「テレビCMよりも費用対効果がいい」銀のさらが"紙のチラシ"を年3億枚も配り続けるワケ
プレジデントオンライン / 2021年11月26日 12時15分
■宅配寿司としては後発、力を入れたのは「紙のメニューチラシ」
宅配寿司「銀のさら」は2000年にスタートして以来、自社配送・自社製造にこだわり、注文受付から調理、宅配までを一貫して担ってきた。
当時は今ほどフードデリバリーが普及しておらず、「宅配寿司チェーンがデリバリー市場を先に行く存在だった」と、ライドオンエクスプレス デジタルマーケティング部でエグゼクティブマネージャーを務める渋谷和弘さんは振り返る。
「銀のさらは、新規参入としては後発組でした。ただ当時の宅配寿司は、紙のメニューチラシに載っている寿司の写真と、注文して届いた実物の寿司との見た目のギャップが激しいことが多く、割高感の否めない風潮があったのです。そこで銀のさらは、写真のものと同じクオリティを出せるよう、メニューチラシのデザインから寿司のネタ、シャリに一層のこだわりを持って『後悔させない宅配寿司』を目指してきました。こうして、お店で寿司を食べたときと変わらない満足感を提供するために、地道に取り組んできた結果として、業界シェアNo.1になれたと考えています」
競合がひしめくなか、銀のさらの生命線になってきたとも言えるのが紙のメニューチラシだ。
根底には「商品と販促はつながっている」という考えがあるという。
「紙のメニューチラシは、お客様の手元に直接届けることのできる最良の販促です。だからこそ、高級感が伝わるよう、写真映えを意識したり、紙の材質や印刷にこだわったりしていて、当時から現在までずっとこだわりをもってメニューチラシを作成しています。また、制作会社や代理店に全行程を頼むのではなく、メニューチラシ専用の制作チームを自社で抱え、半内製化した体制をとってきました。
ここまでメニューチラシにこだわるのは、銀のさらの平均単価が約5000円という価格ゆえ、薄手の紙では魅力が伝わらず、見劣りしてしまうからです。そのため、メニューチラシを手にしたときの上質な手触り感や、興味をかき立てるような写真のビジュアルなどは、今も昔も変わらずに質の担保を心がけてきたのです」
■「正面の感覚で食べたい」ニーズに応えた“放射盛り”
「たかがチラシ、されどチラシ」と言えるように、銀のさらはメニューチラシに並ならぬ執着を持って創意工夫を行っているのだ。
寿司の盛り付け方ひとつとっても、商品開発チームが並べ方や見せ方を考えているという。
「寿司を同じ向きに並べる『流し盛り』のほか、グループで食べる際に『どこからでも正面の感覚で食べたい』という要望に応えたのが『放射盛り』です。色鮮やかな寿司が放射状に広がるきれいな見栄えは、他社に真似されるほど好評を博す盛り付けになっています。そして、桶を見た時の美しさを重視するために、赤と白のコントラストを意識し、全体のバランスを考えながら寿司のネタを並べるなど、随所に工夫を凝らしています」(渋谷さん)
■テレビCMよりメニューチラシの方が費用対効果がいい
そして、地域ごとの特性や消費者志向に合わせるべく、北海道/東日本/東海/関西/西日本・九州の5エリアでそれぞれ異なった商品展開を行っており、合わせてメニューチラシのデザインも変更している。
メニューチラシは四半期に一度、シーズナルのキャンペーン商品を投入する時に合わせてデザインを刷新している。配布枚数は、1店舗あたり4万~5万枚だ。その合計は、年間3億枚にのぼる。
だが、全国の各地域に広くあまねく訴求するのであれば、テレビCMを打った方が効率はいいだろう。
それでも銀のさらが、メニューチラシをポスティングし続けるのは「『宅配』というお届けできるエリアが限られたビジネスモデルのため、一軒一軒ピンポイントで告知ができるメニューチラシの方が費用対効果が良いから」だと渋谷さんは説明する。
「実は利用者の1世帯あたりの年間平均注文回数が2.35回というデータがあり、年に数回の注文を獲得するためにテレビCMを打つよりも、定期的にお客様の元へメニューチラシを配布した方がいいわけです。キャンペーンを行うのもお客様との接点を作るためで、ある種地域に根ざしながら、地道にお客様を育てていくような気概を持ってマーケティングに取り組んでいます」
こうして銀のさらは、ポスティングによる紙のメニューチラシを長年配布してきたことで、ブランド認知の向上や購買ニーズを醸成し、宅配寿司業界を牽引するようになったのだ。
■2010年からデジタル化推進、6割はWEB経由に
さらに、不動の地位を築くのに大きく寄与したのがデジタル化だ。
今でこそ多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を掲げ、デジタルへのシフトに奔走している。一方で、銀のさらは渋谷さんが入社した2010年ごろから業界に先駆けてDX化を推進してきた。
なぜ早くに、デジタルを使ったマーケティングやプロモーションに目をつけたのか。
「当時、アメリカの宅配ピザ業界が先行して、日本の宅配ビザ業界でもネットを利用した宅配注文システムによるオーダーに力を入れ始めていました。そのとき、『これは早めに手を打っておかないと、取り残されてしまう』と危機感を抱き、宅配ピザ業界をベンチマークするようになりました。今まで紙のメニューチラシやDMをポスティングし、電話で出前の注文を取っていたのを、いきなりデジタルに切り替えるのは難しいので、徐々に浸透させていけるように意識しました」(渋谷さん)
デジタルでのマーケティングに取り組み始めた当初は、電話注文が95%に対してWEB経由での注文はわずか5%ほどだったという。
それが、LINE公式アカウントの運用やメールマガジンによる配信などのマーケティング施策を実行し、知見やノウハウを積み上げてきたことで、現在では全国平均で40:60の割合になった。
■「ブロックされない程度」の接触頻度を意識
いわば、アナログな手法で「電話が鳴るのを待つ」のではなく、デジタルの力で消費者にダイレクトにアプローチして「需要喚起を図る」ことにより、消費者といつでもつながれる状態を構築したのである。
「LINEでもメルマガでも、最悪読んでくれなくてもいいんです。ブロックされたり迷惑フォルダに振り分けられないよう、接触頻度は意識しながら情報のご案内をしています。基本的には週1で送るようにしていて、キャンペーンや誕生日も考慮しながら、お客様との接点を生み出せるよう心がけています」(渋谷さん)
メールマガジンによる配信は1回につき数千万円単位、そしてLINE公式アカウント経由では月間数億円単位の売り上げに貢献しているという。
■自社チャネルだからこそ、購買データを活用できる
他方、コロナ禍でデリバリー需要が高まり、多くの飲食店が宅配ビジネスに参入したことで市場の競争は激化している。
そんななか、銀のさらではどのような差別化を図っているのか。
渋谷さんは「こういう状況だからこそ、凡事徹底の精神が大事になってくる」とし、次のように話す。
「弊社の“凡事徹底”の精神とは、メニューチラシの写真通りの商品を作成し、お約束した時間の前後15分以内に届けることです。『当たり前のことを徹底的にやり、お客様との約束を守る』ことが何より大事であり、原点を忘れずに取り組むことで、銀のさらの強みが生きてくると考えています。
また、自社チャネルを持っていることも優位性につながっています。デジタルによる販促活動では購買データが蓄積されるので、ターゲットに合わせたアプローチや施策の効果測定など、数字に基づいたアクションを行うことができるからです」
また、他社が異業種や人気アニメなどのIPコラボを実施し、認知度向上に努めているなか、「費用対効果が悪くなるものには投資しない」という姿勢を貫いている。
「IPタイトルとのコラボも過去に試したものの、注文のきっかけには結びつかなかったので、基本的にはコラボ企画の施策は考えていません。そこにお金をかけるよりも、サービスや商品に投資した方がお客様の満足度が高まると考えています。加えて、基本的には商品の値引きをしない戦略をとっています。というのも、値段を下げて購買数が一時的に伸びても結局リピートしないですし、値引き期間内とそうでない期間とで差別感が生まれるのもよくないと思っているからです」
■コロナ禍が明けてもデリバリーは残る
コロナ禍を契機に、急速に普及したフードデリバリーだが、いずれコロナ禍が明ける時期が来るだろう。
そうなったときに、今よりも外食頻度が増え、フードデリバリーの需要が縮小する可能性も大いにある。
アフターコロナについてどう見据えながら、事業展開していくのか。
最後に渋谷さんに今後の展望について聞いた。
「もちろん、コロナ禍が明ければ外食をする機会も増え、店舗への客足も回復してくるでしょう。ですが、フードデリバリーがライフスタイルに根付いているのは確実で、急な揺り戻しはないと見ています。アメリカや中国などはデリバリーやテイクアウトの方が多いですし、日本も食に対するニーズがさらに多様化すると予想しています。飲食産業は今まで店舗でのイートインが前提でしたが、最近に入って外食の枠組みが変わってきています。
テイクアウト、デリバリー、ECサイトでのミールキット販売など、『オフ・プレミス(店舗外消費)』の流れがこれからさらに加速してくるはずです。そういう意味では、オフ・プレミスの食体験をいかに見いだせるかが鍵になってきます。銀のさらでは、テイクアウトできる店舗を今後増やしていきつつ、主軸はデリバリーに置きながら、事業を成長させていければと思います」
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フリーライター
1986年生まれ。ビジネス、ライフスタイル、エンタメ、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている。
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(フリーライター 古田島 大介)
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