コロナ患者を拒否しつつ「病床が足りない」と叫ぶ日本医師会は、だれのための組織なのか
プレジデントオンライン / 2022年1月18日 9時15分
※本稿は、月刊『Hanada』(2022年1月号)の記事「徳洲会病院、コロナとの闘い」を加筆・再編集したものです。
■海外より患者数が少ないのに、なぜ医療崩壊の危機なのか
「コロナというだけで、(患者を)断るって気持ちがわかりませんね」
と、岸和田徳洲会病院の東上震一総長が私に言った。昨年の夏、関東が第5波でパニックに陥っている頃のことだ。
「僕ら民間の病院ですが、“絶対に断らない”を実践できますよ。私が現場で心臓外科医として奮闘していた頃、ただの一度も『お願いします』を断ったことはないです。なんでかといったら日本中の緊急性のある心疾患の患者がくるわけではない。自分の病院にきた患者、緊急性のある患者は絶対に断らない――全ての病院や医師がその姿勢でやれば医療逼迫(ひっぱく)は、あっという間に解消されます。日本の医療資源は潤沢なんですよ。あまり精神論を言いたくないですが、『もうちょっと頑張ってみよう』とコンセンサスをとれないことが医療危機ではないでしょうか」
その通りだと思った。日本は世界最大級の病床を誇るのだ。それがなぜ、海外と比べて少ない患者数でこれだけ医療崩壊、医療逼迫と叫ばれるようになってしまったのか。
ちょうど1年前の2021年1月、私はプレジデントオンラインで「「医療崩壊と叫ぶ人が無視する事実」コロナ禍でも絶対に救急を断らない病院がある」という救急現場の密着取材記事を発表した。それは、日本で最も救急搬送を受け入れている湘南鎌倉総合病院の救命救急センターだ。これに対し、記事が転載されたヤフーニュースには「それはこの病院だからできるのだ」「じゃあこの病院に患者を送ればいい」という否定的なコメントが並んだ。それでは問題解決にならない。
■「コロナ以外の救える命のために」という言い訳
それから半年以上経過した昨年秋の時点で、神奈川県にあるおよそ350施設のうち、4分の3の施設でコロナ患者を受け入れていないといわれていた。コロナ病床を確保したと偽りの申告をして補助金を得ておきながら、実際には使われていなかった幽霊病床も問題視された。
湘南鎌倉総合病院救命救急センター長の山上浩医師は「海外と日本の差」を指摘する。
「海外の医療崩壊という報道では、病院に患者がごったがえして廊下に並んでいるような映像が流れるでしょう。しかし、日本では受診すらできない状況ですので、残念ながら病院がごったがえしている報道は見たことがありません」
前出の東上総長も、こう言う。
「“コロナ対応という名目のために、救えるべきコロナ以外の患者さんの命を見捨てることがあってはならない”。それは当たり前のこと。ところがこの論法は、“ですから、コロナ以外の救える命のためにもバランスを考え、コロナ対応は制限せざるを得ない”と続きます」
つまりなんの工夫も努力もせず、「コロナ以外の救える命のために」という名目(言い訳)によって、コロナ受け入れ人数を増やさない病院がある、ということだ。
■いつまで「医療提供体制を整える」状況を続けるのか
それにコロナの発生前から、救急の医療現場では例年、1月~2月はインフルエンザ患者が大量に押し寄せて厳しい状況だった。コロナの患者が受け入れられない病院は、もともと救急の患者を断ってきた可能性が高い。コロナ禍で病床逼迫した病院や地域は、もともと患者受け入れ体制が整っていなかったのではないだろうか。
コロナを言い訳にし、いつまで「医療提供体制を整える」状況を続けているのか。全ての病院が自分たちのできるめいっぱいで患者を受け入れれば、医療崩壊など日本では起きないのではないか。
岸和田徳洲会病院も、湘南鎌倉総合病院も徳洲会グループに属する病院であるが、徳洲会は24時間365日、“断らない医療”を掲げ、すべての救急患者を受け入れる方針だ。コロナ発生の前から、私は全国70施設を有する同グループの医師に取材してきたが、ベテランでも新人でも、彼らは「ベッドがいっぱいだから、これ以上、患者を受け入れられない」という言葉を口にしない。
山上医師は常日頃から「患者さんを“受け入れられない理由”を述べるより、目の前の患者さんを、救急車を、“どうすれば受け入れられるか”を考えたい」と話している。
■「24時間、年中無休で救急患者を受け入れる」という理念
“断らない医療”の根底にあるのは、徳洲会創設者である徳田虎雄氏の理念だ。
虎雄氏の原点は、9歳の時の出来事にある。父の留守中、弟が突然発病し、兄の虎雄が往診を頼みに夜道を駆け、医者の門を叩いた。しかし医者は来てくれなかった。そして翌日の昼に医者が来た時には弟は冷たくなっていたという。
死ぬ前に診るのが医者ではないか、貧乏人は助けてくれないのか――虎雄氏の当時の悔しさが1973年、徳田病院(現・松原徳洲会病院)を生み出し、1975年の医療法人徳洲会設立に結びついた。
徳洲会は「生命だけは平等だ」という理念のもとに
<患者からの贈り物は一切受け取らない>
<総室(大部屋)の室料差額の無料化>
などの方針を次々に打ち出し、地方自治体や日本医師会とたびたび対立しながら全国各地に病院を開設していった。特に離島や僻地に、最新の医療機器や設備を導入した病院や診療所を開設して医療環境を改善することに力を注いだ。「医療のないところに人は住めない」と考えているためだ。
■患者さんを受け入れなければ地域住民の信頼を失う
湘南鎌倉総合病院の篠崎伸明院長は2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた新型コロナ患者を初めて受け入れた時点で、「コロナ患者を含め、生死に関わる救急を最後まで死守する」と宣言した。
感染者が増えて医療従事者の人手が足りなくなったら、緊急性の低い「予定入院」といわれる患者の数を調整して、病院本体のベッドを閉鎖し、そこを担当していた医師や看護師をコロナ治療に充てればいい、と篠崎院長は考えた。実際に同院にある約650のベッドのうち100を閉鎖して、コロナ治療のための人員を捻出した時期もあった。実はこの時、経営上マイナスだったという。
「状況が厳しいときは使命感でがんばってきました。患者さんを受け入れなければ地域住民の信頼を失う。そうなればこの病院の将来はないと思ってきました」(篠崎院長)
同院は、神奈川県から中等症患者を集中的に受け入れる「重点医療機関」に指定され、5棟のコロナ臨時病棟の運営を託された。5棟あわせて180床だ。一晩で13人、一日で16人のコロナ患者の入院を受け入れたこともあった。これは全国でコロナを受け入れている医療機関が聞けば驚異的な人数だろう。これまで1800人を超える患者が、このコロナ臨時病棟で治療を受けたのだ。
■「感染が収束するだろう」という楽観的予測はしない
徳洲会という病院はその時々でフル稼働でありながら、「常に先をみている」と私は感じる。「感染が収束するだろう」という楽観的予測をせず、現状で対応するには何が足りないか、そしてこれ以上状況が悪くなった時にどういう手段がとれるか、皆で知恵をしぼるのだ。不測の事態への担保があるからこそ、現状をめいっぱいがんばれる、次々にやってくる患者を躊躇なく受け入れられるのだろう。
岸和田徳洲会病院救命救急センター長の鍜冶有登医師はこう話していた。
「『この規定があるから無理』となるのが一般的な病院ですが、ここは『困ってたらしゃーない』とみんな言うんです。ですから重症患者の受け入れも、ここは『15』と大阪府に申請しているのですが、行き先のない患者さんがくれば、それ以上になっても受け入れますよ」
大阪府では災害発生時の救急受け入れ体制が、阪神・淡路大震災後に構築された。普通なら災害が起こった時に近場の病院が受け入れることが多いが、大阪府ではまず大阪急性期・総合医療センター救命救急センター長が連絡を受け、各病院に患者を数人ずつ振り分ける。数人なら、どの病院も通常の体制で受け入れることが可能だからだ。過去に福知山脱線事故や学校給食での食中毒発生の際に、そのような救急体制を敷いた。
■医療者は自分を犠牲にして病気の人に捧げる覚悟が必要
そしてコロナでも第4波から、各病院の救命救急センター長がオンライン会議に出席し、入院待ちの患者受け入れを話し合っているという。
東上総長は「基本になるのは病院の個々の力であり、結局は医療者の心」と話す。
「コロナと、一般の医療をどう両立させるかというと、隔離処置(ゾーニング)する場所が必要なんです。でも言い換えればある程度の広さがあって、医者の頭数があれば断らずに受け入れられますよ。関東で妊婦さんのたらい回しや、自宅で亡くなっていく人たちが報道されましたが、僕らが東京で診てあげたいと思いました。医療人の最低限の心さえあれば、そんな恐ろしいことは起こらへんはずでしょう」
徳洲会全体を「アスリート集団」に東上総長はたとえる。普段のトレーニングがなければ、鍛えていなければ、ここぞという時に瞬発力がでない。自分たちに快適な時間割で患者数を決めているような医療施設では、社会危機に対応できるはずはない、と強調するのだった。
「僕らは医療者という職業を“選択”したんです。好き好んでやっているんです。嫌やったら、やめればいいでしょう。医療者になった限りは自分を犠牲にして病気の人に捧げる覚悟が必要です。コロナ治療においては、患者を診ること。四の五の言って診ないのはあかん。とにかく診る」
■国は「合法的に医療機関が横を向ける体制」を作った
しかし残念ながら、今日まで徳洲会以上にコロナに立ち向かう病院はなかったと私は思う。
大きな要因として新型コロナが、保健所を通して入院勧告や隔離、就業制限を行い、濃厚接触者や感染経路の調査が必要な「2類相当」に位置することにある。すべてを保健所が仕切る。つまり「保健所の管轄下」にあり、患者側が直接「医療機関とつながる」ことができない。そのため発症から治療までタイムラグが生じ、手遅れになって重症化する人、在宅で放置されて死亡する人、入院したくても受け入れ先が決まらない……などの問題が起きた。今、現場では保健所を介さずコロナ患者を受け入れざるを得ない状況になりつつあるが、しかし一方で2類であるがために「患者を受け入れなくても済む」言い訳も生まれやすい。
「私の知人でもコロナに感染しましたが、保健所の人に自宅にいなさい、と。しかし38度の熱がずっと続く。悪くなるまで様子を見ていてくださいって、そんな恐ろしい治療方針がありますか。軽症→中等症→重症と、徐々に進行していくんですよ。軽症の段階ですばやく治療を開始しなければならないのに、行政の管理では無理。それに行政が介入するなら、指示待ちでいいか、となる医療機関も多いでしょう。言ってみれば国は『合法的に医療機関が横を向ける体制』を作ってしまった」(東上総長)
新型コロナが発生してからの2年間は、医者とは医療とはなぜあるのか、を突きつけられた時間だったと思う。
医師に弟の命を見捨てられ、幼き日の徳田虎雄氏が涙を流した。
診療拒否をした医師、幽霊病床をもった医療機関、医療逼迫の危機を叫び続ける医師会や分科会は「断らない医療」を実践する徳洲会から今こそ学ぶべきではないか。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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