

彼女の父親は「我々の親戚は皆お前のことをとても怒っている。彼らはお前とお前の夫を殺すだろう。私は警告しているんだ」と言い、親戚らはダリトを侮辱する言葉を吐きながら帰っていったのだった。

そして、冒頭の2016年3月13日になる。カウサリヤとシャンカールが町に出かけ、新しいシャツを買った日だ。この日、ウドゥマライの町の中心で起こったことは、町の監視カメラに一部始終映っており、さらに周りの人々が携帯電話を使ってすべてを撮影し、それらはYouTubeにアップロードされた。

買い物を終えて歩いていた二人をバイクに乗った5人の男たちが襲う。男たちは二人を地面に叩(たた)きつけると、ナイフで切りつけ始める。シャンカールを切りながら、「パッラルの犬ころめ」と侮辱し続けた。

血だらけになった二人は病院に担ぎ込まれたが、シャンカールは死亡。カウサリヤも頭に重傷を負った。YouTubeにはまだ意識のあったシャンカールが何やら叫んでいる様子もアップロードされている。

そして頭に包帯を巻き、呆然(ぼうぜん)とベッドの上に座り込むカウサリヤの写真がインターネットのニュースサイトに掲載された。後に、二人を襲った男たちは、カウサリヤの両親が雇ったチンピラだということが判明する。

カウサリヤは言う。「両親は私をいつも愛してくれた。家族の中で私はペットみたいだった。でも今はあれが本当の愛情だったのかと思う。あれは私への愛情ではなくて、カーストへの愛情だったのじゃないかって。自分の娘とその夫を殺し屋を雇って殺そうとする家族って、一体、何ですか?」

■家族の威信を守るために女性を殺害する「名誉殺人」

事件後数カ月経って、カウサリヤは彼女を支援するNGOの聞き取りに応じ、2時間以上をかけて事件のことを詳細に語った。ここまで紹介したカウサリヤの語りは、ウェブメディアに掲載されたインタビューを再構成したものである(インド版『ハフィントンポスト』2016年12月5日)。

池亀彩『インド残酷物語 世界一たくましい民』(集英社新書)
池亀彩『インド残酷物語 世界一たくましい民』(集英社新書)

カウサリヤとシャンカールの事件は、メディアで大きく取り上げられた。二人が襲われている様子が監視カメラに収められていたことや、病院に担ぎ込まれた後も携帯電話のカメラで撮影され続けていたことなどから、これは「劇場型殺人」とでもいえるものであったし、なにより「名誉殺人」として注目を集めたのだ。

名誉殺人(オナー・キリング)とは、家族に恥あるいは不名誉をもたらしたとされる女性(数は少ないが男性の場合もある)を、彼女の家族や親族が家族の名誉や威信を守るために殺害することである。

「恥」とされる行為はさまざまで、婚外の性交渉から親の決めた結婚を拒絶すること、さらにはレイプの被害者となることなど、本人の意思とは無関係のことまで含まれる。またLGBTQIの男性/女性が名誉殺人で家族に殺されることも少なくない。

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池亀 彩(いけがめ・あや)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授
1969年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科、ベルギー・ルーヴェン・カトリック大学、京都大学大学院人間・環境学研究科、インド国立言語研究所などで学び、英国エディンバラ大学にて博士号(社会人類学)取得。英国でリサーチ・アソシエイトなどを経験した後、2015年から東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2021年10月より現職。

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(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授 池亀 彩)

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