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「メスは硬くて大きなオスを選ぶ」ズワイガニの40分間の交尾は、ほかのエビカニとはひと味違う

プレジデントオンライン / 2022年1月17日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/suntakafk

日本海の冬の味覚を代表するズワイガニの交尾は、ほかのエビカニとはひと味違う。水産学者の矢野勲さんは「群れの中で、雌と交尾できるのは、より大きなハサミ、そしてより硬い甲皮を持つ雄だけ。そして交尾には40分ほどかかる」という――。

※本稿は、矢野勲『エビはすごい カニもすごい』(中公新書)の一部を再編集したものです。

■さまざまな呼び名のあるズワイガニ

ズワイガニは、日本海の冬の味覚を代表するカニである。日本海、福島県より北の太平洋、オホーツク海、中部ベーリング海、カナダ北大西洋と広い海域に棲息している。

脚が細くまっすぐなことから、木の枝を意味する楚(すわえ)に由来した楚蟹(すわえがに)が変化したズワイガニは、雄と雌で呼び名が変わる。小さな雌ガニは、福井県では勢いよく子どもを産む「勢子」に由来するセコガニ、石川県ではお茶の道具でお香を入れる「香箱」に似ているとして香箱ガニ、京都府の丹後地方では方言でコッペガニと呼ぶ。

大きな雄は、福井県では越前ガニ、石川県では加能ガニ、兵庫県の日本海側や鳥取県などの山陰では松葉ガニ、京都府では間人ガニとも呼ぶ。越前ガニの名称は、ズワイガニの大きな漁場を持つ福井県がかつて越前国と呼ばれていたことに由来する。

松葉ガニの呼び名の由来については、漁師が調理のさいの燃料に松の葉を使ったからなど、いくつかの説明がなされているがはっきりしない。間人(たいざ)ガニの名称は、京都府ではズワイガニが丹後半島の間人漁港から水揚げされることに由来している。

ズワイガニの雄ガニは、大きいもので甲羅の横幅が15cmほどにもなるのに対し、雌ガニは7〜8cmと小さい。雌ガニが小さいのは、棲息する水深200〜600mの海底が、水温が1〜3℃と低いため、腹節に抱卵した卵が孵化するのに1年〜1年6カ月と長くかかり、その間まったく脱皮できず、成長できないためである。

ズワイガニは、普段はこのような低温の深海に棲むが、10℃ほどの水温にも適応できる。また、1992年にカナダのモーリス・ラモンターニュ研究所のバーナード・サントマリーたちは、カナダのセント・ローレンス湾の水深4〜20mの浅所でズワイガニが春に脱皮と交尾を行っていることを報告している。ズワイガニは、死んで海底に沈んだ魚やイカ、それに生きた甲殻類、貝類、ゴカイやクモヒトデなどを食べている。

■大きなハサミと硬い甲皮を持つ雄が交尾を許される

雌は、稚ガニから10回の脱皮を繰り返した後、夏から秋にかけて最終脱皮した直後に交尾し、初産卵を行って受精卵を抱卵する。1年半の抱卵期間を経て、翌々年の2〜3月に幼生が孵化する。幼生が孵化した直後に、雌ガニはそのまま脱皮することなく2回目の産卵を行い抱卵する。このとき抱卵した受精卵は、初産卵のときと違って1年の抱卵期間を経て、翌年の2〜3月に幼生が孵化する。孵化が終わると次の産卵を行い、雌ガニは生涯に5〜6回の産卵を行う。

雄は、早いものでは10回の脱皮後の第11齢期、遅いものでも12回の脱皮後の第13齢期になると親ガニになり、雌と交尾することができる。雌雄の寿命は、15年ほどである。

雄ガニと雌ガニは、普段は別々の群れを作って、一緒に群れることはないが、交尾期になると同じ場所に集まって群れるようになる。このときの、雄と雌の出会いには、成熟した雌の触角腺から尿とともに出る性フェロモンがかかわっていると考えられている。雌雄が集まった群れの中で、雌と交尾できるのは、より大きなハサミ、そしてより硬い甲皮を持つ雄である。

■ズワイガニの雄は右利きが多い

ズワイガニの交尾のありさまは、他のエビ・カニとやや異なっている。まず、大きな雄が、小さな成熟した雌の胸脚を片方のハサミを使って挟み、軽々と持ち上げ確保する。そして、1週間ほど一緒に過ごした後に、雌が脱皮すると雄は雌と40分ほどかけて、互いの腹節を合わせる、つまり向かい合って交尾し、精子が入った精包を雌に受け渡す。

雄と交尾して抱卵した雌ガニの胸脚には、交尾の折に雄のハサミで挟まれたときにできた「傷」の痕跡が残っている。読者もズワイガニの雌ガニを食べるときに、注意深く胸脚の裏側を見れば「傷」の痕跡を見つけることができる。傷跡は、カニの腹面から見て右側の第2胸脚の長節に認められることが多いことから、雄ガニは右側のハサミを使って雌ガニの第2胸脚を挟んで交尾に移行しているようである。

交尾後抱卵したズワイガニの雌(左)。向かって右側の第2胸脚の長節に、交尾のときに雄からハサミで挟まれてできた傷の痕跡(矢印)が見える
撮影=矢野勲
交尾後抱卵したズワイガニの雌(左)。向かって右側の第2胸脚の長節に、交尾のときに雄からハサミで挟まれてできた傷の痕跡(矢印)が見える - 撮影=矢野勲

このことから想定するとズワイガニの雄は右利きが多いように思える。なお、ズワイガニの雄の左右のハサミは大きさや歯の形状に大きな違いがない。

ところで、胸脚の傷跡はいつできたのかとの疑問が残る。雌の胸脚の傷跡は、最初に雄が雌を確保するときにハサミで掴まれて持ち上げられたときにできたものではない。なぜなら、このときにもし傷ができたとしても、その傷跡はその1週間後に起こる雌の脱皮によって消失するからである。

おそらく、雌の胸脚の傷跡は、雌が脱皮した直後に、雄が雌を押さえて上にかぶさって交尾するときに雄からハサミで強く掴まれてできたものであろう。

■雌に全く傷跡を残さない優しい雄も

いっぽう、たくさんチェックしてみると、交尾のときに雄からハサミで挟まれたときにできる傷の痕跡がない個体もわずかだがいる。このことは、雄の中には交尾のさいに雌を優しく扱う雄がいることを示していて実に微笑ましい。

このようにして、雌は雄と交尾し、しばらくしてから成熟した卵を輸卵管から体外に排出するときに、あらかじめ雄との交尾で受け取っていた精包の精子を使って受精させ、腹部に抱卵する。抱卵した受精卵の大きさは0.7mmほどで、1尾の雌ガニから約5万尾ものプレゾエア幼生が孵化する。

プレゾエア幼生は、脱皮するとゾエアI期の幼生になり、その後1カ月ほどでゾエアⅡ期の幼生に、さらにその後1カ月ほどでメガロッパ幼生になる。そして、約1〜3カ月後に甲羅の横幅3㎜ほどの稚ガニになり、海底に着底する。この間の浮遊生活は、3〜5カ月ほどになる。稚ガニは1年に数回脱皮して成長する。

■地球温暖化によってズワイガニ漁場が縮小

ところでズワイガニの漁に関して、2020年の米国NOAA(米国海洋大気庁)のアラスカ漁業科学センターの報告によれば、2017年から2019年にかけて、アラスカ沿岸のベーリング海東部のズワイガニ漁で、海底水温の上昇に伴って漁場の縮小という異変が起きているという。

地球の温暖化によって、海面の氷が解けたため、ズワイガニが棲む海底の水温が高いところでは6〜7℃に上昇して、ズワイガニが好んで棲む1〜2℃の冷水プールが大幅に減少した。その結果、これまでズワイガニ漁場では見られなかったマダラが増加し、ズワイガニの稚ガニや幼ガニが捕食されて、その数が大幅に減少したとのことである。また、これまでにない水温上昇が起きたことによって、成長促進効果が働いたのか、これまで捕獲されたことのない大型のズワイガニが発見されたこともあわせて報告されている。

こうした化石燃料の消費によって引き起こされる地球の温暖化によるズワイガニ漁場の水温上昇がさらに広がれば、日本においてもズワイガニ漁場の縮小とズワイガニ資源の減少という深刻な問題が現実化する可能性がある。

■ズワイガニとベニズワイガニの違い

いっぽう、ズワイガニとよく似たカニにベニズワイガニがいる。ベニズワイガニは、同じ海域でズワイガニよりも深い水深400〜2700mの深海底に棲息し、両者は棲み分けている。しかし、両者の棲息深度は一部重なっていることから、時折、ズワイガニとベニズワイガニの雑種が認められる。

矢野勲『エビはすごい カニもすごい』(中公新書)
矢野勲『エビはすごい カニもすごい』(中公新書)

ベニズワイガニとズワイガニの見分け方だが、ベニズワイガニは甲羅の後縁部の傾斜が、ズワイガニよりも急である。また、生きたベニズワイガニは全身が朱色であるのに対し、茹でる前の生きたズワイガニは甲羅が淡褐色を呈していることから一見して区別できる。もし、ズワイガニがすでに茹でられた後であれば甲羅は朱色に変わっているが、そのときは腹側を見ればよい。ズワイガニは茹でた後でも腹側は白いままである。

また、ベニズワイガニはズワイガニに比べて殻が軟らかく体の水分も多いが、この理由は水圧が極めて高い水深400〜2700mの深海域の厳しい環境に適応したためと考えられている。

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矢野 勲(やの・いさお)
福井県立大学名誉教授
1943年、大分県生まれ。農林省水産庁真珠研究所研究員、海洋研究所(米国)訪問研究員、農林水産省水産庁養殖研究所所長などを歴任。水産学博士。共著に『エビ・カニ類の種苗生産』(恒星社厚生閣)、『世界のエビ類養殖』(緑書房)などがある。

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(福井県立大学名誉教授 矢野 勲)

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