1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「これはむちゃくちゃ大変やないか」サイボウズ社長が夫婦別姓の訴訟を起こした納得の理由

プレジデントオンライン / 2021年11月24日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shirosuna-m

ソフトウエア開発会社「サイボウズ」社長の青野慶久さんは、結婚で妻の姓に変えた。その結果、多くの苦痛を味わったという。青野さんは「改姓したときは深く考えてはいなかったが、実際に改姓すると『これはむちゃくちゃ大変やないか』とわかった」という――。

※本稿は、青野慶久『「選択的」夫婦別姓 IT経営者が裁判を起こし、考えたこと』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■訴訟、そして敗訴

まさか、自分の人生で裁判を「起こす側」になる日が来るとは――。

2018年1月9日。まだお正月ムードの抜けきらない、1月にしてはあたたかな火曜日のこと。

僕は「夫婦別姓裁判」を起こしました。訴訟の相手は、国。日本人同士が結婚するとき、それまで使ってきた姓をそれぞれ名乗り続けられず、同姓にしなければならない現在の法律は憲法違反だとする訴えです。精神的苦痛を受けたとして、計220万円の損害賠償を請求しました(言わずもがな、お金が欲しかったわけではありません)。また、同時に「こんなふうに法律を変えたらいいのでは?」とアイデアも提案していました。

原告は4人。代理人は、作花知志弁護士です。原告のうち僕含め2人は、旧姓のまま結婚できなかったことで、現在に至るまで大きな不利益を甘受している個人の男性と女性。そしてもう2人は、「旧姓を使うことができないがゆえに事実婚せざるを得なかった」カップルでした。

ただ、僕たち4人はあくまで「代表」。後ろには、同じくつらい思いをしている人たちがたくさんいます。

これまで多くの人々が、結婚における「強制的夫婦同姓」によって経済的・社会的・精神的苦痛を強いられてきました。社会に「困りごと」を抱える人たちを生み出す制度は、変えなければならない。――僕たちは、そんな思いで裁判を起こしたのです。絶対に違憲判決が出ると信じて。

しかし、2019年3月、東京地方裁判所での一審は敗訴。2020年2月に行なわれた東京高等裁判所での二審でも、訴えは棄却されました。

そして2021年6月23日。僕たちの裁判は最高裁で判断されることなく、別の夫婦別姓裁判とまとめるようなかたちで上告棄却。何もできないまま、敗訴が確定しました。僕たちの切実な思いは、あっさりと退けられてしまったのです。

作花先生曰く、こういったかたちで上告棄却されるのはほとんど前例がないとのこと。まるで、軽くあしらわれるように訴えが退けられるなんて……。「そんなことがあるんだ」と呆然としたものです。

■深く考えずに妻の姓へ

さて、時計の針を戻しましょう。そもそも、なぜ僕が結婚時に妻の姓に変えたかについてお話ししたいと思います。といっても理由はシンプルで、妻が希望したからです。

「私、名字、変えたくないんだけど」
「えっ!」
「女性が改姓するのが当たり前って風潮はどうかと思うんだよね」
「うーん」

僕自身、当時は妻が自分の姓になるものとばかり思い込んでいました。正確にいうと、そのことについて考えたこともなかった。しかも、結婚しようという話になってから突然そう言われたので、やや面食らいました。

そこで、新卒で入社したパナソニックで机を並べていた女性の同僚や先輩、サイボウズの社員たちのことを思い浮かべてみました。

結婚をきっかけに改姓した女性たちは旧姓を名乗り、ふつうに仕事をしている。とくに不満を聞いたこともない。自分の場合、「青野」の名前で仕事さえできれば困らない。――よし、たいした問題にはならないだろう。

そんな軽い気持ちで「じゃあ、僕が名前を変えるわ」と了承しました。

ときは2001年。いまよりもさらに女性側の名字を選ぶ夫婦は少ない時代でしたが、そこはあまり気にならなかった。愛する妻のため……というとかっこいいのですが、正直なところ、深く考えてはいなかったのです。

■改姓の苦痛は一時的なものではなかった

ところが婚姻届を出して以降、じわじわと「これはむちゃくちゃ大変やないか」と気づきます。

まずは改姓の手続き。健康保険証、運転免許証。そして、免許証を証明書としている銀行口座、証券口座、クレジットカード、携帯電話、飛行機のマイレージカードから近所の図書館の会員カードまで。さらには、各種ウェブサービスに登録している情報の変更……。

膨大な作業が発生し、どこまで何を変えたか整理するのもひと苦労でした。旧姓でつくった銀行口座を結婚後に解約するときは、戸籍謄本が必要だと言われ、「解約するだけなのに謄本がいるの⁉」と腹が立ったこともあります。しかも、そうした作業には平日に休みを取ったり、あるいは貴重な休日をつぶしたりしなければいけないので余計イライラも増すというもの。根が技術者で合理主義な僕は、不毛な時間にストレスを感じていました。

さらに厄介なのが、それが「結婚直後のみの苦痛」ではなく「ずっと続く」ということでしょう。サイボウズは海外にも拠点があり、僕も海外出張の機会が少なくありません。現地のメンバーやビジネスをする相手が、僕のホテルの予約を取ってくれるのですが、うっかり「AONO」名で取ってしまうと話がややこしくなるから、さあ大変。ホテルに到着してフロントでパスポートを見せたら、

「ニシバタさま? 予約がありませんね」
「アオノではどうですか?」
「あります。でもアナタ、本当にアオノさんですか? パスポート名と違いますが?」

……といったトラブルに発展していくわけです。移動と仕事で疲れ切っているときに、なんと無意味な会話。こうした事態を防ぐため、近年は20年以上前につくった青野姓時代のパスポートを持ち歩いて自らの証明書としています。これも、姓を変えていなければする必要のない工夫です。

ビジネス旅行者がホテルに到着
写真=iStock.com/jacoblund
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jacoblund

■アイデンティティ喪失という問題もある

仕事上の不具合はほかにも無数にありました。会社では「青野さん」と呼ばれ、「青野」としてメディアに出演するのに、給与明細は「西端」。一部の契約は戸籍名でなければならず、ハンコは常に2つ持ちです。毎度「これはどっちを使えばいいのか?」と調べるのも面倒ですし、仕事上の人格として一貫性もない。もし間違ったら差し戻されて書類を作り直さないといけない。名前の使い分けが非常に面倒であるのはもちろん、人事部や経理部や法務部や情報システム部にも「2つの名前を管理する」という余計な仕事が増えていることに、経営者としてあらためて気づきました。

また、僕が経験していないところでは、それまで取得した資格や特許、提出した論文、海外での活動で使っていた名前と、結婚後の名前が異なることで、実害を被っている方もたくさんいらっしゃると聞きました。

「大変さ」に気付き、姓を変えた他の人にも話を聞いてみると、問題は仕事以外にも及ぶことがわかりました。

まず、20年、30年、40年と使ってきた名前というアイデンティティのひとつを失うことで、精神的苦痛を感じてしまうこと。僕の場合は仕事上で「青野」を名乗れていますが、旧姓を使う機会の少ない、たとえば専業主婦の方々などは喪失感が大きいことでしょう。

■「強制的夫婦同姓」のせいで婚姻できないケースも

また、僕たちと一緒に原告になったカップルのように「結婚したいけれど夫婦同姓にしなければならないことが理由で結婚できない」ケースもあります。たとえば珍しい姓同士であったり、長男長女同士、ひとりっ子同士であったりと、姓に対して折り合いがつかないために事実婚を選ぶカップルも多いのです。

もちろん婚姻制度自体に意味を求めず、事実婚を選択している方々もいるでしょう。

しかし、「本当は結婚したいけれど姓を変えることが足かせになっている」人たちがいるのであれば、現在の制度には改善の余地があるわけです。

このように、「強制的夫婦同姓」で別姓を認めない――それまでの人生で何十年も使い続け、自らと一体化している旧姓の利用を制限する――ことは、男女ともに社会で活躍する世の中では、効率的な経済活動を阻害し、混乱をもたらしています。さらに、個人の幸せを阻んでいることも間違いないのです。

改姓して以来、僕は「なぜこんなに不便な目に遭わないといけないんだ?」と疑問や怒りを膨らませ続けてきました。「現在の制度が『強制的夫婦同姓』だからこんな不便が起こるんだ、別姓のままでも結婚できる選択肢を社会に用意すべきだ」とぶつぶつ文句を言い続けた。それがときどきメディアに取り上げられるようになったものの、本当にごくまれで、「まだネタ的に弱いんだな」と世間の関心の薄さをひしひしと感じていました。

■2015年12月、夫婦別姓訴訟が最高裁で棄却された

なぜ「選択的」なのに、夫婦別姓は進まないのか?

そんな選択的夫婦別姓問題にとって、そして僕自身にとっても大きな転機となる出来事が、2015年12月16日に起こります。

男女5人を原告とした「夫婦同氏を強制する民法750条は憲法違反」との訴え(夫婦別姓訴訟)が、最高裁で棄却されたのです。

僕はこの裁判では原告ではありませんでしたが、夫婦別姓賛成派で、当事者。ですから、判決の日にはもちろん期待して見守っていました。一審、二審と棄却されてきたけれど、司法のトップである最高裁ならまっとうな判決を下すはず。ようやく「強制的夫婦同姓」に違憲判決が出るぞ。社会が一歩前に進むぞ。心からそう信じていたのです。

しかも判決が出る直前には、夜のニュース番組の取材を2件受けました。「夫婦別姓賛成派で、自身も姓を変えたITベンチャーの社長」はメディア映えしたのでしょう。インタビューでは、「今の制度は、日本のジェンダーギャップを生み出している権化のような存在だ」と現法律の欠陥、そして今回の裁判の社会的意義について大いに吠えました。

ところが、判決は「合憲」。現行法で問題ないと判断され、僕のインタビューも敗訴のニュースとともにお茶の間に流れました。違憲判決とともに、「勝利の解説」として流れる予定だったのに……切ない。

■一部の議員が選択的夫婦別姓に猛烈に反対している

いよいよ僕の疑問は膨らみます。

「みんなが夫婦別姓にしようぜ、という話じゃない。選択したい人がそうできるようにしようと言っているだけだ。なぜ、日本ではこうも議論が進まないんだろう?」

そこから本業の傍ら、個人活動をスタート。自分なりにあらためて、選択的夫婦別姓について詳しく調べてみることにしました。なぜ制度や世論は変わらないのか。どうすれば社会は動くのか。現状、どのような活動をしている人がいて、どのような成果があるのか――。そんな疑問を解決するために、ロビイストや政治家などに、積極的に話を聞きに行ったのです。

たとえば自民党の野田聖子議員のもとへ赴き、ざっくばらんに夫婦別姓について伺ったときのこと。

彼女はかつて、自身の家名を継承するために事実婚を選択していたこともある人です。選択的夫婦別姓に関しては「民法の一部改正に関する法律案」を提出したこともある、筋金入りの「別姓賛成派」。そんな彼女は、こう教えてくれました。

「政治家の中でも、一部の議員が猛烈に反対しているんですよ」

どうやら、「家族の絆」や「伝統」といった言葉を大切にする人たちが政治の中心に陣取っていて、夫婦別姓の家族が増えることによって、なし崩し的に戸籍制度まで破壊されてしまうことを恐れている。たとえ選択的であれ絶対に許さん、とガードしているというのです。

「ただ、彼らは影響力が大きいので、『賛成したら選挙で応援しない』と言われれば黙るしかない。心の中では別姓に賛成している議員も、表立っては推進できないんです」

■政治を変えるにはまず世論に訴える必要がある

では、どうすればいいのか、政治から夫婦別姓制度に変えることはできないのか? と突っ込んで聞くと、社会、つまり有権者たちが「そういうムード」になることが大切だと教えてくれました。

青野慶久『「選択的」夫婦別姓 IT経営者が裁判を起こし、考えたこと』(ポプラ新書)
青野慶久『「選択的」夫婦別姓 IT経営者が裁判を起こし、考えたこと』(ポプラ新書)

――「立法」、つまり法律をアップデートしたり新たにつくったりするのは、国会議員の仕事。彼らが「ノー」の立場であれば、いつまでも法律は変わらない。法の面から社会を変えるためには、国会議員の考えを変えなければならない。そのためには、彼らを「選ぶ人」である有権者の意思、つまり世論を賛成多数にするしかない。そうすれば、選挙で落選したくない議員たちは空気を読み、「別姓に反対したら次の選挙は危ないな」と、そちらに意見を寄せていくはず。

結局のところ、政治家は自分が選挙に当選するかどうかが一番の関心事、というわけです。落選すれば、職を失うわけですからね。

世論が選択的夫婦別姓賛成多数になっていけば、必然的に、政治家たちのスタンスも賛成に変わっていきます。まずは世論に訴える必要があるんだな、と知ることができました。

----------

青野 慶久(あおの・よしひさ)
サイボウズ社長
1971年、愛媛県出身。大阪大学卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、97年サイボウズを設立。2005年より現職。3児の父として3度の育児休暇を取得。総務省、厚生労働省、経済産業省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など。

----------

(サイボウズ社長 青野 慶久)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください