イメージは「面倒くさいおっさん」だけど…野村監督のID野球に多くの教え子が心酔したワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月22日 15時15分
※本稿は、吉井理人『最高のコーチは、教えない。』(ディスカバー携書)の一部を再編集したものです。
■優秀な指導者はコミュニケーションがうまい
このコラムでは、僕がコーチングをするうえで影響を受けた指導者たちを紹介していく。
彼らに共通するのは、選手とのコミュニケーションの取り方がうまいという点だ。人によって方法は違うが、誰もが選手の心をつかんでいた。
コーチングをするうえで、コミュニケーションはもっとも重要なポイントになる。
結局、選手を第一に考え、選手のやる気を引き出すのも、コミュニケーションから始まる。
アドバイスに耳を傾けさせるにも、コミュニケーションがうまくいかないと選手は聞くための準備ができない。やり方を間違えると、選手はおかしな方向に進んでしまう。
人のタイプは千差万別だから、方法は一つではない。一人ひとりとうまくコミュニケーションを取り、自分の課題を自分でクリアしていく思考方法に導くに当たり、ここで紹介する監督たちのコミュニケーション術を、参考にしてみてほしい。
■はじめは「面倒くさいおっさん」の意図がわからなかった
1995年春、キャンプが終わって開幕までの間に、トレードによって近鉄からヤクルトスワローズに移籍した。当時のヤクルトの監督は野村克也さんだ。
野村さんのイメージは「面倒くさいおっさん」だった。失敗してはボヤかれ、イライラが募った。
しかし、野村監督は失敗したときと同じような場面でまた使ってくれた。
先発して初回に4点取られたらすぐに代えられるか、打席が回ってきたときに代打を送られ、そのまま交代するのが大半だ。でも、野村監督はそのまま完投させてくれることもあった。
■「おまえのことを信頼している」
はじめは、野村監督の采配の意味がわからなかった。しかし、そういうことが続くと、そのうち信頼してくれていると思えるようになる。選手は、監督から信頼されるとモチベーションが上がる。
野村監督は「おまえのことを信頼しているから使ってるんや」とは絶対に言わないが、起用法でそれがわかる。仰木監督のように、言葉を巧みに操って人を動かす人もいる。ただ、選手の側から見れば、本当に自分が必要とされているかは監督の起用法で判断する。
プロ野球選手は、試合に出てナンボの世界だ。自分はこの場面で使われるタイプの投手だと思っているが、監督はそう思っていないというケースでも、とにかく試合に使ってもらうことが優先される。
その前提のうえに、選手はそれぞれ「自分はこういうシチュエーションで使われると、ベストのパフォーマンスが発揮できる」というイメージを持っている。そのイメージが、監督に理解されていることに喜びを見いだす。
■普通の監督とは異なる采配のワケ
僕の場合は、先発して完投するときにベストのパフォーマンスを発揮する。だが試合終盤、1点リードのシチュエーションでツーアウト満塁となったら、普通の監督だったら交代させるところだ。しかし野村監督は、その状況でもあえて任せてくれる。
駆け出しの若手の場合、緊迫した場面は経験豊富な先輩が登板するだろうと諦めていたところに「おい、行くぞっ!」と言われたら、意気に感じて「よっしゃー!」と気合が入るものだ。ところが、慎重な監督はその投手が打ち込まれたときのダメージを考え、使わない。
僕の場合は、その選手が良かったときのことしか考えない。失敗しても、ダメージが肥やしになる。野村監督は、その決断が非常にうまかった。
■困ったときの準備としてデータを使う
データを重視する「ID野球」は、野村監督の代名詞だ。ただ、一般に知られている意味と、野村監督の意図するところとが、ややずれているように思える。
試合前、試合後に行われたミーティングでは、いつもこう言っていた。
「データ通りに投げろと言ってるわけやない。ピンチになって頭の中がパニックになったときに『俺はこのピンチの対処法を知っとる。だから大丈夫や』という材料に使ってくれたらええんや」
■ピンチのときにこそ客観的なデータが役に立つ
いくらプロ野球選手でも、データ通りには投げられない。まずは自分の得意な球、強みの球を投げて抑えたほうが、本人の調子も上がっていく。
ただ、ピンチはどんな投手にも訪れる。そのとき、ピンチを切り抜ける手段を知らずにマウンドに立つと、何を投げても打たれるのではないかとネガティブな発想に襲われ、不安は増幅する。
このとき、データに裏打ちされた相手バッターの弱点を知っていれば、いざとなれば相手の苦手な球種を苦手なコースに投げればいい。そのために、闇雲に集めたデータではなく、整理し、分析された根拠のあるデータを頭に入れておこうという趣旨だ。
■「まずは投げたいボールを投げさせてあげなさい」
この点について、勘違いしているキャッチャーやバッテリーコーチがいる。かつて、ピッチャーがお山の大将だった時代がある。古き良きプロ野球黄金時代は、豪快で癖のあるピッチャーが、力でねじ伏せる投球でバッターをキリキリ舞いさせた。
ところが、最近はキャッチャーがお山の大将になっている。俺のサイン通りに投げればいいんだと言わんばかりの振る舞いをする選手も、なかにはいる。そうは言っても、ピッチャーがキャッチャーの要求通りにボールを投げられるわけがない。
その点に関して、野村監督はいつもこう言っていた。「イニングや得点の状況などによっては、チームの要求通り投げさせなあかんケースもある。でもまずは、ピッチャーが投げたいボールを投げさせてあげなさい」
■みんなが「ID野球」を勘違いしている
野村監督の「ID野球」が一人歩きして、みんなが勘違いしている。キャッチャーがピッチャーにデータ通り投げさせる風潮は、どうにかして変えたいと思っている。
たとえば、ストレートにめっぽう強いバッターに対して、キャッチャーが「初球は変化球のボール球から入るのが常道」というサインを出し、ピッチャーは要求通りボール球を投げる。
カウントはワンボール・ノーストライク。データでは、バッターは依然としてストレートを狙ってくるはずだ。そこで、次の球も変化球をコーナーギリギリに投げろというサインを出し、ピッチャーは際どいコースを狙って投げる。だが、ボールを宣告される。
ツーボール・ノーストライク、次にボール球を投げたらピッチャーは追い込まれる。ストライクを取りにいくしかない。変化球より、ストレートの真っすぐのほうがストライクが取れる。キャッチャーは念のためコーナーギリギリに投げるようサインを出すが、要求通り投げることができず、ど真ん中に投げられたストレートを打たれてしまう。
バッターを抑えるための「ID野球」なのに、逆にピッチャーを苦しめている。こういうケースが多く見られるので、野村監督が真に意図した「ID野球」を、正確に理解する必要があると思っているのだ。
■「最後はわしがいるんやから、好きにせえ」
野村監督は、配球には三つのパターンがあると言っていた。「ピッチャー優先」「データ優先」「シチュエーション優先」
今は、いの一番に優先されるべき「ピッチャー優先」が抜けている。野村監督は、どうしてもデータ通りに投げてほしいときは「俺がすべての責任を取る」と明言した。
野村監督は、一般的なイメージではトップダウンのリーダーのように見える。だが、実態はボトムアップを大事にする監督に見えた。
「最後はわしがいるんやから、好きにせえ」この「好きにせえ」は、野村監督をよく言い表している。野村監督のもとでプレーをした選手は、ほとんどの人が野村監督に心酔する。それは、選手として自分が思うようにやらせてもらえるからだと思う。
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千葉ロッテマリーンズ ピッチングコーディネーター
1965年生まれ。和歌山県立箕島高等学校卒業。84年、近鉄バファローズに入団し、翌85年に一軍投手デビュー。88年には最優秀救援投手のタイトルを獲得。95年、ヤクルトスワローズに移籍、先発陣の一角として活躍し、チームの日本一に貢献。97年にFAでメジャーリーグのニューヨーク・メッツへ。に移籍。ロッキーズ、エクスポズを経て03年、オリックス・ブルーウェーブに移籍。07年、現役引退。19年より千葉ロッテマリーンズ投手コーチに就任し、22年より現職。また、14年4月に筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に入学。16年3月、博士前期課程を修了し、修士(体育学)の学位を取得。
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(千葉ロッテマリーンズ ピッチングコーディネーター 吉井 理人)
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