「先端技術は中国に筒抜け」日本の軍事技術が周回遅れになってしまった根本原因
プレジデントオンライン / 2022年1月1日 11時15分
※本稿は、兼原信克『日本の対中大戦略』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■中国への武器技術に危機感を持ち始めたアメリカ
政府の中で経済安全保障問題が急浮上したのには、二つの出来事が重なっていた。一つは、対中機微技術流出阻止問題である。
数年前、私がまだ総理官邸で執務している頃、畏友の柳瀬唯夫経済産業審議官(以下、役職は当時のもの)が飛び込んできて「米国の動きが変わってきた。対応しないといけない」と言ったのが最初である。当時、トランプ政権は、急激に対中強硬策に舵を切りつつあり、そこで米国の安全保障上の優位を脅かすような対中武器技術については流出を阻止すると言い始めていた。
米国は、矢継ぎ早の措置を繰り出し、例えば米国製の最新半導体製造装置で作った最先端の半導体をファーウェイ等の中国軍と関係のある企業に売却してはいけない、第三国企業による転売も許さないと言い始めた。
中国企業によるニューヨークでのドル建ての資金調達や中国人留学生の受け入れも格段に厳しくなった。人民解放軍と何らかの関係があれば留学を拒否される。また、米エネルギー省は中国から研究資金を受け取った米国人研究者を政府の公的研究補助から排除するとの方針を明らかにした。米中両方から研究資金を受け取っていたハーバード大学の教授が詐欺罪で逮捕される事態にまでなった。
■米国や中国のほうが日本の機微技術に詳しい
日本では、当時まだNSC(国家安全保障会議)に経済班がなく、杉田和博内閣官房副長官、古谷一之内閣官房副長官補(内政)の力を借りて、全省庁に対し、米国が気にしているような対中機微技術の洗い出しをお願いした。そもそも日本全体にどのような技術があるか、その全貌が分からなかったのである。作業は、まず、日本自身の技術を「知る」ところから始まった。
その結果が驚きであった。流石に日本であり、大概の技術はあることが分かった。しかし、担当の省庁のほとんどが「これがどうして軍事的に機微なんですか」と聞いてくる。軍事転用なんて考えたこともないから、何が危ないか分からないというのである。
そこで防衛省に聞くと「雀の涙の研究開発予算(2000億円)であり、防衛装備の研究開発で手いっぱいで、民生技術を見ている余裕がない」という。ある日、弾道ミサイルの話を安倍総理のところで話していると、防衛省幹部が「日本には成層圏再突入技術がないので、日本は持てないのです」と述べると、総理は「じゃあ、はやぶさはどうやって地球に帰ってきたんだ」と笑っておられた。日本の民生技術を見ていないのだと思った。そんなこんなで、結局、何も分からないということが分かった。
米国や中国のほうがよほど日本の機微技術に詳しいらしいということになった。これでは「守る」どころの話ではない。
■安全保障に転用できる技術を監視する発想も仕組みもなかった
この頃、自民党の甘利明議員や、安全保障貿易管理を担当する経産省から、危機意識が発信されるようになった。最初に動いたのは経産省だった。
機微技術移転は、産業スパイやサイバー攻撃のような裏口を使った不法なものだけではない。表玄関から堂々と機微技術を中国に移転することもできる。留学生を通じるものもあるが、より大規模なものとして、経営参入や合弁事業の設立、買収合併がある。
経済産業省は、2019年に外為法を改正した。それまでは外資による日本企業の株式取得の場合、取得株が全体の10パーセントを超えれば自動的に政府に通報が来る仕組みであったが、その上限を1パーセントに下げて、より厳しい監視の目を光らせることにした。
そこで問題となったのは、誰が機微技術の目利きをするかという問題である。
実は、それまで安全保障の観点から対内投資を監視するという発想は政府の中になかったのである。対内投資問題なので外為法上は財務省の所管となる。財務省に軍事技術の専門家はいない。そこで、総理官邸で全省庁が集まってきちんと協議することにした。
杉田内閣官房副長官をヘッドとするプチCIFIUS(米国対内外国投資委員会)のようなものができた。まだ国家安全保障局に経済班はなかったが、安全保障の専門家が揃っている国家安全保障局の協力も依頼した。国家安全保障局を通じてインテリジェンス・コミュニティの協力も得ることができた。こうして、ようやく経済安全保障に取り組む体制が立ち上がることになった。
■民間の技術を、国家安全保障に活用する仕組みも予算もない
もう一つ問題があった。それは科学技術政策及び産業政策が、安全保障政策と完全に遮断されており、世界最高水準の日本の民生技術、それを支える技術者や研究者を、国家安全保障のために活用する仕組みも予算も日本政府の中にないことである。
戦後、日本の中には、そのような考え方自体がなかった。上記の対中機微技術流出問題が「知り、守る」政策だとすれば、この問題は安全保障関連技術を「育て、活かす」政策である。
2021年9月に立ち上がったAUKUSの三国同盟の枠組みは、2021年9月の三国首脳共同声明で、安全保障、産業、科学技術を一体化させるべく協力すると謳っている。まさに民生技術を含めて、安全保障に関する最先端技術協力を謳っているのである。
常に科学技術で世界の最先端を走り続け、軍事的優位を誰にも渡さないというアングロサクソン一族の強い決意が伝わってくる。
日本にはこの仕組みがない。予算もない。科学技術と安全保障を結び付ける仕組みが日本政府の組織や政策から完全に欠落している。とてもAUKUSからお呼びのかかる状況ではない。
■日本の最先端技術は安全保障の領域から完全に遮断されていた
実際、この三四半世紀、安全保障面での日米科学技術協力は、日米同盟の運営上、稀に見る完全な失敗分野となった。日米同盟の真空地帯と言ってよい。
ミサイル防衛のような狭い防衛技術協力の話をしているのではない。量子やバイオのような安全保障に関わる最先端の科学技術協力がこの三四半世紀の間、全く動かなかった。米国には科学技術庁がない。日本の理研や産業技術総合研究所に相当する優れた研究所は国防省やエネルギー省に多数ぶら下がっている。
しかし、米国国防系の研究所との交流は文字通りゼロなのである。日本側に対応する組織がない。国立大学を始めとする学術界は軍事と名の付くものに生理的な拒絶反応を示し、官界もビジネス界も、マスコミから「軍産複合体」などと言われて叩かれることを恐れ、二の足を踏む。日本の誇る世界最先端の科学技術や産業技術は、安全保障の世界から完全に遮断されていたのである。
日本以外にはそのような断絶はない。逆である。最新科学は常に最新の軍事研究と裏腹であった。それは一流の科学者が集う世界の安全保障に関わる科学技術クラブの扉を、日本自らが固く閉ざすことを意味していた。
第二次安倍政権下の日本の国家安全保障局では、量子技術を始めとする民生技術の進展が将来の安全保障を激変させるとして、科学技術政策に関心を強め、「育て活かす政策」を「守る政策」と車の両輪にせねばならないという意識が日に日に強まっていた。
■安全保障技術の推進に立ちはだかった日本学術会議
最初に手を打ったのは渡辺秀明防衛装備庁長官(初代)であった。
防衛省の技官は、戦後の強い平和主義の中で孤立した技術集団であった。彼らも民生技術の急速な進展が安全保障環境を急激に変えていることに危機感を抱き、「安全保障技術研究推進制度」を立ち上げて、なけなしの予算から100億円を積んで、学術界や産業界との研究交流を推進しようとした。安全保障技術研究推進制度は、研究内容に防衛省が介入することもなく、また、研究成果は自由に公開可能な研究交流制度である。
しかし、驚いたことに、内閣府の一員である日本学術会議が、突如、一方的に厳しい反対声明を出した。政府内の意見調整など全くなかった。その結果、ほとんどの国立大学(さらには私立大学)及び国立研究所が防衛省の交流の呼びかけに背を向けた。
日本学術会議は、制度上は内閣府の一員である。司法府のように独立しているわけではない。どうしてこんなことになるのかと訝(いぶか)ったが、経緯を調べていくうちに、日本学術会議は、吉田茂総理、中曽根康弘総理、安倍晋三総理という3代の大総理が、戦後、一貫して問題にしてきていた組織だと知った。
大学の自治、学問の自由という看板の陰に隠れて、イデオロギー的傾斜と国家予算から支出される大学運営費(年間8000億円)という巨大な既得権益の塊とが厳然と残っており、それが戦後三四半世紀の間、日本の科学技術と安全保障をほぼ100パーセント遮断してきたのである。
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同志社大学特別客員教授
1959年生まれ。山口県出身。1981年、東京大学法学部卒業。同年外務省入省。在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省国際法局長、内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長などを経て、2019年退官。20年より現職。18年フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章受勲。著書に『戦略外交原論』『安全保障戦略』(ともに日本経済新聞出版)、『歴史の教訓』(新潮新書)などがある。
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(同志社大学特別客員教授 兼原 信克)
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