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「とにかく安くてラクに暮らせる」世界の若者が"東京に住みたい"と話す意外な理由

プレジデントオンライン / 2022年1月17日 20時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ansonmiao

いま海外の若者から東京はどのように見られているか。マーケティングアナリストの原田曜平さんは「先進国に比べて、物価が安くて過ごしやすい都市だと思われている。アメリカのドラマには、日本に移住した友人に対して『ゆっくり人生を楽しむことを覚えたのね』と声をかけるシーンもある」という――。

※本稿は、原田曜平『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■ドラマ『GIRLS/ガールズ』が描いたアメリカの若者の困難

アメリカで2012年から2017年まで、全6シーズンが放送された『GIRLS/ガールズ』(HBO)という大ヒットしたTVドラマシリーズをご存じでしょうか。ニューヨーク(NY)に暮らす、夢はあるものの人生がうまくいかない20代男女の毎日を描いたラブコメ作品です。日本ではあまり有名になりませんでしたが(恐らく日本人は『SEX AND THE CITY(SATC)』や『ゴシップガール』のように、裕福だったりイケてるアメリカ人の物語を見たいのかもしれません)、本国アメリカでは、若者たちを中心に圧倒的な支持と共感をもって受け入れられ、数々の賞を受賞した作品です。

高評価の理由は、2010年代にアメリカの若者が直面した、そして現在も直面し続けている就職難、恋愛難、経済的困難といった、あまり日本人が知らないアメリカの若者の「生きづらさ」が、高いリアリティをもって克明に描かれていたからです。

■「仕送りは打ち切るわ」主人公が親から受けた宣告

ドラマのシーズン1の冒頭のシーンは、主人公のハンナとその両親が久しぶりに一緒にディナーを食べているシーンから始まります。最初は娘の近況を聞いていた両親でしたが、急にハンナの母親が話を切り出します。「仕送りは打ち切るわ」。

その後、ハンナとお母さんは言い合いになります。「でも私は無職よ」「大学卒業後2年も養った。十分だわ」「不景気で友達も皆、親がかりよ。(中略)一人っ子で浪費もしないのに一方的すぎる」「うちに余裕はないの。(中略)家賃に保険代、携帯代まで親持ちよ」「(中略)友達のソフィーは親に援助を断たれて転落よ。頼る人もなく二度中絶。私の夢が叶う直前なのにバッサリと手を切るわけ?」「もうお金は出せない」「いつから?」「今すぐよ」。

■コロンビア大学出身でも十分に稼げない

多くの日本人には想像できないかもしれませんが、実はこの冒頭のシーンが、アメリカの大都市部の若者たちのリアルを象徴しているのです。コロナで日本以上の多数の死者を出した現在のアメリカでは、この若者の状況がもっと深刻化しているかもしれません。

世界中、そして、アメリカ全土から人が集中し、物価が上昇し続け(日本が長く続いたデフレで物価が落ち込み続けたのとは対照的)、超名門大学であるコロンビア大学出身の主人公のハンナでさえ、高い家賃や保険代を自分で出すことができません。超格差大国アメリカで、中流階級であるハンナの親も余裕がなくなり(両親2人とも大学教授なので、日本の感覚で言えば「上流」家庭と言えるかもしれませんが、物価の高いアメリカの大都市部では必ずしもそうではありません)、大切な一人っ子の娘への援助の打ち切りを申し出るに至ったわけです。

このドラマにはハンナ以外にも、様々なタイプの若者たちの「生きづらさ」や「転落」がリアルに描かれています。これがアメリカの「今」なのです。

■地味でモテないキャラが日本で解放感を味わう

さて、こうして「生きづらい」若者たちがたくさん描かれる中、2016年に放映されたこのドラマのシーズン5では、主要登場人物のひとりであるショシャンナという女性が急遽転勤を命じられ、東京で働くことになったシーンの描写があります。そのシーンをざっと拾ってみましょう。

まずはシーズン5の第3話「JAPAN」です。

地味でモテなくアメリカで生きづらいオタクキャラのショシャンナでしたが、移り住んだ東京で水を得た魚のようになり、自信満々に肩で風を切って出勤します。オフィスでは笑顔で朝の挨拶。日本人は皆、笑顔で挨拶を返してくれます。

会社帰りには同僚の日本人の女子たちと銭湯へ。湯船につかりながらのガールズトークで、ショシャンナが想いを寄せている上司・ヨシ(水嶋ヒロ)の話が出て周りから冷やかされますが、悪い気はしません。そこでショシャンナはこう言います。

「(日本に)来たばかりだけど、皆が家族みたいに感じるの。アメリカなんて恋しくない」

自宅PCのビデオ通話でアメリカ本社の同僚女性と話す時も、「この仕事環境、最高よ。毎日がまるで夢みたい。本当にもう最高。“問題から逃げるな”って人は言うけど、私は逃げて成功した。皆、間違ってる」とご満悦のショシャンナ。しかしその直後、アメリカの同僚から会社の業績悪化を理由に、彼女は突然クビを言い渡されてしまいます。

■「ゆっくり人生を楽しむことを覚えたのね」

次に、同じくシーズン5の第5話「TOKYO LOVE STORY」です。

結局日本に残り、東京の猫カフェで働くショシャンナ。ある日、彼女に解雇を言い渡したアメリカ本社の同僚女性が店にやって来て彼女に謝罪します。しかしショシャンナは怒るでもなく、「本当に日本が気に入ってるの」。その言葉に驚く彼女を原宿の竹下通りに連れて行き、こう言います。

「日本人のいいところは、好きなものを全力で突き詰めてかわいくするところ。どこを見ても私が大好きなものばかり。自分が心の中で作り上げた国じゃないかって思える」

その後、ふたりは銭湯へ。同僚女性はショシャンナに感心して、しみじみこう口にします。

「あなた仕事に燃えてたのに、ゆっくり人生を楽しむことを覚えたのね」

穏やかで満ち足りた表情のショシャンナ。

「ええ、桜の開花と同じ。ゆっくり待つものよ」

同僚も「ほんと同感」とすっかり意気投合します。

桜が咲いている東京
写真=iStock.com/frentusha
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/frentusha

■アメリカの異常な住みづらさを凝縮したワンシーン

最後はシーズン5の第8話「早く家へ帰りたい」の冒頭です。

結局、ホームシックにかかってNYに帰ってくるショシャンナでしたが、到着した空港で、動く歩道を走ってきたアメリカ人にぶつかられて怒り心頭。こう叫びます。

「あなたたち、マジ? これ(動く歩道)を降りるまでの短い時間も待てないの? 最低な国ね。マナーなし。あなたたちが自分勝手な人間だから。その態度がまさにそうよ。……なぜ私はここ(アメリカ)に? 何でいるの!」

一連のシーンにはアメリカ人の一般的な20代の若者から見た「東京の魅力」と「アメリカの絶望」が凝縮されているように思います。

ショシャンナが自分の国であるアメリカやアメリカ人を悪く言い、日本(東京)は最高だと絶賛するのは、アメリカのごく普通の若者たちにとって、アメリカ、とりわけ大都市部が異常に住みづらい場所になっているからです。

■新進政治家はなぜニューヨークの若者から支持されたか

アメリカの若者が大変生きづらくなっていることを表す一つの大きな現象として、ここ数年、アメリカの特にNYの若者たちの間で最も注目を集めている政治家の存在があげられます。アレクサンドリア・オカシオ=コルテスです。2018年に行われたニューヨーク州第14選挙区予備選挙で、下院議員を10期務めた現職大物候補ジョー・クローリーを破り民主党下院議員となり、2018年米中間選挙最大の番狂わせなどと報じられ、メディアの注目を浴びるようになりました。

彼女は政治家になる前に、高すぎるアメリカの大学の学費ローンを返済するためにウェイトレスやバーテンダーをしていたこともあり、また、「民主的社会主義者(democratic socialist)」を名乗り、格差反対を訴え、アメリカの若者の代弁者ととらえられています。

そんな彼女が最大の番狂わせとして突如登場する程、今、アメリカの若者は大変生きづらくなっているのです。

だから、本国でイケてなかった『GIRLS』のショシャンナは「私は(NYから東京に)逃げて成功した」と言う。その結果、彼女の同僚女性が指摘したように「ゆっくり人生を楽しむことを覚え」ました。彼女にとって東京での暮らしは、現在のアメリカ、特に大都市部の若者には実現できない精神的に豊かな人生の送り場所になったのです。

■世界の主要先進都市と比べて「安い」東京

この同僚女性のように、ショシャンナの生活圏であった「東京」のファンになる外国人、特に欧米先進国やアジアを中心とした先進エリアの若者は今後間違いなく増えていくと世界中で若者研究をしてきた私は強く確信しています。

何故なら、『GIRLS』で描かれていたNYに限らず、ロサンゼルス(LA)、サンフランシスコ、ロンドン、パリなどの欧米先進国の大都市部の若者たちは皆、似た状況に置かれているからです。さらに、欧米先進国に限らず、アジアを中心とした先進エリア、例えば、香港、台北、ソウル、上海、シンガポール、シドニーなどの若者たちも同じような状況に置かれるようになっています。

つまり、他国からの「移民」や地方からの「移住者」によって、世界の先進国や先進エリアの大都市部の人口が増え過ぎ、賃料や物価が上がり、そこに住む若者たちの多くが、ドラマ『GIRLS』に出てきた若者たちのように、皆、大変生きづらい状況に置かれているのです。

ただし、東京以外。日本は長らくデフレが続き、今は円安もあり、欧米先進国の大都市部や一部アジアの先進エリアとは比べものにならないくらい若者たちが安く生活できるエリアになっているのです。

■インパクトが強かった20年前の東京の物価の高さ

数年前、東京が如何に安いエリアになったかを痛感する出来事が個人的にありました。私がNYに仕事でたくさんの若者たちにインタビューをしに行った時の話です。

私は調査の空き時間に学生時代の友人のアメリカ人と久しぶりに会ったのですが、その時の彼との会話の中から気づかされました。

私は学生時代にアメリカの学生と交流する「日米学生会議」という学生団体に所属しており、よくアメリカ全土の各都市に行っていました。

現在44歳の私の学生時代ですから、今から約20年前の1990年代後半〜2000年代初めの頃です。

私同様、アメリカ人の彼もその団体にアメリカ側の学生として所属し、当時の彼も頻繁に日本に来ていました。

久しぶりに彼に会った私は、学生時代以降、日本に来ていない彼に対し、「久しぶりに東京においでよ」と言いました。その誘いに対し、彼は、「いやいや、僕は公務員で給料があまり高くないから、あんなに物価の高い東京には行けないよ」と渋い顔をしました。

既にバブルははじけていたとは言え、まだ1990年代後半から2000年代初めの東京は、バブルの名残を残しており、世界的には物価の高いエリアでした。その頃にNYから東京によく来ていた彼は、東京は本当に物価の高い場所だという印象を持ち、それ以来彼は日本に来ていないので、そのままの感覚で今もいるのです。

■若者の安価な旅行先になりつつある日本

彼に対し、私はちょっと意地悪な質問をしてみました。「東京の物価が高いって言うけど、今、東京でラーメン食べたらいくらくらいすると思う?」。それに対し彼は、「NYで食べると1500〜2000円くらいだから、高い東京だったら2500〜3000円くらいするんじゃない?」「800〜1000円だよ」。私のこの回答に対し、ものすごく驚く彼の顔が大変印象的でした。

その後、実際に彼は奥さんと子供と東京旅行を久々に敢行し、「安くて本当に快適だった」と大変満足げでした。

このエピソードが象徴するように、この約20年の間に、東京も含めた日本は、欧米先進国の大都市部に比べると、大変物価の安いエリアになった(なってしまった)のです。

日本では昔からバックパッカーが安価な旅行をする場所として、東南アジアが選ばれることが多かったですが、今、欧米先進国やアジアの先進エリアの主に若者が、安価な旅行をする先が実は日本になりつつあるのです。

■「駐在員にとって物価の高い都市」2位になるカラクリ

しかし、世界の物価を比較した様々な民間企業の調査結果を見ると、何故か東京の物価が高く算出されているものばかりを目にします。

原田曜平『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』(角川新書)
原田曜平『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』(角川新書)

例えば、組織・人事コンサルティング会社のマーサーは、世界生計費調査の2019年版を発表しました(世界500都市以上で、住居費や食料、衣料など200品目以上の価格を調査したもの)が、それによると、駐在員にとっての物価の高い都市2位に東京が入りました(ちなみに、トップ10のうち8つがアジアの都市)。

香港やシンガポールの家賃や物価が高いのは誰しもが納得できると思いますが、NYより東京が物価が高いというのは、恐らくNY駐在の日本人、あるいは、NYに旅行に行く日本人の誰もが納得できないのではないでしょうか。

この調査を否定するつもりはありませんが、この調査は多国籍企業や政府機関が海外駐在員の報酬や手当を設計するために行われたもので、ここからは私の仮説になりますが、庶民の暮らしではなく港区など欧米外国人が住んでいるエリアのスーパーあたりで統計をとっている可能性があります。

品目もラーメンなどではなく、カマンベールチーズやワイン、高級パンを日用品の中心と捉えると、関税が高い日本の物価が欧米より高く算出されることになります。指標を取る品目が偏っていたり、例えば、欧米外国人の金融業界の人間が多く住んでいる港区だと家賃も高く算出されてしまいます。

他の欧米企業による調査も同様のものが多く、あくまで欧米人のエリートが日本で欧米と同じ高級な暮らしをする費用を算出するために調査されている可能性があり、それはそれで彼らにとっては意味のあるものだと思いますが、そのまま日本人が客観的事実として受け入れてはいけません。

■日本にいるときが一番支出が抑えられる

私はマーケターとしてこの20年近く、先進国も発展途上国も日本国内も含めた世界各国を頻繁に飛び回り、世界の若者調査を行ってきましたが、年々、日本にいる時が一番支出が抑えられるようになっていると実感しています。

今後、世界中の若者にとって東京が更に人気になるであろう理由は、このように生活コストが安いから、ということだけではありません。「流行の最先端をいく都市だから?」と思う方もいるかもしれませんが、東京の給料がそこそこで生活コストが安くて世界最先端の街だから……という短絡的な理由ではありません(もちろん、これもかなり大きな魅力ですが)。最先端という意味では、大変残念ながら、ニューヨークやロンドンやパリはもとより、今や上海やソウルの後塵を拝しつつあります。

■スタバは東京よりも上海を重視するようになっている

例えば、2019年2月に東京・中目黒にできた大人気の焙煎工場も併せ持つSTARBUCKS RESERVE ROASTERY TOKYO。2014年にアメリカ・シアトルに一号店をオープンして以来、2017年の中国・上海、2018年9月のイタリア・ミラノ、12月のアメリカ・NYに続き、東京は世界で5番目の出店となりました。このことからも、スタバが東京よりも上海を重視しており、東京よりも上海の方がアメリカのトレンドが入ってくるのが早いエリアになっていることがわかります。

また、日本の若者、特に女子のファッションやコスメやスイーツ等のトレンドを見ても、ソウルや台北の方が東京よりも早い、あるいは、ソウルや台北のモノが日本で流行るケースが多くなっています。

このように、アジアが経済発展するにつれ、大変残念ながら、流行の最先端エリアはアジアの中では東京ではなくなりつつあるのです。

もはやアジアで最先端な場所でなくなりつつある東京は、今後、最先端だからという理由ではなく(アジアで先端的なエリアではあり続けると思いますが)、それとは違う理由で人気になっていく可能性があると私は見ています。

それは、東京が世界の先進国の大都市部で最も楽(ラク)に暮らせる街だからです。

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原田 曜平(はらだ・ようへい)
マーケティングアナリスト
1977年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーを経て、現在はマーケティングアナリスト。2003年、JAAA広告賞・新人部門賞を受賞。主な著作に『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(幻冬舎新書)、『パリピ経済 パーティーピープルが経済を動かす』(新潮新書)、『Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?』(光文社新書)、『寡欲都市TOKYO』(角川新書)などがある。

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(マーケティングアナリスト 原田 曜平)

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