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「原発45基分を洋上風力で発電」日本政府の大胆な目標に海外勢がヨダレを垂らすワケ

プレジデントオンライン / 2021年12月2日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ian Dyball

火力発電に変わる主力電源として、洋上風力への関心が高まっている。「EnergyShift」発行人の前田雄大さんは「政府は洋上風力を『切り札』と位置付け、巨額投資を計画している。しかし、海外企業の絶好の狩り場になる恐れがある」という——。

■「主力電源の切り札」日本の洋上風力に迫る危機

昨年10月、菅義偉首相(当時)が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行い、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」という政府目標を掲げた。だが日本の電源構成は火力発電が全体の7割超を占める。カーボンニュートラルの実現には、火力への依存度を下げ、再生可能エネルギーの普及が不可欠だ。

ただし太陽光でその電力全てを賄うには日本の国土は狭く、山林だらけであるため限界がある。また、サプライチェーンも中国に支配され、日本勢が割って入れないという致命的な弱点がある。そこで政府が注目したのが「洋上風力」というわけだ。

洋上風力発電の規模を2030年までに1000万、2040年までに3000万~4500万キロワットまで引き上げるという目標を政府と民間企業でつくる協議会で決めた。原発1基を100万キロワットと換算すると最大で45基分になる、実に野心的な目標だ。

政府は「エネルギー基本計画」で、洋上風力を「再生可能エネルギー主力電源化の切り札」と持ち上げている。実質、これから火力から洋上風力への大転換が行われる。つまり、大規模な投資が行われることを意味する。

無論、世界の潮流も考えれば日本の経済のためにも脱炭素転換は重要だ。脱炭素の観点から日本でも洋上風力が拡大することは歓迎すべきことだが、懸念すべき点がある。それは、この新しい市場が海外勢の狩り場になる恐れがあるという点だ。

特に洋上風力が産業として盛んな欧州、中でも自国の経済復興の鍵と位置付けるイギリスにはヨダレを抑えられない展開だろう。

本稿では、日本の洋上風力発電が早々に直面する危機を三つの点から警鐘を鳴らしたい。脱炭素をめぐる主導権争いの結果、日本は欧州の経済的侵略の対象に成り得る——洋上風力は脱炭素をめぐる残酷な現実を示す「好例」となりかねないのだ。

■なぜイギリスは「洋上風力大国」になれたのか

日本の洋上風力を虎視眈々(こしたんたん)と狙うイギリスは、「グリーン産業革命」の旗の下、脱炭素や自動車の電動化(EV化)の議論を主導してきた。

2019年8月14日撮影のボリス・ジョンソン首相(写真=Ben Shread/OGL v3.0/Wikimedia Commons)
2019年8月14日撮影のボリス・ジョンソン首相(写真=Ben Shread/OGL v3.0/Wikimedia Commons)

10~11月に開かれたCOP26に先立ち、ジョンソン首相は岸田首相との初の電話会談で石炭火力発電の停止に向けたコミットメントを表明するよう要請した。本来エネルギー分野は国家安全保障にかかわる重大事だが、気候変動対策の名の下に露骨な干渉をしてきたことになる。

イギリスがなぜ異例な対日姿勢に転じたのか。気候変動対策を推進したいという純粋な思いだけではない。イギリスが注力している洋上風力発電を日本市場でも展開させたいという思惑が見え隠れしている。

そもそも洋上風力は、1990年にスウェーデンの洋上に設置された風車が始まりとされ、その後、欧州各地で設置が相次いだ。イギリスは北海原油などの資源に恵まれていたことから他国と比べ出だしは遅れたが、イギリス政府は2000年初頭から再エネに注目。特に洋上風力に注力する政策を推進してきた。

現時点で2200基以上の風車が回り、電力の1割を賄うほどに成長した。洋上風力の発電量は世界トップだ(日本は10番目で、圧倒的に後れを取っている)。

出典=World Forum Offshore Wind「Global Offshore Wind Report 2020」
出典=World Forum Offshore Wind「Global Offshore Wind Report 2020」

普及の要因としては、周辺海域が遠浅で洋上風力の適地が多かったこと、それらの海域は風況がよく最適な立地であったことが挙げられる。規模の経済が利いて洋上風力の発電コストが低下し、同時並行でイノベーションも進展する好循環が生まれたのも大きい。

■「成長のエンジン」を担うまでに成長した風力発電産業

イギリスにとって脱炭素分野は、いまや「成長のエンジン」になっている。2020年11月にイギリス政府が発表した経済復興パッケージ「Green Industrial Revolution」(緑の産業革命)は、脱炭素関連産業を成長させることを通じて経済成長を達成し、雇用を生み出し、カーボンニュートラルに向けた取り組みを加速させるという内容になっている。

ここでジョンソン政権が主軸として強調したのが洋上風力であった。無論、イギリス企業が単独で開発を進めているわけではなく、欧州の多くの企業が参画している。そうした欧州域内の投資を受け入れながらイギリスの洋上風力関連産業は着実な成長を見せ、世界有数の洋上風力発電関連のコンサルティング企業やエンジニアリング、製造企業を有するようになった。

国内の雇用の大規模創出にも成功し、今後5年間の民間部門による投資は608億ポンド(約9兆円)にのぼると見積もられている。イギリス政府が描いたストーリーが着実に現実のものになりつつある。

イギリスの洋上風力産業は成長を続け、ようやく形になった。脱炭素時代の到来というまたとないチャンスとなった。次なる一手は機動的な国際展開ということになる。聞こえはいいが端的に言えば、産業競争力を背景とした経済的侵略だ。

そこで洋上発電を国家プロジェクトで進める日本は、絶好の狩り場として浮上する。

■同じ島国なのに…なぜ日本は風力発電に乗り遅れたのか

洋上風力タービン
写真=iStock.com/LanceB
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LanceB

日本は長らく再エネを軽視してきた。先述の通り、電源構成は火力発電が全体の7割超を占め、再エネ比率はわずか18%に過ぎない(2019年度)。水力を除けば1割程度だ。日本のエネルギー政策は福島第一原発事故まで「原発脳」であった点も大きいだろう。

その点、イギリスは北海油田や石炭資源がありながら、有限性に着目し、早い段階で再エネ(特に洋上風力)に目をつけ、脱炭素という追い風が吹くまで自国産業を育成し続けた。同じ島国でありながら日本が風力発電に乗り遅れ、差をつけられた理由はここにある。

日本はようやく「再生可能エネルギー主力電源化の切り札」として風力発電、特に洋上風力に着目し始めた。だが、このままでは王者であるイギリスの狩り場に成り下がる恐れがある。理由を3つに整理する。

■撤退を続けた国内企業

一つ目は、そもそも対抗できる国内メーカーがおらず、洋上風力の導入には外資の知見を頼らざるを得ない点だ。世界では、デンマークのオーステッド、ドイツのRWE、スウェーデンのバッテンフォールなどが洋上風力発電事業者の上位を占めており、そこに日本勢の名前はない。

日本では、少し前には三菱重工、日本製鋼所、日立製作所の三つのメーカーが風力発電機の国内製造を行っていた。しかし、市場の成長が遅れたこともあって順次撤退し、2019年春に日立製作所が製造を終了したことで国産風車メーカーは完全に無くなった。発電に必要不可欠な風車に関しても日本勢は完全撤退している。

洋上風力について日本勢の弱さを象徴するエピソードもある。福島県沖でオールジャパンの体制で組まれた福島洋上風力コンソーシアムが2013年以降、洋上風力の実証実験を行ってきた。

画像=福島洋上風力コンソーシアムのウェブサイトより
画像=福島洋上風力コンソーシアムのウェブサイトより

しかしコストが高い上に、不具合続きなどの影響で稼働率は低迷。採算を見込めず撤去した。約600億円もの巨費をつぎ込みながら、「データを収集する目的は果たせた」という政府の弁ではあまりに寂しいだろう。

運転の知見もなければ基幹部品の風車も海外製品に頼らなくてはならない、というのが今の日本の実態だ。海外勢が圧倒的な競争優位性を持っている。日本で洋上風力市場が生まれ、急速な拡大が見込まれながら日本に有力なプレーヤーがいないのだ。

ちなみに太陽光の分野でも同じ現象が起きている。これから脱炭素目標に向かって太陽光も導入・拡大が目される中、日本の太陽光パネルメーカーは続々生産撤退を発表している寂しい状況にある。

■外資参入を止められない仕組み

二つ目に、現状では洋上風力について外資参入を規制する制度設計になっていない点だ。

国内の洋上風力は長崎県五島市沖合や千葉県銚子市沖で商用運転されている事例を除き導入実績はなく、海外の成功事例を輸入する以外に根付かせる方法がない。日本の洋上風力は、外資を規制する手段すら講じられない段階にあると言っていい。

これが、政府が「切り札」と持ち上げる洋上風力の状況なのだ。政府もこの点は割り切っており、「これまでの国内の風車メーカー撤退等の経緯を総括し、海外企業との連携や国内外の投資を呼び込むような」政策が必要であると認めている。

この結末は、先行した太陽光発電を見れば明らかだ。日本の太陽光発電市場に多くの外資の参入を許すことになった。当時の太陽光より海外と力量差がある洋上風力は、規制なくば、外資の参入は太陽光との比では済まないだろう。

実際、すでに外資は日本市場に入ってきている。先ほど洋上風力の世界上位企業として挙げたオーステッドは日本の洋上風力開発に参画済みだ。RWEも日本法人を設立し、関西電力との提携を発表するなど着々と準備を進めている。また、首脳レベルで圧力をかけてきたイギリスは、この11月に電力大手SSEが日本の洋上風力会社の株式を8割取得し、日本市場に進出する姿勢を鮮明に打ち出している。

風力タービン
写真=iStock.com/ZU_09
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ZU_09

■日本は非常に「おいしい市場」

三つ目の理由は、太陽光導入時と同様に、洋上風力でも政府が電力を一定額で買い取る制度(固定価格買取制度)の適用が想定されている点だ。

買取価格は1kWhあたり20円台後半以上になる見込みだ。太陽光の11円と比較すればどれだけインセンティブが設けられているかが分かる。確実に事業者が儲かる価格設定にしないと参入が期待できないからだ。

さらに日本という信頼できる国の政府保証が付く。20年という長期保証のビジネスモデルであり、外資からすればこれ以上予見性をもって稼げる場はない。

ここで強調しておきたい。この政府保証の原資は国民負担である。いまは電気代に上乗せされた「賦課金」で皆が負担している。洋上風力も何らかの形で国民負担になるだろう。本来であれば、国内事業者にお金が落ち、サプライチェーンにも資金が回り、それが経済循環することで国内経済に資する公共事業となるはずだ。

国民負担で外資が儲かるという構図になってしまう。これが「原発脳」、あるいは再エネ軽視を続けてきた国家戦略の代償と言える。当然、そのツケは国民が払わされることになる。

このような三つの理由から海外事業者にとって日本は非常に「おいしい市場」なのだ。

■日本の洋上風力を守るために

防戦に徹する日本勢だが、辛うじて生き残る道は残されていると筆者は考えている。

政府が太陽光ではなく洋上風力を切り札としたのは、広い海洋面積というアドバンテージを生かすためだけではない。洋上風力発電の方が日本のもの作りの強みを生かせるという狙いがあるからだ。

太陽光パネルであれば、中国がサプライチェーンの大半に影響力を保持している。製造の中核をなすシリコンなどに日本勢が割って入る余地はほとんどない。しかし、洋上風力は風車を含む数万点もの部品が必要だ。裾野の広い産業であり、関連産業への経済波及効果は大きい。部品製造という形で日本勢が割って入れるチャンスはある。

洋上風力の世界トップ、イギリスも当初は欧州各国の投資と参入を受け入れながら自国の市場を成長させ、産業の復興につなげてきた。日本も勝ち筋を模索するのであれば、導入初期は外資が入り、幅を利かせるのは致し方ないとしても、サプライチェーンの中に日本企業が入り込み、利益を上げながら成長していくことが不可欠だ。

サプライヤーが日本のメーカーを支える構図を取り、日本の中にも競争性をもつ風車メーカーを再度生み出すことが不可欠だ。その中で発電事業者も成長し、イギリス同様、他国の市場を日本勢のタッグで取りに行くというストーリーを追求していく必要がある。政府が脱炭素を掲げるから従う、という受け身の姿勢では実現できない。

最初から日本勢がリードするに越したことはないが現実的ではない。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の精神をしっかりもち、最終的には逆転劇を演出できるようグランドデザインが求められる。ここから日本勢の捲土(けんど)重来を期待したい。

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前田 雄大(まえだ・ゆうだい)
元外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長(afterFIT 執行役員 CCO)
1984年生まれ。2007年、東京大学経済学部経営学科を卒業後、外務省入省。開発協力、原子力、大臣官房業務などを経て、2017年から気候変動を担当。G20大阪サミットの成功に貢献。パリ協定に基づく成長戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。2020年より現職。日本経済研究センターと日本経済新聞社が共同で立ち上げた中堅・若手世代による政策提言機関「富士山会合ヤング・フォーラム」のフェローとしても現在活動中。自身が編集長を務める脱炭素メディア「EnergyShift」、YouTubeチャンネル「エナシフTV」で情報を発信している。

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(元外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長(afterFIT 執行役員 CCO) 前田 雄大)

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