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「一歩間違えば廃墟と化す」カジノ含む日本のIR計画が暗礁に乗り上げている理由

プレジデントオンライン / 2021年11月17日 9時15分

カジノを含む統合型リゾート(IR)の事業者について記者会見する大阪府の吉村洋文知事=2021年9月28日、大阪市中央区 - 写真=時事通信フォト

統合型リゾート施設(IR)誘致計画の申請が10月1日に始まった。現在誘致を公式に表明しているのは、大阪府・市、和歌山県、長崎県だ。経済ジャーナリストの芳賀由明さんは「横浜市が撤退した影響が3つの地域に及び始めている。コロナで状況は変わった。一歩間違えると、ハコモノ行政の繰り返しになる」という――。

■このままでは「歴史的失敗」に現実味

カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致施策が岐路に立たされている。有力候補地と目されていた横浜市が撤退した影響が残りの3地域にもおよび始め、来年4月以降の政府の誘致先選定に暗雲がかかり始めた。また、世界で猛威を振るう新型コロナウイルスがIR環境を一変させた。コロナ以前に作られた大規模集客施設の建設計画や経済効果の皮算用を見直しせずに突き進めば、ラストリゾートともてはやされた日本のIR誘致が歴史的失敗に終わりかねない。

国交省はIR誘致計画申請の受付を10月1日に始めた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で当初予定より9カ月遅れてのスタートだが、コロナ禍がIR誘致に及ぼす影響は受付時期の遅れだけにとどまりそうもない。

現在、IR誘致を公式に表明し事業者の選定を終えたのは大阪府・市、和歌山県、長崎県の3地域。IRの旗振り役だった菅義偉前首相のお膝元であり最有力候補とまでいわれた横浜市が反対派市長の誕生で一転して撤退を決めたことで、政府方針の「最大3カ所まで」という枠に収まる3グループは安堵するかにみえた。しかし事態は全く逆のようだ。

横浜の方針撤回に勢いづいて反対運動も活発化、IR誘致を表明した自治体への風当たりがにわかに強まってきた。

■コロナ前後でIRを取り巻く環境が変わった

「コロナの前と後ではIRを取り巻く環境が全く変わった。“ポストコロナ”に適応した形に見直さなければ必ず失敗する」

双日総合研究所の吉崎達彦チーフエコノミストは、コロナ感染拡大前に作られたIR政策や事業計画を早急に見直すべきだと警鐘を鳴らす。

IRの中核施設の開発要件は2018年に施行されたIR整備法とその後の施行令に定められており、宿泊施設は客室床面積の合計が10万平方メートル以上(客室換算2000~2500室)、国際会議施設は概ね1000人以上の収容能力、展示会施設は国際会議施設の広さに合わせて2万平方メートル、6万平方メートル、12万平方メートルから選択、などとなっている。また、カジノ施設はIR施設全体の床面積の3%以下に制限する。

IR誘致を目指す3地域はこれらの開発要件に基づいて国に提出する「区域整備計画」を策定するため、事業者から提出された計画案を審査して発注事業者を選定する。つまり、「区域整備計画」は国が求めた巨大施設の建設と、それに見合う集客見通しや収益見通し、自治体が求める経済効果をすべて盛り込んだものになるわけだ。

■3地域は優先交渉権を持つ事業者を選定済み

IR誘致に名乗りを上げた3地域は今年9月末までに優先交渉権を持つ民間事業者を選定済みだ。2025年に開催する万博会場となる夢洲に誘致する大阪府・市は米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同グループを、和歌山市の人口島マリーナシティに誘致する和歌山県はカナダ企業の日本法人クレアベストニームベンチャーズを、ハウステンボス隣接地への誘致を決めている長崎県はオーストリア国営企業の日本法人カジノ・オーストリア・インターナショナル(CAIJ)をそれぞれ決めた。

MGMとオリックスが大阪に提案した事業計画案は、初期投資が1兆800億円で最大規模。2028年の開業を想定しており、2500人収容の宿泊施設や6000人超が利用できる国際会議場など巨大な施設を造る。雇用創出数は約1万5000人、府と市は合計年1100億円の増収が見込めるという。

コンファレンスホール
写真=iStock.com/piovesempre
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/piovesempre

クレアが和歌山県に提案した案は、初期投資約4700億円で県が当初想定していた2800億円を大幅に上回る。開業4年で経済波及効果は約2600億円を見込み、雇用創出効果は大阪並みの約1万4000人だ。

長崎県に提案されたCAIJの事業計画も大風呂敷だ。総事業費3500億円や九州域内への経済波及効果を年3200億円としたのは、県が経済波及効果3200億~4200億円、雇用創出効果2万8000~3万6000人としていた当初見込みに合わせた格好だ。最大1万2000人を収容できるMICE(会議・展示場等)施設も建設する。さらに雇用創出効果は大阪や和歌山を大きく引き離し3万人だ。

■「5000人規模の会議なら、リモートでいい」

事業計画の策定や事業者選定時期はすでに新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大していた。しかし国交省は「中核施設の開発要件」に沿って巨大施設の建設を既定路線のまま事業計画に盛り込むことを求めている。

開発要件の見直しを行わなかった理由について、観光庁の特定複合観光施設区域整備推進本部は「公的財源を投入しない原則に基づいて自治体が現行制度で施設を造りたい希望もあり、国としても他国に比べて見劣りしていたMICEの国際競争力を高めたい考えもある」(前川翔企画官)と説明する。

地域経済活性化の起爆剤にしたい自治体にとっては、カジノに加えて巨大施設や大規模イベントによる内外からの集客能力こそが頼りだからだ。しかし、コロナ禍のなか、学術やビジネス分野では会議やイベントの大部分がオンラインで行われるようになり、MICE施設の利用ニーズは世界的に縮小した感が否めない。

IR業界に詳しい国際カジノ研究所の木曽崇所長は「国交省は新型コロナ感染前に作った開発要件をコロナ後も全く変えていないが、いまや5000人も集めて会議を行うニーズはない。リモート会議をすればよい」とMICE市場の変貌を指摘する。大型IRの必要性や開発要件を見直すには政府方針の転換が不可欠でIR整備法の改正も必要となるため、観光庁がおよび腰になるのも仕方がないかもしれない。

■和歌山では「二階王国」が揺らぎ始めた

自治体のIR誘致計画申請の受付が始まった10月1日。横浜市では、林文子前市長が2年前に設置した都市整備局内の「IR推進室」が廃止された。

「ほぼ当確」(自民党関係者)とさえ言われていた有力候補の横浜市が撤退したことで、以前から手を挙げていた3地域の誘致政策にも少なからず影響をおよぼし始めた。10月31日の衆院選を機に市民運動にも新たな動きが出てきた。申請受付期限の2022年4月28日まで無風とはいかなそうだ。

横浜
写真=iStock.com/TommL
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TommL

菅前首相と同様にIRを強力に推進してきた二階俊博前自民党幹事長の地盤、和歌山3区は衆院選で最多の4人が立候補した。元総務省職員の本間奈々氏など二階氏を除く3人がIR誘致に反対だった。なかでも本間氏は二階氏を中国寄りだと厳しく批判し、二階氏が進めてきたカジノ建設で治安が悪化すると力説。反二階派や市民団体などの票を集めた。

選挙ではほとんど地元回りをしなかった二階氏だが、今回は幹事長退任による影響力低下の危機感からか山間の過疎地区まで入り「政治の原点はふるさとだ」などと熱心に街宣して回った。ふたを開けてみれば二階氏の圧勝だったが、二階王国が揺れ始めた。

衆院選前の10月8日に開かれた県のIR対策特別委員会では、県からIR運営会社クレアベストニームベンチャーズ(カナダ)の日本法人を中心とする共同事業体を優先事業者に選び、「区域整備計画」の原案作りに入るとの説明があった後、自民党県議から事業の不安定さや不透明さを問題視する質問が相次いだ。

山下直也議員は「非公開だからといって姿が見えないのでは信用できない」と指摘。事業者との契約関係があいまいなことの説明を求めた。党県議団の重鎮、冨安民浩議員は「資金調達や収益など、大事業をやるのにこれでは心もとない。県が何が何でも進めようとしているのは問題ではないか」と疑問を呈した。

県の楠見直博IR推進室長は「まだ未確定な部分は残っているが11月には『区域整備計画』の原案を作り上げる」と苦しい説明に終始。推進派であるはずの自民党議員からの追及に当惑気味だった。

■市民団体は住民投票を求める署名活動を開始

横浜市長選の影響を問われた仁坂吉伸知事は報道陣に「やっぱりIRは良くないんだという人が増えそうだ」と心配していたが、それが現実になった格好だ。

県にはカジノに反対する3つの市民団体があるが11月6日、これらのグループが中心となりIR誘致の是非を問うための住民投票を求める署名活動を開始した。「ストップ! カジノ和歌山の会」の豊田泰史共同代表は「新型コロナでIR事業者はどこも経営不振になり、大きな会議場もいらなくなった。強い業者は撤退したし選定された業者の経営状況も良くない。建設してもさらに環境が悪化すれば廃墟になりかねない」と危惧する。

豊田氏は横浜市と同じ方法で市民の問題意識を高めたいと考えている。「住民投票の請求は6200人の署名で可能だが、2万人以上を集めて12月に市長に提出したい」という。署名が所定数に達すれば市長は住民投票条例案を市議会に諮らなければならない。自民県議は選定事業者の経営状況を不安視しているうえ、維新の会は県議、市議ともIR誘致に反対しており、大阪とは温度差がある。二階氏の神通力が弱まり始めた和歌山でIR誘致の是非が改めてクローズアップされそうだ。

■事業者選定プロセスの不透明さが指摘される長崎県

近畿圏の2地域に比べ地元政財界や県民の歓迎ムードが強い長崎県だが、運営事業者の選定を巡り不透明な手続きが問題視されてきた。事業者選定では、1次審査でCAIJを大幅に上回る得点を取っていた2事業者が2次審査で落選したことで、2事業者が審査結果に疑義を申し立てている。しかも県から事前に「信用性」や「廉潔」の問題などを理由に辞退を迫られたというのである。

9月16日の県議会で、自民党の溝口芙美雄県議は「(落選した)業者から選定過程に問題があったという意見が出たようだが公平、公正に行われたのか」と説明を求めた。中村法道知事は「選定は外部の専門家による審査委員会を設置して公平、公正、透明性をもって行われ内容は公表されている。社会的信用性と廉潔性は県が独自に行い、その結果は審査委員会にも開示していない」と答弁。落選事業者が問題視している県の「独自調査」の判断基準はあくまで公表しない方針だ。カジノ・オーストリアが本国で政治家の汚職事件に関係があるとの報道もあり、県の選定過程の不透明さは今後も尾を引く可能性がある。

「ストップ・カジノ! 長崎県民ネットワーク」は6月末までに1万人超のIR誘致反対署名を中村知事に手渡したが、その後も署名運動を継続中だ。新木幸次事務局長は「横浜の撤退やIRの実態も市民にはよく知られていないようだ」ともどかしさを感じているが、11月末から始まる県議会に新しい署名を提出する準備を進めている。反対意見の盛り上がりに期待している。

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写真=iStock.com/pepifoto
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■盤石の感がある大阪にもさざ波が…

衆院選では維新の会が議席を41に伸ばして第3党に躍進。盤石の感がある大阪も例外ではない。吉村洋文大阪府知事は8月の横浜市長選の翌日、「横浜が大阪のIRに影響を与えるものではない。どういうものができるかを丁寧に説明しながら進めていく」と報道陣に述べ、横浜市撤退の影響を否定して見せた。

しかし、「カジノに反対する大阪連絡会」などが11月中に横断的な反対活動に打って出る準備を進めている。同連絡会は2018年以降の署名運動で約10万人もの署名を府や市に提出した。有田洋明事務局長は「大阪にはいまカジノ反対を掲げるグループが8団体ある。衆院選が終わったのでこれから足並みをそろえて強力に運動を展開する」と意気込む。無風に見えた大阪にもさざ波が立ち始めた。

■無視できない住民の「総意」

3地域は今後、選定した事業者と共同で国に提出する「区域整備計画案」を策定し、県議会やパブリックコメントによる意見募集などを経たうえで、来年4月28日までに国交省に提出する。

和歌山県の場合は、現在、クレアベストと共同で区域整備計画の原案を策定中で、11月末に完成させる。その原案を公表してパブリックコメントを募集。来年2月に和歌山市と県公安委員会の承諾を得たうえで、県議会に区域整備計画案を提示し決議してもらう。国交省への申請は4月中になる見通しだ。ほかの2地域も概ね同様のスケジュールとなりそうだ。

審査に当たっては、計画そのものの内容やギャンブル依存症対策に加えて、「きちんとしたプロセスを経ているか、住民のコンセンサスができているかどうかをみていく」(特定複合観光施設区域整備推進本部の前川企画官)方針だ。自治体としての「総意」が認められなければ“落選”の憂き目にあう可能性もある。その意味でも、反対派の活動を無視できないわけだ。

■IR計画の見直しには「ポスト菅」が不可欠

反対派の最大の理由はギャンブル依存症増加や治安悪化といえるが、双日総研の吉崎氏は「依存症に神経をとがらせるのはパチンコや競馬など誰でもいつでもできる賭け事が野放し状態だったから。IR整備法に関連してすべてのギャンブルが対象の依存症対策が義務付けられたうえ、カジノは日本人の個人管理を徹底するので心配にはおよばないだろう」と楽観視している。反対派の中には「コロナ禍で状況が変わったのに(和歌山県は)何も検証しないで突き進んでいる」(豊田氏)と県に見直しを求める意見も少なくない。

競馬場
写真=iStock.com/winhorse
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吉崎氏は、ポストコロナの時代に合わせていまからIR施策を見直すには、旗振り役を続けてきた菅前首相に代わる「ポスト菅」の存在が不可欠という。施設の規模を見直す場合はIR整備法や施行令など制度改正を伴うことになるため「時間的に絶対無理」(観光庁)といわれるが、見直すべき部分はほかにも多い。

高率の税制や納付金、10年の権利期間も有力事業者が撤退した要因とみられている。「コロナ後の世界経済のなかで、完成後実質5年程度で投資回収を見込むのは厳しい。横浜のIRから早々に撤退した米ラスベガス・サンズの判断は極めて合理的だった」(吉崎氏)。

■一歩間違えると「ハコモノ行政」を繰り返すことになる

一方、木曽氏は自治体グループが公表した経済効果や集客予想に対し「事業者や自治体の事情もあったのだろうが、盛りすぎだ」と問題視する。予想数字と現実があまりに大きく乖離するとそれだけで「失敗」の烙印を押されかねない。自治体側は区域整備計画で、ポストコロナを見据えた冷静な経済効果算出が不可欠となりそうだ。

観光などの「遊民産業」の経済効果に期待する吉崎氏は「ポストコロナの観光業の答えは誰もわからないが、最も進んだIRを日本で実現できれば良いツールになる」と期待を寄せる。

2002年に発足した「カジノと国際観光産業を考える議員連盟」(現国際観光産業振興議員連盟=IR議連=)の初代会長だった野田聖子氏はIR整備法案が党総務会で了承された時に「観光立国としての初めの1歩だ」と興奮気味に語った。

しかし、これから始まる本当の「1歩」を踏み間違えると、バブル経済期に日本各地で乱立し、解体されたり廃墟となった「ハコモノ行政」の愚策を繰り返すことになりかねない。

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芳賀 由明(はが・よしあき)
経済ジャーナリスト
1981年早稲田大学法学部卒業、91年日本工業新聞社経済部および産経新聞社経済本部で電機、自動車、日銀、東証、経産省、総務省などの担当を経て次長、2013年経済本部編集委員。2017年NHK交響楽団総務部長、2021年6月独立。北海道出身。

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(経済ジャーナリスト 芳賀 由明)

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